第8章「ファブール城攻防戦」
W.「サヨナラ」
main
character:ティナ=ブランフォード
location:ファブール城
「ローザお姉ちゃん、見つからないねー・・・」
手を繋いで隣を歩くリディアが心配そうに呟く。
ティナは頷いて、「あの馬鹿女」と、リディアに聞こえないように小さな声で呟いた。ローザが転移魔法テレポでシェルターから外へ出た後、ティナとリディアも同じ魔法でローザを追いかけた。
だが、移動先はファブールの城内と言うだけで、ローザと同じ場所には出なかった。(・・・私がもう少し魔法を上手く使えれば)
これが例えば時魔法に精通した、高レベルの時魔道士ならばローザの転移先を辿って、同じ場所に移動できただろう。
だが、転移魔法は使えても、ティナにそこまでの技量はなかった。
仕方なく、ローザの姿を求めて城内をうろついている―――が、なんの当てもなく探しているわけではない。(ローザはセシルの所に行くはず・・・だったらセシルを探せば良い。セシルが何処に居るか解らないけど、謁見の間に行けばラモン王かモンク僧たちが居ると思うし・・・)
というわけで、ティナたちは広間―――只今、カインとバルバリシアの進入を許し、風のクリスタルを見つけられた場所―――を目指している。
だが、ティナたちが転移したのは広大な城の、隅の方だったらしく、城の中心に位置する謁見の間にはしばらく時間が掛かる。テレポで一気に跳ぶことも考えたが、もしかしたら行く途中でローザを見つけられるかも知れない。そう考えて、ティナは謁見の間までの道のりを歩いていた。(この辺りでは戦闘は行ってないようだし・・・)
通路の向こうで、喧噪めいた音が聞こえてくるが、とりあえずこの辺りは静かだった。
先ほどからモンク僧にもバロン兵にも遭遇しない。
そうでなければ、歩いて行こうとは考えなかっただろう。「ローザお姉ちゃん・・・大丈夫かなあ」
さきほどからしきりにリディアが心配そうな声を出す。
その心配は、ローザへの心配と言うよりも、むしろ自分の不安を誤魔化すための呟きであるような気が、ティナにはした。
ティナは握っているリディアの小さな手を、優しく力を込める。元気づけるように。「大丈夫。ローザは殺したって死なないから」
「え? どーして」
「馬鹿だから」ティナは意地悪く笑って応えたが、リディアは首をかしげた。
「馬鹿だったらどーして殺しても死なないの?」
「馬鹿は死ななきゃ治らないって言うでしょ? だったら、馬鹿は馬鹿である限り絶対に死ぬことはあり得ないのよ。物理的に」
「あー、さっきローザお姉ちゃんが言ってたね」ようやく不安な顔を消して、リディアがくすりと笑う。
シェルターで、暇つぶしにローザのセシル話(のろけ話ではなかった)を聞いていたときに、ローザがセシルの事をそう言ったのだ。“セシル=ハーヴィは世界最強の大馬鹿者だもの。馬鹿は死ななきゃなおらない―――なら、セシルは絶対に死なないのよ。だってセシルは永遠に馬鹿で有り続けるだろうし、セシルが利口になってしまったら、それはセシル=ハーヴィという存在が失われたという意味なのよ”
妙な理論だ。
だが、その話を聞いてティナは強く確信した。
ローザはセシルの事を馬鹿という。だが、自分で馬鹿と呼ぶセシルの事を100%髪の毛の先から足のつま先まで余すことなく愛するローザも同類に違いないと。
そもそも馬鹿でなければ、100%他人を愛すなんて事はできやしない。在る意味、狂ってると言い換えたって良いくらいだ。だからこそ、ローザは死なない。馬鹿だから。
だから、今ティナが考えることはただ一つ。ローザの身の心配ではなく、あの放蕩娘を早期発見して再びシェルターに強制連行することだ。―――そんな状況をバッツあたりが聞けば、「なんか男を追いかけて家出した娘を捜して連れ戻そうとする父親みたいだなー」とでも言ったかも知れない。が、ティナはまだそこまでスレてはいなかった。感情は在る程度取り戻せたが、記憶はまだあやふやだった。―――自分が、どういう存在かははっきりと認識しているが。
(今はそれで十分。自分が何者なのか解っていれば―――あとの細かい記憶はゆっくりと思い出していけばいい)
ティナはそう考える。
とりあえず、今はこの戦いを切り抜けることが重要だ、と。「・・・・・・!」
不意に、ティナは通路の先に気配を感じて足を止めた。
手を繋いでいたリディアも必然的に足を止める。急に歩くのをやめたティナの顔を、不思議そうに見上げて、「どーしたの? 疲れちゃった」
「・・・・・しっ」ティナは自分の口元に人差し指を当てて、静かに、のジェスチャーをリディアに送る。
戸惑いながらも、リディアは黙ってこくんと頷いた。
それを見て、ティナは視線を通路の奥へ向ける。ティナの視界には、T字路が見えた。ティナたちが今居るのはTの字の横棒の部分。このまままっすぐ行けば、謁見の間まであと少しだ。
気配を感じたのは縦棒の部分―――右手にある、脇道からだ。あそこはティナもうろ覚えだが、外庭にでる勝手口に続いていたように思う。だとすれば、その気配は敵かも知れない・・・ティナは精神を集中させた。
いつでもすぐに転移魔法を使えるように。
正直、ティナ一人なら逃げなくても切り抜けられる自信はあった。自分にはそれだけの力があると、知っている。
―――自己嫌悪するほどの、忌まわしい力だが。だが、自分の隣にはリディアが居る。この幼い少女を危険にさらすわけにはいかなかった。
ティナは魔法の準備をすると同時に、息を殺して相手の気配を探る。相手の正体が敵か味方か―――
その隣では、ティナの緊迫した気配を感じ取ったのだろう、リディアが声を立てないようにティナとは繋いでいない手で自分の口を塞いでいた。声を立てないように。―――まだ、その時まではティナは冷静で、いや平静で居られた。
その、声を聞くまでは。「ひょーっひょっひょ。さーて、クリスタルちゃんはどこかなぁ・・・」
「けひひひひひ・・・わしのクリスタル発見装置名付けてボロンゴ1号に寄るとじゃな、クリスタル反応はあの角を右に曲がった方からでとるぞー」気配のする方から聞こえてきた声のウチ、一つは聞き覚えのあるものだった。
忘れたくても忘れられない、甲高い男の声。(この、声・・・ッ!)
ぞわっ、と全身に嫌悪感が走る。
寒い悪寒を感じると同時に、頭には完全に血が上った。
理性は一瞬ではじけ飛び―――気が付くと、ティナはリディアの手を振り払って、その通路の先へと駆けだしていた。「ケフカぁッ!」
高速。
バッツにも劣らない速度で、ティナは通路を曲がる。
曲がった先には見覚えのある顔。ガストラ帝国の魔道将軍ケフカ=パラッツォ!
ティナに操りの輪をつけ、 “兵器“ として人殺しをさせた外道。
この男のせいでティナは記憶と感情を失い、そして今ここにいる。「ティナぁ!?」
―――その時、ティナの姿を見たケフカが浮かべた表情は、驚きと喜びだった。
「きょーっ! ティナ、生きていたのですねぇっ!」
「死ねぇっ!」歓喜の表情で迎えるケフカに向かって、ティナは腰の剣を抜き放つと連続した動作でケフカに斬り掛かる。
がぃぃぃぃんっ!
―――鋼の刃は、なにか堅いものに当たってはじき返された。
「!?」
驚き、一瞬だけ頭が冷める。
ティナは後ろに跳ぶと、間合いを取って自分の剣を弾いた存在を見た。ティナの視界には三人の男。
一人はケフカ=パラッツォ。もう一人は薬品に所々変色した白衣を身に着けた科学者―――いや、狂科学者と言った風情の男。
そしてもう一人―――「人間・・・? ・・・じゃない?」
ティナはそれを見て、そう呟いた。
身の丈は三メートルほどの人間だ。布を身に纏っただけの体格を見れば、それは男だろう。
だが、顔を見れば解らなくなる。
その男?の顔は、鉄で出来ていた。よく見れば今し方ティナの剣を受け止め弾いた腕も、鉄で出来ている。「そうじゃ! こいつはこの大天才科学者ルゲイエ様が生み出した驚異のメカニズム! 世界最強のロボット! その名もバルナバ一号じゃ!」
『ピー・・・ガー・・・』ルゲイエの声に反応したのか、自分の存在を誇示するかのようにバルナバから電子音が発せられる。
ティナは、憎しみを引っ込めて、少しばかり困ったような表情で。「・・・ろぼっと?」
「そうじゃ! 完全自立式二足歩行人型機械! 略してバルナバ一号じゃ!」
「いや略してないし」ツッコミを入れ、それからティナは再び険しい表情で目の前の敵を睨付ける。
人間ではない。鋼の巨人。
自分と同じ、人間ではない存在。―――ティナ=ブランフォードは人間ではなかった。それを今の彼女は自覚している。(わたしと、同じ・・・!)
複雑な思いが心をよぎる。
人間よりも、人間でないものに対して同一存在的な意識を抱く。
それは、つまり、今の自分が人間よりも人間じゃない存在へと近いという意味なのかも知れない。「悪いけれど・・・」
剣を、鞘に収めた。
「・・・今の私は止められない!」
「抜かせ! バルナバ、その女に少ーし痛い目を見せてやるんじゃぁっ!」
『ピー・・・ガー・・・』電子音を発して、バルナバがティナに向かって突進する。
巨体の割に速い。足を動かしていないところを見ると、足の裏にローラーか何かがついているのだろうか。
ともかく、鋼鉄の二本の腕を前へ突き出して突撃を仕掛けてくる。だが、ティナは慌てずに呪文を唱え―――「“天の怒り神の裁き、天空より落ちたるそれは地上を焼き尽くす破滅の光―――”」
魔力が、一瞬で膨大なまで膨れあがる。緑の髪の毛が少しだけ逆立ち、彼女の周りの空気が小さく、パチッパチパチッ、と放電を繰り返した
しかしティナは自分の魔力をもてあますことなく完璧に制御し、そして向かってくるバルナバに向かって指を指して。その魔法の名を呟いて、魔法を完結させる。
「『サンダガ』」
音はなく、ただ光だけが通路に満たされる。なにも見えない。ただ、白い雷の光が目に映るだけ。
ティナの指から解き放たれた、超電圧の塊がバルナバの身体に直撃し、その勢いを止めた。
―――光が消えたとき、辺りには鉄の焦げた臭いが充満していた。
バルナバの表面装甲は所々が真っ黒になって焦げ、身に纏っていた布も焼き払われ、鉄のボディがむき出しになっていた。ティナはそんな鉄の塊に向かって一息ついて、
「―――機械に対しては雷の力・・・魔道の基本よ」
『ぴー・・・がー・・・』不意に、バルナバからまた電子音が発せられた。
それを見て、ティナが驚いたようにバルナバを見る。「へえ、まだ動けるの・・・って!?」
動いた。
止まっていたバルナバが、再び鉄の腕を振り上げて、こちらに向かってくる。
さきほどよりも若干は速度が遅いが。突進してきたバルナバを、ティナは慌てて横に飛んで避ける。
狭い通路だ。ティナは壁に背をぴったりと付けて、なんとかバルナバをやり過ごした。バルナバが通り過ぎる際に、鼻の先をギリギリかすめず、鼻先がむずむずする。「まだ動けるの!?」
「ヒャァーッハァッ! このルゲイエ様のバルナバを甘く見るでなーい! 電撃攻撃に対する予防策もばっちりよ! ほれ、アース線が取り付けられて居る!」見る、とバルナバの尻の辺りから、一本の導線のようなものが地面に垂れ下がっていた。
「・・・って、こんなんで上級の電撃魔法を防げるわけないでしょーがッ!」
「それが防げるんだもーん! だってワシは天才だからー」怒鳴るティナに、ルゲイエは誇らしげに胸を張って言い返す。
在る意味、導線一本でサンダガを受け流すなんて、天才としか言い様がないが。「さあ、バルナバ、ゴーじゃ! その小娘に世の中の理という常識というか、ともかくいきなり角曲がってきて斬りかかってくるようなのは非常識だと教えてやるんじゃー!」
「すくなくともっ、あなたに世の中の常識やらなんやらを言われたくはないッ!」怒鳴り捨てて、ティナはバルナバに意識を向ける。
ティナを通り過ぎた鉄巨人は、くるりと180度方向をその場で転換し、停滞せずにこちらに向かってくるj。
対して、ティナは必殺魔法を放つために精神集中。
唱えるのは電撃魔法ではない。今のティナが扱える、最強の攻刃魔法!「 “我が心は殺意の刃、我が意志は怒りの刃、精神に秘めたる刃よ、幾重にも重なりて踊り狂うべし―――” 」
先程と同じようにティナの髪の毛が逆立つ。
その身体に淡い赤い光が彼女の身体から発光した。
赤い魔力を身に纏って、ティナは必殺の魔法、その名を持って魔法を完結させる!「斬り刻め―――『ライオットソード』!」
魔法が完成すると同時に、ロングソードの刀身ほどもある光の刃が、バルナバの周囲に現れる。
刃は、バルナバの鋼鉄の身体を易々と切り刻み、その四肢を分断させた。
突進の勢いのまま、鋼鉄の、バラバラになった巨人は地面を転がり、その頭部がティナの足下まで転がって、こつん、と当たった。「・・・・・・・・」
その様子を、ルゲイエはあんぐりと口を開けて眺めて居たが、やがて狂ったようなかすれた呻き声をだす。
「ひぃぇ・・・ひぇ・・・ひぃぅぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・・・・・・・?」
目の前で起こったことが理解できないらしい。
自称天才科学者は顔を真っ青にしたまま動かない。それを見やって、ティナはふん、と鼻を鳴らし。「さあ、覚悟して貰うわよケフカ! ・・・・・・え?」
居ない。
てっきりルゲイエの隣に居ると思った、自称天才魔道士はそこに姿を見せていなかった。「どこに―――!?」
と、辺りを見回そうとしたとき、ぱちぱちと拍手が聞こえた。背後から。
振り返る。「・・・・・・・ッ!」
「ティナァッ!」そこにはケフカが拍手をしていた。
ケフカだけではない。その傍らにはリディアが居た。泣きそうな表情で。
ピエロのように顔に化粧をぬったくった魔道士は、リディアに対して触れてもいない―――だが、リディアはその場から動けないようだった。おそらく、ホールドの魔法だろう。「・・・ケフカッ!」
「いやいやいやいや・・・すばらしかったですよ、さすがは僕のティナ・・・鉄くずごときでは相手にもなりませんねぇ・・・」
「リディアを離して」
「おやぁ? ボクは彼女を捕まえてなんていませんよ? 彼女がただここに居るだけです」ねぇ、とケフカは笑顔でリディアに同意を求める。
同意を求められた少女は嫌悪感をあらわにして。「ティナァ・・・こいつ、キモチワルイ・・・」
「よく解るわ。それ」
「ほう・・・そういう態度が取れる立場だと思ってんのかクソガキ!」
「あうっ!」ケフカがリディアの頬をはたく。
苦痛に顔を歪め、リディアの目の端に涙がにじむ。「リディア―――デスペ・・・」
「うごくなぁっ!」デスペル―――解呪の魔法をかけようとしたティナを、ケフカが牽制する。
その手の中にはいつの間にか一降りのナイフがあった。それを、リディアの首筋に当てている。「そう・・・抵抗などしてはいけませんよぉ、ティナ。このこが大事ならね」
「ティナ・・・助けて・・・」愉悦に顔を歪めるケフカと、恐怖に顔を染めるリディア。
その二人を見て、ティナは完全に観念した。「・・・ケフカ、あなたの言うとおりにする。だから・・・」
「様をつけろ! ケフカ、様、だろ!?」
「・・・・・・・・ケフカ様。あなたの言うとおりにします。だから、リディアを離してください」
「ヒョーッヒョッヒョ! ・・・いいっ! 実にすばらしい気分だーッ!」楽しそうに笑うケフカ。
ひとしきり笑った後、ケフカは懐から一つの輪っかを取り出した。
ティナの頭にすっぽりと収まるサイズの輪っか。
それを見て、リディアの顔が青ざめる。(駄目・・・それは駄目・・・)
リディアにはそれがなにか解らなかった。
けれど、それがなにか、とてもいけないものだということは解る。
対してティナは予想していたことなのか、無感情にその輪っかを見ていた。操りの輪。
かつてティナの精神を支配し、ケフカの意のままに操った魔法の道具。
「キョッキョッキョ・・・覚悟は良いのですねぇ、ティナ! ああ、安心して良いですよ? この操りの輪は以前のとは違い、さらにパワーアップさせてますからねえ。今度はこの生意気な召喚士が干渉しようとどうしようと、壊れることはありませぇん!」
そしてケフカはその輪をティナに投げ、ティナはそれを受け取る。
「さあ、自ら自分の頭にそれをつけるのですティナ・・・」
「ティナ駄目! それをつけちゃ―――」
「うるさいクソガキ!」
「ひぅっ・・・」喉元にナイフを突きつけられて、リディアは言葉を引っ込める。
そんな彼女にティナはにっこりと微笑んで。「リディア、大丈夫だから」
「ティナ・・・」
「ケフカ、様。・・・これをつけたらリディアは見逃して。約束して、くださいリディアには手を出さないと」
「ヒョッヒョッヒョ・・・ぼくちんはティナさえ戻れば、それで良いのですよ。こんなクソガキに興味はありませぇん」
「・・・感謝するわ」吐き捨てるように呟いて、ティナはその頭に輪を付けた。
一瞬だけ、ティナが苦痛に顔を歪めた。
が、それはただ一瞬のことだった。すぐに、その表情が無感情のものとなり、瞳がうつろな色を映し出す。「ティナ!」
ケフカの呪縛から解き放たれたリディアがティナに向かって飛び出した。
ティナの腰に抱きついて、その身体を揺さぶる。「ティナ! ねえ、ティナ、しっかりして!」
必死で、泣きながらティナに呼びかけるリディアを、しかしティナは無感情に見下ろすだけ。
その瞳を見て、リディアは絶望する。すでに、ティナは・・・リディアの知っているティナはここにいないのだと。「うるさいですよ小娘。あなたは見逃してやるのです。どことなりとも行ってしまいなさい」
「こ、このぉ・・・」怒りのこもった眼差しで、リディアはケフカを振り返る。
感情に身を任せたまま魔力を集中。
その力を解き放つ。「『サンダー』!」
「キョッ!?」紫電がケフカの身体を打った。
が、その身体は無傷。
リディアの幼い魔力と、ケフカの魔力では極大な差がある。リディアの魔力では、ケフカの身体に傷一つ付けることは出来ないだろう。
そのことに気が付いてリディアは愕然とした。「あ・・・あ・・・」
「こんのクソガキ。よくもよーくも、このケフカ様に刃向かったなぁっ! ティナ、その小娘を捕まえなさい! 連れて帰ってモルモットにしてやるぅっ!」
「はい、ケフカ様」ケフカの命令にティナは即座に反応。
リディアの両肩を掴んで離さない。「ティ・・・ティナ・・・」
泣きそうな顔で、恐怖に震えて、リディアはティナを振り返った。
その表情が、一瞬、きょとんとする。「・・・ティナ?」
ティナは、微笑んでいた。
さっきと、「大丈夫だから」と言ったときと同じ表情。
そんなこと、あり得ないのに。操りの輪に心を操られているはずなのに、しかしそれでもティナは笑っていた。リディアを安心させるように。きょとんとするリディアの目の前で、ティナは口を開く。
そこから唱えられるのは呪文だった。「 “断絶されし空間のひずみよ、その隙間を断層へと彼の者を彼方へと弾き飛ばせ―――” 」
「なっ!? なにをやっているのですティナ! ぼくはそんな命令をしてませんよ!? やめなさい!」が、ケフカの命令はティナには届かない。
淀みなく、ティナは呪文を唱え上げて、魔法を完結させる。―――サヨナラ。
魔法が完結する寸前、リディアはそんな声が聞こえた気がした。
「『デジョン』」
魔法が完結すると同時、リディアの身体は黒に覆われた。
いや、次元の狭間。黒い、空間ではない空間に喰われたのだ。
異空間に取り込まれたティナは、それから何処へ行ってしまうのか解らない。術者たるティナにもわからない―――解るのは、もうケフカたちにはリディアに手が出しようもないと言うことだけ。「く・・・ティナ!? ボクの命令を無視したなあ・・・!」
「・・・・・・」ティナは応えない。
すでに先程の微笑みはなく、ただケフカの命令を待って佇むのみ。「・・・まあ、良いでしょう。あんな小娘一人逃がしたところで、痛くもかゆくもありません」
自分を納得させるように呟いて、ケフカは未だに放心しているルゲイエに声をかける。
「さあ、帰りますよルゲイエ。ティナを取り戻した以上、こんなところに興味はありません。クリスタルなんか知ったことかー!」
そういって、ケフカは転移魔法を唱え始めた―――
―――そこは、真っ暗な空間だった。
ティナのデジョンで、ティナはここがどこだか解らない真っ暗な空間に飛ばされていた。
けれどそんなことはどうでも良かった。「ティナ・・・」
自分のせいでティナが、リディアの知っているティナではなくなった。
そのことが悔しくて哀しくて、ただ悲しかった。
もう他のことはどうでも良かった。
このまま、哀しみに沈んだまま死んでしまいたいと思った。“―――誰だ?”
「・・・え?」
不意に、頭の中に声が響いた。
リディアは顔を上げる。
と、そこには真っ黒い祭壇があった。
ファブールの信仰する風の神のシンボルが描かれた祭壇。そこに、一本の剣が置いてあった。
おとぎ話に出てくる、伝説の勇者の聖剣のように突き立っているわけではない。ちゃんと鞘に収められ、祭壇の上の台の上に置かれている。“この封印空間に入ってくる―――お前は・・・感じたことのある波動じゃな・・・ああ、そうか、だからなのか”
一人でもっともらしく納得したように呟く剣に、リディアは首をかしげながら、
「リディアは・・・リディアだよ・・・? 剣さんは、だぁれ?」
“・・・いや、もう少し驚いてもらわんと張り合いがないのう。ほら、なんというか。剣がしゃべった!? とかそんな感じに”
「リディア、よくわかんない」
“つまらんのー。お主の父親はもう少し愉快な反応をしたぞ?”
「・・・おとう、さん? リディアのお父さんを知っているの!?」
“知って居るとも。なにせ、妾の最後の使い手じゃからのう・・・”
「剣さんって、なにものなの・・・?」
“おや? そういえばまだ名乗っていなかったのう。これは済まなかった。妾の名は―――”
剣は、そこで一旦言葉を切る。
もったいつけるように間をおいて。“妾の名はデスブリンガー・・・この世で最強の暗黒剣じゃ”