第8章「ファブール城攻防戦」
K.「開戦!」
main
character:バッツ=クラウザー
location:ファブール城・城門
ファブールの城は草原に囲まれていた。
四方を見晴らしの良い草原に囲まれて、南と西の草原の向こうには森が、さらにその彼方にはホブス山を初めとする、巨山が山脈となって連なっている。北と東は海であり、東には港があった。フォールスの内海をリヴァイアサンが支配している現在では、外貿易を行える数少ない港であった。日が昇ると同時に、森の中からバロン軍が現れた。
現れただけだ。じわりじわりと横に広がって、陣形を組んでいくが、森の側からは離れずに、城へ近づいてくる気配はない。圧倒的な数だ。
ファブール軍の、実に10倍は居るだろう。
城壁に上がったセシルの視界の端から端まで兵士が森を背にして、ずらりと並んでいる。ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
ちらりと視線を横に向けると、見張りのモンク僧兵が真っ青な顔で眼前の光景を凝視している。ヤンもまた、見張り兵ほどに呑まれてはいないものの、緊迫した顔だ。「うわ、こりゃ勝てないんじゃないか?」
緊張を破るかのように、気楽な声を上げたのはバッツだった。
両手を頭の後ろに組んで、乾いた声で笑う。その表情はかなり引きつった笑みだった。無理に笑おうとして、辛うじて成功しているくらいの笑み。「馬鹿なことを!」
バッツの虚勢を張った軽口に、過剰に反応したのは見張りの兵だった。青ざめた顔のまま、バッツをにらみつける。今にも掴みかかりそうな雰囲気だ。
ふん、とバッツは五月蠅そうに兵士を半眼で見て、肩をすくめた。「本当のことだぜ。数が違いすぎる―――ったく、飛空挺ってのは結構なモンだ。よくあんなに人間を乗せられたな!」
「乗せられないよ」否定の言葉をセシルが言う。
え? とこちらを見てくるバッツを見返して、「飛空挺だけじゃあんなに乗せられないさ」
「でも現にあれだけの兵士がいるだろ?」
「さてね。なにかイカサマでもしたんじゃないか? ―――バッツ、君だって知ってるだろう?」
「へ?」困惑顔のバッツ。
しばらく悩むが、セシルがなんのことを言っているのか思い当たらない。
さらに悩んで―――しかし解らずじまいでいると、ギルバートがつぶやいた。「カイポの村」
「カイポって・・・ああ!」言われてようやく思い至った。
カイポの村。そこに現れた魔物の群れ―――砂漠には、あり得ないはずの魔物の群れ。まるで、別の場所から転送されてきたような―――「本当のところはどうか解らないけどね。まあ、似たようなものだろうと思うよ? リディアがこの場にいれば、確認程度は出来たかもしれないけど」
「確認する必要はないだろ。今の問題は、どうやってここまで来た、ってことよりも、ここをどうやって守るかだ」
「まあ、そういうことだね」ぱちぱち、とセシルは軽く拍手をする。
しかし、バッツは不満そうに顔をゆがめた。「馬鹿にしてないか、それ」
「さて、と。それじゃあ敵も確認したことだし、僕は仮眠でもとってくるよ」
「おい無視するな・・・って仮眠!? 寝るのか?」
「ああ。昨晩は偽クリスタルの準備をしたり、カインの相手をしたり、その事後処理やら、これからの作戦のことやらであまり眠れなかったからね」ふわ、とセシルは本当に眠そうにあくびを一つ。
「敵に動きが見えたら教えてくれ。―――たぶん、昼近くまで動きはないと思うけど」
「おい待てよ! ンなこと言って、すぐに攻めてきたらどうする気だ!?」
「すぐ攻めるならとっくに攻めてるよ。あんな風にわざわざ無駄に陣を広げたりしないでね」ふわあ、と大きなあくびをもう一つ。
目の端に涙をにじませながら、セシルは説明する。「城を速攻するならば一点集中。あんな風に陣形を広げずに―――そう、例えるなら錐のように城門に戦力を集中させて突破する。逆に、持久戦に持ち込むならば完全に城をぐるりと取り囲む。そうやって、外部と完全に遮断して、援軍や物資の供給を絶ち、じわじわと相手が弱るのを待って攻める。いわゆる兵糧攻めというやつだ。・・・けれど、今見る限りでは、すぐに攻めてくる気配はないし、かといって城を包囲するそぶりもない。ただ中途半端に陣形を広げているだけだ―――なぜか解るかい? バッツ」
「え? えーと・・・つ、つまり速攻でも兵糧攻めでもないってことだろ?」
「そういうこと。では、なんのためにそんな中途半端な陣を敷くのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・さぁ? わかんねえな。降参」バッツは素直に両手をあげた。
すると、セシルはうなずいて。「その通り」
「は? 俺は降参だって言ったんだぞ?」
「だから、バッツの言うとおりなんだよ」
「・・・やっぱり馬鹿にしてるんだろ」
「自分のことを馬鹿馬鹿言うのはよくないよ―――バッツ、君が言った言葉通り。降参なんだ」
「はあ?」
「あの陣形。視界いっぱいに広がった―――逆に言えば、視界一杯くらいまでしか広がってない。その意味は、こっちにプレッシャーを与えることにある」たとえば、広い部屋に百人の人間が居るよりも、狭い部屋にぎゅうぎゅう詰めで百人の人間が居る方が、数が多く見える。受ける重圧も狭い部屋のそれの方が強い。
それと同じで、首を巡らせるくらいに広い場所に、まばらに兵士を配置するよりも、視界内に収まる場所に兵士を詰めて配置した方が、数が多いと錯覚する上に、受けるプレッシャーも上だ。「―――加えて、後ろは森だ。ここからじゃ、森の中がどうなっているかなんて解らない。だから、もしかしたら今見えているのが全てではなく、森の中にもまだ兵士が居るかもしれない―――と、正確な数が読めないのもプレッシャーになる」
「プレッシャーって・・・そんなことをするよりも、とっとと攻めればいいだろうがよ。圧倒的にあっちの方が多いんだから、こっちの負けは見えてるだろ?」
「おい!」またもや見張りの兵士が過剰に反応する。だが、ヤンがそれを無言で押さえた。
「そうだね。確かにそちらの方が手っ取り早い。けれど、それをしない。なぜか?」
「そうか。ゴルベーザは、こちらを降伏させたいんだ。だから、圧倒的戦力差を見せつけて、こっちが白旗を上げるのを待っている・・・」
「だから、なんでなんだよ?」苛立ったようにバッツが叫ぶ。
セシルはあくびをするだけで何も答えない。ギルバートはうーんと、悩んで。「手間を、省きたいからじゃないかな」
「手間?」
「ゴルベーザの狙いはクリスタルだろ? せめて城を落としても、落ちる前にクリスタルを妙な場所へ隠されたらたまらない。そもそもクリスタルは代々四つの国家がそれぞれ守ってきた至宝。隠そうとする以前に、もともと厳重に隠してある―――ダムシアンのクリスタルも、城の地下に隠されていたしね」
「そうか。やつにしてみれば、わざわざ城を落としてクリスタルを探すよりも、クリスタルを差し出して貰った方が楽だわな」バッツとギルバートの出した答えに、
ふわ、とセシルは欠伸を漏らしながら拍手を一つ。「ご明察。多分、間違いないと思う―――きっと昼近くに一度、降伏勧告があるとおもうから、そしたら呼んでくれればいい。・・・じゃあ、おやすみ。僕は寝るよ」
本当に眠いのだろう。目の端にたまった涙をぬぐおうともせずに、少し危なっかしい足取りでセシルは歩き去る。
それをバッツたちは見送って。「そうとう眠いんですね。疲れがたまっているのかな」
「疲れ、か・・・」ギルバートの言葉に、バッツは渋い顔を表情に浮かべた。
バロン軍に動きが見えたのは、陽が昇りきる少し前だった。
陣営から飛竜が飛び立ち、ファブールの城の上空へと至る。そこから何十枚、何百枚もの紙片を撒き散らした。
城壁の上でバロンの動向を睨付けていたヤンがそれを手に取ってみれば、果たしてセシルの言ったとおり、それは降伏勧告だった。「―――こっちに勝ち目はないから、とっとと降伏しろ、か。どーすんだ、大将?」
同じく紙に目を通したバッツが、ヤンに向かって聞く。
A4紙ほどの紙には、降伏勧告と、降伏条件などが長々と書き込まれていたが、要約すればバッツの呟いたとおりで間違いない。
ヤンはぐしゃりと紙を乱暴に握りつぶすと、城壁の外へと捨てた。「どうするかなどと聞かないで貰いたい。我らは我らが神を信じるままに―――卑劣な国に屈するわけにはいかん」
そう握り拳を固める彼の脳裏には、おそらくホブス山で失われた、自分の部下であり弟子である若いモンク僧のことを思い浮かべているのだろうと、バッツは思った。
「そだな。―――さて、じゃあセシルを起こしてこようか」
そう言ってバッツが振り向くと、誰かが階段を昇ってくるところだった。がしゃり、がしゃりと音を響かせて昇ってきたその姿は、バッツの見覚えのあるものではなかった。黒い兜に黒い鎧。ついでに黒い小手をつけた全身黒ずくめの騎士。バッツは一瞬誰か解らなかったが、その腰にある見覚えのある暗黒剣―――シャドーブレイド―――を目にして、にやりとする。
「おや! お目覚めだな、セシル=ハーヴィ。良い夢は見れたかよ?」
「夢は見なかったな。―――おはようバッツ」
「ずいぶんと格好良いじゃないか! どうしたんだ?」
「ヤンが気を利かせてくれたらしくてね。昔、ファブールを訪れた暗黒騎士のものだよ。偶然にサイズがぴったりだったんだ―――ところでまさかと思うけどバロンに屈する気はないんだろうね」
「無論だ」腕を組み、うなずくヤンに、しかしセシルは肩をすくめた。
「あの軍勢を見ても戦意が萎えないのは大したものだ。できれば、隣で震えてる彼にも分けてあげられないか?」
冗談めかしたセシルの声にヤンが振り向くと、見張りの兵が青ざめた顔でこちらを振り向いていた。
「あっ、いや私は別に・・・怯んでなど・・・」
「どっからどーみてもびびってるようにしか見えないんだけどな」
「な、なんだとっ」バッツの軽口に兵士が過敏に反応する。
と、ざっ!
足音。
見れば、バロンの軍勢が一斉に動き出す。ざっ! ざっ!
足並みを揃えて、足音を響かせて。
一糸乱れぬその足音は、合唱となって距離を置いたこの城壁の上まで響いてきた。
進軍してくるバロン軍。その背後の森からも、続々と兵士が沸いて出てきた。さらにバロン軍は、セシルの言ったとおりに広げていた陣をだんだんと狭め、城門に兵力を一点集中させるために陣形を、縦に長く整えていく。部隊の中間辺りには、城門を破壊する攻城兵器も見えた。
「ひ・・・」
見張り兵が悲鳴を上げかける。
ヤンもバッツも息を呑み、ゆっくりと迫ってくるバロン軍を凝視していた。セシルは嘆息。
(ヤンも・・・バッツでさえも呑まれてる。これは他のモンク僧は当てにはならないな)
口には決して出さずにそう判断すると、セシルは呆けているバッツとヤンに言葉を投げた。
「バッツ、ヤン、迎え撃つ! 手を貸してくれ」
「迎え撃つって・・・おいちょっと待て。どうする気だよ!? モンク僧どころか、この城の中の全人口を足したって、あっちの方が多そうだぞ!? あんなん、この国のモンク僧だけでどうやって―――」
「他の兵士の力は要らない。・・・ここは、僕たち三人で切り抜ける!」
「なっ―――」バッツは絶句。ヤンも驚きに目を見開いたまま、今度はセシルを凝視する。
それに対してセシルは不適に笑う。「それとも怖いかい? なら僕一人でやるけど」
「お、お前なあッ」
「あれごときの軍勢を恐れるのならお話にならない! シェルターでローザたちと一緒に怯えて震えていればいい!」正直、ローザが怯えて震えているとは思わなかったが。
「こ、この野郎! いいさ! やってやるよ! 行くぞおっさん!」
「おっさんではない! ヤンだ!」二人の声は荒々しく。
怒りはバロン軍よりも、むしろセシルに向けられていた。
セシルはバッツとヤンに背を向けると、今し方上ってきたばかりの階段を、降りていく。バッツとヤンもそれに続いた。そして門の前に立つと、彼は雄々しく宣言した。
「門を開けろ!」
響いてくるバロン軍の足音。
その響きに青ざめた門番たちは、言われるがままに門を開いた。
セシルは門を出る前に、彼らに言った「僕らが外に出たらすぐに門を閉めてくれ」
それだけ言い残すと、セシルはバッツとヤンを引き連れて、余裕をもったゆっくりとした歩みで、門の外へ出た。
セシルは一人だった。
一人で城の外に出て、バロンの軍勢と相対している。
先頭にあるのは、みんなまちまちの鎧を着た兵士たちだった。国支給の鎧を着込んでいる者が大半を占めるが、中には自前のものらしい鎧や剣を装備している者もいる。兵士、というよりも傭兵に近い兵士たち。
それは、セシルにとって懐かしくもあった。(陸兵団か・・・この数、全部隊を投入してきたな―――ということは兵力の八割はこのファブールに来ているということか)
バロン八大軍団において、その数のほとんどを締める陸兵団。言い換えれば、一般兵と言っても良い。騎士でも貴族でもない者が、軍に志願すると大概はここに回される。軍学校で優秀な成績を収めたとはいえ、セシルも例外なくこの部隊に組み込まれ、史上最年少の小隊長まで務めた経験のある軍団だ。
現在のバロンの兵力は、八大軍団と称しても、白魔道士団、黒魔道士団の魔法はまだまだ研究段階で、ほんの初歩的な術しかまともに扱えない状態で、海兵団は現在リヴァイアサンの影響で休止状態―――もしかしたら陸兵団に組み込まれているのかもしれないと、セシルは推察した―――近衛兵団は城の・・・というより王の身の守りを固めているはずであるから、実際に侵攻してきたのは陸兵団を初め、竜騎士団、暗黒騎士団、飛空挺団の四大軍団と言うことになる。
さらに、飛空挺団―――赤い翼の団員は、飛空挺上での白兵戦を訓練されてはいるが、基本的には陸上戦闘には不向きである。おそらくは、飛空挺で待機しているはずだった。竜騎士団も現状では飛竜はカインの乗るアベル一匹だけで、“竜騎士” としての戦闘能力を完全には発揮できていない。常人離れした跳躍力を持つとはいえ、陸上での集団戦闘は陸兵団や暗黒騎士団に一歩譲る。もしかすると、カイン以外の竜騎士団は城で待機しているかもしれない。つまり、陸兵団の全兵=バロン軍のほぼ全兵力と考えて良い。
(それだけ、バロンの城は手薄だということだ・・・さて)
嘆息を一つ漏らし、セシルは眼前に広がる大部隊を見定めた。
個々の能力は大したことはないが、統率行動はしっかりと訓練されているのが陸兵団の特徴だ。バロン軍の八割近くを占める兵数でありながら、その統率力は他の軍団よりも整然としている。それは、特にセシルが陸兵団の小隊長を任じられたとき、セシルの発案が元で格段に向上した。セシルは、短い間とはいえ、自分が鍛え上げた部隊と向かいあうことになる。(・・・逆に言えば数だけだ。問題はその後ろだな)
ここからでは見えないが、陸兵団の後方には暗黒騎士団が控えているはずだった。
セシルも同じ暗黒騎士ではあるが、暗黒騎士団の一員になったことはない。暗黒騎士となった直後に、赤い翼の初代隊長を任じられたためだった。暗黒騎士の暗黒剣―――その破壊力はセシル自身が一番よく知っている。
最強の暗黒騎士と呼ばれ、一対一ならば負けない自信もセシルにはあるが、果たして一軍団の暗黒騎士が一斉にダークフォースを解き放ったら―――(受け止められる、かな)
自信はない。
それでもやるしかない。
セシルは、なんとなく自分の腰に差した暗黒剣シャドーブレイドの柄に手を添える。
バロンでもこれ以上の剣は目にしたこがない。影の名を持つ暗黒剣シャドーブレイド。この剣と自分の力量があるなら、或いは・・・とセシルは思っている。(ま、その前に、まずはこの数を何とかしないと・・・)
セシルは前を見た。眼前に展開するかつては自分が存在していた部隊を。
バロン軍との距離は約800、とセシルは目算する。陣形を狭めたとはいえ、この距離だと完全に視界に収まりきらない。
一介の兵士だったなら、震えて息をすることすら出来ないだろう。それだけの圧倒的な数、圧倒的な威圧感。しかし、セシルは臆することなく、むしろ平然とそれを前にして一人で立っていた。
一緒に門を出たはずのバッツとヤンの姿は見えない。「クリスタルの用意は出来たか!?」
声は上空から。
見上げれば、アベルに騎乗したカインが昨晩と同じようにこちらを見下ろしている。城壁よりも低い。石を投げれば届く高さだ。誰か昨晩の用に壁の上から石をぶつけてくれないかなー、などとセシルは思ってみる。(・・・駄目か。全員、戦意喪失してるし、なによりカインは二度も同じ不覚を取らないだろう)
そんなことを考えながら、セシルはいいや、と首を横に振って。
「出来てないんだ。だから、あと一週間ほど待ってくれないかな」
「待てるか馬鹿」
「くっ・・・戦うしかないのか! カイン、僕は君とは戦いたくない!」
「そういう台詞は昨晩のうちに言っておけ! だいたいお前は自分で認めただろう―――裏切ったのはセシル、お前自身だと!」言うなり、アベルは翼を打ち、高くへと飛翔。
ファブールの城壁よりも高く飛翔すると、カインは槍を二回ほど振り回すと、その切っ先を城門―――セシルへと向けた。それが合図だった。
バロンの兵士たちは一斉に進軍を開始する。
相変わらず歩調を揃え、一定した足音を響かせて。
早すぎず遅すぎず、駆け足ではなく早歩き―――というか、まるで競歩のような速度だ。一糸乱れぬその進軍―――だが、不意にそれが乱れた。
先頭を行く兵士の何人かがコケたのだ。
「うわっ!?」
無様に草原の上に仰向けに倒れる兵士。陸兵団の面々は、鎧を揃えていないが、そのどれもが軽鎧だ。重装兵は、そもそもバロン軍には存在しない。古くは竜騎士団、最近では飛空挺団赤い翼に代表されるように、バロン軍の特色は、なによりも機動力と攻撃力にあるからだ。だからこそ、転んでもそれほどのダメージはない。これが重い鎧であれば、草の上とはいえ、転んだだけでそれなりの衝撃ダメージを受けただろう。
「なんだこりゃあっ!?」
先頭を進んでいた現・陸兵団隊長のギルガメッシュも転んでいた。
彼の赤い鎧は軽鎧ではないが、金属鎧ではない。もしもこの場にエブラーナの人間が居れば目を見張っただろう。それはエブラーナや、エブラーナに通じる国々に、遙か古代より伝わる特殊な製法で獣や植物の皮を重ねて作られた伝説の装具。源氏の鎧。
幾重にも重ねられた革の鎧は、金属鎧ほどにも重いが、金属鎧よりも衝撃力を吸収する上に、どんな刃も通すことはない。最高級の防御力を誇る鎧だった。「くそっ、なんかが足に引っかかって・・・・・・草?」
ギルガメッシュは自分の足下を見る。
と、そこには丈の少し長い草と草を結びあわせられて、輪っかになっていた。どうやらこれに足を取られて転んだらしいが。「こ、こんな子供の悪戯みたいな―――おわっ!?」
憤慨していると、後続が倒れてきた。
後ろの兵士がギルガメッシュに躓いて、彼の上に倒れる。二人目は何とか踏みとどまった。もしも駆け足で居たら、五人くらいはギルガメッシュの上に重なっていたかもしれない。倒れたまま、ギルガメッシュは周囲を見る。
どこも自分と似たような状況となっていたが、全員が全員倒れていたわけではない。だが、倒れなかった兵士が突出した状態で、整然としていた陣形は今や崩れている。「ったく、こんな遊びで止められるかよっ。―――おい、どけっ!」
ギルガメッシュの上に倒れた兵士はあわてて退く。と、彼は素早く立ち上がり、周囲に腕を振り回して怒鳴る。
「てめえらっ! 構わず突っ込め!」
「てめえらっ! 構わず突っ込め!」
「てめえらっ! 構わず突っ込め!」
「てめえらっ! 構わず突っ込め!」
「てめえらっ! 構わず突っ込め!」
「てめえらっ! 構わず突っ込め!」
「てめえらっ・・・・・」ギルガメッシュの怒鳴り声を、幾人かの兵士が中継して部隊の隅々まで伝達する。
その伝令を受けて、早足だった兵士たちが駆け足になる! その瞬間。ごおっ!
突然、陸兵団とセシルの丁度中間辺りで炎の壁が吹き上がった―――