第8章「ファブール城攻防戦」
U.「決戦開始」
main
character:セシル=ハービィ
location:ファブール城
城内へ続く中門は容易く破られた。
門を打ち破ったバロン兵が目にしたのは、黒い剣の切っ先をこちらに向けているセシルだ。「うあっ・・・」
先頭の兵士がうわずった悲鳴を上げた。
未だ、初戦でのセシルへの恐怖は払拭されていない。
突入してきたバロン軍の動きが鈍ったのを目にして、セシルの背後に控えていたヤンが号令をかける。「行けぇっ!」
同時、セシルの両脇を駆け抜けて、モンク僧たちがバロン陸兵団に殺到する。
セシルへの恐怖に縛られていた兵士たちは、モンク僧たちの機敏な突撃に反応が遅れた。打音。
鍛え上げられた鋼の肉体から打ち放たれた打撃力が、兵士たちを容赦なく殴り倒していく。
陸兵団の先頭の兵士たちは、後ろへ殴り飛ばされた者は味方に支えられ、さらにそこへ追撃を打たれて仲間ごと吹っ飛ぶ。地面に叩き倒された兵士は、そこへ故意か偶然か、ともかく容赦なく踏まれた。横に殴り飛ばされた兵士は、別のモンク僧に追撃を受けて、その後は後ろに飛ばされるか、地面に倒されるか以下省略。「馬鹿野郎! ひるんでるんじゃねえッ!」
モンク僧の一人が、巨大な大剣に切り伏せられる。
兵士と兵士の間を縫って―――というよりはむしろ蹴散らして、強引に前へと割り込んできたのはセシルの知っている顔だった。「リックモッドさん・・・」
かつて、陸兵団の上官だった男だ。
なおかつ、若輩者ながらセシルの才覚に気づき、ともすれば無茶とも無謀とも言えるセシルの提案を、常に認めていた理解者でもあった。
バッツと同じ、茶髪茶瞳。だが旅人であるバッツよりも日に焼けていて、褐色の肌は彼自身の持つ髪や瞳の色との境界を目立たなくしている。ぱっと見れば、その表情は、全体が同じような色で塗り固められているために、顔を覚えるのは難しい。が、大きな口で喋る大きな声と、その豪放な性格は強く印象に焼き付く。「先走るなよ! それは俺の獲物だ!」
「カイン・・・」大柄なリックモッドの肩越しに、親友の姿が見えて、セシルは思わずその名前を呟いた。
「悪いが、先にやらせて貰うぜ! セシル! 一度お前とは本気でやり合ってみたかった! ―――行くぜ、セシル!」
セシルが部下だった頃から変わらない―――所々が欠けている大剣を振りかざして、リックモッドがモンク僧たちには目をくれずに突進してくる。
大剣は酷く刃こぼれしているが、なにせリックモッドの背丈ほどは在ろうかという剛剣だ。斬るのではなく、 “叩き潰す” といった風情の剣は、刃こぼれなど関係ない。
セシルが暗黒剣を構えなおし、迎撃しようとする―――直後、リックモッドの足下から何かが跳んだ。
考えるよりも先に、反射的にセシルは身体を傾けて回避―――それが、リックモッドの靴であると気が付いたとき、セシルは舌打ちした。(しまった―――!?)
靴から前へ、視線を戻せばすぐ前にリックモッドの巨体が迫ってきていた。
身体は傾き、バランスを崩している。意識は反応しているが、身体は反応仕切れていない。なんとか剣を前に出そうとするが、それより早くにリックモッドの剣が勢いよく振り下ろされた!打音。
セシルのすぐ眼前で、激しい激突音が鳴り響く。
そして彼が見たのは、リックモッドに似た褐色の筋骨隆々とした肉体だ。
リックモッドよりは小柄だが、その分だけ筋肉が凝縮されているような気がする、とセシルはなんとなく思った。「ヤン!」
「セシル、ここは私に任せろ!」リックモッドの突進を跳び蹴り一閃し、セシルを救ったのはヤンだった。
リックモッドの方を見れば、彼の褐色の身体は肌色が濃すぎて、どこに打撃されたのかわからない。ただ、唇を切ったらしく、口の端から血を流しているのを見えた。ぺっ、と血の混じった唾を吐き捨てる。「助かった、ヤン」
「・・・まだ助けたうちには入らん」セシルの窮地を救った高揚感より、むしろヤンは苦々しい表情を浮かべて、セシルをちらりと振り返る。
「私には責任がある。セシル、ここは任せて欲しいのだ!」
「・・・解った。死ぬなよ」
「責任を果たさずして死ぬつもりはない」
「その言葉、信じた」そう呟きを残し、セシルはヤンたちに背を向けた。
「セシルを追え! あいつの行くところにクリスタルはあるッ!」
リックモッドが号令をかけて、陸兵団がセシルを追いかけようとする。
だが、それをヤンを初めとするモンク僧たちが遮った。その上を、カインがひとっ飛びに飛び越えた。
天井すれすれを、まるで宙を走るように跳躍するカインを誰も止めることは出来ない。「ちぃっ!」
自分たちを飛び越え、セシルを追い颯爽と駆けていくカインの背中を眺め、ヤンが舌打ち。
だが、すぐに自分の為すべき事をわきまえる。「これ以上はここを通さん! 我らが拳に秘めたる打と意地にかけて!」
「・・・面白え・・・」にやり、と笑ってリックモッドがヤンを見る。
リックモッドは剣を振り上げ、ヤンは拳を固め。剣がうなりを上げて振り下ろされ、それをヤンはサイドステップで回避。同時に前へと踏み込み、リックモッドの懐に飛び込む勢いで鎧と鎧の間隙に打撃を打ち込む。鳩尾をしたたかに打たれ、リックモッドは小さく顔を歪めた。だが、鎧に遮られて衝撃は貫通しきっていない。構わず振り下ろした剣を持ち上げて切っ先を自分の胸に向けるように手首を返し、ヤンを背後から狙う。
「!」
後ろからの攻撃に気が付いたヤンは、慌てて後ろに跳んで―――つまり剣を飛び越えて回避。間合いを取る。
一呼吸置いてから、ヤンが驚いた。「・・・なんという怪力だ。手首の力でその剣を振るえるのか」
「腕が頑丈なのが取り柄でな! だがあんたも鈍重に見えるが随分と速い」筋肉が盛り上がってる分、身体は重くなる。重くなれば、当然スピードは鈍る。
だが、ヤンはむしろ機敏に、スマートな動きを見せていた。「修行の賜物だ」
短く素っ気なく答え、ヤンはさらに動く。前へ。
つれないねえ、と小さく呟きながらリックモッドも動いた。前へ。そして、再び激突。
―――これが、ファブール城内で起こった、一番初めの戦闘だった―――
ヤンとセシルが、外門から一番近い中門でリックモッド率いる陸兵団を迎え撃っていた頃。
バッツもまた、別の場所で敵を迎え撃っていた。
ファブールの外の城門は、入り口が一つしかない、がその中に入れば、進入口は幾らでもある。
そのうちの一つを、バッツはたった一人で守っていた。彼曰く。
「一人の方が戦いやすい。悪いが、他の奴らを気にかけられる余裕はないからな―――俺の所に人を回すくらいなら、別の所に人を回せよ」
ということだった。
「痛いヤツが嫌いな奴は背を向けて逃げな―――向かってくるなら容赦はしねえ!」
父から預かった剣を振るうバッツの足下には、すでに数人の兵士たちが倒れ、呻いている。
彼らはまだ生きていた。ただ、致命傷は無いものの、腕や足の筋を深く斬られ、行動不能になっていた。
バッツの動きには派手さはない。
限りなく単純に、限りなく無駄のない動き。だからこそ、兵士たちはバッツの凄まじさに気づくのが遅れた。致命傷を受けた人間は居ない。
だというのに、ことごとく戦闘不能させられた。しかもバッツ自身は傷一つ受けておらず、息一つ切らせていない。
それを、強い、とバロン兵たちが気が付いたのは、バッツの周りで十数人の兵士たちが苦しそうにうめき声を上げて倒れてからだった。そして今は、仁王立ちして城内の狭い通路を塞いでいるバッツの前で、兵士たちは二の足を踏めずに居た。
・・・狭いと通路、と言っても実際はそれほど狭くはない。普通なら大人五人ほどが並んであるいていても、悠々と通れる通路だ。天井がやや低くく、例えば竜騎士の称号を持つ人間なら、片足で跳んでも軽々天井に平手をくっつけられるだろう。これは、見た目の良さよりも質実的な機能性を重視したフォールスの特徴の一つであり、バロンやエブラーナの城も似たようなものである。ただ、ダムシアンやトロイアではむしろ “華” を好んでいるようだ(トロイアには神殿はあっても城はないが)。「なにやっててんだ馬鹿野郎! たった一人に手間どってんじゃねえ!」
兵士たちの後ろから、怒鳴り声が聞こえてきた。
ややあって、兵士たちの中から赤い鎧の男が現れた。「あれ、あんたどっかで会ったか?」
「あ?」きょとんとしたバッツに、ギルガメッシュはまじまじと相手の顔を見た。
ややあって。「・・・あーっ! て、てめえはッ!」
「うわなんだいきなり大声出して。驚くぞ?」
「こ、こ、この野郎。てめえっ、俺様のナイスダンディな顔をこんがり焼いてぶん殴った挙句に砂に埋めていきやがったのを忘れたか!」
「あー・・・ダムシアンの」そういえばそんな事もあったか、と思い出す。
思い出しついでに少し弁解。「いやつーか、焼いたのは俺じゃないし、埋めたのだってボコだったし」
「あれから鎧の隙間と隙間に砂が入り込んで、しばらく動くたびにじょりじょりっと妙な感触したんだぞ! どーしてくれんだコラ!」
「知るかンなこと」へっ、とバッツは本気でどうでも良さそうに肩を竦めた。
ギルガメッシュの顔色が、着ている鎧と同じ、みるみるうちに赤くなっていく。「てっ、てっ、てめえ! 殺す!」
「ギルガメッシュ団長! そいつ強いッス。気をつけて!」バッツに向かって突進するギルガメッシュに、バッツはにやりと笑みを作った。
「へー・・・あんた、軍団長か。なら、アンタを潰せば終わりだな!」
「ほざきやがれぇぇぇっ!」ギルガメッシュは腰から剣―――エクスカリバーではなく普通の剣だ―――を抜きはなち、バッツに向かって振り下ろす。
バッツはまったく微動だにしない。その脳天から股間まで、ギルガメッシュの剣が容易く一刀両断する。「―――!? なに!?」
違和感。
全く手応えがないことに、ギルガメッシュは驚愕した。
慌てて、剣を持ち上げて身構える―――その瞬間、目の前のバッツの姿が朧となってかき消えた。「・・・へえ、意外に判断力は良いな。まあ、そうでなきゃ軍団長なんてつとまらないか」
声は後ろから。
ぎくりとしてギルガメッシュが背後を振り返れば、そこにバッツが居た。
さっきと同じ、にやり、とした不適な笑み。ギルガメッシュは間合いを取ろうと後ろへ二歩下がった―――その刹那、バッツの剣が閃いた。四度。「ぐあっ!」
一瞬の技だった。
ギルガメッシュの両手首、両足首から鮮血が飛び散った。
鎧の間隙をぬって繰り出されたバッツの剣の刃は、ギルガメッシュの両手両足の剣を易々と切断したのだ。たまらずに、その場に崩れ落ちるギルガメッシュ。
大したダメージではないが、戦闘続行するには致命的な怪我だ。倒れたギルガメッシュの首筋に、バッツは刃を押し当てて言う。
「部下に引かせな。―――死にたくなかったらな」
「はっ、誰がてめえなんぞの言うことを聞くかよ馬鹿野郎―――って痛ッ!? いま刺した!? チクッて刺したーッ!」
「軍団長!」
「ええい、てめえら一旦引け! 俺のために!」恥も外聞もなく命令するギルガメッシュ。
その命令を受けて、兵士たちは後ろに下がり――――――代わりに、一人の男が前に出た。
「・・・げ」
その男を見てバッツは思わず呻いた。
男は、人質に取られているギルガメッシュには目もくれず、バッツに向かって突撃した。「おい、こいつの命が―――」
「出来るのならばやってもらおう!」男―――レオ=クリストフは強く言い放つ。
バッツは舌打ちすると、ギルガメッシュの首に当てていた剣に力を込めて。
―――ほんの一瞬だけ迷い、バッツは剣を持ち上げて、レオの一撃を受けとめる。ぎぃぃぃんっ! と耳障りな鋼と鋼がぶつかり合う衝突音。
と、バッツの身体が跳ね飛ばされる―――いや、自ら後ろへ跳んで、レオの剛剣を受け流したのだ。「―――ケアルラ」
レオの回復魔法が、ギルガメッシュや他の戦闘不能になった兵士たちの傷を癒す。
元々傷はさほどに深くない。彼らはすぐに起きあがると歓声を上げた。「助かったぜ! おいてめえ、この茶髪! よくもやってくれやがったな! こっからは俺様とレオ=クリキントンの最強タッグで貴様を殺ーす!」
「・・・レオ=クリストフだ・・・」
「そうだったか? まあンなことはどうでも良い。行くぜてめえ!」
「悪いが、ここは私一人に任せて貰おう」レオの言葉に、ギルガメッシュは勢いを削がれ、前につんのめる。
「やつには借りがあるのだ。ギルガメッシュ殿は兵を率いて先に進んで頂きたい」
「・・・いやでも俺様もすこぶるあの茶髪のガキ、略して茶ガキにはムカついてるところだし―――」
「そこを頼む。ヤツとは一対一で勝負をつけたいのだ」
「・・・まあ、いいや。そんかわし、今度オゴれよ?」あくまでも軽いギルガメッシュの調子に、レオは苦笑。
「ああ、ともに生きて帰ったなら、是非とも奢らせていただこう」
「よっしゃー! なら行くぜ野郎ども、目指すは本陣! とー!」ハイなテンションで、ギルガメッシュは突進。
それをバッツが遮ろうとするが。「させん!」
さらにそれをレオが阻む。
再び剣と剣を合わせ、鍔迫り合いのまま降着。
その隙に、ギルガメッシュ率いる陸兵団が、城の奥深くへと進入していく。陸兵団の進入を半分ほど許したところで、バッツは諦めた。
力を抜き、素早く後ろに下がってレオと間合いを取る。
陸兵団が全て通り過ぎるのを見送って、それから吐息した。「・・・まあ、ここでレオ=クリストフをブッ倒せば、ウチに有利ってことだよな」
「悪いが、今度は貴殿も剣を持っている。ならば遠慮はせんぞ」楽しそうに、嬉しそうにレオは笑みを浮かべ、バッツに向かって剣を構えた―――
セリスはレオとはまた別の場所から進入していた。
彼女一人だ。
遠くの方から響いてくる喧噪を聞きながら、のんびりと通路を歩く。
敵に、出会わない。他の所―――兵力の集中しているところへ投入されているせいだろう。単身、城の中に進入したセリスはノーマークだった。(・・・予想していたとはいえ、拍子抜けだな)
こちらに比べて向こうは圧倒的に兵力が少ない。
だから余裕分の戦力がほとんどない。
100以上の単位の部隊には、一人でも多くの兵力を割り振るが、セリスのように単騎で進入したところには兵力を割いている余裕はない。というか、気づかれていることも無いんじゃないだろうか。セリスが進入したのは城の勝手口のような場所だった。
入ってみれば、ほこりっぽい倉庫の中。
鍵の掛かっているドアを蹴り壊して開けて、今に至る。
兵力が集中しているのは、当然に正門などの大量の人間が一度に出入り出来るような場所だ。だから、小さな勝手口などは無視されたのだろう。(本当なら、見張りの兵を10人くらいは置くべきなのだろうが)
そんな余裕もないということだ。
だいたい、この城はやたらと広い。面積だけなら、セリスが見た今までの城の中で一番大きい。
街が中に入っているのだから、それも当然といえば当然だろうが。
だから、勝手口の数も多く、その全てに人を配置している余裕はない。だからセリスは誰にも見とがめられることなく城に潜入し、誰にも会うことなく歩いていた―――と。
タッタッタッタ・・・
曲がり角を曲がろうとしたとき、その向こうから足音が響いてきた。
反射的に剣の柄へと手をやる。
間もなくして、相手が姿を現した。「「あ」」
異口同音。
思わずという形で、セリスと相手の女性は口を揃えて短音を発する。
相手は女性だった。
しかも見覚えのある―――というか一度見たら絶対に忘れることの出来ない女性。外観的にも性格的にも。「ローザ=ファレル!?」
「セシルに名前が似てる夜這いさん!」
「それはもーいいっ!」怒鳴った。怒鳴ってから、胸の心臓の上辺りに、鎧越しに手を添える。
(・・・落ち着け私。これだといつものパターンだ)
いつもの、とは言ってもセリスはローザに2回しか会ったことがない。
まあ、ローザという女性には、2回会えば十分かもしれないが。と、ローザが顔を曇らせて、神妙な調子で口を開いた。
「貴女が、ここにいるということは・・・」
「そうだ、ファブールのクリスタルを頂きに―――」
「私と同じようにセシルを追いかけて!?」
「違うわーッ!」
「いいものっ、私負けない! だって・・・女の子だモン」
「わけわからんわっ! とゆーかそれはナニか!? 私は女の子じゃないとでも言いたげなのか!?」すでにいつものパターンに陥っていることを自覚しながら、彼女は悲鳴じみた声を上げる。
(どーして、こうなるんだろうか)
などと、答えのでない自己分析などをしてみたり。
そんな内心葛藤しているセリスへ、ローザはウィンク一つ。「大丈夫よ! 夜這いさんは思いっきり女の子よ!」
「いやだから、夜這いじゃなくて私の名前はセリス=シェール・・・」
「だって、こんな所までセシルを追いかけて来たんだもの。貴女はとっても恋する乙女よ☆」
「違うーッ!」
「でも、私は負けないから! だって、女の子だもん!」
「繰り返すな!」
「えー、だって、ギャグの基本は繰り返すことだってロイドが言ってたわ」
「ギャグだったのか!?」
「ギャグも恋も一緒よ! どっちだって笑顔になるための方策だもの」
「・・・いやなんか、微妙に・・・いやかなり違うような」
「それにどっちも最終的には落ち着くものだし」
「確かに、結婚したら “落ち着く” とは言うな・・・」
「でしょ?」嬉しそうにはしゃぐローザの笑顔を眺めながら。
ふとセリスは我に返った。「違う! なにからなにまで違う! とゆーかそもそもが違う!」
「なにが?」
「私はセシルを追いかけてきた訳じゃない。ファブールに戦争を仕掛けにきたんだ!」
「えー、そんなの嫌」
「嫌じゃない! 嫌でもそうなんだ! とゆーわけでお前なんかに構ってるヒマはない」言って、セリスはローザの傍をすり抜けようとする。
と、ローザはその腕を掴んだ。「・・・なんだ? まだなにかあるのか?」
「お願いがあるの」そう言ったローザの表情はいつになく真剣だった。
思わずセリスは動きを止める。「・・・なんだ?」
「私をセシルの所へ連れて行って」
「なんで私が。自分で勝手に行けば良いだろう」セリスはローザの腕を振り払い、先を行こうとする。
その背中に、「―――セシル=ハーヴィは、生きていた」
ローザの声だ。
思わず振り返る。
にこっと、彼女は笑っていた。「セシル=ハーヴィは生きていたわよ? だったら、貴女は私の言うことを聞く約束よね」
「それじゃあ賭けましょ。セシルが生きているかどうか」
「賭け?」
「そう。セシルが生きていたら私の勝ち。死んでいたらアナタの勝ち」
「くだらんな」
「くだらないことないわ。だってセシルは生きてるんですもの」
「なんだそれは!? 貴様、さっきからなにも理解してないのか!? セシル=ハーヴィが生きているわけない!」
「じゃあ賭け成立ね」
「待て。別に賭けるとは―――」
「ちなみに負けた方は、言う事をなんでも聞くのよ。OK?」
「人の話を―――」
「それじゃ、私は急ぐから。バイバイっ!」
その会話は簡単に思い出せた。
ミストの村から歩いて帰ってきた時のことだ。
バロンの街目前で、凶悪なチョコボに乗ったローザに出会った。「あれは、お前の一方的な約束であって―――」
「お願い、セリス。なんだかとっても嫌な予感がするの」名前を呼ばれたのは不意打ちだった。
初めて名前をちゃんと呼ばれた気がする―――そのせいか、ローザの言葉が途端に重みを増して聞こえてくるような気がした。繰り返して「お願い」と呟くローザの瞳を見て、セリスはなにも言えなくなる。
あの約束に強制力など存在しない。
ここでセリスが強く「駄目だ」と言ったら、ローザは諦めて自分一人でセシルを探すだろう。(・・・なら、別に連れて行っても行かなくともどっちでも同じ事か)
心の中で呟く。
ローザの思いを、否定することが何故か出来ない。
あの時と同じだ、と思う。
ミストの村から戻ってきたとき、ミストやロックと分かれたときに感じた思い。(本当なら、この女のことは無視するべきだ。だが―――セリスは? セリス=シェールはどうしたがっている?)
答えの分かり切っていることを考えるほど馬鹿げたことはない。
セリスはため息を一つつくと。「・・・解った、ローザ=ファレル。お前はこれから私の捕虜だ」
「セリス! ありがとう!」
「いいか、あくまでもお前は捕虜だからな! それに、もしかしたらセシルの人質に使えるかも知れないから連れて行くだけだ!」言い訳がましいと自分でも思う。
だいたい、誇り高きガストラの将軍が人質などと愚劣な行為を―――ふと、脳裏にひょっひょっひょと笑う馬鹿の姿を思い出す。
(あぁ、やるかもしれんな。とゆーか絶対にやるに違いないな、あの馬鹿は)
「ええ、解ったわ。ご主人様!」
ローザの台詞にセリスは固まる。
「な、なんだそのご主人様ってのは」
「えー、捕虜って捕まえられた人に対してそういうんじゃないの? そうだってカインが言ってた」
「カ、カイン=ハイウィンド・・・!」脳裏に浮かぶのは、むっつりと笑わないクールな竜騎士の青年ではなく、セリスを “お嬢さん” と呼んでからかう、外見に比べて幾分か子供じみた青年の顔だった。
カインと初めてあったときの第一印象は、レオ=クリストフのように冗談の通じない男だと思ったものだが、やはり仲の良い仲間にはそれなりにふざけることもあるのだろう。(・・・仲の良い・・・?)
自分で思ったことに、自分で疑問。
ならば、カイン=ハイウィンドはセリス=シェールに対してどんなことを想っているのだろうか。(仲間、ではないつもりだが。しかし・・・?)
今、セリスのカインに対する印象は、第一印象とは大きくかけ離れてしまっている。
カイン=ハイウィンドと言われ、セリスが思い浮かぶのはクールな竜騎士ではなく、セリスをお嬢さんと呼ぶ、とてつもなく腹ただしく感じる青年だ。
だが、そこに気安さも感じてしまうのは何故だろうか。「どうしたの?」
ローザに問われてセリスは首を横に振る。
別に大したことでもない。カインが気安かろうがどうでもよいことだ。「いや、なんでもない―――って、なんで手を握ってるんだ?」
ローザがセリスの手を握っている。
「え?」と彼女は首をかしげて。「何か、ヘンかしら?」
「いや、ヘン、というか・・・ヘンだな」
「ヘンじゃないわよ。人と人が手を繋ぎ合うのは、とても大切な事だってお父様は言ってたわ」
「あー、それって多分、意味が少し違うような」
「違わないと思うわよ? 身体が繋がってるか、心が繋がってるか―――どちらかが繋がれば、もう一方も自然に繋がっていくものだもの」
「・・・・・・」セリスは無言を返す。
ローザの言葉を否定する言葉が見つからなかったし、少し納得してしまった事もある。
ただ、彼女はなんとなく思った。(なつかれた・・・?)
手を繋いで歩く。
自分とは違う体温が、繋いだ手を伝わって感じ取れる。
歩きながら、少しだけ後ろを振り向く、とローザは、笑顔。
妙に嬉しそうな彼女は、大好きな散歩中の子犬に見えた。
お手、とでも言えば「わん」と応えそうで、思わずセリスは吹き出しそうになる。(戦争、しにきてるんだよな)
再確認。そうしなければ、まるでつい昨日にでも拾ったばかりの捨て犬を、初めての散歩に連れて行ってやっているような気分になる。
だが、ふと気が付いた。
ローザと手を繋いでいるのは左手―――自分の利き手だということに。
すぐに手を振り払うべきだと戦士としての自分が告げる。だが、セリス=シェールとしての自分は、それをしなかった。(なにを、しているんだろうかな。私は)
だんだんと、自分が解らなくなっていく。
それでいて、解らない自分を、自分は受け入れつつあるような気がする。軍人としての自分のどこかがイカれてしまったことを確信しながらも、それに危機感を抱いていない自分が居る。
そんなことを考えながら、セリスは少しだけ、ほんの少しだけ強く、ローザが握ってくる手をこちらから握り返した―――