第8章「ファブール城攻防戦」
V.「風のクリスタル」
main
character:セシル=ハービィ
location:ファブール城
狭い通路だ。
素早さを持って敵の死角をつくバッツにとって、その場所は不利だった。
フェイントにフェイントを重ね、レオの死角にまわりこもうとするが、狭い通路では動きも空間も制限される。遮蔽物もないために、死角そのものが少ない。本来は、大人が4、5人並んでも通れる通路だ。それほど狭いというわけではない。
天井がやや低いが、基本的にバッツの動きは竜騎士のような上下ではなく、左右の動きだ。天井に関してはさほどバッツの戦闘スタイルに問題があるわけではない―――問題は、左右の壁だった。
狭くはないが広くもない。なおかつ、レオ=クリストフは一方の壁に背中を付けて居た。これで絶対に背後は取れない。「くそっ、やりにくいったら」
「来ないのなら、こちらから行くぞ!」レオが壁から身を起こす。
片手で半透明な水晶の剣を持ち、しっかりとした体格に似合わず機敏な動きでバッツに向かって。
跳ぶ。(―――速い)
思った以上の早さにバッツは不意を衝かれた。
だが、バッツはそれ以上の速さで横に飛ぶ。レオが背にしていた壁とは反対側の壁だ。「ちぃっ!」
舌打ちしながらレオがバッツを追って横を向くと同時に、壁を打つ打音。否、壁を蹴る打音だ。
レオが振り向くより圧倒的に速く、バッツは壁を蹴りレオの背後に跳び込んだ。レオが視界の隅に辛うじてその残像だけを捕えられる。(もらった―――!?)
バッツはレオの背後から剣を振るおうとして―――反射的に背後に跳ぶ。
「くそっ!」
今度はバッツの方が苛立たしげに唸り、レオの背中を見る。
レオの背中からはクリスタルの剣が生えていた―――正確に言うと、脇の間から剣が生えている。
バッツの舌打ちに、レオは余裕を持った言葉で応える。「―――外したか」
レオが自分の突撃を回避されたと思った瞬間、剣を自分の脇に通して後ろに刺したのだ。
真横から来れば反応できるだろうし、背後に回り込んだならクリスタルの剣にバッツは串刺しだ。もしも、バッツがそれに気が付かずに剣を振るっていたら、クリスタルソードに胸を貫かれていた―――そんなタイミングだった。「あっぶねー・・・セコいことをやりやがる!」
「なんとでも言えば良い。―――貴公は強い。私が今まで出会った戦士の中で、五番目に強い」
「・・・五番目?」不服そうにバッツは聞き返す。
「じゃあ、一番目は誰だよ」
「無論、貴公の父親であるドルガン=クラウザー・・・」
「二番目は」
「セブンスのセフィロス―――私が全力を尽くして初めて勝てなかった男だ」(セフィロス―――行方不明の1st・・・)
噂に聞いたことがある。
セブンスのソルジャー・・・その最高位のランクである “1st” ・・・さらにその中でも頂点に位置する男―――
数年前に行方をくらませたと、バッツは聞き覚えがあった。
確か、その頃はまだ父親が生きていて、ドルガン=クラウザーはその名を聞いて少しだけ驚いていた記憶がある。ただ単純に有名人が失踪したと言う驚きではなく、もう少しなにか因縁めいた―――・・・「三番目はカイン=ハイウィンド・・・そして」
バッツはレオの言葉に、回想から我に返った。
今は、思い出を振り返るよりも目の前の敵を相手にする方が先決だ。「四番目はセリス=シェール」
「そりゃ身内贔屓だろ」
「それは彼女が女だからと侮っているのか? だとしたら、これ以上の無礼はないな」
「てめえが最強だって自惚れる気はさらさらねーがッ、女より下って言われて黙ってられるか!」バッツは踏み込む。
風の如く光の如く。瞬きする暇も無いほどの神速の踏み込みに、レオの遠近感が一瞬だけ狂う。
意識は、目の前にバッツが “出現” したことに反応できなかった。真っ向から見ていながら、バッツの速度を知覚できなかった。レオの意識は反応できないまま、バッツは横凪に、レオの胴を狙って刀を振るう―――ぎぃぃぃんっ!
再び鋼同士の激突音。
レオ自身は反応しなかったが、身体が反射的に動いていた。その鋼の音を耳にして、レオは我に返る。(速い―――速度だけならば特急品だ。父であるドルガンや、世界最強と名高いセフィロスよりも速いかもしれん)
「どーだよ。これでもまだ五番目か?」
バッツが再び後ろにバックステップして、にやりと笑って問い返す。
それに対してレオも笑みを返して、「ああ」
頷く。
瞬間、バッツの顔に血が上って真っ赤になる。彼が口を開き、なにか抗議の言葉でも言い始める前に、レオが先んじて言い放つ。「確かに貴公は速い―――だが、速いだけだ」
「ンだとこのやろ」
「現に、今の一撃は速いだけで、この私を倒すことは出来なかった」
「たりめーだ。わざわざ加減してやったんだ」
「そうか・・・やはりな」ふ・・・とレオは笑みを吐息にして出す。
その態度に、バッツは怒るよりもどこか訝しげな表情になった。こちらの “速さ“ を見せつけ、さらにはまだ加減していると宣言したにもかかわらず、レオには余裕が見られた。(余裕・・・? 今のだって辛うじて反応できたくせに、まだ余裕があんのか・・・?)
はったりだ、と一瞬思うが、その考えを振り払う。
相手はレオ=クリストフだ。
バッツも旅の途中で、セシル=ハービィと同じくらいにその名前と噂を耳にした。
この世界でもっとも戦争紛争の激しい地域、シクズスとエイトス―――その中でも、 “最強“ と冠される戦士―――その男が余裕を見せている。
なら、レオにはなにかしらの勝算があるのだろう。「一つ聞く」
「なんだよ」
「さきほど、バロン兵や陸兵団軍団長ギルガメッシュ殿を相手にしたときも手を抜いていたのか?」
「そーだよ」レオの質問に対し、思いっきり皮肉げに肯定してみせる。
だが、相手はさらに笑みを深くしただけだ。くっくっく・・・と、堪えきれないように低く笑う。その様子をセリス=シェールなどが見たらどう思うだろうか。「レオ=クリストフが笑っている。ならば明日の天気は雨だな」くらいは言うかも知れない。ともかく、それほど珍しい状態だった。レオ=クリストフという男が愉悦に浸ると言うことは。さすがに不気味に感じ、しかし表には出さずにバッツが聞く。
「へっ・・・俺の強さが少しは理解できたか」
「ああ、理解したとも」笑みのまま頷き―――次の瞬間、笑みが完全に消えて感情の見えない素顔になる。
「貴公が、敵ですらないということが、はっきりと理解できた」
「ラモン王!」
ばたん! と、セシルは広間の扉を開けて跳び込んだ。
謁見の間としても使われる広間には、ラモン王と数少ないファブールの文官に、近衛兵であるモンク僧たちが数十名ほど居た。「報告は聞きました」
ファブール王ラモンは、セシルの姿を見るなり重々しく頷いた。
「なんでも、ヤンの弟子たちの屍を使って騙し討ち同然に城の門を開けたらしいが・・・」
「ええ、事実です」
「卑劣な―――しかしセシル殿には詫びなければならないな。セシル殿の言うとおりに、門を開けなければ・・・」先に王に事の成り行きを伝えたモンク僧は、事実は一粒残さず伝えたようだった。
先の出来事は、相手方が卑劣なほど狡猾だったこともあるが、そんな奸計すらもセシルは見破っていた―――それをヤンが強引に門を開けさせたのだ。言うなればヤンの、ひいてはファブールの失態だ。だというのに、伝令は事実を事実として伝えた。
これが他の国の兵士なら、ヤンを庇い、多少なりとも事実を曲げて報告してしまうかも知れない。
下手をすれば、セシルに責任を被らされることもある。(・・・これも神の教えなのか―――誠実で潔癖だ、モンク僧というのは)
愛国心がないわけではない。ヤンの気持ちを思わなかったわけではない。
だが、それ以上に正しいことを、或いは神を正面から見て正しいと言えることをモンク僧の伝令はしたのだ。「・・・ヤンの選択は誤りではありましたが、しかし間違ってはいません。むしろ、あそこで仲間を見捨てるような事を言った私の方が人としては間違っているでしょう」
「セシル殿。そのお言葉、お気持ちは有り難い―――だが、それは戦いの終わった後、ヤンに向けて言って欲しい」
「はい。それで、今敵は正門と横門の二カ所を攻略しようとしています。正門はヤンが自らモンク僧を率いて敵を食い止め、西門はバッツが―――」その時、モンク僧が一人広間へと跳び込んできた。
血相変えて跳び込んできたモンク僧に、ラモン王が叫ぶ。「何事だ!」
「た、大変です! 横門が突破されました!」
「なに・・・!」おそらく、その伝令にその場で一番驚いたのはセシルだろう。
西門はバッツ一人に任せてある。
かなり無謀だと思うが、しかしセシルはカイポの村でのバッツの実力を知っている。並の人間なら、百という束になっても叶わない。敵を殲滅することは流石に無理だろうが、持ちこたえることは出来るはずだった。だからこそ、セシルは正門に戦力を注ぎ込んで、正門のバロン軍を撃退した後に、横門へバッツの救援へ向かわせようと考えていたのだが。(予想よりも突破されるのが速すぎる・・・まさかバッツ・・・)
「バッツは! ・・・やられたのか?」
死んだ、という言葉は使いたくなかった。
伝令は首を振って。「バッツ殿はレオ=クリストフと交戦中! バロン軍は二人が剣を合わせている隙に突破した様子です」
「なんと、レオ=クリストフと一騎打ちか!」ラモンが感心したように呟く。それからセシルの方を振り向いて。
「西門を突破されたのは痛いが、だが噂に名高い獅子将軍を押さえられるなら、十分だ。そうですな、セシル殿」
「・・・駄目だ」
「ん?」
「あ、いや」セシルは慌てて頷いた。
に、と笑って。「そうですね。バッツの力なら、レオ将軍とも互角に渡り合えるでしょう」
事実だった。
セシルの見たところ、レオとバッツの力は互角だった。
いや、むしろバッツの方が戦闘力は上回っている。ガストラの将軍たちが扱う “魔導” の力を差し引いてもだ。だが、セシルはそれと同時に確信もしていた。
(バッツは、絶対にレオ=クリストフには勝てない・・・いや、カインにもセリス将軍にも―――僕にすら、バッツは打ち勝つことは出来ない)
もしもそのことを、レオ=クリストフが気づいてしまったら―――
セシルは周囲の面々を安心させるように微笑みを浮かべていた。
ただし、その微笑みは彼をよく知る人間―――例えばローザ―――などから見たら、とても痛々しいものであったが。(頼むから死ぬなよ、バッツ。僕は、君にローザを救って貰った恩を返してないんだ・・・)
「それで、他の戦況は?」
ラモン王の声に、セシルは我に返った。
(・・・今は、バッツの心配をしている場合じゃない。なによりも、バロン軍を撃退することだけを考えろ)
「正門の方は、ヤン僧長たちが敵を食い止めています。それから、西門を突破したバロン軍は後方を守っていたギルバート殿たちが広間に合流する途中で遭遇し、交戦中!」
「ギルバート・・・王子が!」
「はい。実は私はその内の一人だったんですが、ギルバート殿に言われて伝令を。・・・現在はフライヤ殿を軸にして、なんとか食い止めています・・・が、戦力に差がありすぎます。このままではここへ来るのも時間の問題かと―――」
「そうか、ならば俺が一番乗りというわけだな」声は、伝令の後ろから。
「ひっ?」
伝令が背後からの声に振り返ろうとした瞬間、その腹部から銀の槍の先端が突き出た。
鮮血が、槍に押し出されるように床に飛び散って、血の臭いが広間中に拡がる。「ぐぼっ・・・」
口や耳からも血を吐き出し、伝令のモンク僧兵は息絶えた。
それを、槍の主は軽く槍を振って投げ捨てる。
ぐちゃ、と血まみれになって床にたたき落とされた僧兵を見て、文官の一人がひぃぃっ、と息を呑むような悲鳴を上げた。「カイン・・・」
槍の主を見て、セシルは呻くようにその名前を呼んだ。
血の付いた槍を肩にかけ、彼は広間の入り口に背を預けて、優雅と思えるような仕草で顎を持ち上げ、下目にこちらを見下してくる。「さて・・・クリスタルを渡して貰おうか」
「渡せと言われて渡すようなら・・・君はここには居ないだろう?」
「・・・ふっ、そうだな。ならば力づくで―――」
「待て!」カインが槍を構え、セシルも腰の剣―――暗黒剣ではない普通の剣だ―――を抜いたとき、ラモン王が急に声を上げた。カインがそちらを見る。
「待ってくれ・・・クリスタルはここにある。これを渡すから退いてくれないか」
「ラモン王!」セシルの声を無視して、ラモン王は背後の側近からクリスタルを受け取ると、カインの方へ向かってゆっくりと歩み始めた。
一抱えほどもある水晶だ。一見すると普通の水晶にしか見えないが。(ゴルベーザはこんなものを集めてどうする気なんだろうな)
何となく疑問を胸に抱く。
ダムシアンで火のクリスタルを目にしたときも思ったが、一抱えほどもあるただの水晶、にしか見えなかった。宝石類には詳しくないので、それが金銭的にどれほどの価値があるのか解らないが、金銭や芸術的な価値以外になにかがあるとは思えなかった。(だが、ゴルベーザはこれを集めようとしている―――ならば、何かしらの意味があるのだろう)
どっちにしろ、疑問は思っても考える必要はない。
カインに必要なのは、ただゴルベーザの意に従い、ゴルベーザという男を己の仕える主として、王へ奉り上げることだった。
などということを思いながら、カインはクリスタルを抱えてこちらへゆっくりとした足取りで向かってくるラモン王へ槍を振り上げる。「え?」
と、ラモン王が自分に向かって槍を持ち上げたカインに、戸惑い歩みを止める。次の瞬間には、カインの槍は容赦なく振り下ろされ―――
ぱりぃぃぃぃぃぃぃっ!
クリスタルに直撃し、その反動でラモン王は後ろに倒れた。
王自身には怪我一つ無いようだったが、その王が持っていたクリスタルは粉々に砕けてしまった。
床に散らばった破片をみて、カインはふん、と鼻を鳴らす。「何度もそんな偽物が通用すると思うなよ、セシル!」
言いながら、セシルの顔を見る。
セシルは床に砕けたクリスタルの破片を見て。「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
絶句。
その様子に、カインは訝しげに方眉を上げて。「・・・おい、そんな芝居をしても俺は騙されんぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「だ、騙されんと言って居るぞ?」ちょっと、台詞の言葉尻が弱々しくなってくる。
「おい、偽物なんだろう! そのクリスタルは! おい!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「セシル、応えろ! そうなのかそうでないのかはっきりとしろ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・ま、まさか。・・・いや、だ、騙されないからな。そう、何度も何度も似たような手法に引っかかる俺ではない・・・ぞ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・ほんもの、なのか?」そこで初めてセシルはカインの方を見た。
呆然と。
ただ呆然と。
それ以外の感情は完全に欠落してしまったように、呆然とカインを見返す。「・・・・・・・・・・・・・・うわああああああああああああああああああああああああああっ!?」
カインは悲鳴を上げて頭を抱えた。
そんな彼を、セシルは全く変わらずに呆然と眺め。
ふと、気づいた。
カインの背後。なにもない空間がぐにゃりと歪むのを。ゆがみは、その空間にあった色をごちゃ混ぜに混ぜ合わせ、次第に金色に染まっていく。さっきラモン王が抱えていたクリスタルよりも一回りほど大きい空間が歪んで、金色に染まり、その金色は唐突に一本一本のごく細い線に分かれる。(・・・髪? 金色の・・・)
と、セシルが気が付いた瞬間、金の髪に包まれて、一人の女性が現れた。
バルバリシアだ。「・・・なに、やってんのかしら?」
彼女は呆れたように、ぽかんとした間抜け面をさらすセシルと、頭を抱えて悲鳴から変わった呻き声を上げているカインを交互に見やる。
「バ、バルバリシア・・・お、俺はクリスタルを」
「クリスタルを?」
「・・・破壊して、しまった」力なく呟き、カインは自分が砕いたクリスタルの破片を見下ろす。
カインの視線の動きに促されたようにバルバリシアも、床の上に散らばったクリスタルの破片を見て、小首をかしげた。「それ、偽物よ?」
「・・・・・・・・・・・へ?」言われて、カインはクリスタルの欠片をよく見る。
よく見ても解らない。なにせ、カインはゴルベーザの欲するクリスタルというものがどういうものか、まだはっきりと解っていない。
だが、バルバリシアにはクリスタルの真贋が解るらしい。この間、ファブールへ強襲を仕掛け、それをセシルが偽物のクリスタルで迎え撃ったときも僧だった。「本当に、偽物なのか・・・?」
半分期待、半分疑心でカインはバルバリシアを見る。
だが、彼女が肯定するよりも早く。「・・・ぷっ」
セシルが吹き出した。
振り返る。と、さっきまでの呆然とした表情はどこへやら、やたらとにやついた表情で、「あはははははははははははははははははっ! あはははっ、だ、騙されてる。思いっきり騙され―――うわっ!」
爆笑したセシルに対して、カインは怒りのこもった槍の突きを見舞う。怒りが過ぎて、力を込めすぎたせいかセシルが避けるまでもなく当たらなかったが。
「うわ、危ないなー、カイン」
「セシル! 貴様ぁッ!」怒りをあらわに怒鳴るカインにセシルは、再び愕然とした表情を顔に作って。
「・・・ほんもの、なのか?」
「セシルーッ!」さきほどのカインの真似をするセシルに、さらに激怒。
槍をぶんぶん振り回してセシルに向かう、が、セシルはそれをわざわざ背中を向けてたったかと逃げ出す。「あっはっはははー。カイン、さっきの君は最高だ! 輝いていたよ!」
「殺す! 絶対に殺す! 殺して殺して殺し殺すーッ!」完全にブチ切れてセシルを追いかけ回すカイン。
広間の壁に沿って、追いかけっこをする二人を眺め、その場の全員は呆れたような顔になっていた。
そんなカインに、バルバリシアが不意に叫んだ。「カイン! 右ッ!」
「ッ!」ズガァッ!
バルバリシアの声に、カインは反射的に右に向かって槍を打つ。
カインの右手は壁だった。槍はただ壁に突き刺さるだけ―――・・・ではなかった。「なにっ!?」
槍は、壁を易々と貫いた。
それどころか、槍が壁を貫くと壁そのものが崩れ、その先には―――「いかん! そこはクリスタルルーム!」
ラモン王が叫んだ。
セシルは振り返り、カインの身体ごしに壁の向こうを見る。―――その、壁の向こうに拡がる部屋は、見覚えがあった。
(あれって、ミシディアの時の・・・)
白く煌めきに満ちた部屋。
ミシディアの、水のクリスタルが納められていた部屋―――・・・「あれが、クリスタル・・・風のクリスタルか・・・」
カインが呟く。その身体が邪魔でクリスタルそのものは見えなかったが、その祭壇らしきものは見えた。
間違いない。ミシディアの時と同じ―――(あんな所にあったなんて!)
セシルは悔恨。
実はセシル自身も、今までクリスタルがどこにあったか知らなかった。
ラモン王が、あまり隠し場所を知る人間を増やしたくなかったと言うこともあり、セシルも外部の人間という自覚があったので、強くは知ろうとしなかった。本当なら、最初の夜に赤い翼の爆撃を、偽のクリスタルを盾にして防いだときも、本物のクリスタルを使おうとラモン王に持ちかけたのだが、同じ理由で却下されたのだ。
だが、こんな結果になるのならば、もっと強くラモン王に隠し場所を教えて貰うべきだったかも知れない。それならもっとほかにやりようがあった―――例えば、さっきもカインのことを無闇に挑発したりせずに、或いは広間ではなくもっと別の場所を本丸にすれば良かったかも知れない―――だろうに。(・・・いや)
と、思い直す。
セシルは、突如として表われ、宙に浮いている不可思議な女性を見やり、(彼女は本物のクリスタルがどこにあるのか解るようだった。なら、なにをしても無駄だったかも知れない)
むしろ、裏をかこうと小細工を弄すれば、さらに裏をかかれていた可能性も大きい。
そのバルバリシアはというと、半眼で地に足のつかない状態で高みからカインの方を見下ろして、「カイン、早くそれを取ってきなさいな。それで役目は終わりでしょう」
「・・・バルバリシア。場所が解るなら、お前が取りに来れば良かっただろう?」
「残念だけど、そういうわけにはいかないの。諸処の事情で、私たちはクリスタルには近づけないの―――その輝きを封じない限りね」
「わけのわからない女だ・・・まあ、いい」ふん、と嘆息すると、カインはセシルを振り返ってにやりと笑う。
「セシル! クリスタルは頂くぞ! それを止めたければ―――」
「戦え、って? 解りやすいな、君の性格は!」
「お前を倒せばゴルベーザの邪魔をする者は居なくなる―――悪いが、ここで死んで貰う」
「嫌だね。そんなことをすればローザが悲しむ」セシルが言うと、カインは一瞬だけ苦笑して見せた。
「ローザは悲しまんさ。・・・すぐにお前の後を追って死ぬだけだ」
「よく解ってるな幼馴染。だって言うのに、君は僕を殺すと言うんだ」
「お前がゴルベーザに忠誠を誓うというのなら、話は別だが―――そんなことはできまい」
「よく解ってるな幼馴染」セシルは深々と嘆息して、自分の剣を強く握り直した。
剣は普通の剣だ。シャドーブレイドは一応、腰にあるが、仕える状態じゃない。
良くて一発、ダークフォースが使えれば御の字だ。下手をすれば、ダークフォースを使おうとした瞬間に砕け散るかも知れない。(暗黒剣無しで、カイン=ハイウィンドに勝てるのか・・・?)
自問する。が、その答えは敢えて出さない。
と、風のクリスタルなどセシルの前では眼中にない、といったカインに対して、バルバリシアが声をあげる。
「ちょっと。先にクリスタルを―――」
「セシルの始末が先だ。我が王の行く手を阻む者が居るとすれば、こいつしか居ない」
「そう? なら私も手伝うからさっさと―――」
「こいつは俺の獲物だ。貴様は他の連中と遊んでろ!」
「はーいはい」バルバリシアは肩を竦めると、素直に他の―――ラモン王を初めとする、側近やモンク僧兵たちに向き直る。
「じゃあ、仕方ないからあなた達で我慢するわ。けど、一つだけ注意してね? 私を楽しませてくれないと―――」
にこやかに、優雅に。
金髪の美女は妖艶に笑う。「―――死んじゃうわよ?」