第8章「ファブール城攻防戦」
P.「臆病者」
main character:ギルバート=クリス=フォン=ミューア
location:バロン軍野営地

 

 ギルバートは外にいた。
 それも城の外。昼間、戦場であった草原を森に向かって歩いていた。
 一人。お供が数匹。

「いや、助かったよ。キミたちが居てくれて」

 ギルバートは三匹のお供に声を掛ける。
 彼の先をゴブリンのブリッドが月のない夜だというのに、苦もなく歩いていく。
 ギルバートの足下を照らすようにボムボムが周囲を飛び回り、その後をおぼつかない動きでトリスが追いかける。

 本来、魔物は夜の住人。

 今宵は月は雲に隠れ、辺りは真闇。
 一応、カンテラは用意したものの、ブリッドが先導をして、ボムボムが明かりの代わりとなってくれるならば、それに越したことはない。
 ・・・トリスは、特に役には立っていなかったが。しかし、三匹も魔物を引き連れていれば、夜に活性化する野の魔物たちもちょっかいをかけてくることもないだろうし、ついでにこれから赴く先の相手に、威圧感を与えることが出来るかもしれない。

 そこまで考えて、ふと足の動きが鈍くなる。
 相手。ギルバートは今、一人で、誰にも黙って城を出た。
 門を見張る門番には「明日以降の作戦の準備」と断っていた。あながち間違いではないが、それでも嘘をついたことには代わりはない。伝承や噂話を誇張して、物語を語り、時には物語を騙るのが吟遊詩人という人種だ。嘘をつくのは慣れていないわけではないが、それでも味方を裏切ってしまったような罪悪感がある。

(セシルは・・・こういうときどんな風に感じるんだろう)

 ギルバートはセシル=ハービィのことをよく知っている。
 一人で旅をしていたときにも、その噂はどこに居ても聞こえてきたし、ギルバートも若き英雄たる暗黒騎士のことを物語として歌ったことも何度かある。世界でももっとも魔物の勢力が強いと言われるフォールス地方から、その魔物の半分以上を殲滅したバロンの暗黒騎士。

 そして、セシルに出会ってから数日間。
 噂の偶像ではない、実像たる彼は、正直ギルバートの想像とは少し違っていた。
 ギルバートが噂として想像していたのは完全無欠の英雄。しかし実際は、判断を誤ることもあれば、傷つき倒れることもある、ただの人間だ。

(というか、馬鹿だよね)

 ギルバートは苦笑する。
 セシル=ハーヴィは馬鹿なのだろう。今日の作戦を見てそう思う。
 幾ら士気を上げる為とはいえ、たった一人で軍隊に立ち向かう―――無謀かつ無茶の極みとしか言いようがない。彼自身、自身があったわけではない。火が燃える早さよりも、陸兵団の突撃が早い可能性もあったし、なによりも風は向かい風だった。もしも暗黒騎士団が動かずに、陸兵団がダークフォースに耐え続けていれば、セシルの力が尽きるか、或いは自分たちで付けた火に巻かれて居ただろう。さらに加えれば、暗黒騎士のダークフォースをセシルが受けきれるという保証もなかった。

 そして、今、倒れたまま目覚めない。
 自分が無事ではすまないということは予測していたのか、セシルが倒れた後、その鎧をヤンに着せてセシルをでっちあげるという作戦を、予めギルバートは聞いていた。黒く塗った鎧でも良かったが、もしも暗黒騎士も出撃していたら、暗黒の武具かどうか解ってしまうかも知れない。だからこそ、多少の危険を冒してまでヤンに暗黒の武具を装備させた。心身を鍛え抜いたモンク僧ならば、ダークフォースに耐えられるだろうという計算もあった。

 だが、それ以降のことはギルバートは聞いていない。
 もしかすると目を覚まさないということを考えていなかったのかもしれない。それとも、しばらくはバロン軍も様子を見るだろうと考えているのかもしれない。・・・どちらにしろ、読みが足りなかったのだ。

(あの男は・・・ゴルベーザはそれほど甘い男じゃない)

 苦々しく、思う。
 ダムシアンで、クリスタルと引き替えに助かったと思った。
 しかしその直後、赤い翼の爆撃でギルバートは両親と最愛の恋人を失った。その時の記憶と想いが、直感させる。ゴルベーザという男は、この程度で引き下がる男ではない。

(確かに陸兵団と暗黒騎士団はセシルに怯え、使い物にはならないかも知れないが、相手にはカイン=ハイウィンドを初めとする猛将たちが居る。少数精鋭で夜襲を仕掛けてくる可能性はかなり高い・・・)

 セシル=ハービィと同じくらい、カイン=ハイウィンドの名前はフォールス中に響き渡っていた。若くして竜騎士団団長へと登り詰めた竜騎士。親の七光りと言う者もいるが、そうでないことは誰もが知っている。

 愛竜アベルと人竜一体となったカイン=ハイウィンドは、魔物よりも恐ろしい。

 竜の破壊力と、カインの槍から繰り出される凄烈なる技の数々は、味方を魅了し、敵を恐怖へと突き落とす。まさしくバトルオブアーティスト。戦場を死という芸術に染め上げる金髪の竜王。
 幸いにも、その威力は今のところ人間相手には発揮されていない。今までは魔物相手だった。もしも―――歴史にもしもを語るのは無粋ではあるが、あえてもしもと言うならば、セシルとカインの二人がもっと早く・・・バロンとエブラーナの戦争中に産まれ、その威力を存分に発揮していたとしたら、今この世にエブラーナと言う国は無かったとも呼ばれている。そしてそれは、もしも、と言うには現実味の在りすぎる “もしも” だった。

(カイン=ハイウィンドの力は昨晩と今日、見せて貰った)

 昨晩、飛空挺からの爆撃を偽のクリスタルを散らすことで封じたセシルに強襲しかけてきたカインと、今日の戦いでただ一人セシルの恐怖に屈せずに襲いかかってきたカイン。どちらもなんとか退けることが出来たが、しかし単騎でこちらの懐に飛び込まれた。特に、今日は一歩間違えればセシルがカインの槍の餌食になっていたところだった。そうなれば、第二戦目であっけなくファブールの城は落ちていただろう。

(バッツならカイン=ハイウィンドを押さえることが出来るかもしれない。・・・だけど、相手は彼だけじゃない・・・!)

 赤い翼の現団長であり、黒幕であるゴルベーザの力も未だ不確定であるし、カインと共に昨晩仕掛けてきたバルバリシアという女性。それからホブス山でヤンの弟子を殺したルビカンテという男、どちらも人の形をしながら、どこか人間離れした能力を使っていた。さらにはガストラの三将軍。カイン=ハイウィンドだけでも厄介だというのに、これらをまともに相手できるのはバッツとヤンくらいなものだった。フライヤでは、少しばかり心許ない。

(・・・なんて言うと、彼女に怒られるな)

 ギルバートは苦笑。
 今回、顔を出さなかったフライヤには、一般市民が避難しているシェルターの警備・・・というか進入路の確認をしてもらっていた。バロンからクリスタルを守ることは当然だが、それ以上に無力な非戦闘員を守らなければならない。だからこそ、どんなルートで敵が侵入してくる可能性が一番高いか、調べて貰っていた。ネズミ族である彼女は、そういうことに関して鼻が利くという。

 

 

 

 

 戦場を越える。
 昼間、火計を仕掛けた後の、焦げた草を踏みしめて。足止めの為に作った、草の輪っかに引っかからないように注意して、バロンの軍勢が行軍し、撤退し、それを二度繰り返したせいで真っ平らな草の絨毯が出来上がってしまった草原を越えて。

 ギルバートは森へと到達する。

 

 

 

 ごくり、と彼は唾を飲み込んだ。
 森のすぐ側には誰も居ない様子だった。

(・・・てっきり、見張りくらいいるかと思ったけど)

 そんなことを思いながら森の中に目をこらす。
 森の中で陣を張っているのかと思ったが、それらしき灯りは見えなかった。

(困ったな。こっちから探すのは少し手間だろうし・・・仕方ないか)

 やれやれ、とギルバートはブリッドたちを振り向いた。

「ここまでで良いよ。君たちは城の近くまで戻っていて。・・・もしも夜明けまで僕が帰ってこなかったら、死んだと思ってくれと、バッツたちに伝えて欲しい」
「ワカッタ」

 ブリッドは頷くと、ギルバートに背を向ける。
 それに、ボムボムとトリスも続いた。

「・・・・・・」

 三匹の背を見送って、ギルバートは再び森へと向く。
 夜の森は酷く不気味に思えた。
 まるで森全体が一個の生命体のように、眼前に巨大に聳え立っている。

「・・・良し」

 意を決する。
 自分に度胸などないということを自覚して、だからこれは勇気などではないのだと思考する。

(これは、無謀だ)

 無謀だ、と自覚する。
 だからこそ、怯える必要はない。
 勇気とは恐怖に立ち向かう強さだ。
 無謀とは恐怖に気づかない愚かさ。
 自分には強さなど無い。だから愚者として、恐怖に飛び込もうと。

(馬鹿は何も恐れない。愚者は恐怖を知らない―――だから、今だけは僕は無知となろう)

 などと心の中で思ってから。

「・・・なれるわけないなあ」

 苦笑する。
 やはり怖いものは怖い。できれば、今すぐ城までとって返したい。
 けれど。

 

 ―――思い出されるのは彼女の笑顔。

 

 彼女。アンナの笑顔はギルバートの幸せだった。
 しかし今、彼女の笑顔と共に沸き上がる思いは幸せではなく後悔。
 それを、二度と見ることを叶うことなくなった後悔だ。

 

 ―――思い出すのは彼女の笑顔。

 

 彼女は最後の最後まで微笑んでいた。
 ギルバートを庇い、痛みに顔を青ざめさせながらも。
 それでも彼女は微笑んでいた。

 断言できる。
 彼女はギルバートを命をかけて庇ったことを悔やんではいない。
 だからこそ最後まで微笑んでいた。最後まで微笑んで―――死んだ後も。

 カイポの村で、彼女は、魂だけの存在となりながらも、ギルバートに力を与えてくれた。
 どうしてそこまでしてくれるのか。
 自分がそれほどの男だったろうか。
 自問自答を繰り返すが、今になっても彼女がこんな自分のためにそこまでしてくれたことが、疑問として渦を巻く。

 ―――ギルバートは知らなかったが、それはセシルがずっとローザに対して抱いていた疑問に似ていた。

 ただ一つだけ、ギルバートが胸を張って言えることは、ただ一つだけだった。

(僕は、アンナを愛している)

 それだけは、絶対に、譲れない真実だ。
 だけど、逆に言えばそれだけだった。
 そんな自分を、どうして彼女は愛してくれたのだろう?

(わからないな―――解らないけど・・・それでも)

 彼女は後悔しなかった。
 ギルバートを庇い、そして死んでしまっても。
 彼女は後悔しなかった。それならば―――

(彼女が後悔しなかった―――その想いに答える必要があるッ)

 想いに報いるのではなく。
 想いに応える。
 後悔を胸に抱きながら。彼女が後悔しなかったことに、自分が後悔しないように!

「行くぞ」

 ギルバートは宣言すると、森へと一歩を踏み出した。

 

 ポロン・・・♪

 

 と、竪琴を奏でながら。

 

 

 

 

「夜襲を仕掛けるというのか」

 オウム返しに言う、ゴルベーザの言葉にセリスは頷く。

 森の外だ。
 ファブールの南に拡がる森林。
 それを抜けたところに、赤い翼の飛空挺が八艇全て着陸していた。

 その飛空挺の脇に、大型のテントを設置して、セリスたちはその中に居た。

「現状では、しばらく兵は使えまい。セシル=ハーヴィへの恐怖に縛られてな」
「だから、夜襲か。セリス殿お一人で?」
「カイン=ハイウィンドを貸して頂きたい。あとは私とレオ将軍・・・ガストラの二将軍で十分だ」
「ボクのことをナチュラルに忘れられてるーッ!?」

 なんか後ろで馬鹿が喚いているが、セリスは無視した。

 ほう、とゴルベーザは呟き。

「相手はモンク僧の国、ファーブルだ。どれも一騎当千とは行かないが、それでも鍛えに鍛え抜かれた戦士たちだ。・・・舐めていると痛い目に遭うぞ?」

(だからこそ、先行してルビカンテを差し向けたのだからな)

 ファブールがダムシアンのように簡単に行くとは最初から思ってはなかった。
 だが、モンク僧長であるヤン=ファン=ライデンが、この時期に弟子を引き連れてホブス山へ修行に出るというのは、有名な話だった。ルビカンテにヤンを討たせることによって、ファブールの精神的支柱の一つを打ち砕こうと言う目論見だったが、タイミング悪くセシルたちが通りかかってしまった。

(結局、ヤンの弟子を殺し、相手の怒りに火を付けただけか。加えて、こちらはルビカンテが負傷・・・中々思ったようには上手くいかぬものだ)

 ゴルベーザは一人思う。

「貴公こそ解っていないのではないか?」

 ふん、とセリスは顎を軽く持ち上げて、ゴルベーザをやや見下すように。

「我らこそ一騎当千。雑兵如きが束になろうと、蹴散らしてくれるだけよ!」

(こいつ、普段と性格が違う―――)

 ゴルベーザの傍らに在ったカインは、居丈高なセリスの態度に、怒るよりもむしろ呆れて見ていた。
 誰かに似ているな、と思う。
 その誰かとは考えるまでもない。

(セシルに似ているんだ。あいつも普段と戦いの時とは別人と思うくらいに人が変わるからな)

 セシル=ハーヴィは、普段はなによりも優しき心を持つが、戦いとなれば―――必要ならば、何よりも非情となれる男だった。

(こいつも、同じだろうか)

 カインは思う。
 戦いの時に性格が違って見えるのは、そうしなければ戦えないから。
 優しい心のままでは人を傷つけることはできない。だから優しい自分を押し込めて、戦いの意志を固める。

 優しさは強さであるのかも知れないとふと思う。
 優しさ無き力はただの凶器だ。しかし力に優しさが在れば、それは正しき力となる。
  “優しさ” というのは正しき心のこと。他人に対して、自分以外の何かに対して正しくあろうとする心の表われがが優しさなのだから。優しさを伴った力は、即ち正しき力で相違ない。

(セシルは優しき力を使う。決して揺るがぬ戦いの意志を持ちながら、戦いに対して常に疑問と後悔を抱き続ける男)

 不器用な男なのだ。
 騎士ならば、国の純然たる力ならば、何も考えずに国の、王の思うまま力を振るえばいい。
 騎士にとっての正義とは、王の命令なのだから。

 しかし、そんなセシルだからこそバロンに対して反旗を翻した。
 ミシディアへの侵攻に後悔を抱き、王命に対して疑問を抱いた。
 自国へと剣を向けるなど、騎士としてどんな理由が在ろうとも許されることではない。
 カインも一時的にとは言え、セシルに同調した。だがそれは―――

(セシルが俺にとっての国であり王であったからだ。しかし今は―――)

 ちらりと、セリスを前にして思考するゴルベーザを見やる。

(この男こそが、俺の国であり王である。ならば―――あとは王の望むままに槍を振るい、力を誇ってみせるまで!)

 それは、正しくない力―――単なる凶器であるのかも知れない。
 それでも、それがカイン=ハイウィンドにとっての正義だった。

「・・・解った」

 ゴルベーザの考えは決まったようだった。

「カイン!」
「ああ」
「ガストラの将軍殿に力を貸してやれ」

(奇襲か・・・それもたった四人で)

 滑稽な話だと思う。
 バロンのほぼ全兵力を引き連れておいて、少数精鋭で奇襲を仕掛けなければならないとは。
 それも、その原因がたった一人、セシル=ハーヴィによるものだというのだから、なお無様だ。

 しかし。

(セシル=ハーヴィはたった一人でバロン軍を退けた。ならば、こちらにも出来ないはずがない)

 そう、戦いへの意志を固めたときだ。

「ゴルベーザ様!」

 突然、テントの中に兵の一人が飛び込んできた。

「どうした? 騒々しい」
「ダムシアンの王子と名乗る者が―――」

 

 

 

 

「だ、ダムシアンの王子、ギルバートです!」

 数分後。
 ゴルベーザの前にギルバートの姿があった。
 ダムシアンで見かけた記憶のある男だ。城への爆撃で、王ともども爆死したと思い込んでいたが。

(生きていたとはな・・・)

 私もまだまだツメが甘い。
 思いながら、目の前でがたがた震えてる男に向けて口を開く。

「それで、こんなところに何のようだ? まさか優雅に食後の散歩というわけでもあるまい」

 ゴルベーザに声をかけられた瞬間、ギルバートはひっ、と引きつったように意気を呑む。悲鳴を上げなかったのは、僅かでも男としての度胸が残ったのか、それとも王族としての矜恃か。
 どちらにしろ、目の前の男はこの場の雰囲気に怯え、顔が青ざめるほど恐怖していた。

「こっ、交渉しに、き、来たんです」
「交渉?」
「はっ、はいっ、交渉を・・・」
「なんの交渉だ? 交渉などする価値も無いと思うが」

 ゴルベーザの言葉に、ギルバートは泣きそうな顔を見せる。
 軟弱な男だ、と思った。

「ク、クリスタル・・・」
「ほう?」
「クリスタルを差し出しますから、へ、兵を引き上げてください」

(あの王にして、この王子か・・・)

 ダムシアンの王は、赤い翼の襲撃にすんなりとクリスタルを差し出した。
 民のため、と言い訳をしていたが、その表情は今のギルバートと同じように青ざめて震え、自らの安全しか考えていないように思えた。事実、「貴様の首も差し出せ」と軽く脅してみると、その場にへたり込んで失禁した。

 思い出す価値もない、クズ。

 それの息子が目の前に居る。

「クリスタルを差し出す? それはファブール王の意志か?」
「い、いえ・・・ですが、必ず王を説得して―――盗み出してでも差し出しますから・・・」
「話にならんな」
「そ、そんなっ。お願いです。お願い―――」

 ギルバートの嘆願に、ゴルベーザは無慈悲に。

「連れて行け」
「はっ」

 ギルバートをつれてきた兵士は、来たときと同じように彼の肩を掴むと連行する。
 なすすべもなく、ギルバートは引きずられて、悄然とした面持ちで、ぽつりと・・・

「だから、あんな奴の言うことなんて聞かなきゃ良かったんだ・・・セシルなんて無責任な―――」
「・・・待て」

 テントから出ようとした兵士とギルバートを、カインが止めた。
 僅かに険しい表情で、ギルバートへと詰め寄る。
 がっくりとうなだれて、地面とカインの足下くらいしか見えていないギルバートには、その表情に気づかなかった。

「貴様のような男がセシル=ハービィを悪く言うのか、言えるのか!」

 一度は自分が認めた男を、こんな情けない―――勝手に城を抜け出して、勝手に命乞いをするような男が貶める言葉を吐くのは許せなかった。

「だって、そうじゃないか! 勝てる勝てるって言っておいて! 倒れたままずっと目を覚まさない・・・これが、これ以上の無責任が何処にあると言うんだッ!」

 激高して顔を上げる。
 と、カインの険しい表情を見たとたん、ひっ、と声を上げて情けない顔を見せる。

「貴様のような奴が・・・」

 カインはギルバートの胸ぐらを掴み上げ、連行しようとしていた兵士から強引に引きはがすと、もう片方の手を強く握りしめて振り上げた。

「セシルを罵る資格など・・・ッ!」
「待て、カイン!」

 ゴルベーザの制止の言葉に、振り下ろされかけた手が止まる。
 険しい顔のまま、彼はゴルベーザを振り返った。

「・・・なんだ?」
「その男の話、もう少し聞こう―――セシルが、どうした?」
「は、はいっ!」

 カインが手を離すと、ゴキブリのような動きでカサカサと素早くゴルベーザの前に滑り込む。
 自分が助かりそうだという期待の表情で、嬉しそうに話し始めた。

「セシルはあの後・・・最初にあなた方がファブールを攻められたときに、倒れたままずっと目が覚めていません」
「・・・なんだと? しかし、再び出撃したときには、セシル=ハーヴィは城門の上に姿を現したと聞くが・・・」
「あれはセシルじゃありません。セシルの鎧を身に着けたモンク僧長の・・・」
「ヤンか! ・・・なるほど。奴ならば暗黒の武具にも負けぬ心を持っているかもな」

 カインが言うと、ギルバートは「はいっ、はいっ」嬉しそうに頷いた。それを、カインは不快な表情で見る。

「だから、もう、こっちには勝ち目なんて無いんです。セシルが何時目覚めるか解らないし・・・だいたい、目を覚ましたってあんな男が一人居たからって勝てるとは・・・」
「奴のことを貴様如きが言えるのか!」
「す、すいません・・・」

 カインの剣幕に、ギルバートは慌てて平伏する。
 そんな様子に、さらにカインは醜悪さを感じ、顔を歪めた。

「それで、降伏するつもりだと?」
「は、はい・・・いえ、モンク僧たちはまだやる気みたいですが、このままでは負けるのは誰の目にも明らか・・・必ずや説得して・・・だ、だから僕の命だけは―――」

(本音が出たな)

 カインは思い、ゴルベーザに視線を投げかける。

「こんな奴の言うことを聞くことはないだろう! だいたい、こんな取引しても我らの威信が地に落ちるだけだ!」
「・・・待て、カイン。・・・ギルバートと言ったな」
「は、はいっ」
「貴様に一日だけ猶予をやろう・・・明日の晩にここまでクリスタルを持ってこい。そうすれば、貴様の身柄は我らが保護しよう」
「あ、ありがとうございます!」
「だが、もしも明日の晩に間に合わなければ―――貴様もろともファブールをたたきつぶす!」
「わ、わかりました・・・っ」

 へこへこと、頭を下げるギルバートを、カインは瞳を怒りに染めて見つめていた。

 

 

 

 

 ギルバートがテントを後にして、他の兵士やセリスたちも出て行った。
 テントの中にはカインとゴルベーザだけが残された後、カインがゴルベーザに向かって溜まった物をはき出すように怒鳴り散らした。

「ゴルベーザ! 何故、あの男を行かす!」
「落ち着けカイン・・・貴様の親友をあのような者に虚仮にされて腹ただしいのも解るがな」
「別に・・・俺はセシルのことなど・・・」

 カインの呟きに、ふん、とゴルベーザは吐息。

「どちらでもいい。が、考えてみろ、カイン。あの男が説得なりクリスタルの奪取なりに成功すれば良し。もし失敗しても、我らにはなんの痛手もない」
「しかし・・・っ」
「私は効率を求めただけなのだ、カイン」
「・・・・・信じられるのか、あの男・・・・・」
「信じられるさ。あの臆病者は―――」
「・・・・・そうだな、セシルが倒れたままだというのは本当だろう。だからこそ、負けると判断したのだ。そうでなければこんなところまで一人で来ないか」

 カインの言葉にゴルベーザは頷きかけて、動きを止めた。
 そんな様子を怪訝そうにカインは見て。

「どうした?」
「いや・・・今、なにか少し引っかかったが・・・まあいい」

 大したことではないだろう、とゴルベーザは思考を打ち切った。

 

 

 

 

 

「やあ」

 森の中。
 行く先の木陰から出てきた影に、ギルバートは動きを止めた。ついでに息を呑む。危うく、手にしていたカンテラを落としそうになるが、なんとか堪えた。

「あ、貴女は・・・セリス将軍・・・」
「ほう、私の名前を知ってくれているのか。それは嬉しいな」

 にこにこと。
 彼女は親しげにギルバートに歩み寄る。
 対して、びくびくとギルバートは一歩後退。そんな彼の動きに気づいて、セリスは肩を竦める。

「怯えることは無いだろう」
「なんのご用ですか・・・まさか、やっぱりゴルベーザ様の気が変わって僕を―――」
「いいや。ただ、挨拶がしたかっただけだ」

 あくまでも彼女はにこやかだ。
 ギルバートの持つカンテラの灯りに、下から照らされているその微笑みは、美しさと同時に恐ろしさを秘めているような気がしたが。
 ふと、気づく。
 にこやかな彼女の微笑みに、しかしその瞳は笑っていないことに。

「ダムシアンで見たときは取るに足らない男だと思ったのだがな。・・・男子というものは侮れない。この短期間で急成長を見せるのだからな」
「・・・べ、別に僕は成長などしていませんよ。ダムシアンで、赤い翼の来襲に怯えて自分の部屋に閉じこもって震えていた軟弱者です」

 赤い翼が引き上げたと聞いて、ようやく部屋から出ることが出来た。
 それから、アンナとバッツたちに出会って―――

「ああ、そうだな。我らの姿を見た瞬間、自分の部屋に逃げ込んだのだったな」

 その時の様子を思い返したのか、彼女はクスクスと笑って。

「そんな、逃げて部屋に閉じこもるしかできなかった男が、今、こうしてここに居る」
「・・・い、命乞いをしただけです。ぼ、僕は死にたくありませんから・・・」
「真に臆病な男が、単身で城を抜け出し、敵の本陣まで来るものか」
「・・・・・・・」

 言葉に詰まる。

(・・・見抜かれている!)

 ギルバートは愕然とした。
 セリス=シェールは全て見抜いている。

「・・・なにを言っているか、わかりませんね」

 辛うじて、とぼけてみるが、彼女に通じるとは思えない。
 だが、意外にもセリスはそれ以上はなにも追求をせずに。

「ただ私は王子のことを尊敬したと伝えたかっただけだ。どんなに勇気ある人間でも、貴方のように行動することはできないだろうと。無論、私にも無理だろう」
「・・・・・褒められるのは悪い気がしませんが。僕に勇気なんて・・・」
「セシルが倒れたままと言うのは本当か?」
「本当です」
「ならばこれは貴方の考えか。―――とりあえず、今日は昼間も含めてこちらの負けだ。ゴルベーザ殿は貴殿の言葉を信じた―――信じた、というより試してみても損はないと判断したのだろうな。それも、貴殿が醜態な無様を演じたからだ」

 そんなセリスの言葉を聞きながら、ギルバートはある一つのことに気がついていた。

(この人は・・・セシルに似ているんだ)

 外見が似てると言うことではない。性格や考え方が似ているというわけでもない。
 人との接し方が、似ている。
 セシル=ハーヴィは誰に対しても対等以下に見ることはない。カイポの村で、村人たちに戦えと言ったのも、なにもおエラい騎士様として村人たちを顎で使おうとしたわけではない。対等に、共に戦えるのだと、共に戦おうと彼は村人たちに言ったのだ。騎士だとか村人だとか王族だとか関係ない―――人が人である以上、なにかの為に戦うこと―――戦いの意志は誰に対しても対等に在るのだと。

 セリス=シェールも同じなのだろう。人を人として、対等に見る。
 だから、ギルバートが無様を演じても―――半分以上は本当に怯えていたのだが―――蔑むことなく、その真意を知ることが出来た。

「なんにせよ、今宵は待機だ。・・・折角、我らがガストラの将軍の力を見せられると思ったのだがな」
「やっぱり、夜襲を仕掛けるつもりだったんだ・・・」
「・・・ほう? 読んでいたか―――ああ、だからこそか」
「あ・・・」

 しまった、とギルバートは口を押さえる。
 だが、セリスはクスクスと笑うだけだ。

「てっきり、私はセシルが目を覚ます時間稼ぎだけだと思ったんだがな」

 それもあった。
 だが、ギルバートはなにも応えない。
 代わりに。

「一つ、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「あなた達・・・ガストラの将軍が三人も、海を渡ってここまで来た理由は・・・」

 答えてくれるとは思わなかったが。
 しかし、セリスはあっさりと。

「クリスタルだ」
「・・・え?」
「クリスタルに秘められた力―――それを確認するために来た。もしもそれが、ガストラに害を為す者だとしたら、破壊するためにな」
「また、クリスタルですか・・・」
「なんだ?」
「いえ・・・」

(セシルが聞いたら、また怒りそうだな)

「私からも一つ聞いて良いか?」
「なにを、ですか?」
「勝つつもりか? 私たちに」
「勝てるわけ無いですよ。だから、こうして降伏条件を出しに来たんです」
「・・・そうだな。勝つつもりがないから、降伏しに来たんだな」

 くすり、と彼女はまた笑う。

(これは・・・全部見抜かれてるな)

 ギルバートは心の中で苦く思った。
 この “降伏” がはったりと言うことも、こちらに “勝つ” つもりがないことも。

(本当は、もっと時間を稼げると思ったけれど・・・)

「今日は貴殿の勇気に免じて見逃すが―――次は無いと思え」

(・・・そう、だろうな)

 むしろ、今、ここで見逃してくれることが不思議だった。
 その疑問が通じたのか、彼女は弁解するように

「これがガストラの作戦だったなら私も黙っては居ない。だが、あくまでも今の私は客人だ。バロンがどんなミスを冒そうと、どうでも良いことだが―――」
「解りました。感謝します」

 これ以上話していると、誰が来るか解らない。
 ギルバートは、そういうと、そそくさと彼女の横をすり抜けて、通り抜けた。

 それを振り返って見送ることもせずに、セリスはその場に一人佇む。
 が、一度だけギルバートの去った方を振り返ると、バロン軍の野営地へと戻っていった―――

 


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