第8章「ファブール城攻防戦」
R.「目的と手段」
main
character:セシル=ハーヴィ
location:ファブール
カインの槍がバッツの身体を貫こうとする。
だが、その槍の先はバッツの服をかすめただけで、それより届かなかった。
槍が届く寸前、不意にカインを乗せていたアベルが地を蹴って飛び立ったためだった。アベルッ!? と、抗議の声を出しかけて、しかしカインはそれを飲み込む。
直後、闇の色に似た黒い影の獣が、一瞬前までカインのいた場所に飛びかかったからだ。「まさか―――」
振り返る。
と、そこにはチョコボにまたがった一人の騎士。
夜の闇に溶け込むような色をした暗黒騎士が、騎乗で漆黒の剣の切っ先をこちらに向けて構えていた。「セシル!」
ギルバートがその名を呼ぶ。
漆黒のその姿。一昨日はヤン=ファン=ライデンが、同じ鎧を着て芝居を演じたこともあったが。(間違えようがない。疑えるはずもない―――今の一撃は確かに・・・)
ちぃっ、と舌打ちしてカインはアベルをセシルへと向ける。
―――その時、すでにカインの頭にはセシルのことしかなかった。
今度は、カインが迂闊だった。「ボコッ!」
「クエエエッ!」バッツの声に応えてボコがギルバートを背にしたまま急発進。
森を飛び出して、そのまま己の全脚力を全開にして地面を蹴る。
星を目指して飛び立とうとするボコの背を、バッツ自身も飛び上がって踏み台にした。「空を跳ぶのがてめえの専売特許だと思うなよッ!」
バッツは跳んだ。
高く高くへと飛翔。
その高度は、高く羽ばたくアベルまで到達する。「ちぃぃぃっ!?」
背後からの不意打ちに、しかしカインは辛うじて反応する。
剣を振り上げこちらに突撃してくるバッツに対して、身をよじって槍の切っ先を向けた。
だが、バッツの狙いはカインではなかった。「落ちやがれッ!」
切り裂く。
星々の光を受けて、バッツの振るった剣の筋が光となって示される。
その光の筋はカインへと届かなかった。
切り裂いたのはカインではなく―――「アベル!」
「ギェエェェエェェェッ!」アベルが苦しげな悲鳴を上げた。
バッツが切り裂いたのはアベルの翼の片方。断つ、とまでは行かないが、翼の根本の半ばほどまでが切り裂かれ、翼が羽ばたくたびに緑の先決を周囲に振りまく。
その返り血を受けながら、バッツは地面へ落下。その身体を、上手いタイミングで滑り込んできたボコの背中が受け止める。ボコはそのまま疾走。
無論、ファブールの城―――セシルの方へと向かってだ。「―――逃げるぞ」
暗黒騎士とすれ違いざま、兜の下から小さなささやきがバッツとギルバートの耳に届いた。
その声音は間違いなくセシル=ハーヴィ。「言われなくても!」
バッツが応える。
セシルは、カインの乗ったアベルが墜落しながらも、地面に二本の足で不時着したのを見届けると、自分もチョコボの踵を返して、城の方へと向かった―――
「さて―――説明をして頂こうか、セリス殿?」
ゴルベーザの声は、普段通りのようにも思えたが、しかし怒りが滲んでいるようにも聞こえる。
さきほどのやりとりがそう錯覚させるのか、テントの中に居た兵士たちはゴルベーザの声に恐れ、震えていた。しかし、その怒りの矛先であろう女将軍は、ゴルベーザの目前で座したまま怒りを気にした風もなく。
「なんの説明が必要か?」
淡々とした―――硝子の棺を思わせるような声だ。
美しく、透き通った―――それでいて静謐な声。
ゴルベーザの声音が恐れを抱かせる威圧の声ならば、セリスのそれは鋭い切れ味を持った冷たい硝子の刃だ。どんな意見も言葉も切り裂く、声の刃。だが、セリスがゴルベーザの重圧なる声に屈しなかったように、ゴルベーザもまた冷ややかなセリスの声を意に介すこともなく。
「貴殿はダムシアンの王子の謀を知っていた上で、しかし黙っていた―――これは真か」
「少々ニュアンスが違うな」落ち着き払った言葉ではあるが、しかしセリスの内心では呆れていた。
先入観だけで相手を計るから、その奸計に陥るのだと思う―――いや、これは奸計ですらなかった。(茶番だ―――)
バッツ=クラウザーの言葉が思い出される。
これは安っぽい茶番でしかない。
ギルバートという三流の道化師がおどけただけの、茶番。(道化師とは仮面を被っているものだ。おどけているように見えていても、仮面の下の素顔に気づくことが出来れば、その真意もわかろうに)
心の中でそう思ったが、まさかそのまま言うわけにも行かない。
半秒ほど言葉を選んで、セリスは言った。「ギルバート殿の考えを知っていたわけではない。そう推察していただけだ」
「同じことだろうに」
「確証が無かったのだ。貴公の部下でもない身分である私が、確証もないのに進言することはできまい」言って、相手の目を見る。
ゴルベーザの黒い瞳は、平常と変わらないように見えるが、その実、平常を保つために力がこもっているようにセリスには感じられた。つまり、彼は憤っているのだ。セシル=ハーヴィや、或いはレオ=クリストフのような、自分と等角の相手ではなく、ギルバートなどという自分の国を売り渡した愚劣な王の息子などというものに虚仮にされたことを。
馬鹿げていると感じる。
相手を軽く見たからこそ、この策略とも呼べぬ茶番に引っかかったというのに。バッツがギルバートの謀を暴露したのはそのためだろう。
わざとゴルベーザを陥れたことを話し、しかもセリスがそれに気づいていたことも晒して、セリス―――或いはガストラへの信用をなくす。この状態では、セリスがどんな弁明をしようと、ゴルベーザの神経を棘ででちくちくとつつくようなものだ。
へたをすれば、即刻ガストラへと追い返されるかも知れない。できればゴルベーザという男は、そこまで狭量ではないと信じたいところだが。「―――しかし、貴公が推測であろうと進言していれば、無駄な時間を無為にすることもなかっただろう」
声は、セリスの背後から。
振り返ると、銀の槍を肩に担いでカインが天幕の中へと入って来るところだった。
彼は、ゴルベーザの方へ向くと、一言、「逃げられた」
と、短く告げると、セリスへと視線を向ける。
「思わぬ伏兵のせいで、逃げられてしまった―――誰だろうと思う?」
皮肉げに半眼を向けるカインに、彼と似たような表情を意識して作り上げてセリスは言った。
「おそらく貴殿が何より恐れている人物だろう?」
「俺がセシルの奴を恐れてるというのか!」
「伏兵というのはセシル=ハーヴィか。ということは目を覚ましたのだな」カインの激昂に、しかし淡々と言葉を作るセリス。
一瞬、息が止まるほど鼻白んだが、気を取り直して冷静に―――と、自分ではそうであるようにしたつもりだろうが、傍から見ればカインの表情は怒りが過ぎて青ざめていた―――セリスを見返す。「そうだ。セリス将軍、貴殿がダムシアン王子の企みを進言していれば、今頃はファブールはダムシアンと同じ運命をたどり、セシル=ハーヴィは目を覚まさぬまま永遠の眠りに落ちただろう」
「セシル=ハーヴィが目を覚ましたのが、それほど恐ろしいか」
「なにをッ」
「抜くのか!?」カインが槍を構え、セリスが自分の腰の剣に手を添える。
だが、不意にカインは表情をゆるめた。笑みが浮かぶ。「―――いや、やらん」
「随分と意気地がないことだ」
「女相手に暴力を振るわない、紳士と言って貰いたいな―――お嬢さん」ぴくり。
と、セリスの額に青スジが浮かんだ。
思わずと、剣に添えた手に力が入りかけて―――なんとか自制する。「そうだな。反逆者一人を恐れる臆病者と剣を交えても、私の誇りが傷つくだけだ」
ぴくくぅっ。
と、カインの額に青スジが浮かんだ。
思わずと、槍を持った手に力が入って―――なんとか自制する。セリス=シェールは、例えばカイン=ハイウィンドがセシルのことに触れると気に障るように、自分のことを“女如き” と見れられるのが何よりも嫌だった。
それと同じように、カイン=ハイウィンドは、例えばセリス=シェールが “女のくせに” と思われるのが気に障るように、セシルに負けたと見られるのが何よりも嫌だった。「ふふふ、セリス殿は誇りだかい “お嬢様” でいらっしゃられる」
「うふふふ、カイン殿は敵であるセシル=ハーヴィに対しても一歩譲られる、紳士でいらっしゃる」
「ふ、ふふふふふ・・・」
「うふ、ふふふふふ・・・」テントの中を、異様な雰囲気が充満していた。
同じ場所に居る兵士たちは、気まずい逃げ出したくなるような空気の中を、しかし実際に逃げ出すわけにも行かずに立ちつくしていた。
ただ一人、ゴルベーザだけが。(・・・ふむ、心地よい負のエネルギーだ・・・)
などと思っていたとか居ないとか。
と、天幕の中に、今度はレオ=クリストフが入ってきた。
逃げたギルバートたちを追いかけたのだが、結局、追いつくことはなかった。カインと違い、徒歩だったので戻るのに時間が掛かったのだ。「今からでも遅くはない。私とセリス将軍でクリスタルの奪還を―――」
「いや、構わん」
「ゴルベーザ殿?」どういうことだ、と言う顔のレオに、ゴルベーザの代わりにセリスが言った。
「・・・昨晩とは状況が違う。カイン殿の言ったことが本当ならば、敵の頼りにしていたセシル=ハーヴィが目を覚ましたばかりだ。敵方は、失われていた精神的、戦術的支柱の復活に気力を充実させていることだろう。今宵、仕掛けるのはあまり得策ではないな。仕掛けるのなら、明日だ」
セリスの昨晩の提案は、昼間の戦闘に勝利した―――そのファブールの隙を衝くためのものだった。
「そういうことだレオ将軍。そう、事を焦ることもないだろう」
(ん・・・?)
セリスは不意に、違和感に気が付いた。
ゴルベーザの目だ。
先ほどまで、怒りを抑えるかのように力がこもっていたのだが、今はそれがない。
もう、そんな怒りは収まったのだろうか?(そこまで単細胞だとは思わないが―――)
思い、なんとなく思いつく。
(茶番、か・・・?)
ゴルベーザとてギルバートの狙いに気が付いていたのではないだろうか。
その上で、あえてその茶番に乗った。
その真意は―――(思えば、昨晩、ゴルベーザは私の提案にあまり乗り気では無かったようだ。あからさまに渋ってたわけではないが、それでもしばらく迷いがあった。そこへギルバートがやってきた・・・その茶番に乗ることで、私の提案を却下した―――?)
考え過ぎかとも思う。
だが―――「安心しろレオ将軍―――1日だ。それだけ待てば、明後日の昼にはファブールは陥落し、クリスタルも我が手にあることだろう・・・」
ゴルベーザは宣言した。
それを聞いてセリスは確信する。こいつは、食えない男だと―――
「セシル!」
ボコを全力疾走させ、ファブールの門をくぐり抜けたとき、ギルバートは彼を振り返った。
チョコボ―――実はココだった―――の背に、闇に解け行くような漆黒の鎧を身に着けた暗黒騎士。それが兜を脱ぐと、その下から現れたのは銀髪の青年。
まごうことなきセシル=ハーヴィだ。「心配かけたね」
「別に心配なんて、毛の先ほどもしてねえさ」にやりと笑ってバッツが返す。
ギルバートは笑顔、よりも気の抜けた、安堵の表情で。「・・・心配だったのは自分自身だよ。君が眠ってる間、城を落とされないように必死で・・・」
「ご心労をおかけしてすいません。ああ、でもギルバート王子、貴方はゴルベーザという男を甘く見すぎている」
「え?」ギルバートは、つい一昨日に同じことを思った。
その時は、セシル=ハーヴィこそ敵を甘く見すぎていると感じたモノだが。
戸惑うギルバートの前で、セシルは苦笑。「非礼を承知で言わせて貰うなら、あの男は貴方の奸計に乗るほど愚鈍ではありません。―――ヤンから貴方の謀を聞いて、肝を冷やしました。よくも殺されませんでしたね」
ちょっとムカっとした。
ギルバートは自分でも性根の優しい方―――というか軟弱者だと自覚はしているが、しかし聖人君子ではない。
別段、セシルはギルバートを馬鹿にしているわけではないというのは解っていたが、それでもその言葉の内容は嘲笑に近かった。
少なくとも、無責任にも今まで眠っていた男に言われるようなことではない。「僕が行かなかったら、今頃はファブールは落ちてたでしょう!?」
「その根拠は?」
「セシル、君への恐怖でバロン兵は戦意を喪失している―――ならば、今度は君が行ったのと同じように、少数の精鋭でこちらに奇襲を・・・」
「カイン辺りなら、そういった作戦を進言するかもしれませんが」セシルはギルバートの言葉を遮って、
「ゴルベーザの目的はクリスタルの奪取ともう一つ、国そのものを壊滅させることです―――お忘れですか? ダムシアンは全面降伏したというのに、去り際に爆撃され、城は砕けて王は死に、国家としての機能を半壊滅させた」
「それは・・・」苦々しく、歯をかみ合わせる。
セシルに言われるまでもなかった。なにしろギルバートはその場に存在したのだから。「確かに少数精鋭―――カインを初めとする、バロン、それからガストラの一騎当千の将軍たちの力を借りれば、クリスタルを奪うことは出来るかもしれません。しかし、それをやるならむしろ最初の晩にそれをやっていたはずです」
最初の晩、飛空挺から出撃したのはカインと、バルバリシアという女性の二人だけだった。
確かに、本気であの時にクリスタルを奪うつもりなら、最大戦力を用いたに違いない。「ゴルベーザの狙いは国家の力を見せつけること―――それで、国同士の力量の圧倒的な差を比べさせ、抵抗させる意志を削ぐことです。赤い翼の一方的な爆撃でも、陸兵団を中核とした圧倒的な兵力でも、どちらでも良い。バロンには刃向かえないと思わせることが目的でしょう―――それは、カインやガストラの将軍たちがこちらを奇襲、城へ潜入してクリスタルを奪うだけでは為し得ない」
「でも、それはなんのために・・・」
「それは解りませんが、おおむね推測は出来ます」そう言っておいて、セシルはわざとらしく身体を震わせた。
「―――少し、風が寒いですね。中に入りませんか?」
風など吹いていなかったが、ギルバートはそれをセシルが話に一区切り付けるための方便だと感じた。
しかし、それまで黙って聞いていたバッツは違う感想を抱いたようだった。「おい、セシル、お前まだ身体が・・・」
ギルバートに続いて城の中に入ろうとしたセシルを、バッツは相手にしか聞こえないような小さな声で呼び止める。
セシルは笑顔で振り返って、なんのことかな、と惚けたが、それは余計だった。「おい」
バッツが、城の中に入ろうとするセシルの手首を掴む。
冷たかった。
そこには人の温もりなど存在せず、まるで陶器の人形のような無機質な冷たさを感じさせた。
その体温が手を通して背筋に伝わったと錯覚してしまうように、バッツはぞっとした感覚を味わうとまじまじとセシルを見やる。
困ったな、という苦笑を示して、セシルはバッツの手を軽く振り払う。「早く城の中に入ろう、バッツ。―――時間は、そんな簡単に浪費しても良いものじゃない。特に今は」
「ゴルベーザの目的は二つ」
ファブール城の作戦会議室―――などと言うものは、この城にはない。
形式上、軍隊というものを持たないファブールでは、そう言った戦争のための施設や設備は極端に少ない。「一つはクリスタル。そのクリスタルがただの水晶以上のどういった力を持つ物で、それを集めて何をしようとしているのか解らないけれど―――そしてもう一つが」
「フォールスの支配」ヤンが呟く。
しかしセシルは首を横に振った。「それは間違いだ。ゴルベーザはフォールスを支配しようと企んでる訳じゃない。―――ただ、対抗勢力になりうる対象を潰しているだけだ」
「その根拠は?」
「一つは、かつて僕がバロン王の―――いや、王を通したゴルベーザの命令でミシディアのクリスタルを奪いに行ったとき、その目的はミシディアの征服ではなく、あくまでもクリスタルの奪取だった。フォールスを支配するなら、ミシディアの魔道士たちの力は不必要ではないだろうに、ゴルベーザは魔道国家を占領することを考えなかった」
「魔道士に協力させるには時間と手間がかかる、だからこそあえてクリスタルを奪うだけに留めたんじゃないか?」ヤンの言葉に、「そうか」とギルバートが気がついたように声を上げた。
「占領するよりもクリスタルを優先させた―――つまり、ゴルベーザはフォールスを征服することよりもクリスタルを手に入れることを優先させている・・・?」
「その通り。そして、クリスタルの無いミストの村―――リディアたち召喚士が住む村を急襲したことからも、ゴルベーザは他国家を占領・支配することよりも、敵対勢力の力を削ぐことを考えている」リディアの名前が出たとき、バッツの表情が微妙に変わった。
少し、失敗した。とセシルは小さく苦笑。ミストの村、という名前をフォールスを歩き回っていたギルバートならわかるかもしれないが、他の面々は解らないと判断したから注釈を加えただけなのだが。案の定、バッツは不機嫌そうに眉根を上げて、不機嫌そうな声を上げた。
「どういうことだよ? 敵対勢力って、別にリディアたちはバロンを敵視してたわけじゃないんだろ? そっちが一方的に攻めてきたんだろうが!」
声を荒らげる勢いで、ドン、と机を拳で叩く。
(そっち、って・・・・・僕も中に入ってるって意味かな)
セシルは思い、微妙な表情を作った。
確かにミストの村に行くまでは、セシルはバロンの騎士であったし、実のところ今もそのつもりだ。
ただ、ゴルベーザを倒し、バロンを正そうと考えて行動しているから一時的に軍事国家バロンと対立しているに過ぎない。(バロンの騎士で在るつもりなら、国の、王の意志に従うべきなんだろうな)
投げやりに思うが、しかしセシルは今のバロン王を、王とは認めていない。
己が王と認めぬ者の言を聞く必要など無い。(・・・って、これじゃカイン=ハイウィンドだ。僕はそこまで潔癖じゃないな)
自嘲する。
いっそのこと、カインのように純粋であれば良いと思う。
純粋に、己が王と認めたもののために戦い、そのためならばかつての親友に刃を向けることさえもいとわない。
信念と忠義を同一視した誇り高き騎士。だが、セシルは彼のようにはなれない。
また、そうなろうとする気もない。セシルが騎士になろうとしたのは、自分を拾ってくれたバロン王オーディンのためになにかをしたかったからだ。
けれど、セシルがここに居るのは・・・(人は死ぬということを知らなければならない―――)
自分を育ててくれた老神父の言葉が心にある。
それが在る限り、セシルは騎士としてではなく、セシル=ハーヴィという個人として有り続けるだろう。
だからこそ、セシルはここに居る。
セシルが、セシル=ハーヴィとして、正しいと思う選択をし続けて、ここに居る。
後悔は無い。
例え、それが間違った選択をし続けていたとしても、後悔など在るはずはない。(僕が僕として、正しくあろうとし続けた結果なのだから)
思考していたのは数秒にも満たなかった。
いつの間にか閉じていた目を見開くと、視線の先には変わらずに不機嫌そうなバッツが居る。
だからセシルは、一つだけ頷いて。「ミストの村の召喚士たちは、クリスタルの監視役だったんじゃないかと思う」
―――疑問は、あった。
どうしてゴルベーザはミストの村に攻撃を加えたのか。
理由を簡単に考えれば、邪魔だったからだろう。何故、邪魔だったかと言えば、ミストがゴルベーザの目的を邪魔する可能性があったからだ。そしてゴルベーザの目的とは・・・「バロンがクリスタルを集めることはすぐに知れる。だからゴルベーザは先制してミストの村を襲った・・・というのが僕の推測なんだけど」
「それは、多分、間違ってないと思います」ギルバートが挙手していた。
彼は、少し自信なさそうに言葉を続ける。「父からですが、そう言った話を聞いたことがあります。クリスタルを奉じる四国家―――ダムシアン、ファブール、トロイア、そしてミシディア・・・それらの中心に、クリスタルを監視する召喚士たちは霧の村を作ったと」
ファブール、ミシディアからは少々遠いが、確かにフォールス地方の四国家の中心位置にミストの村はある。
「じゃあ、やっぱり・・・ゴルベーザは “邪魔” だったからリディアの母親を殺したって言うのか!」
バッツが怒髪天を衝くよーな勢いで怒鳴る。
怒りが過ぎて顔が真っ赤だ。「えーと、まだミストさんは殺されたって決まった訳じゃ・・・」
それに、もし死んでいるとしたら、ひょっとするとリディアが原因かもしれない―――とは流石にセシルは言えなかった。
「・・・ともかく、最初の話に戻すと、ゴルベーザは侵略よりも壊滅を望んでいる。ダムシアンの時もそうだった」
「そう・・・ですね」その時のこと。自分の両親と、最愛の女性を失った時のことを思い出したのだろう。
彼は暗くうなだれた。
そのことを気にかけながらも、セシルは何も言わない。ただ、結論だけを先に告げる。「今回もそうだ。ゴルベーザは圧倒的な火力と戦力を用意して仕掛けてきた」
「だから、カイン=ハイウィンドを初めとする、少数精鋭を用いてはこないと?」まだ影を引きずった、陰鬱なギルバートの言葉にセシルは黙して頷く。
圧倒的な戦力を示して、強引にクリスタルを奪えば、ファブールのモンク僧には抗えない強大な戦力への、途方もない敗北感を味わうだろう。しかし、例えばカインがアベルに乗って、単騎でファブールに奇襲を仕掛けてクリスタルを奪ってしまえば? モンク僧たちは敗北感ではなく、奪われたことに対する憤りを感じるだろう。それは戦いへの活力になる。それでも彼は納得できないのか、なおも疑問の声を連ねた。
「けれど、ゴルベーザがクリスタルを奪うことを最優先に考えたら? 二つめの目的を犠牲にしても一つめの目的を優先させたら?」
「その時はその時」にべもない。
セシルはあっさり言うと、ギルバートは確信した。(やっぱり・・・セシルはクリスタルを重要視していない・・・)
むしろ、奪われるならそれでも良いと考えて居るのだろう。
というギルバートの心を読んだかのように、セシルは続けた。「クリスタルを奪われても、こっちにとって重要なのは敗北しないことだった。負けなければ―――心が屈服せず、命が失われなければ、戦える。そして、重要なのは守って退けることではなく、攻め込んで勝つこと。そういう意味では、クリスタルなんてさっさと奪われて、バロン軍が撤退してくれた方が話は簡単だったかも知れない」
言ってから、しかしセシルはおどけて肩を竦めた。
「まあ、クリスタルを奪われたら、ゴルベーザは容赦なく爆撃して帰って行くんだろうけどね」
だが、それすらも構わないとセシルは考えているのかも知れないとギルバートは思った。
例え空爆を行われても、シェルターに潜めば命だけは助かる。
人には戦う意志がある。
そして、戦いの意志がある限り、例え身一つになろうとも、敵を打倒するための武器が拳一つになろうとも、人は戦うことが出来るのだから―――