第8章「ファブール城攻防戦」
N.「セシルの存在」
main
character:カイン=ハイウィンド
location:ファブール城・周辺の森中
背後で城門が閉まっていく。
ギルバートはその音を聞きながら、城と城門の間にある外庭中に伝わるような大声で、全力で怒鳴った。「早く担架を! セシルを休ませるんだ!」
ヤンが支えているセシルには、すでに意識は無い。
先ほど口から顎にかけて、先ほど吐いた血の跡が汚く残っている。ギルバートは、それを自分の服の裾でぬぐってやり、「ヤン、バッツ! セシルの兜と鎧を脱がせるんだ! 早く!」
「お、おう!」
「気をつけて! 暗黒騎士の鎧だ―――うっかりすると、触れただけでも闇に呑まれる!」ギルバートの忠告に、バッツは気を引き締めてセシルの鎧に取りかかる。
それに触れた瞬間、ぞわっ、と背筋が寒くなるような―――なんとも言えない、イヤな悪寒を感じた。
一瞬だけ、バッツは動きを止めたが、しかしやがて悪寒に構わず兜を取って地面に落とし、鎧を外していく。「担架! 来ました!」
ようやく鎧を外し終えた頃、担架がやってきた。
鎧を脱がせたセシルを担架の上にのせる。兜を脱いだセシルの素顔は、青ざめた、という表現を通り越して白くなっていた。血の気がほとんど無い。「待って!」
ギルバートが、素早く城の中へと運ぼうとするモンク僧たちを制する。
「運ぶ前に、セシルの装備を全部外すんだ。鎧の他にも、小手やすね当て・・・それから剣も!」
言いながら、自分で小手を外しにかかる。
バッツもそれを手伝った。
やがて、ズボンとアンダーシャツだけになったセシルは、担架で運ばれていく。「おい・・・リディアたちを呼んだ方が良くないか? 白魔法が必要だろ?」
「それは駄目だ―――セシルの意に反する」
「ンなこと言ってる場合かッ! 下手すりゃセシルのやつ・・・死んじまうぞ!」
「わかってるよ!」バッツの怒鳴り声に、ギルバートも負けずに怒鳴り返す。
大人しくて頼りないと思っていた砂漠の王子が、今までになく気迫のこもった眼差しで見返してくるのを、バッツは思わず気圧された。「わかるけど・・・セシルの気持ちも痛いほど解る。僕は・・・僕はもう、大切な人が戦場に居たせいで失われるのは・・・もう、嫌なんだ!」
「あ・・・・・」唐突に、思い出す。
いや、バッツは忘れていたわけではない。ただ、思い出さないようにしていただけだった。
ギルバートの恋人、アンナ。
ダムシアンが爆撃されたとき、城に居たせいで―――ギルバートを庇ったせいで、死んでしまった女性。ギルバートが恐れているのはその再現だった。
ローザはセシルのためなら命を投げ出すことをいとわないだろう―――むしろ、当然とすら思っているかも知れない。
もしも、このファブール城にバロン軍が攻め込まれたとき、ローザがその場にいれば、そうなってしまう確率は高い。
だからこそ、セシルはローザたちをシェルターに押し込めた。しかし、ここでローザたちの力を借りれば、意味が無くなる。
「・・・セシルなら・・・セシル=ハービィなら大丈夫さ。彼なら・・・」
「根拠は?」
「彼がセシル=ハービィであることだけ―――このフォールスを旅して大分経つけど、彼の噂はいつも耳にしていた。魔物の群れの中に単騎で突撃したり、乱気流の中を飛空挺で突っ切って、空を支配する魔物を打ち倒したり・・・最大の無茶は、あの魔物掃討作戦。フォールスの魔物を一掃する、誰も思いつかないような作戦を、彼はやり遂げた・・・でも、それは彼にとって無茶でも無謀でもない。彼にとっての勝算が必ずそこにあった。だから―――」
「今回もそうだって? 当てにならねえだろ!?」
「それでも僕は彼を信じる」きっぱりと答え、それからギルバートはくすりと笑って。
「けど、もしも彼がここで死ぬようだったら―――あの世で殴ってやる」
と、ギルバートは拳を握って、空を殴るふりをした。
その仕草にバッツも笑って言った。「そんときは俺も混ぜろよな」
そして二人で顔を見合わせて笑いあう―――が、すぐにギルバートは顔を真剣にひきしめた。
「・・・さて、と。ヤン殿。頼みがあるんだけど、聞いてもらえるかな?」
ギルバートの言葉に、彼はこくりとうなずいた。
「言ってくれ。バロン軍を退けさせられたのは、貴方とセシル=ハービィのお陰だ。私に出来ることならなんでもしよう」
「それならば、あれを―――」ギルバートはセシルが身にまとっていた暗黒の武具を指さした。
「あれを着てもらいたい」
森の中。少し開けた場所で、バロン陸兵団の兵士たちが集まっていた。
ここに居る全員が陸兵団の全員というわけではない。この場に居ない兵士は、また別の開けた場所―――ゆっくりと腰を落ち着ける場所に居る。広大な森ではあるが、陸兵団の兵士全員を収納するには森の広場一つでは足りない。兵士たちは皆一様に疲れた表情を浮かべていた。中には震えている者まで居る。また、負傷者も多く、その殆どは脚部に集中していた。
これが、セシル=ハーヴィの闇の力を味わった結果だった。ダークフォースとは恐怖を源として放つ力だ。だから見せつけられた力以上に恐怖を感じてしまう。不意に。
がッ、と森の中に木を蹴る音が響き渡った。
ギルガメッシュだ。
一抱えほどの木の幹を、靴の底で腹立ち紛れに蹴ったまま動きを止めている。
蹴られた木は、わずかに震えて枝葉を散らす。フォールスでも北の高地に位置するファブールに生える木々の葉は、普通の葉っぱの形ではなく、細く尖った針葉樹。枝から落ちてきた細い葉が、ギルガメッシュの鎧の隙間に入り込み、肌をちくちくと刺す。それにさらに苛立って、ギルガメッシュは葉を鎧から乱暴に払いながら暴れ出した。「うっがーッ! ムカつく! ムカついて死にそうだッ! ナンだよあいつは!」
「アレがセシル=ハーヴィだ。わずか20歳に満たぬ若さで、バロン八大軍団の軍団長・・・それも新鋭の赤い翼を任された男だ」
「リックモッド!」ギルガメッシュが振り返る。
と、そこにはセシルがかつて所属していた陸兵団の部隊長の姿があった。
茶色い髪と、頭髪と似たような色の、健康に日に焼けた精悍な顔つき。普段ならばあけっぴろな笑顔で、大口を開けているのだが、今は口元をきつく結び、普段とは似付かない真剣な表情だ。そんな彼に対し、ギルガメッシュは詰め寄った。息を荒くして、指を相手の顎に突きつける。
「てめえ、俺様の命令に従わなかったろ! 見てたぞこのやろ! 他の奴らが突貫していく中で、てめえの部隊だけはのんびりとのろのろ・・・」
「・・・で、馬鹿の集団見たく突っ込んでった奴らは、コケたり火に炙られたりした訳だな?」
「ぐっ・・・」言われてさすがのギルガメッシュも言葉に詰まる。
だが、すぐに気を取り直し、「だがよ! 戦場じゃ、上官の命令は絶対―――」
「無駄に部下を殺すような命令を従えるわけねえだろが! ちったあ思い知れよ! あれがセシルだ、セシル=ハーヴィだ! 絶対的に絶望的な状況であっても、なんとかしちまう・・・そういう場面を、俺は何度か見てきた。正直、俺自身の命も二度三度助けられてる―――あいつは、絶望的な状況ほど力を発揮する―――そんな相手をナメてかかった結果がこのザマだろが!」ふ、とリックモッドは苦笑する。
「正直、残念に思うさ。あいつがもっと早く・・・二十年は早く産まれてくれていれば、エブラーナとの戦争も停戦なんかじゃなくてよ、俺たちの大勝で終わっていたのによ・・・」
「黙れよリックモッド! てめえ、昔の部下だったからって、あの化け物のことを持ち上げすぎだろ!」
「いや、これでも控えめに言ってるさ! ・・・兎に角、相手にあいつが居る以上は真っ向からぶつかっても、損害を増やすだけだ、なんか手を考えて・・・」
「―――その必要はないな」突然、二人の会話に第三者が割り込んできた。
二人が振り返ると、そこには竜を象った武具に身を包んだ竜騎士が一人―――「カイン隊長」
リックモッドがその名前を呼ぶ。
カインは一つうなずいて。「今すぐ部隊を立て直せ! もう一度突撃を行えば、今ならばたやすく落とせる!」
「カイン隊長! あんたまでアイツを見くびるってのか!?」カインならばセシルの力を解ってくれていると思ったのだろう。しかしそれを裏切るようなカインの言葉に、リックモッドは憤りを隠さずに怒鳴る。
だが、カインは半眼でリックモッドの威圧を受け流して、「俺もあいつのことはよく知っている・・・いや、誰よりも俺があいつを理解しているさ」
「それならば何故!?」
「だからこそ、だ。俺はあいつの力を知っているし、それ以上にあいつは―――そう、自分の力以上に無茶をする男だと知っている」そこまで言うと、カインはリックモッドたちから視線を外す。
横に向けた視線の先には、黒い鎧を身に着けて、髑髏の剣を腰に下げ、悪魔を象った兜を小脇に抱えた中年の男が立っていた。
その金髪は毛先が幾分か白くなってはいたが、普段はその表情は精悍であり、年を感じさせないが、今このときばかりは酷くやつれ、実年齢よりも老いて見えた。それがさきほどのセシルの見せた力のせいだと、リックモッドもギルガメッシュも想像するのは容易かった。
同じ暗黒騎士だからこそ、その力の恐ろしさを誰よりも如実に感じ取ってしまったのだろう。特に、彼、ウィーダス=アドームは、長年バロンの暗黒騎士団長を務めてきた男だ。暗黒騎士としてのセシルの力量を、誰よりも―――カイン=ハイウィンドよりも痛感してしまっているのだろう。立っている。いや、剣を杖にして、辛うじて立っている、と言うのが正しい。セシルの暗黒剣で負った傷は、大分深いらしく、足首から膝の下辺りまで真新しい包帯でぐるぐる巻きにされてあった。
(やはり、白魔道士は必要か・・・)
包帯を見てカインはそんなことを思う。
フォールス最強の軍事国家を名実ともに自負するバロンにとって、唯一欠けているのが魔道の存在だった。
黒魔道士団や白魔道士団は、まだ設立されて日が浅く、研究段階で、まだまだ使い物にならないのが現状だ。本当ならば、魔道国家ミシディアの魔道士から教えを乞うことが出来るのならば研究も進みやすいのかも知れないが、ミシディアはバロンがこれ以上力を付けるのを良しとしないようで、二つの魔道士団が出来た当初から使者を送っているが、明るい返事が来た試しがない。
さらに、つい先日の赤い翼の強襲・・・もう、バロンがミシディアを師と仰ぐことは永遠にないだろう。(・・・もしかすると、バロン王・・・いや、ゴルベーザがガストラの将軍を招き入れたのには、そこに原因があるのだろうか)
バロンにない唯一の力が魔道だ。
ならば、魔道を発展させた魔導を扱うガストラの将軍たちでそれを補おうと考えているのかも知れない。・・・などとカインが思考していると、ウィーダスが口を開いた。
「竜騎士団長殿の言うとおり。あれは無茶の行き過ぎという物・・・今頃、セシル=ハーヴィに自分の意志があるかどうか・・・」
「自分の意志・・・て、どういうことだ、爺さん」ギルガメッシュが不遜に聞き返す。
しかしウィーダスは気にした風もなく、淡々と答えた。「我らが使うダークフォースは闇の力・・・闇とは人間誰もが抱え持つ負の感情を凝縮したエネルギー。負の感情・・・それは恐れであったり憎しみであったり、あるいは哀しみであることもある。暗黒騎士に必要なのは強き心の力・・・暗黒の武具を扱うには、負の精神エネルギーに飲み込まれない頑健な心が必要不可欠なのだ」
「その、負の感情とやらに飲み込まれたらどうなるんですかい?」今度はリックモッドが訪ねる。彼にしてみれば、相手は位も上であるしなによりも戦士としてのキャリアも遠く及ばない。ギルガメッシュのように不遜な態度を取ることは出来ない。
「怒りや憎しみに呑まれて発狂してしまうか・・・或いは完全に意志が潰され、二度と目覚めることがなくなるか・・・なんにせよ、まともではいられまい」
「意志があるかどうか、と言ったのはそういうことか?」カインの言葉に、ウィーダスはうむ、と頷いた。
「あれだけのダークフォースを扱い、ただで済むとは思えん・・・現に、カイン殿が急襲を仕掛けたときに、セシル自身はなんの反応も出来なかった。意識があったとは思えんな」
ウィーダスは兵士たちが逃げまどう中、ただ一人だけファブールの城へ背を向けなかった。しかしそれは誇れることではないと自分を思う。ただ単に足を負傷し、身動きを取ることが出来なかっただけだ。他にもセシルの暗黒剣によって足を負傷した兵士は幾人もいたが、それらは皆、無様に地を這って逃げ出していた。ウィーダスがそれをしなかったのは、暗黒騎士団長としての誇りが辛うじて押しとどめていたに過ぎない。
「急襲って・・・なんだぁ? あんたまさか一人であの化け物につっこんだのか?」
ギルガメッシュの呆れたような声に、しかしカインは冷たい視線で見返し、
「化け物? あれはセシルだ。セシル=ハーヴィ以外の何者でもない―――ならば、なにを恐れる必要がある?」
「・・・べ、別に俺は恐れてなんか・・・」
「ふ・・・カイン=ハイウィンドにしか吐けぬ台詞だな」ウィーダスの苦笑に、カインも苦笑を返す。
「茶化さないでいただきたい」
「茶化すつもりはない。本心からでた感想だ―――あれを見て、化け物と思わぬ者は居らぬと言うことだ・・・この私を含めてな」
「ウィーダス殿までそのようなことでは困る。完全にセシルの術中にはまっておられる」カインはやれやれと肩をすくめて。
「セシル=ハーヴィは大仰なパフォーマンスをしただけに過ぎない。卿らはそれに呑まれただけのこと」
「パフォーマンスだと?」
「そう。セシルは己の力を最大限に、かつ効果的に見せつけただけに過ぎない。陸兵団の進軍を止めておいて暗黒剣で牽制―――そして、暗黒騎士団が出てきたところで、その力を利用して跳ね返した。ただそれだけのことだ」
「ただ、それだけのこと・・・というが、しかし、100人分の暗黒騎士のダークフォースを受け止めて返すなど、並の人間にできはしない―――私にもできない」苦々しい顔で呟くウィーダスに、カインは「そうだろうな」と頷く。
「だがセシルには出来た。ただそれだけのこと」
「ただそれだけのこと、それだけのこととカイン殿は繰り返すが、それがどれだけのことか―――」
「セシル=ハーヴィと付き合う上で一番必要なことは、奴がなにをしようと驚かないことだ。そうでなければ、年がら年中驚くことになってしまう―――そうだな、たとえば他の誰かが同じことをやったとしたら、俺は驚愕するだろう。それこそ恐れてしまうかも知れない。しかし相手がセシルなら話は別だ。なにも驚くにも、恐れるにも値しない。セシル=ハーヴィだということで、全て理由も理屈も必要ない。ただ奴が居たという事実を噛み締めればよいだけのことだ」滅茶苦茶な理屈だった。理屈とすら、詭弁とすら呼べないカインの暴言に、ウィーダスは唖然として黙り込んで、ギルガメッシュは眉根に皺を寄せて難しい顔している。ただ一人、リックモッドだけが笑っていた。
「あーっはっはっ・・・ああ、解るぜカイン竜騎士団長殿! そうだな、それができなきゃセシルとは付き合えない。一緒にいるだけで神経がまいっちまう!」
「ウィーダス殿。あなたがそんなに恐れるのは、セシルに力を見せつけられただけではあるまい」カインの言葉に、唖然としていたウィーダスは「なんだと?」と怪訝そうに訪ね返す。
カインは腕を組み、一つ頷くと腕を組んでウィーダスの足下―――包帯を巻いている怪我の辺りを見る。「それだ」
「足の負傷が?」
「先刻のセシルのダークフォースによって、負傷した者は数え切れないほどに居る―――が、死人は出ていない」
「・・・そういや、怪我したやつの報告はうけたが、死んだって報告は聞いてねえな」ギルガメッシュのつぶやきに、ウィーダスは怪訝な顔をさらに困惑させる。
ウィーダスの暗黒騎士団も、ウィーダスを含む何人かが怪我―――主に足元を負傷したものの、致命傷を受けた者はいない。それはてっきり運が良かったものだとばかり思っていたが、100名ほどしかいない暗黒騎士団ならばともかく、その何十倍何百も居る陸兵団で、一人も死者が出ていないというのは妙な話だ。「戻るとき、空から戦場を見下ろしたがウィーダス殿以外には倒れている者はいなかった―――死人は出ていないと考えて良いだろうな」
カインが言う。
身動きの取れなかったウィーダスは、カインの乗るアベルに乗せられて、ここまで戻ってきたのだ。「そんな馬鹿なことがあるか!? あの時セシル=ハーヴィが放ったダークフォースはこんな程度では・・・」
「狙ってやったのだろうさ。あいつの考えそうなことだ」ふん、と面白くなさそうにカインが言う。
「人は死ぬということを知らなければならない―――奴の口癖だ」
「どういう意味だ」
「意味は色々ある・・・が、この場で言うならば、人は死ぬことを恐れるという意味だ」
「ほー、つまり俺らが死ぬのを恐れているってか?」ギルガメッシュが不機嫌そうに半眼でカインを見る。
カインはあっさりと頷いて。「そうだ。お前たちはセシルに圧倒的な力を見せつけられた―――それこそ簡単に殺されてしまいそうなほどに強大な力だ。ならば、それに触れて連想するのは己の死以外にあるまい」
「死ぬことに恐怖する・・・か。確かに、人の最も大きな恐怖は、己の命が失われることかもな」リックモッドが台詞とは裏腹に気楽そうに言う。
が、ウィーダスは納得しない顔つきで奥歯を噛み締めて吠えた。「馬鹿な! 騎士としてもっとも恐れるべきは、己の誇りを失うこと! 命など二の次だ!」
「だからこそ、ウィーダス卿はその場に留まれた」カインの言葉にウィーダスははっとなる。
そんなウィーダスに構わずにカインは続けた。「しかし、他の―――卿が言うような誇りを持たぬ者はどうだろうか? 誇りを捨て、恐怖に駆られて皆逃げまどった」
「まさか、セシル=ハーヴィの目的は、兵士を打ち倒すことではなく、恐怖を煽ること・・・?」
「だろうな。さらに殺さぬように手加減したのは、恐怖を怒りに変えぬ為。例えば親しい仲間が殺されれば怒りも沸くだろうが、傷を負っただけならば憤りよりも恐怖が打ち勝つ―――それだけの力をセシルは見せつけた」
「加えるなら、ウィーダス殿を見ても解るとおり、怪我人は下半身―――足の怪我ばかり目立つ。こりゃ、命を取らずに戦闘不能にさせるためだろ。片腕が切られても、もう一本の腕で武器を持てるが、片足一本切られりゃ満足に走ることも出来やしねえ」リックモッドが付け足す。ほう、とカインが感嘆の吐息を漏らした。ロックモッドは苦笑して。
「ま。カイン殿ほどではありませんが、俺もちったああいつのことは知ってるってことですよ」
「なるほど・・・確かに大仰なパフォーマンスだ」ウィーダスは苦々しく呟く。
「効果も絶大・・・足をやられた者は戦えず、他の者は恐怖で戦えない―――しかし」
「そう、しかしだ」にやり、とカインとウィーダスは笑みを交わす。
「その代償は大きかった、ということだ。セシルは最早動けまい」
「へ?」きょとん、とした声を発したのはギルガメッシュだった。
「どういうことだよ?」
「どうもこうもない。さっきも言っただろう―――あれだけの力だ。放ったセシル自身もただではすまない。現に、俺が仕掛けたときにセシルはなにも反応しなかった」
「そういうことだ。ギルガメッシュ陸兵団長! 今すぐに部隊を再編し、ファブールに仕掛ければ・・・!」
「セシル=ハーヴィの居ない今、容易く落とせるだろうな」カイン、リックモッド、ウィーダスの三人に言われ、ギルガメッシュはしばし黙考―――というか考えるふりをした。
「よし解ったぜ! とにかく攻撃仕掛ければいいんだな?」
「・・・おい、それ本当に解っているのか?」カインの疑問に、しかしギルガメッシュは答えない。
「おっしゃあ! 野郎共、支度しろ! 今すぐ仕掛けるぞ! オラァ、とっとと立ちやがれ!」
「セシル=ハーヴィがあそこまで無茶をした理由はもう一つある」
森の中、ウィーダスに肩を貸しながらカインは歩きながら呟いた。
意気揚々とかけ声を出すギルガメッシュと、それに対するように意気消沈している陸兵団の兵士を見送り、カインとウィーダスはこの作戦の指揮を執っているゴルベーザの元へ報告に向かっていた。ウィーダスを含む暗黒騎士団は、足の負傷と、セシルのダークフォースに触れて心をやられてしまった者が多く、使い物にならずに待機。特に心に恐怖を植え付けられてしまった者は、発狂すらしないもののこれからダークフォースを扱えるかどうか解らない。一度植え付けられた恐怖―――トラウマを、ぬぐい去ることは難しい。
陸兵団も、半数近くが足を負傷して動けないが、もう半数は動ける。動くことさえできれば戦える―――暗黒騎士団や竜騎士団のように、特殊な力や竜がいるわけではないが、逆に言えば力も竜もなくても戦える。だからこその強みだ。「もう一つの理由・・・?」
「おそらくは、そちらが一番の狙いだろうな。卿は不思議に思わなかったか? 何故、セシル=ハーヴィはたった一人で出てきたのかと」実際にバッツとヤン、それからギルバートも居たが、しかし実質的に陸兵団と暗黒騎士団を相手にしたのはセシル一人だ。
「おそらくセシル一人ででる必要が―――いや、出るしかなかったのだろうな」
「どういう意味だ」
「推測だが、陸兵団の大部隊を見てセシル以外は皆萎縮してしまったのではないのだろうか。そのための、ゴルベーザの布陣だ。兵力を、効果的に見せつけるという、な」
「そうか、だからこそセシル=ハーヴィは――――――いや、これはまさか・・・!」はっ、とする。
カインはああ、と頷いて。「貴公も似ていると感じるか? ゴルベーザは兵力を効果的に見せつけた。セシル=ハーヴィは己の力を効果的に見せつけた。―――そして、その目的は恐怖を与え、戦意を喪失させること」
「似ている、な」
「そして、今回はセシル=ハーヴィに軍配が上がった」セシルとゴルベーザは同じ目的を、真逆にして同一の手段―――セシルは単騎でダークフォースという力を見せて、ゴルベーザは最大兵力で数という力を見せて―――を取り、セシルが勝った。これは、そのままセシルとゴルベーザの差でもあるのかもしれない。
(いや・・・)
と、カインはその考えを打ち消した。
(それは認められない。認めてはいけない―――それでは、俺がセシルを裏切った意味がない)
自覚はしていた。
自分はセシルを裏切ったのだと。
セシル=ハーヴィは、王と認めたカインの意を裏切った。
そしてカイン=ハイウィンドは、友としてセシルを裏切った。
裏切ったことに罪悪感はない。しかし、セシルを裏切ってしまった以上、王と認めたゴルベーザがセシルより劣っているなどと。(認めるわけには・・・いかない!)
それでも、苦々しくも認めなければならないことがある。
「ゴルベーザが見せつけた兵力を、セシルは力で打ち消した。戦意を喪失したのは我が軍で、ファブールはその逆だ・・・」
「では・・・!」
「ああ、今攻めても勝てぬかもしれんな」
「ならば何故行かせた?」
「今、崩さねば―――セシルが居ないうちに叩かねば、戦いが長引くからだ」ふと歩みをとめて振り返る。
森の向こう、ファブールの城の方へと。
身をよじったせいで、ずきりと腹部が痛む。ヤンの一撃を受けた場所だ。致命傷ではないが、なにかと気に障る痛みだ。(戦いが長引けば不利なのはこちらだ。バロンには白魔道士が居ない以上、負傷したらすぐには治らない。それは向こうも同じだが、少なくとも城の中は門が落ちないうちならば安全に休める。逆に森の中では十分に傷を癒すこともできない・・・)
不安要素はいくらでもある。
しかし―――セシル=ハーヴィが向こうに在る。
それがカインにとって最大の不安要素だった―――