第8章「ファブール城攻防戦」
Q.「謀」
main
character:ギルバート=クリス=フォン=ミューア
location:ファブール城
「どこへ行ってたんだよ?」
城へ戻り、門をくぐるとバッツが仁王立ちで待ちかまえていた。
両腕を組んで、こちらを半眼で見やり。「またお外で内緒の謀(はかりごと)か? 良い趣味とは言えねぇな」
今日の作戦の時、その前日にいろいろと仕込んでいたことを快く思っていないらしい。
それを感じ取ると、ギルバートは苦笑して。「ごめんよ。でもこれは僕にしかできないことだから―――」
「御託は良いさ。今度は何を企んでるのか、俺たちにも聞かせろよ」
「・・・ヤンも目を覚ましたのか。セシルは?」
「察しがいいな―――セシルはまだだ。まだ苦しそうにうなされてやがる」
「そう」少しだけ抱いていた淡い期待が消え去って、ギルバートは小さく嘆息。
それでも、すぐに気を取り直すと顔を上げた。「じゃあ、とりあえず中に入って話そう―――これからのこともあるし」
「・・・馬鹿かお前は」
呆れたようなバッツの声に、そうかも、となんとなく頷いてしまい、さらに呆れられたような顔を見せる。
ヤンの部屋だ。
そこにバッツとギルバート、それから部屋の主であるヤンと、フライヤも居る。
―――単身でバロン軍の本陣へ乗り込んだ、と言った途端のバッツの台詞だ。いや、バッツは呆れているだけだが、フライヤなどはあからさまに不快そうに顔を歪めている。―――ネズミ族の不機嫌そうな顔というのは、顔色も相まって、いかにも不愉快そうに見えるものだなとギルバートが思っていると、彼女は不快そうな顔で、不愉快そうな声音で、不機嫌を言葉として表した。「ギルバート王子。私は貴方の護衛としてここに居るつもりですが。それだというのに、勝手に敵の場所へと行ってしまうなど、私の立場がないじゃろう」
一応、護衛対象として丁寧語を使ってはいるが、逆に丁寧語だからこそ不満がありありと伝わってくる。
ギルバートは「ごめん」と短く断って。「でも、僕一人で行けば、もしもなにかがあっても、僕一人だけの命で済む。結局の所、僕は君たちのように武器を振るって敵を倒す力なんて無いからね。戦力の消耗は最小限に抑えられる」
「そなたが死んでは、私がここに居る意味はないじゃろうがッ!」ドン、とフライヤは座っていたテーブルを強く叩いた。
ヤンの奥方、ホーリンが用意してくれた夜食の総菜(小麦粉に野菜を練り込んで焼いたものに、辛い香辛料をまぶしたような赤い餅だ)が乗った皿が踊り飛ぶ。
そんな二人の様子を、バッツはいかにも可笑しそうに眺めて、「おいギルバート。あんた、誰かに似てきてるぜ?」
「え?」
「まあ例えるなら、一人で背負い込みすぎて、ブッ倒れたまま目を覚まさないどこぞの馬鹿とかにな」
「それは―――」(―――光栄と思うべきなのか、それとも自分の心配をするべき何だろうか)
ギルバートはバッツの台詞に、そんな戸惑った感想を抱いて、笑顔でも苦笑でもない曖昧な笑みを浮かべた。
「似てるだけさ。真似ることは出来ても、僕はセシル=ハーヴィにはなれやしない」
「それもそうだ―――というか、あんな馬鹿ヤローはあいつ一人で十分だっての。幾人もあいつがいたら、それだけで周りの人間は心配しすぎて死んじまうさ」冗談めかして笑うバッツに、そうかもしれないと、ギルバートは真面目に思う。
きっと、セシル=ハーヴィという男は誰よりも無茶なことを行う人間なのだろう。バロンの力を知りながら反旗を翻したことと言い、その力に対して真っ向から一人で立ち向かったことと言い。だからこそ、誰もが心配する。例え、彼がその無茶を無茶でなくす可能性を持っていると知っていても。
それに比べれば、ギルバートのやったことなどなんでもないことだと、彼自身は思う。(だって、敵の所へ行って命乞いをしただけだしね)
「それで、これからをどうするかだが」
それまで黙していたヤンの言葉で脱線していた話が元に戻される。
ヤンの表情は少し渋い。
まだ、ダークフォースに触れた影響が残っているのか、声にも張りがないように思えた。よくよく見れば、彼の顔には未だ血の気が戻って居らず、やや青ざめていた。「とりあえず一日は稼げた―――けれど、もう一日同じ手は使えない。このままだと、ガストラの将軍プラス竜騎士カインが乗り込んでくるね」
「たった4人だろう? その程度ならば―――」
「獅子将軍レオ=クリストフ、常勝将軍セリス=シェール、魔導将軍ケフカ=パラッツォ―――海を越えたシクズスから来たこの名前を、しかし知らない訳じゃないだろう?」
「だが、そこにカイン=ハイウィンドを加えたとてたった4人だ。こちらにはその百倍以上のモンク僧が居る」
「・・・さてどうだろうね? 僕は武人ではないから、戦闘能力の比較などできはしない。けれど、ヤン。君の目から見てカイン=ハイウィンドに飛竜を加えたのと、ファブールの全モンク僧兵、比べてみて役不足なのはどちらかな」
「・・・・・・」ギルバートの問いかけにヤンは押し黙った。
つまり、そういうことだった。
飛竜に乗ったカイン=ハイウィンドの力は、こちらのモンク僧兵全員を相手にさせても役不足ということだった。「だが、昨晩は退けられた―――」
「バッツか、或いは彼をよく知るセシルならばカイン=ハイウィンドを押さえられるかも知れない。けれど、敵はカイン=ハイウィンドだけじゃないよ。カインと同レベル以上の実力者であると思われるレオ=クリストフが居る。それに―――」ギルバートの脳裏に思い浮かぶのは金髪の女将軍だった。
あの目。セシルによく似た印象を持つその瞳。(一番、厄介なのは彼女かも知れない。決してこちらを侮ることのない瞳を持つ彼女)
「それに、なんだよ?」
バッツの言葉でギルバートは我に返った。
「いや、とにかく、少数精鋭でこられたらどうしようもない」
「妙な話だな。大軍で来られる方が助かるってのもさ」
「そうだね。けれど、相手が少人数ならこちらの被害は―――」
「・・・どうした?」言葉を途中で止めて、何かに気づいたような表情で、ぽかんと口を開けたままのギルバートに、バッツが怪訝そうに呼びかける。
「え・・・ああ、いや・・・なんでもないよ・・・」
力のない声でギルバートは笑う。
だが、彼は気づいてしまった。もしかしたら、というその可能性に。(セシルの・・・セシル=ハーヴィの本当の狙いはそれだったのか・・・?)
大軍という、数の力で相手が来て、こちらも数の力で対抗すれば、必然的に被害は大きくなる。バロン軍もファブールも。
しかし、相手がカインやガストラの将軍といった、強力な駒で少数精鋭で来たならば、例えクリスタルを奪取されたとしてもこちらの被害は少なくなる。(元からセシルには勝つつもりは無かった。単なる時間稼ぎだけだと思っていたけれど・・・)
ギルバートはセシルの考えが足りないと、思っていた。
セシルが自分が倒れた先のことを考えていなかったと思った。だが、それは間違いだったのかも知れない。
最初から、セシルにしてみれば時間を稼げればそれで良し。そうでなくとも、被害を最小限に抑えることが出来れば良いと思っていたのかも知れない。(クリスタルを奪われた後、ダムシアンの時のように爆撃されてしまうかも知れない。けれど、もしも読み通りにエブラーナが動いてくれたならそんなことをしている余裕もないだろう。仮に爆撃されたとしても、その時は皆してシェルターに隠れ潜めば良いだけだ。ダムシアンの時は、クリスタルを渡した後に気を緩めてしまったけれど―――今回はその時の生き証人である僕やバッツが居る。そんな油断はさせない)
「おい、どーしたんだよさっきから」
バッツの声に、再び我に返る。
ギルバートはいや、と呟き―――しかし、心で迷う。(もしもセシルがそう考えていたなら、僕のやったことは無意味だったんだろうか)
思い、悩み、しかし。
いや、と悩みを否定。
代わりに思い浮かぶのは一つの言葉だった。―――人には戦える力がある。
カイポの村で、セシルが叫んだ言葉。
人は、人間である限り戦える。あらゆることに立ち向かうことが出来る。
その言葉があったから、カイポの村人たちやギルバートは奮い立つことが出来た。(人は戦える。僕だって、戦える―――例え、セシル=ハーヴィでなくとも戦えるんだ)
戦えることを信じる。
もしかしたら間違っているのかも知れない。
けれど、間違っているかどうかは―――間違っていたかどうかは、後になってから考えればよい)(今は)
力強く、思う。
(今は自分が正しいと思うこと。やらなければいけないと思うこと―――それを思うだけで終わって、後で悔やまないように)
「バッツ!」
「な、なんだよ? いきなり叫んで」唐突に呼ばれて驚いたようなバッツに、しかしギルバートは構わずに続ける。
「本当は、もう一日だけ同じ手で時間を稼ぐつもりだった」
今日と同じ手。
つまり、約束の明日の晩になって、ゴルベーザの所へと赴いて「説得は出来なかった。明日こそはクリスタルを盗んでくるからもう一日時間が欲しい」とでも言って、もう一日だけ時間を稼ぐつもりだった。計算では五割程度は勝算があると思っていた―――だが。「けれど、それはセリス将軍に看破されて使えなくなった。だから!」
「明日、カイン=ハイウィンドたちを迎え撃つってか?」バッツの言葉に、ギルバートは首を横に振って否定する。
「君と、君の相棒の力を貸して欲しい―――」
フォールスの地に日が昇る。
地平線から顔を出した太陽は、森を照らし平原を照らし、城を照らしながら天頂へと登っていく。
太陽が昇っていくに合わせるように、森の木々から鳥が羽ばたき、或いはさえずりを奏で、陽の届かない木々の葉の下では、それでも朝が来たのを肌で感じるのか、巣穴から動物たちが身を起こす。その日は、平穏だった。
昨日のように騒がしい足音を立てる人間たちが、森の中や平原を蹂躙するかのように動き回るわけでもなく、或いは争い合うわけでもなく。昨日、争い合っていた人間たちの片方は、大きな石を何個も積み上げて立てられた城の中へ閉じ篭もったまま姿を現さず、もう片方は森を越えた先に空飛ぶ船を停めたまま、その船の周りにテントを張って、特になにもすることなく留まっていた。
やがて太陽は空のてっぺんへ昇りきり、それから徐々に地平に向かって降りていく。
その時になっても、人間たちは動かない。まるで、先日の騒ぎが嘘だったかのように、静かにしていた。
そして太陽が地平に顔を隠し、徐々に姿を隠して、代わりに空にはほんとうの月と幻の月、二つの月が夜の闇に浮かび上がった頃。城の門を開けて、二人と一匹が姿を現した。
「―――良い覚悟だ」
目の前で震えたまま土下座をしているギルバートを、ゴルベーザは冷めた視線で見つめていた。
―――ファブール王を説得することはできませんでした。
昨晩と同じように、兵士に連れられてやってきた砂漠の王子は、そう言うなり、その場に平伏した。
せんと違うのは、ギルバート一人ではなかったということだ。護衛なのか、ファイブルの旅装束を身に着けた茶色い髪の男が付き添っていた。こちらは平然と、ギルバートとは全く逆に、恐れるものなどないと言うような素振りで平然としていた。ダムシアンで見た顔だ、となんとなく思い出す。
確か、名はバッツ=クラウザーとか言ったか。カインに言わせれば、剣聖と呼ばれた男の息子で、レオ=クリストフを剣を持たずに退けた男。「昨晩、言ったことを忘れるほど馬鹿ではあるまい。私は一晩だけ時間をやる―――そう言ったはずだ」
「あ、明日こそは必ず―――いえ、クリスタルを盗んで参ります! だから、だからもう一度ご猶予を・・・!」
「王を説得できなくとも、盗み出すことは出来ると言うのか?」
「はい! クリスタルの場所もすでに知っております。しかも、隠し場所をカモフラージュするためか、警備の人間はおりません」(よくンな口から出任せ言えるよなあ・・・やっぱ、吟遊詩人って口から産まれてくる人種って言うけど本当だな)
平身低頭のギルバートの言葉を聞きながら、バッツはそんなことを思う。
実際にギルバートがクリスタルの在処を知っているかどうかは知らない。赤い翼が来襲した夜、偽のクリスタルで牽制しようとセシルが言ったとき、実際には本物のクリスタルは使われなかった。
セシルにしてみれば、本物のクリスタルも出しそうと―――印象からして、獲られても良いや、なんて様子だったとバッツは感じた―――したのだが、流石にそれは危険だとラモン王が言うので、セシルも諦めた。だから、クリスタルの在処などセシルもギルバートも教えられてないはずだが。(まあ、それでも砂漠の王子様だからな。もしかすると教えてもらっているのかもしれないが)
嘘をつく秘訣は、ある程度の真実を混ぜることだと言う。
ギルバートが今言ったことは嘘でも、100%の嘘ではないかも知れない。ダムシアンにあった火のクリスタルの隠し場所は知っていただろうし、もしかするとダムシアンでは隠し場所をごまかすために警備の人間を置いていなかったのかも知れない。(だとすると、全くの嘘ってわけでもないんだろうな)
「・・・その隠し場所とは」
「そ、それは言えません」
「何故だ」
「い、言ってしまえば私は殺されるでしょう? だ、だから―――」
「貴様の生殺与奪は私が握っていることを忘れてはいまいか?」
「ひっ―――」忘れてはいない、ということを示すかのように、ギルバートは悲鳴を上げる。
(茶番だ―――)
バッツは思う。
思いながら、自分の為すべきことを確認する。それは。(これが茶番だと確信すること)
だからこそ、口に出した。
「おい。もう、ヤメにしようぜ」
笑いながら、そんなことを呟く。
場が、凍り付いた。
テントの中の誰もが怪訝そうにバッツを見ていた。ゴルベーザも、カインも、ガストラの三将軍も、ウィーダスやギルガメッシュも。ケフカとルゲイエは相変わらず薄気味の悪い笑みを浮かべていたが。
ギルバートだけが驚いた様子で、バッツを見つめていた。その瞳には非難するような感情の色が見える。
だが、バッツは止まらない。笑いを―――物事を斜に構えたような、皮肉げな笑みを浮かべ、ゴルベーザを真っ向から見やる。「やあ、気づいていなかったのか、大将。これは茶番だ―――あんたはハメられたのさ。この王子様に」
「どういうことだ?」
「どういうことだもなにもないだろう。この御仁はな、元からあんたたちにクリスタルを渡すつもりなんて―――」
「やめろバッツ!」バッツの言葉を遮るように、ギルバートの叫びが飛んだ。
怒り、ではなく悲痛さを感じさせる悲鳴のような叫び。だが、それでもバッツは止まらない。「ギルバート、これはもう駄目だ。お前は賭けに負けたんだよ。だいたい、時間なんてこれ以上稼いだって、セシルが目を覚ますかどうかわかんねーだろ?」
「時間稼ぎだというのか!」怒りのこもった声で、ゴルベーザが静かに怒鳴る。
その威圧の声に、ギルバートは首を縮めて悲鳴を上げるが、バッツは何も動じない。
飄々とした様子で、ゴルベーザを見、それから振り向いて金髪の将軍―――セリス=シェールを見る。「おやおや気づいてなかったらしいな。彼女はなにも言わなかったのかよ?」
「セリス将軍?」レオの疑問符に、セリスは表情を消してバッツ―――ではなくギルバートを見ると。
(・・・そういう手で来るか)
苦々しく心の中で思う。
だが、そんな思いなどは顔には出さずに。「もしかすると、そういうこともあるかもしれぬと考えていた」
「つまり、解っていながら何も言わなかった訳だ。大した部下を持ってるな、ゴルベーザさんよ」
「私はバロンの兵士ではない」
「ああ、そうか。部下じゃないから言う義理は無かったって―――」
「バッツ、やめないか!」ギルバートが制止の声を飛ばす。だが、もう遅い。
「―――殺せ」
ゴルベーザの静かな一言で、カインが動いた―――よりも早く、バッツが動いていた。
懐から短刀をを素早く取り出すと、カインに向けて投げつけて牽制。カインはそれを手甲で弾く、がその隙にバッツはギルバートの腕を引っ張ってテントを出ようとする―――が、その前にレオとセリスが立ちはだかる。「いつぞやの決着・・・ここで付けさせて貰う!」
「謀を!」二つの剣の切っ先を向けられて、しかしバッツは恐れずに。
「悪いが、あんたらの相手をしている気はないんでね! ボコッ!」
「クエーッ!」
「!?」バッツが叫ぶなり、バッツの目の先、レオたちの背後―――つまりテントの外から、甲高い鳴き声と共に、チョコボが飛び込んできた。臆病ながらも足の筋力は天下一品、そんなチョコボの蹴りを、レオとセリスは左右にそれぞれ飛んで回避。しかし。
「しまった!」
レオが声を叫んだときにはすでに遅い。
バッツはギルバートを引き連れて、ボコの背に飛び乗る。「逃がすか、アベル!」
カインの呼び声に応え、夜空を飛んで風を楽しんでいたのか、飛竜のアベルが上空から降りてきた。
バッツは舌打ち一つ。だが、構わずに。「ボコッ、突っ走れぇっ!」
「クエーッ!」ボコは快鳴一つ。
アベルの鳴き声と重なって、それは不協和音として周囲に響き渡った。
叫ぶと同時に、ボコは力の限りを尽くして地面を蹴る。前に、前にと。同時、アベルの爪がボコを捕えようとするが、アベルの爪はボコの尾羽をかすって地面に着地する。紙一重だ。「―――流氷の乙女よ、冷たき妖姫よ、その吐息は凍える刃となりて―――」
森の中へ飛び込むボコを追いかけるように、セリスの声が、呪文となって完結する!
「ブリザラ!」
呪文が完結し、魔法となって完成したのは氷の術だ。
幾つもの、氷柱のように先の尖った氷の刃が、ボコを追いかけて飛来する!「避けろ!」
「くえーっ!」曖昧かつ単純なバッツの命令に、ボコは鳴き声一つあげて応える。
追撃してくる氷の刃を避けるために、木々の間をジグザグに縫うように走っていく。
氷の刃の半分は木の幹に当たって砕け、残った半分はボコに届かずに途中で消えた。追撃を回避した―――と判断し、安堵して森を出ようとした所へ―――「ボコ! 止まれ!」
バッツが急に叫び、森を出る寸前で、ボコは急ブレーキ。
滅茶苦茶な走り方をするボコの上で、酔いかけていたギルバートは青い顔でバッツを見た。「な、なんで止まるんだ・・・」
「お客さんだ」
「そうそう逃げられると思うなよ!」森の出口。
空を先回りしたのだろう―――飛竜に乗ったカインが待ちかまえていた。「ここで終わりだ!」
「終わるかよ!」バッツはボコの背から飛び降りると、カインに向かって駆け出す。
「駄目だバッツ! 戦っちゃいけない!」
「出口をふさがれてる! 戦わなきゃ道が開かれねえ!」ギルバートの声を聞かず、バッツは刀を手にしてカインに向かって突撃。
(駄目だ・・・カイン=ハイウィンドを相手に手間取っていたら、ガストラの将軍が―――)
ギルバートは後ろを振り返る。
いくらギザギザに森を走ったからと言っても、人間の足とチョコボの足では差が在りすぎる。飛竜にでも乗って森の上をまっすぐに飛べば先回りも出来るだろうが、人の足ではそうそう追いつけるものではない。(それでも、ぼやぼやしていれば―――)
焦る。
見ればバッツはすでにカインと剣を合わせていた。
剣と槍のぶつかり合う金属音。しかし。(バッツならカインを相手にしても引けを取らない―――けれど、倒せるかどうかってことになれば話は別だ)
基本的にバッツのスタイルは、高速移動して相手の死角に回り込んでからの奇襲攻撃だ。
ガストラ最強の戦士とも歌われたレオ=クリストフ相手にもそれは通用したらしいが、しかし今の相手はカイン=ハイウィンドだけではない。カインの死角に回り込んだとしても、アベルが気づけば奇襲は効果を為さない。その逆も同じだ。
結果として、バッツはカイン相手に攻めあぐんでいる―――逆にカインも高速移動するバッツを捕えきれないでいる。どちらにも決め手がない。「のやろっ、こンの畜生がっ!」
「ちょこまかと・・・ネズミのような奴!」互いを罵倒しつつも、カインとアベルの連携を、それを上回る速度でバッツは回避して、バッツの奇襲攻撃をカインとアベルは二対の眼で見破っている。双方共に有効打がない。このままだと―――
(逃げなきゃ―――でも、背中を見せた相手を見逃してくれるほど―――)
ギルバートは二人の戦いを見て逡巡。
だが、その迷いは長すぎた。「クエッ?」
気づいたのはボコが先だった。
ボコは背後を振り返ると、首をかしげる。その仕草に気づいたギルバートが、まさかと思って後ろを見れば―――「追っ手が!」
森の奥から人の持つ灯火がちらほらと見えた。
足音もはっきりと聞こえてくる。近い。「げっ」
バッツもそれに気がついたらしく、振り返ってくる。
だが、それが命取りだった。「バッツ!」
「貰った!」ギルバートの悲鳴とカインの好機の声が重なった。
しまった、とバッツが振り返った瞬間、その身体へカインの槍がたたき込まれ―――