第8章「ファブール城攻防戦」
T.「怒り」
main character:セシル=ハービィ
location:ファブール城

 

 

 夜が明けた。
 バロン軍がファブールの夜空へ来襲してから四度目の朝だ。
 そして、決戦の朝でもある―――

 

 

 

 

 その日のファブール城は、朝から深い霧に包まれていた。
 セシルはヤンやバッツと一緒に城門の上から遠くを見回す。
 ファブールは高原の国だ。
 ホブス山を初めとする山脈に囲まれているせいか、海が近い割に標高が高い。
 そのため、少し寒くなるとこうして霧が発生する。

 セシルは肌寒さを感じながら、霧の向こう―――バロン軍が駐留しているはずの森の向こうを見つめる。

 おそらく敵は城門から来るだろうと思われる。
 が、油断は出来ない。
 霧に乗じて四方から包囲するように攻め込んでくるかも知れない。バロン軍にはそれを行うだけの兵力がある。

(・・・それならそれでやりやすいんだけど・・・)

 四方から攻め入ると言うことは、兵力を四つに分散させなければならないと言うことだ。
 総合的な兵力を比べれば、こちらの方が劣るだろう―――が、四分の一ならこちらに分がある。
 そうなれば、四分の一ずつ各個撃破すれば良いだけだが・・・セシルはそれはないと踏んでいた。

(まさか兵力を分散させるような愚は起こさないだろうしね)

 攻撃の基本は一点集中。
 せんだってセシルが言ったように、錐の様に細く細く、敵の最も薄いところを穿ち貫くように戦力を集中させる。
 相手の防御力を圧倒し、敵陣深くまで貫くことが出来れば、その事実だけで敵は混乱する。

 特に、このファブール城は門はセシルたちのいるこの場所にしかない。
 わざわざ背面に回り込んで攻城を仕掛けるとは思わないが。

 それでも一応、背面にはギルバートとフライヤを配置している。
 仮に背面から敵が攻めてきても、ギルバートの采配ならある程度は持たすことが出来るだろう。
 横から来たなら、セシルたちが急行すればよい。

 ともかく、こういった霧では守るよりも攻める方が有利だった。
 あとは月のない闇夜。
 接近に気づくのが遅れれば、それだけ反応も遅くなる。反応が遅れれば、防御態勢が整わないうちに防衛線を突破されることもあり得るのだ。

 いっそのこと、こちらから―――守っている方から攻め入るという手もある。
 向こうはまさか攻めてくるとは考えていないし、この霧だ。有効な奇襲攻撃になるのだが・・・

(けれどゴルベーザは森の奥深くに陣を構えている。相手の正確な位置が解らなければ、奇襲をしかけようもない)

 苦々しく、ゴルベーザの戦術に内心で舌を打つ。
 ファブールから遠くの、森という隠れ蓑がある場所へ陣を構えると言うことは、むこうから攻めるのに時間が掛かるが、こちらからは手の出しようもないと言うことだった。特に、兵力で劣っているならなおさらだ。

 ゴルベーザは決してこちらを過小評価していない。
 だからこそ、初戦は様子見だった。その証拠にゴルベーザ自身も、ガストラの将軍も姿を見せていない。
 こちらが弱者だと、相手が侮ってくれればつけいる隙は幾らでもあるが、ゴルベーザには隙がない。

(・・・バロンで初めて顔を合わせたときもそうだったな・・・)

 あれは、ミストの村へと旅立つ前夜だった。
 ボムの指輪の件で王に伺いを立てたとき、謁見の間を辞す寸前にゴルベーザが “そこにいた” 。
 つい先ほどまでは確かに居なかった。だが、入り口から入ってきた気配もなかった―――セシルが気が付けば、ただそこに居た、セシル自身と同じダークフォースを扱う暗黒騎士。

(あのとき、バロン王とベイガンは僕のことを見下していた―――あの二人なら、幾らでも付け入ることが出来ると思っていた直後にゴルベーザを目にした。・・・正直、冷水を頭からぶっかけられた気分だった)

 あの男は違う。
 今までセシルが相対してきた何よりも、格が違うと感じた。
 正直なところ、カイン=ハイウィンドがゴルベーザを王と認めた気持ちも解らなくもない。それほどゴルベーザという男にはカリスマがあった。他者を引きつける圧倒的な威圧感―――魅力があった。
 だが、それは良く研ぎ澄まされた冷徹な鋼―――魔剣、妖剣と呼ばれる類のモノに似た、危うい魅力だった。触れて手に取ってしまえば、己の意志ではなく剣の意志そのままに凶行に走ってしまいそうな・・・そんな魅力。

 あの男が、相手に居ると知らなければ、セシルはもう少し楽観出来ただろう。
 だが、あの男が居るからこそ、初戦であれほどの無茶をしたとも言える。

「あれは―――」

 不意に、バッツが呟いた。
 見れば、バッツは霧の向こうをじっと見つめている。
 森の方―――バロン軍が進軍してくると思われる方向だ。

「バッツ、どうかし―――!?」

 問いただそうとして、セシルは気が付いた。
 バロン陸兵団の、地鳴りのような足音に。
 今はまだかすかにしか聞こえないが―――それも徐々にはっきりと聞こえ出す。

「敵が来た! ヤン、後ろを守っているギルバート様たちに伝令を! それから全てのモンク僧を―――」
「待てよセシル、あれを見ろ!」
「え・・・?」

 バッツに肩を揺さぶられ、彼の指さした方角を見る。
 霧の向こうに、影が見える。
 が、それはバロンの大軍団ではない。
 たった二人ぽっちの人影。それも、妙にあわてふためいて走ってきているようなシルエットだった。

「あれは―――」
「モンク僧だ! なんか逃げてるみたいだぞ」

 言われて、セシルは少し混乱した。
 バロン軍にモンク僧は居ない。
 さらに、初戦で陸兵団とモンク僧兵の小競り合いがあったが、その時にこちらは誰も捕虜になっていないはずだった。すくなくともセシルはヤンからそう聞いている。
 それなのに、バロンの陣地の方角から走ってきたのはモンク僧だった。

(これって・・・もしかしなくても―――)

 嫌な予感が胸を貫く。
 セシルがそんな気持ち悪さを感じている間に、二人のモンク僧兵は城門へとたどり着いた。

「た、助けて、開けてください! バロンの軍隊がッ」

 モンク僧兵の一人が叫ぶ。それを見たヤンが驚きの声を上げる。

「チュン!? それにホアン! お前たち・・・生きていたのか!?」
「ヤ、ヤン僧長! こ、ここを開けて、早く!」

 モンク僧兵の一人―――ホアンがヤンに向かって嘆願する。
 ヤンが顔を上げると、霧の向こうからバロンの軍勢が姿を現した。距離はそう遠くないし、陸兵団は大集団が行える最大速力で迫ってきている。
 決断は素早かった。
 否、それは決断ではなかった。ただ反射的にヤンは叫んでいた。

「門を開けろ! 早く開けるんだ!」
「駄目だ! 開けるんじゃない!」

 ヤンの命令を、すぐさまセシルが否定する。
 門番は、一瞬だけ戸惑った。が、すぐにセシルよりもヤンの命令を優先させる。

「くそっ!」

 セシルは慌てて城門を降りようと階段に向かう―――が、それをヤンが遮る。

「なんのつもりだ、セシル=ハーヴィ」
「これは罠だ! 門を開けちゃいけない!」
「そんなことは解っている! だが、私の弟子をむざむざ見殺しにするわけには―――」
「人はッ!」

 ヤンの言葉を遮って、セシルは怒鳴った。
 激怒、していた。
 普段は、どちらかといえば穏やかなセシルが、鬼のような形相でヤンを睨付けていた。
 その迫力に、ヤンは息を呑む。

「人は死ぬことを知らなければならない! ―――死んだ人間は、蘇ることはないんだ!」

 ヤンの呼吸は止まっていた。
 セシルの言葉は鋭く、ヤンの認めたくない場所を貫いていた。
 だから、ヤンはなにも言い返せずに、呼吸することも忘れていた。

「ヤン、君の弟子というのはホブス山で殺されたんだろう!」
「生きていた! 生きていたのだ!」
「あの場所で、生き残っていたのが君以外に居なかった!」
「うるさい、黙れ! あの二人は、あの二人は今度こそ助け―――」

 悲鳴が、上がった。

 門番の悲鳴だった。
 それに気を取られたヤンの脇を、セシルが素早く通り抜ける。
 ヤンはやや呆然とそれを見送っていたが、直後に自身も走り出す―――その脇を、さらにバッツが追い抜いた。

「お先に!」

 城壁の階段を下りきった辺りで、バッツはセシルに追いついた。
 門はすでに開かれていた。
 門の傍の、城門の開閉装置を操作していたモンク僧兵は、今し方助けを求めてきた二人のモンク僧兵―――チュンとホアン、とヤンは呼んでいたが―――に押し倒されて・・・

「食って・・・やがる・・・」

 バッツは嫌悪感をあらわにそれをみる。
 二人のモンク僧兵は、地面に横たわった門番の身体にとりついて、頭と言わず首と言わず身体といわず、勢いよく人間とは思えない牙を生やした口で齧り付いていた。

 ふと、二人がこちらをみる。
 その瞳は赤く、爛々と燃えるように輝いていた。

「魔物の瞳だ・・・」

 バッツが呟く。
 セシルは無言。
 そこへ、ヤンが追いついてきていた。

「馬鹿な・・・チュン・・・ホアン・・・」

 ヤンの声はかすれていた。
 ともすれば悲鳴だったのかも知れない。とても、力のない悲痛な声。
 その声を無視して、セシルは呟いた。

「・・・引くぞ」
「引くって・・・どこへ」
「城の中だ!」

 バッツの疑問に、セシルは怒鳴り声で応える。

(・・・怒ってる、のか)

 バッツはセシルの怒りに疑問を感じた。
 なにに対して怒っているのか判別つきにくかったからだ。
 自分の命令を無視した門番への怒りなのか、それとも自分を邪魔したヤンへの怒りなのか。
 それとも―――

(人は、死ぬことを知らなければならない、か)

 バッツは心の中でセシルの言葉を繰り返す。

(或いは、セシルは・・・)

 思う。
 セシルが叫んだ言葉を思い出し、感じたのは。
 その怒りは、死んだ人間が生き返ったと信じ込もうとしたヤンへの怒りなのかも知れない。
 その怒りは、そんなヤンへの情を利用した策謀への怒りだったのかも知れない。

 そんなことを思っていると、すでに人間ではない二人のモンク僧兵がこちらに向かって飛びかかってきた。
 新たな屍肉を求め、鋭く尖った牙を生やした二人のモンク僧兵を眺め。
 バッツはただ一言。

「・・・わりい」

 次の瞬間、モンク僧兵のうち一人の首と胴体が離れていた。
 もう一体は、セシルの無言の怒りがこもった、暗黒剣ではない方の剣が胴体と右の腕を一度に両断していた。
 二人とも同じ居合いの一撃。
 そして、二人ともすでに剣を鞘に収めている。

「城の中に逃げるしかないようだな」

 諦めたようにバッツが呟く。
 その視線の先は、城門の外。
 バロンの大軍勢が迫ってきている―――今から城門を閉めようとしても間に合わない。

「行こう、ヤン。死にたいなら、この場に居ればいいけど」

 セシルは怒りをあらわにしたままだ。
 ヤンは力なく、頷く。
 自分のかつての弟子の二度目の死と、その死体を目に焼き付けたまま。

 ごっ。

 そんなヤンを、セシルの拳が殴り倒した。

「ヤン=ファン=ライデン! お前には責任がある! すでに死んだ自分の弟子を救おうとして判断を誤り、そのせいでさらに多くの自分の部下や弟子や仲間を窮地に立たせた責任がある! 呆けるのは戦いが終わってからにしろ! 今はただ、責任を果たせ! それが出来ないというのなら・・・やる気がないというのなら! オレがお前を今すぐ殺してやる! お前を殺してその責任をオレが引き継ぐ!」

 地面に情けなく尻餅をついたヤンは、しばらく放心した表情でセシルを見上げていたが。

「そう・・・だな・・・」

 わずかに、その瞳に光が灯ったような気がバッツにはした。

「後悔は、戦いが終わってからだ―――全員! 城の中に引けぇっ! 城内戦で敵を迎え撃つ!」

 ヤンの号令に、他のモンク僧兵たちが「お」という単音を連ねた怒号で応えた―――

 

 

 

 

「・・・なんか騒がしくない?」

 地下シェルター。
 入り口の方向から、ざわめきが波のように伝わってくるのを感じて、ローザがぽつりと呟いた。
 ちなみに未だに縛られたままだ。
 最初のウチは、喚くたびにティナに沈黙魔法をかけられたり、囚われのお姫様ごっこ(ちなみに彼女を救い出す王子様はもちろんセシルだ)をしたり、芋虫のようにごろごろ転がったりしていたが。
 いまでも諦めたのか、それとも飽きたのか、ともあれのびのびとヒマそうに寝ころんでいる。縛られたまま。

「私って、誘拐され慣れてて縛られ慣れてるから」

 縛った当人が心配するのもどうかと思うが、ティナが「苦しくない?」と尋ねると帰ってきたのが上の答えだった。
 仮にも貴族のお嬢様とは思えないくらい、縛られてうつぶせに寝転がったまま、頭だけ持ち上げて、リディアに干し肉を囓らせて貰っている様子は、まるで芋虫娘を餌付けしている可憐な少女と言った風情だった(ティナ視点)。

「騒がしいね」

 ローザに干し肉をやっていたリディアも同意する。
 ティナも不思議そうに入り口の方を見る、伝言ゲームのように会話が届いてきた。

「―――ついにバロン軍が城内に攻め込んできたって!」

 その言葉は簡潔で、伝言ゲームにありがちな伝達の差違などはは毛ほども存在しなかった。
 それを聞いたティナが息を呑む。

「・・・ついに」

 表情を緊張させるティナに、その肩をリディアがなだめるように優しく叩いた。

「大丈夫だよ。だって、上にはバッツお兄ちゃんがいるんだもん」
「そーよそーよ。セシルだって居るから大丈夫よ!」

 ローザも同調する。
 と、リディアが「えー」と不満そうな顔をした。

「駄目だよセシルは。たまーに抜けてるところがあるもん」
「ふふ、リディアはお子様ね。そこがまた良いのよ」

(セシルが抜けてるって、否定はしないんだ・・・)

 ティナは内心で呆れる。
 が、セシルの良いところだけじゃなく、欠点も含めて「好き」と言えるのがローザ=ファレルという人物だったと、ティナは思い直す。

(私には、絶対に真似できないなー・・・)

 ほんの少しだけ悔しく思う。
 嫉妬、とは違うような気がする。ローザに対して悔しく思うんじゃない。自分自身に対して、そうできないことを悔しく思う。
 それとも。

(私にも、良いところも欠点も、全部まとめて「好き」って言える人、出会えるのかな・・・)

 今は、出会えていないだけで。
 正直、ティナはまだ「愛する」ということがよくわからない。
 リディアの事は好きだし、ローザの事も嫌いじゃない。セシルのことを思うと、少しだけ胸が高鳴る―――それらは似ているようで全部微妙に違う。そのどれかが「愛」って事なのかも知れないけど、ティナにはまだよくわからない。記憶と感情がまだ思い出し切れてないのかもしれない。それとも、元々自分は愛など知らない人間だったのか―――

 ふと、自分自身のことをぼーっと考えて、少しだけ落ち込んでいると、

「じゃあ、ちょっと見てくれば良いのよ」

 ローザの声に我に返る。
 瞬時にその言葉を理解して、ティナは手を振った。

「駄目。絶対に駄目」
「な、なに、ティナ、いきなり・・・」
「上の様子、見に行こうって話でしょ? 駄目だからね、絶対!」

 絶対、を強調して繰り返す。
 むー・・・とリディアが不満そうな顔を見せた。どういう話の経緯が在ったのか解らないが、みんなで上の様子を見に行こうと言う話になったのだろう。口では「大丈夫」と繰り返しながら、リディアもローザも内心では心配に違いない―――無理もないと思う。今日でもう三日目だ。その間、端的にしか上の様子は伝わらず、状況はよくわからない。ただ、一昨日の昼は攻めてきたバロン軍を撃退したという報告があったが。

 むしろ今までリディアとローザが我慢していたことが奇跡に近い。
 特にローザなどは、どんな手段を使っても逃げ出しそうだったのに。―――彼女が、バロン城をカイン=ハイウィンドを踏み台にして出奔した話を、昨日暇つぶしに聞きながら呆れ半分でそう思ったものだ。

「だいたい、シェルターの入り口は見張りが居て、でたいと思っても出させてくれない」

 ティナは言いながら入り口の方を見た。
 遠すぎて見えないが、ただ唯一のシェルターの入り口は、モンク僧兵が見張っている。別にこれは監禁しているわけではなく、あくまでも安全のためだ。

「それとも、モンク僧を殴り倒して出て行く?」
「あ、それならだいじょーぶ」

 と、言ったローザの表情はにこやかだった。
 とっても晴れやかだった。
 その笑顔が不審すぎて、逆にその笑顔に気を取られすぎて、次に彼女が行ったことへの反応が遅れた。

“次元と次元の繋ぎ目よ、その綻びよ、断層を超えて届けよ我が命―――”

 そのローザの呟きが、呪文の詠唱だと気づくことに半瞬だけ遅れた。
 そして、その呪の内容が、どうな効果をもたらすのか気が付くのは一瞬だけ遅れた。
 その一瞬だけで、ローザには十分だった。

「テレポ!」

 ティナが沈黙魔法をかけようとするよりも圧倒的に早く、ローザの魔法が完結する。
 その瞬間、ローザの身体は白い光に包まれると―――

「ローザお姉ちゃん!?」

 消えた。
 後に、ローザを縛っていたロープだけを残して。

「・・・・・・」
「お姉ちゃん、消えちゃった・・・」

 おろおろとするリディアの隣で、ティナは怒りに震えていた。

 それは、自分自身に対する怒りだ。

(あの、馬鹿女・・・ッ!)

 ローザが転移する寸前、ティナははっきりと見ていた。
 彼女の視線がこちらを向いて、目だけで「ごめんね」と謝っているのを。

(我慢してた。ずっと我慢してたんだ―――セシルの優しい気持ちを知っていたから。私が、それに応えようとしていたから。だからローザも我慢していた)

 気づくべきだった。
 そして知っていたはずだった。ローザ=ファレルは、自分の気持ちに嘘をつかない―――誰よりも愛しいセシルに素面で大勢の人の中で全力で全開の大声で「愛してるっ!」と叫ぶことのできるほど、自分に正直な―――逆に言えば、我慢の効かない女性であると、ティナは知っていたはずだった。

 そんな彼女が我慢していたのだ。ずっと。
 ただ、セシルとティナの気持ちを考えて。
 それに気が付いたとき、自分自身に腹が立った。自分がみんなを守るって決意して、そのくせローザの気持ちを考えることすらしなかった自分に。気遣っているつもりで、実は気遣われていた自分に。

 本当にローザを閉じこめるつもりなら、縄で縛ることなどせずに、ずっと眠りの魔法をかけていれば良かった。
 それをしなかったのは―――

(・・・結局、私は怖かったんだ・・・)

 寂しいのが嫌だった。
 暗いのは嫌いだった。
 今にも城が落とされて、セシルもバッツも他のみんなも殺されてしまうんじゃないかって不安に押しつぶされそうだった。
 だから、そんな不安を紛らわせたかった。

 ・・・きっと、ローザはそんなティナの不安に気が付いていたんだろう。
 だからこそ、今まで転移魔法を使わずに、三日間付き合って居た。

「ね、ねえティナ! どうしよう、お姉ちゃん・・・」
「私が追いかける。リディアは―――」
「リディアも行く!」

 必死な表情。
 リディアは、今にも泣きそうなほど瞳を潤ませて、必死な表情でティナを見つめている。

「リディアも行く・・・お願い、連れてって!」

 その表情は、不安。
 リディアも、不安だったのだとティナは確信する。
 しかし、ティナに対する責任感―――ティナは自分が守らなきゃいけないという責任感が、リディアを奮い立たせた。

(リディアも、私と同じなんだ・・・)

 ―――結果から言えば、ティナはここで大きな間違いをした。
 ローザのことはともかくとして、ここでティナはリディアに睡眠魔法スリプルか、停止魔法ストップなどをかけて、とにかくリディアを連れて行くべきではなかった。
 けれど、結局、ティナは―――

「うん、一緒に行こう、リディア」

 ティナが優しく微笑んで言った瞬間、リディアは破顔した。
 ティナ自身もわかっていた、それが間違っている選択だと言うことを、セシルの決して望まなかった―――最悪の選択であると。
 しかし。

(ごめん、セシル)

 きっと、ローザも目ではティナに謝りながら、心ではセシルに謝っていたのだろうと思いながら。

(リディアも私と同じ・・・そんなリディアを、私は置いていくことは出来ない)

 つい、数分前までのティナなら、ローザの気持ちやリディアの不安に気づいていなかったティナなら、リディアを置いていっただろう。だが今のティナは、 “気づかせる” ということがティナを弱くしていた。自分の心の弱い部分に気が付いたために、ティナは弱くなってしまっていたのだ。そんなティナが、リディアを置いていけるわけがなかった。

「早く、あの馬鹿女を連れ戻しましょ」
「うんっ!」

 嬉しそうに、リディアは頷いた。
 そして、ティナは呪文を唱えた。ローザと同じ、転移魔法の呪文を―――

 

 

 

 

 ・・・・・この戦いは。
 この、ファブール城での決戦は、セシルたちにとって生涯忘れられない苦い経験となる。
 セシルは自分の力と無力に対して怒りと畏れを抱き、バッツは己の剣をしばし見失う。
 そしてリディアは、なによりも大切なモノを失ってしまう―――

 この戦いの直後、彼らに出来たのは後悔することだけだった。
 そしてその後悔を終えて、彼らは、旅立つこととなる―――

 

 

 

 バロン国歴815年。
 この年、フォールス地方を動乱の渦へ巻き起こした、後の世に言われる “邪心戦争” ―――
 これは、まだその序幕に過ぎなかった・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 


INDEX

NEXT STORY