第8章「ファブール城攻防戦」
L.「エクスカリバー」
main
character:セシル=ハービィ
location:ファブール城・城門
「なんだと・・・?」
緋色の炎が立ち昇る。
予め、油の染みこませた枯れ草でもまいていたのだろうか。城の西側から火の手が上がると、瞬く間に炎が走り、壁となった。
それはファブールの城壁の、さらなる壁となってバロン軍と城をとを分断した。
その様子をカインは、愛竜アベルの背にのって、上空から眺めていた。ギルガメッシュの突撃の号令に、先んじた兵の何人かが炎に炙られたようだが、軽い火傷程度で済んでいるようだった。
見たところ、戦闘不能になった兵士はいないようだった。「草原に炎・・・風向きは―――」
風向きはそれほど強くない。竜の背の上では、翼を羽ばたかせているために風向きはよくわからない。
だからカインは炎を見た。正確にはその煙だ。煙が風に対してどちらに運ばれているか。煙は白く、やけに多かった。
枯れ草だけではなく、煙の出るなにかの生草を混ぜたのかも知れない。
カインのいる位置からは、その煙に覆われてセシルの姿どころか、城の形も満足に判別できない。
煙がファブールの城を覆っている―――その事実にカインは唖然とした。煙はファブールの城を覆っている。それは、つまり―――・・・つまりファブール城、セシルの方へと流れている。
「・・・馬鹿な・・・。セシルが、こんな・・・間違いを・・・」
カインはやや呆けた表情のまま呟いた。
火攻めは、確かに上手く行けば大軍に対して有効な策だが、それには下準備と風向きを読む必要がある。
上手く火がつかなければ意味がないし、火がついても風が相手の方へ吹いてくれなければ意味がない。カインの眼下にあるように、風が仕掛けた本人の方へ向いていれば無意味だ。無意味どころか、逆に火に追われるのはセシルの方だ。これでは無意味を通り越して自滅ですらある。「セシル=ハーヴィがこんなミスを・・・いや」
まだ信じられないと言った面持ちで、カインはぶつぶつと呟く。
「それともこんなものだったのか? セシル=ハービィとは・・・俺が、王と認めた男はこの程度の・・・・・・」
セシル=ハービィとはすでに決別したはずだった。
だから、単純なミスを犯したセシルを笑うべきところだった。
―――しかし、カインは笑うことは出来なかった。ただ呆然と・・・呆然と、煙の流れを眺めおろすだけ。
呆然と・・・なにか、やるせない胸のもやもやとした想いを抱えながら―――・・・
「だーっっはっははははっ!」
馬鹿笑い。
赤い鎧の騎士が草の上にどっかりと腰を据えて、彼の眺める方向へと動いていく白い煙と赤い炎を眺めて笑っていた。
ギルガメッシュだ。草と草を結んだだけの輪っかに足を取られて転んだまま、起きあがりもせずに座ったまま笑っている。「ばっかじゃねえのかよ? あのセシル=ハービィってのは! 自分で付けた火に追い立てられてちゃ世話ないぜ!」
だが笑っているのはギルガメッシュだけだった。
他の陸兵団の面々は、不思議そうな面持ちで炎を眺めている。「セシル隊長がこんな失敗を・・・?」
彼らもカインと同じだった。
敵になったとはいえ、かつては自分らの上で采配をふるったセシルの能力は、その頃陸兵団に居た人間ならば誰でも知っている。いや、セシルの下についた兵士でなくとも、理解している。陸兵団の中にはセシル=ハービィに憧れて入隊した人間も少なくない。陸兵団―――言い換えれば、バロン軍の一般兵、下級兵と言う位の兵士だ。竜騎士団や暗黒騎士団、近衛兵団とは全く扱いが違う。エブラーナとの戦争が激しかった頃は、何どと無く捨て駒扱いされたことすらある。
城の門を出て行った数の何割かは、同じ門をくぐって戻ってくることはない―――それが陸兵団という軍団だった。
それはエブラーナとの戦争が停戦し、相手が人間から魔物の群れになってからも変わることはなかった。―――セシル=ハービィが小隊長になるまでは。
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セシル=ハービィ―――その頃はまだ、ただの “セシル” だった彼が、若くして陸兵団の小隊長になれたのは、ちょっとした事件があったからだった。
セシルが陸兵団に入団してから、1年ほど過ぎた頃に行われた魔物討伐戦。
基本的に魔物討伐は、魔物の群れに対して行われる。群れには必ず頭となる魔物が居て、その時の相手はかなり知恵の回る魔物だった。
・・・結構、誤解されやすいことだが、魔物の中には人間以上に知能の高い者もいる。ゴブリンのブリッドも人間の言葉を理解し、話すことが出来る。吟遊詩人が語られるサーガの中には、勇者に謎かけをする魔物が幾度となく出てくる。
その魔物討伐戦でも、たかが魔物と侮ったために、バロン陸兵団は手痛い打撃をこうむることになったのだ。マインドフレア。
マインドブラストという、脳の働きを弱くする―――思考力を退化させる特殊能力を持つ魔物で、その特殊能力を受けた対象は酷い酩酊状態となり、自分から行動するということが出来なくなってしまう。曰く、マインドブラストを受けた人間は皆「脳みそがとろけたようだ」と言う。その時は、そのマインドブラストで陸兵団の半数近くが使い物にならなくなってしまっていた。しかも、魔物の群れはじりじりと周囲を包囲しようとしている。このままではいずれ、魔物たちに嬲られて、全滅してしまうだろうといった状況。
魔物の群れは、ゴブリンやフロータイボールに、マインドフレアとオーガが数体加わった群体だった。
マインドフレアは、まず数の多いゴブリンやフロータイボールをつっこませて、混戦状態にした。そして、自分はオーガを盾として混戦の中に忍び込み、バロンの兵士を一人一人戦闘不能にした。
マインドフレアの号令で、魔物の群れが引いたとき―――気づけば、動ける者は半数以下。当時の隊長であるアーサーは60を目前にした老兵であるが、数々の戦いを―――勿論、エブラーナとの戦争もだ―――をくぐり抜けてきた歴戦の英雄だった。そんな彼でも、混戦時にマインドフレアが仕掛けを行っているなど想像も出来なかった。アーサーは自分の部下をないがしろにするような男ではなかったが、それでも陸兵団の兵士は使い捨て、という意識はあった。状況によってはそう考えなければ、さらに多くの大切なものを失ってしまうと知っていたからだった。
だからその時も、戦闘不能になった兵士を見捨てて、動ける人間だけで魔物の包囲が完成する前に退却する、と宣言した。兵士たちも兵士たちで、自分らがそういうものだと知っていたから、その命令に従おうとした。ただ一人―――セシルだけを除いて。
「仲間を見捨てるんですか!?」
撤退を宣言したアーサー隊長に、セシルは詰め寄った。
だが、アーサーは新参の若造に生意気な口を叩かれたことを少しも不快な素振りを見せず、真っ向からセシルを見返す。「セシル、ここで引かなければ私たちは全滅だ。それならば少しでも生き残った方が良い」
バロン軍の大半を占める陸兵団だ。まだ新参の若造の顔など、勿論覚えていないはずはないが、アーサーはセシルの名前を知っていた。そのことにセシルは少し驚いたが、そんなことはどうでも良いと思うと、言い返した。
「―――なら僕は残ります」
「自殺行為だぞ」
「仲間を見捨てられません。僕は戦います」
「許諾できんな」
「人はッ!」ぎり、とセシルはアーサーに向かって怒鳴った。
「人は死ぬことを知らなければならない―――死ぬと言うことを知っていれば、そう簡単に命を見捨てることなんてできない!」
「私が簡単に命を見捨てていると?」
「いいえ。隊長にも苦渋の決断でしょうが、僕はそれを承伏できないだけです。自分を活かすために人を殺すならば、僕は人を活かすために自分を殺します」
「身を挺して他人を守る―――騎士気取りか?」さすがにアーサーの声にも苛立ちが混じる。
と、そこへ別の兵士が声を上げた。「隊長! 魔物の包囲が完成しつつあります。このままでは―――」
部下の報告にアーサーは吐息。
一秒ほど目を閉じると、意を持って決する。「・・・わかった。セシル、残りたいというのならば残るが良い。骨は拾わんぞ」
「我儘を聞き届けて頂き、ありがとうございます」
「―――俺も、残るぜ」と言ったのは、セシルの所属する部隊の隊長であるリックモッドだった。
年は40の半ばを過ぎたらしいが、その精悍な顔つきからはまだ三十代にも見える。彼は、豪快に笑うとセシルの頭をぽんと叩いてぐりぐりと撫でた。「いいだろ、隊長」
「ぬう・・・」
「リックモッド班長が自殺志願者とは知りませんでしたよ」うなる隊長の前で、軽口を叩いたのはセシルと同じ隊の他の兵士だった。
振り返れば、リックモッド隊全員がそこに揃っていた。「ふんっ。セシルの機転や今まで何度か助けられたからな。―――それに」
リックモッドはセシルの頭をさらに乱暴に撫でた。
セシルは迷惑そうに顔をしかめるが、それでもお構いなしだ。「こいつのことだ。なんとかするだろ」
―――アーサーは魔物の包囲が薄いところを一点突破して、辛くも戦場から離脱した。
しかし群れの頭であるマインドフレアは特に気にすることなく、自らでは動けないために置き去りにされた、人間を眺め笑う。置き去りにされた人間どもは動かない。呆けた表情で地面に座り込み、肩を落としている。
マインドフレアは群れの中から一歩出て、だらしない表情で座り込んだまま、なにをする気力も見せない陸兵団の兵士の一人の前に立ち、その肩を軽く蹴飛ばす。軽くうめき声を上げて、肩を押さえるが、それだけだった。怒ることもなく、傍らにある剣を握ることもない。そういうことが考えられなくなっているのだ。肩を押さえていた手も、やがてだらんと地面に落とした。
それを見てマインドフレアはフェフェフェ・・・と不気味に笑う。
「皆の者!」
それから、魔物たちに人間の言葉で呼びかけた。
魔物たちには共通語というものがない。ゴブリンにはゴブリンの、マインドフレアにはマインドフレアの言葉や鳴き声、手振り身振りなど特殊な意思疎通の手段がある。それも人の言葉のように複雑なものではなく、ちょっとした合図のようなものだ。
今回、マインドフレアは群れを指揮するのに人間の言葉を使った。人間の言葉は、複雑な命令を伝えるのに向いているし、魔物の中には喋られないまでも、人間の言葉が解るものも少なくない。特に、ゴブリンなどの亜人種型の魔物は、人間とカタチが似ているせいか、喋ることが出来るものも数匹存在した。
群れが一種族で構成されているならば、わざわざ人間の言葉を使う必要はない。
しかし、今回のように多種族であるから―――皮肉な話だが―――マインドフレアは人間の言葉を共通言語として使ったのだ。だから、マインドフレアは人間の言葉で宣言した。
「愚かな人間どもは、その同胞を置き去りにして無様にも逃げ去った! 我々の勝利だ! 今宵は、この人間どもに見捨てられた哀れな肉を存分に―――」
ずぶり。
奇妙な音が響いてマインドフレアは言葉を止めた。
そして顔をしかめる。なんだ今の音は、と。なにか腹の底から響いてくるような―――自分の腹の方から聞こえてきたような気がする。
そういえば妙に腹部が熱い。焼けた鉄を腹に埋め込まれたような、そんな痛い熱さだ。
見れば、部下の魔物たちも皆一様に動きを止めて、自分を―――自分の腹を凝視している。なんだ、と視線を下に降ろそうとしたその直前。マインドフレアの頭は、下から縦二つにざっくりと引き裂かれていた。
「皆の者!」
セシルはマインドフレアの体を蹴倒すと、先ほどのマインドフレアの調子を真似して叫んだ。
腹から上へと、体半分を二つに分かたれた魔物の体は、青い体液を撒き散らしながら地面に倒れる。その倒れた音をかき消して、セシルの声は場に響いた。「愚かな魔物は、人間を無様と侮って、自信が無様に倒された! 貴様らの敗北だ! さあ、我らの剣にかかりたくなければ―――さあ、魔物どもよ! 尻を向けて逃げ帰れ!」
と、セシルがマインドフレアの体液のついた剣を高々と振り上げる。
それを合図に、セシルの背後で無気力に座っていた兵士の数人が次々に立ち上がっていく。「さあ! さあさあさあさあ! どうする!」
置き去りにされたのは陸兵団の大半の兵士だ。
数だけならば、魔物を圧倒できる。
なにより魔物たちは、目の前でリーダーを殺されて、どうすれば良いか解らなくなっていた。と、そのうちに気の弱いゴブリンの一匹が、セシルの言ったとおりに尻を向けて逃げ出した。
それを皮切りに、他の魔物たちも一匹二匹と、逃げ帰っていく。最後には魔物たちは一斉に、蜘蛛の子を散らすがごとくに逃げ去っていった。「・・・・・・・・」
剣を掲げたまま、セシルは彼方へと逃げる魔物たちを見送って―――
「・・・・・・・・ふう」
その姿が見えなくなった頃、ようやく安堵のため息をついた。
「上手くいったな! おい!」
兵士たちの中から、リックモッドが出てきてセシルの肩を力一杯叩いた。
体格差のあるセシルは、その一撃でものの見事に地面に叩き付けられた。倒れたまま少し恨みがましい表情で、リックモッドを見上げる。「い、痛いですよ班長・・・」
「ん? おお、悪い。つかお前、もう少し肉付けろ。ンな貧弱な体じゃ生き残れんぞ?」
「班長が肉付けすぎなんですよ」言い返しながら、セシルは起きあがって体についた土埃を払う。
と、さっき立ち上がった兵士たちが次々に座り込んでいく。やがて、立っているのはセシルたち―――リックモッド隊の人間だけになった。「おいおい、お前ら立てよ」
仕方ねえな、と言うようにリックモッドは座り込んでいた兵士の腕をつかんで立ち上がらせようとする。
それをセシルは手で制した。「みんな、思考力を失って居るんですよ。だから、無理矢理立たせれば立ったままになるけど、疲れると座り込んでしまう」
つまり、セシルの作戦はこうだった。
アーサーたちを撤退させ、セシルたちはマインドブラストによって思考力を失った兵士たちに紛れ込んだ。
そして、不用意に近づいた魔物のボスであるマインドフレアを倒す―――戦闘中はオーガの後ろに隠れていたが、安全だと思えば前に出てくるとセシルは踏んでいた。
マインドフレアを倒したら、魔物が動揺しているところへ降伏勧告をしかける。追い打ちとして他の兵士たちを、手分けして “立たせる” 。実はかなり際どい作戦で、マインドフレアが警戒して前に出てこなかったり、或いは降伏勧告に応じなければセシルたちは全滅していたかもしれない。だが、アーサーが生き残りを率いて本気で撤退してくれたことから、マインドフレアは安心するだろうし、異種族が混成された魔物にしては群れと言うにはまとまりすぎていたことから、逆に群れをまとめ上げていた頭が失われれば魔物たちは何をして良いか解らなくなるだろうとは考えていた。少なくとも、八割以上の勝算は、セシルにはあった。
「治す方法はないのか?」
「一時的な物です。速ければ一時間足らずで、遅くとも半日程度で元通りになるはずです」
「お前、よく知ってるなあ」
「フォールスの魔物については、一通り調べましたからね―――その特殊能力についても」
「つか、知ってたなら最初から教えてくれりゃあ、こんなことにはならなかったんじゃないか? あの・・・マインドなんとかっていう魔物のことをよ」リックモッドに指摘されて、セシルは苦笑。
「調べた文献なんかには詳しい絵図は載ってなかったんですよ。だから、マインドフレアの特殊能力 “マインドブラスト” を見て、ようやく気づけたんです―――なにしろ、マインドフレアなんて、ここらへんじゃ見ない魔物ですし」
「それもそうだな―――俺も初めて見た」
「僕が読んだ文献では、トロイアの近くにある洞窟で出現したとありましたけど・・・もしかしたら、そっちから流れてきたのかも」呟いて、セシルは空を見上げた。
青い空だ。陽はとうに頂点を過ぎてはいたが、まだ明るい。
本来、魔物とは闇の存在だ。陽光を嫌うはずなのに、しかし今の魔物の群れは昼間だというのに活発に動いていた―――昼の間は魔物の動きも鈍くなる。それを常識と考えていたことも、今回の敗因―――マインドブラストは倒したものの、今回の戦いが勝利だとセシルは思わない。よくて引き分けというところか―――なのかもしれない。「なにかが・・・起ころうとしている?」
いつにない、魔物の大量発生。
そして、以前よりも強くなった魔物たち。
空は晴れて、青く青く。―――だが、セシルはその青い空に暗雲が広がっているような錯覚にとらわれていた・・・・・
「・・・セシルを陸兵団の軍団長に・・・か」
「ああ」夜。
場所はバロンの城の王の自室だ。部屋にはバロン王オーディンと、陸兵団隊長であるアーサーがいた。
小さな円卓で差し向かいに二人は座っていた。手には琥珀色の酒が入ったグラス。
今の二人は王と部下ではなく、何十年来の戦友だった。「俺では陸兵団の兵士を “消費” することしかできん。あいつならば・・・セシルならば、 “活かす” ことができる」
「やけに奴を買うのだな」
「ふ・・・俺以上にセシルを買っているのはお前だろう。オーディン」
「ベイガンもそうだ。以前に兵学校へ指導に行った後、私に向かって熱く語っていたよ・・・セシルとカイン=ハイウィンド・・・この二人は逸材だと。これでバロンは安泰だとも、な」
「カイン=ハイウィンド・・・か。聞けばセシルとは親友だというじゃないか―――くく・・・あいつを思い出すな」
「誰のことだ?」空とぼけるオーディンに、アーサーは苦笑する。
「ドルガン=クラウザー・・・お前が唯一引き分けた相手に決まってるだろう」
「奴とは親友と呼べるほど付き合いがあるわけではない。それに、あれは私の負けだ・・・あ奴が私のミストルティンと同レベルの剣を持っていれば、私の完敗だった」
「親友とは何度会っても、或いは一度だけしか会っていなくとも、出会った瞬間にそれとわかるものだ。―――それに、ドルガン=クラウザーは最強のお前と戦いたかったんだろうさ。加えれば、ドルガンの技量ならばどんな剣をもっても最大の力が出せる・・・逆に言えば、どんな剣を持とうと変わりはせんよ」戦友の言葉にオーディンは黙る。
酒を一口煽り、卓に置いた。硝子のグラスと乾いた木のテーブルがぶつかり合って、ことり、と堅い音を立てる。ややあって、オーディンは「そうかもな」と呟いた。
「確かに私とあ奴は親友と呼べるかもしれん。そしてセシルとカイン=ハイウィンドはよく似ているようにも思う」
「引き分けたことは認めないのか?」
「あれは私の負けだ」
「お前も妙なところで強情だな。かつてはフォールス最強の剣とまで言われた誇りはどこへ行った!?」
「負けを負けと認めぬのはプライドとは言わんよ。逆に己を貶めることとなる―――アーサー、お主は私が負けたことを認めたくないだけだろう」オーディンの指摘に、アーサーは黙って酒をあおる。ぐびり、と最後の一滴まで一気に飲み干すと、だんっ、と激しく叩き付けるようにグラスをテーブルに置いた。
「そうだ。その通りだよ我が友よ―――私は未だに認めていない。先に剣を引いたのはお前だが、ドルガン=クラウザーの剣を叩き折ったのもお前だ。そして剣士は剣を折られた時点で負けを―――死を意味する。現に、ドルガン=クラウザーは己の敗北を認めただろうに!」
「落ち着け我が友よ。―――水は飲むか?」
「いらんよ。老いたとはいえ、この程度の酒に酔う俺ではない―――いいか、よく聞けよ、我が友オーディン。お前は負けを認めたかも知れないが、ドルガン=クラウザーも負けを認めた。ならば引き分けで良いではないか」
「やれやれだ。・・・わかった、わかったよ我が友よ。お主が言うのならば引き分けだったのだろう」
「ふん! 口だけならば何も言うな。お前はわかっとらん―――そして、あのドルガン=クラウザーもな! だからこそ貴様らは親友だと呼べるのだ」アーサーの言葉にオーディンはまたもや黙る。素直に感心してしまったからだ。
オーディンは自分は負けたと思っている。そしてドルガンもまた同じだ―――だからこそアーサーは、自分らを親友だと称した。
その言葉に妙に納得してしまった。それから、オーディンはくっくっく・・・と笑う。「上手いことを言う、我が友よ」
「俺はお前の親友だと、気色の悪いことを言うつもりはないが―――しかし俺はお前とは一番つきあいの長い男だ。お前のことはお前以上によくわかるのだ」
「ならば訂正が必要だな―――セシルが私だとすると、カイン=ハイウィンドはドルガン=クラウザーではない」
「ほう? ならば誰を指す」
「お主しかおらんだろうが、我が友、アーサー=エクスカリバー」
「それはカインにとって不幸だろう。お前のように、王でありながらふらふらと無頼と放蕩の限りを尽くした奴を追っかけ続けなければならんのだ」
「ほう? お主は不幸だったのか。それは知らなかった」オーディンに言われ、アーサーはふむぅと何事か考える素振りをする。
「・・・いや、俺は不幸ではないな。お前のような、この年になっても飽きさせぬおもしろい男に出会えた―――そしてお前以上に面白い男にもな」
「セシルか」
「ああ。ようやく私の名でもある剣を継がせる男を見つけられた―――礼を言うぞ、我が友よ」
「聖剣エクスカリバー、か。セシルに使いこなせると思うのか?」
「俺よりは使いこなせるだろう―――いや、やつこそ聖剣を持つべきだ」
「その台詞、私にも言われた気がするが?」
「しかし、お前は使えなかった―――そのくせ、ミストルティンなどと言う邪剣を使いこなす」
「仮にも神剣と呼ばれたものだぞ。邪剣扱いはどうかと思うが」オーディンの言葉を無視して、アーサーは席を立つ。
軽く頭を押さえて、振る。「少し酔ったな」
「あれだけ呑んで “少し” なのか」
「お前が呑まんから、俺が殆ど呑む羽目になる―――もう少し、酒に強くなったらどうだ」
「隠居してから考えることにする」オーディンの冗談めいた台詞に、アーサーはふんと鼻を鳴らし、部屋を出ようとして。
ふと気がついたように振り返った。「そういえば・・・セシルがお前で、カイン=ハイウィンドが俺・・・だとすると、ドルガン=クラウザーは誰になるのだ?」
「さてな。・・・・・・ああ、しかしそういえばドルガンには息子ができたと聞いたな。確かセシルと同じくらいの歳だったはずだ―――セシルとドルガンの息子が出会ったなら、面白いと思わないか?」
「それは面白い。できれば、その時まで長生きしたいものだ」
―――その翌月、セシルはアーサーに任命されて陸兵団の小隊長となり、一部隊を任されることになる。
結局、セシルはエクスカリバーを使いこなすことは出来なかった。そのことにアーサーは気落ちしたものの、それでもセシルの小隊長としての活躍には満足した。セシルの提案で、伝令部隊を作り、部隊と部隊の連携を今まで以上に上手く取れるように鍛え上げた。素早い陣形移動と、攻めと守りの切り替え―――大部隊ゆえに困難だったそれを、セシルは幾多の工夫で滑らかにできるようにした。
それによって、陸兵団の損害は格段に少なくなった。竜騎士団や暗黒騎士団を数の力で圧倒し、かつては “消耗品” だった陸兵団は、バロン軍の主力とまでなっていた。その功績が認められ、翌年、セシルはバロン王直々の推薦で暗黒騎士となる。それと同時に飛空挺団 “赤い翼” の初代軍団長に選ばれた。
一方、アーサーはセシルが陸兵団を去ったあとも、軍団長を務め続け、自らの名と剣を受け継がせられる者を探していたが、結局見つけることは出来なかった。
そして、セシルがバロン王の命を受けて、クリスタル奪取のためにミシディアへと飛び立つ数週間前に没している。後継者を見つけられぬまま。今、エクスカリバーの名を持つ者はもう居ない。
今、エクスカリバーの名を持つ剣を手にしているのは―――
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「あーあー・・・相手が自滅するのを待つってのも退屈なもんだなー」
呆然とする他の兵士の中で、ただ一人、赤い鎧に身を包んだ現・陸兵団長ギルガメッシュは大儀そうに大きな欠伸をした。
その腰には一本の立派な剣がさしてある。
水と戯れる妖精の意匠がこしらえられた鞘に納められた剣だ。大きさは普通のロングソードほど。陽光に照らされる中、よく目をこらさなければ解らないが、淡い白い光を発している。聖剣エクスカリバー。
伝説にある12の武器の一つであり、アーサー=エクスカリバーがその名とともに手に入れた剣。
その剣が、今はギルガメッシュの腰にあった。「ったく。一番最初に降参しとけば、こんな無様を晒すことにならなかったのによ―――見ろよ、他の連中あきれてるぜ?」
「―――呆れてるようには見えんがな」ギルガメッシュの傍らに、いつの間にか一人の青年が立っていた。
整った顔立ちの白髪の青年だ。髪と同じ、白い巻頭衣を身にまとって居る。
人間ではない―――その証拠に、その背中からは純白の翼を生やしている。
しかしそれほど目立った容姿であるのに、ギルガメッシュ以外の誰もが気がついていないようだった。彼は、ふとギルガメッシュの腰にある剣を見る。
「・・・いつまでその剣を持っているつもりだ。さっさと叩き折ればどうだ?」
「ンなもったいないこと出来るかよ。こいつは良い剣だぜ? 草一本切れねーけど」
「皮肉な名前だ。あの方を封じこめた剣がエクスカリバーという名だとは・・・!」きれいな顔立ちを醜悪に歪め、彼は忌々しそうに言う。
そんな相棒を、ギルガメッシュは軽い調子でなだめた。「まーまー、そんな怒るなよ。こいつの使い手はもう死んじまった。この剣が本来の力を取り戻すことはもうないだろうよ。俺の腰にある限りな」
「・・・ギルガメッシュ、貴様はいつまで遊んでいるつもりだ? あの方の復活ももうすぐだというのに・・・!」
「だぁーら、そん時までには戻るってばよ。いいからお前はウチに帰って迎える準備しとけよ、エンキドウ」
「貴様はいつも昔から・・・」苛立ちとともに言い捨てて、翼の青年―――エンキドウは不意に消える。
気配が完全に無くなったことを感じて、ギルガメッシュは吐息。「まーったく。あいつは昔から変わんねーな。十年ぶりだってのによぅ」
よっこらせ、と立ち上がる。
それから軽く伸びをして、改めて未だ燃えさかっている炎を眺めた。「・・・いい加減に飽きてきたな。あいつの言ったとおり、さっさと戻ろうか―――」
呟いた瞬間。
ギルガメッシュは顔をしかめた。
なにか、炎が不自然に揺らいだような気がしたからだ。「気のせい・・・んんっ!?」
気のせいではなかった。
炎を突き破って、漆黒の固まりが―――四本足の―――獣と、気づいたときには、影の獣の突進をまともに喰らって、ギルガメッシュは派手に吹っ飛ばされていた―――