第8章「ファブール城攻防戦」
I .「戦う意味/今ここに在る理由」
main character:バッツ=クラウザー
location:ファブール城

 

 ぎぃん、と鋼同士がぶつかり合う音が響きあう。
 セシルの剣は、バルバリシアを斬る寸前で、別の剣に受け止められていた。

「バッツ・・・!?」

 セシルは驚き、というよりも訝しがる様に自分の剣を横から止めた青年―――バッツを見る。

「どういうつもりだ!」
「知らねえよッ!」

 バッツの方も自分の行動に戸惑っているようだった。剣を突き出したままの格好で困惑している。

「・・・でも、こいつを殺しちゃいけないような気がするんだッ。だから止めた」
「女性だからか?」
「女子供は優しくしろ―――死んだ親父の口癖だがな、でもそうじゃない。よくわかんねーけど、・・・でも、こいつは殺させねぇッ」
「・・・おい!」

 と、不意にバッツは手首を返して、刀でセシルの剣を下から跳ね上げた。
 先ほどのような、鋼がぶつかり合う音ではなく、まるで楽器が響きあうような澄んだ音を立てて、セシルの剣が宙に舞う。
 くるくると回転して、セシルの背後にがしゃんと落ちた。

 バッツとセシルのやり取りを、カインは伺うように見やり、

「仲間割れか・・・―――くっ!?」

 一瞬だった。
 間を取っていたカインの首元に、バッツの刀が突きつけられていた。
 冷たい刃の感触が首筋に当たり、カインは息を呑む。

(・・・転移魔法・・・!? いや、それにしては魔法を使うそぶりも無かったが―――)

「―――無拍子。親父が得意とした先の先の極意。動作を小さく、かつ速やかに―――それを限りなく限りなく」
「ドルガン=クラウザーの技か・・・」
「今のは無拍子の内の一端―――神行法。相手との間合いをゼロにする秘技だ」

 呟いて、バッツは刀を腰に納める。
 鋭くにらむような視線はカインを睨み付けたまま。

「見逃してやるから、あの女を連れてとっと帰れ。どーせ、あのクリスタルってのはニセモノだしな」
「なんだと!?」

 驚いた表情でカインがセシルを見る。
 セシルは困ったような表情で苦笑していた。

「なんで、ばらすんだよ」
「ばらさねーと帰らねえだろ―――本物がどこにあるかさえ教えなきゃ大丈夫なんじゃないか?」
「まあ、そうだけど」

 セシルは肩をすくめる。仕方ないな、とでも言うかのように。

「バルバリシア!」

 苛立った表情で怒鳴ったのはカインだ。
 バルバリシアはすでにセシルのダークフォースからの恐怖は脱していたらしく、不意に消えるとセシルの背後―――クリスタルの模造品のそばに現れていた。

「確かに・・・これは―――」
「・・・アベル!」
「シャアアアッ」

 飛竜は鳴き声を一つあげると、翼を羽ばたかせてカインの元へと。
 カインは飛竜が着地するのを待たず、その背中へと飛び乗った。同時に、その傍らにバルバリシアも現れる。
 それから、こちらを見上げてくるセシルたちを見下ろして。

「今は引く―――だが、次は・・・」
「待て、カイン! 聞きたいことがある!」
「なんだ・・・?」
「お前は、ゴルベーザの目的を知っているのか!? あいつは、クリスタルを集めて何をしようとしている!?」

 セシルの問いに、カインは「そんなことか」と鼻で笑い、

「俺は知らんよ。・・・だが、やつこそが俺の王だ。ならば、それが成そうとする事に、なんの疑問や異論をはさむ必要がある?」
「少しは疑問を感じろ! そもそもクリスタルとはなんだ!? バロンにはすでに飛空挺という圧倒的な軍事力がある! フォールスを支配しようとするならば、その軍事力だけで十分なはずだろう?」

 実際に、飛空挺の前にミシディアも、ダムシアンも簡単に落ちた。このファブールとて、クリスタルという目的さえなければ飛空挺からの一斉爆撃で今頃は城ごと灰燼になっていたことだろう。

「何度も言わせるなセシル! 俺はただゴルベーザの命令に従うのみだ―――なぜなら、それが俺の正義だからな!」
「そーいうの、考え無しって言うんだよッ!」
「なんだとッ! そういうお前は根が暗いだろうがッ! 力があるくせしていつもうじうじと自身不足で! そんなんだから俺はお前を見限ったんだ!」
「見限ってくれて結構だ! だいたい、そっちが勝手に僕をおだてあげたんだろ! 僕は王になる器なんてカケラもないっていうのに! だいたい君は昔ッからそうだ。妙に頑固で、妙に一途で―――自分の興味ないことはとことん無関心で無愛想で、気に食わないことはとことん否定するくせに、一度認めたら犬みたいに追っかけまわす!」
「誰が犬・・・ぬっ?」

 いつのまにか、敵味方に分かれた旧友同士のやりとり―――というよりは幼馴染の口喧嘩になりかけてきたところに、カインに向かって矢が飛んできた。セシルも気がついて周囲を見れば、モンク僧達が弓を手に、カインに向かって矢を放っていた。と、そのうちの一人がヤンの元へと走りよってくる。

「僧長! 倉庫から弓を取りに行っていて遅くなりました!」

 その言葉にセシルはモンクたちの持っている弓を見る。
 どれも小さな―――森の中で使う、狩猟用のショートボウだった。しかもモンク僧たちの弓の練度が低く、カインに向かって弓を引いてもまともに矢が飛ぶのが三本に一本というところだ。その中で、カインの所まで届くのは10本に1本あるかないかだった。

「・・・えーと」

 セシルは困った顔をした。
 バッツやギルバート、フライヤも似たような顔をしている。
 ただ一人、ヤンだけが声を張り上げて急造のモンク僧弓兵隊へと鼓舞の声を張り上げていた。

 空の上ではカインが冷めた視線でこちらを見下ろしてきている。
 元親友であるセシルはその視線にこめられた意を汲む事が出来た。
 曰く、・・・やる気あるのか? と。

「しっ、仕方ないだろッ。モンク僧なんだしッ、もともと武器を使うのは不得手なんだよッ」

 流石にいたたまれなくなって、セシルが弁護の声をあげた。
 だが、その隣ではバッツがやれやれと肩をすくめて。

「いやでもあれは駄目すぎだろ? あんたの恋人くらいの精度で撃てとは言わないけどさ、せめてもうちょっと・・・俺だってもう少しまともに撃てると思うぜ?」

 一応、ヤンの耳には聞こえないように小声で呟くバッツに、セシルは押し黙る。
 カインはむしろ哀れむような視線でセシルを見下ろし、

「セシル! 今からでも遅くはない! 投降してゴルベーザに忠誠を―――――ごあっ!?」

 打音。
 いきなりカインの頭が揺れた。
 どうやら何かがカインの兜に飛んで―――弓ではない―――衝突したようだった。
 兜越しでも、結構衝撃が伝わったらしく、カインは頭を抑えて竜の上に突っ伏す。

「な、なんだ・・・?」

 と、セシルが振り向くと、モンク僧の中で矢が尽きた者が、城壁の上に転がっている、拳で握りこめるくらいの石を拾っているところだった。
 見守っていると、そのモンク僧はカインに狙いを定めて、全力で石をブン投げる!

 ごかん☆

「ぐおっ!?」

 カインが頭を上げたところに、再び兜に石がジャストミート。すごく良い音が、遥か下のセシルの所まで響いてきた。またもやうずくまるカイン。アベルが、きゅぅぅぅ・・・と心配そうな鳴き声をあげる。

「よっしゃあッ!」

 カインに二度石をぶつけたモンク僧はガッツポーズ。
 それを見た他のモンク僧たちは、次々に弓矢を捨てて同じように石を拾う。

「撃てーッ」

 ヤンの号令で、一斉に投石開始。
 大小さまざまな石の雨が、下から上へとカインを目掛けて降り注ぐ!

「ア、アベルーッ」
「ぎゅぃぃぃぃっ!」

 カインの叫びに、アベルは自分の身体を傾けて、カインを庇うように石の雨を腹で受け止めた。

「きゅぃぃぃぃぃいっ」

 アベルの悲痛な声が響き渡る。
 実質的なダメージはどうかわからないが、それでも結構痛いらしい。

「良し! 効いているぞ! 第二射用意―――!」
「僧長! もう石がありません!」
「なんだと! ならば庭に下りて今すぐ拾って来い!」
「判りましたッ」

 あわただしくモンク僧たちは城壁から階段を使わずに、そのまま内庭へと飛び降りると石を拾う。

「くっ、退くぞバルバリシア! ・・・ん? バルバリシア?」

 あわててカインは周囲を見回すが、金髪の美女の姿はいつの間にかどこにも見えない。
 まさかさっきの投石で撃墜されたわけでもないだろうに、とふと上を見れば、赤い翼の飛空挺の近くに金色の影が見えた。
 一足先に退避したらしい。

「なっ・・・バル―――」

 ひゅんっ。
 思わず彼女の名前を叫びかけたカインの兜をかすめて石が飛ぶ。
 見下ろせば、石を拾ってきたモンク僧たちが、再び城壁の上に戻ってくるところだった。

「く、くそっ。アベル!」

 石の飛んでくる中を、アベルは必死で翼をはばたかせて上昇して行った。

 

 

 

 

「―――バルバリシア」

 甲板に戻って、カインは不機嫌そうに彼女の名前を呼ぶ。
 ゴルベーザの傍らで、彼女は振り返り、

「なにかしら?」
「・・・・・・・いや、別に」
「別に、って気になるのだけど? 何を言おうとしたのかしら?」

 カインと同じようにバルバリシアは険の入ったまなざしでカインを見る。対してカインは少し後ろめたいように視線を落とす。

「勝手に先に行くな、と言おうと思ったが―――考えてみれば、お前を犠牲にしようとした俺が言えることじゃないな」
「・・・犠牲に? ・・・ああ、さっきの」

 バルバリシアがセシルのダークフォースに怯え、立ちすくんだときだ。
 カインはバルバリシアをダークフォースから庇い、しかしその後でセシルの追撃を避けるためにバルバリシアを見捨てようとした。もしもバッツが―――どういうわけか―――庇わなければ、今頃どうなっていたことか。

 しかしバルバリシアはふふっ、と妖艶に笑い、

「そんなこと? 最初に貴方が庇ってくれなければ、ダークフォースの直撃を受けていたし、だいたいあれは私のミスでしょう? 」

 そう言ってから―――再び不機嫌そうに顔をゆがめる。

「それよりあのセシルという男のダークフォース・・・・・・あれは―――」

 と、言葉をとめる。
 彼女は自分の主であるゴルベーザの方を伺うように見る。

「構わん、続けろ」
「は、はい・・・その・・・ゴルベーザ様のダークフォースよりも恐ろしく強大な力で―――」

 その言葉に、ゴルベーザは微動だにしない。
 だが、代わりにセリスが訝しげな表情をつくる。

「待て。確かにセシル=ハーヴィのダークフォースは凄まじいものがあると思うが、それでもゴルベーザ殿の方が上のように感じる。ミストの村で霧のを振り払った黒竜の力を見れば―――」
「質が違うわ。確かにゴルベーザ様の御力は強大だけれど―――あの男の力は・・・」

 バルバリシアは自分の身を震わせる。

「恐怖そのもの。闇が、限りなく濃密で―――あれはあの闇と相対したものしか解らない。・・・人間が扱える力じゃない。人外の闇・・・なのに、あれは人の身でそれを使いこなしてる―――」
「もういいバルバリシア―――休め」
「・・・はい。ゴルベーザ様」

 青い顔で頷いてバルバリシアは消えようとする。
 そんな彼女をカインが呼び止めた。

「待て。その前に一つ聞く―――あのドルガン=クラウザーの息子は何故、お前を庇った?」
「そんなの、本人に聞いてみれば? ―――ああ、でも」

 彼女は自信なさげに言葉を作る。

「よく・・・わからないけど―――あの男から、クリスタルの気配を感じた・・・」
「クリスタルの気配?」
「そう。風のクリスタルの気配―――最初、あそこにあったクリスタルが本物だと思ったのはそれを感じたからかも・・・」

 そういい残して。
 今度こそ、バルバリシアは消えた。

「―――厄介だな」

 ふ、とゴルベーザは呟いて笑う。

「人外の闇を扱う者に、風のクリスタルの気配を持つ人間―――今回は、どうやら簡単には行きそうに無い・・・」
「相手はセシル=ハーヴィだ。そんなことは判りきっていたこと・・・・・それとも、甘く見ていたのか?」
「甘く見るつもりはない。私は何に対しても手を抜くつもりは無い」
「そうか―――なら、言うことは何もない。俺も休ませて貰う。少し疲れた」

 呟いて、カインは邸内へと消えていく。
 ちなみに、アベルは飛空挺の舳先に落ち着いている。

 ゴルベーザはカインを見送ると号令を出した。

「一旦退く! 適当な場所に着挺し、明日まで休め!」

 

 

 

 

「それで、理由は?」
「判らねえっていってるだろ?」

 セシルたちにあてがわれた部屋―――
 互いのベッドに腰掛けて、セシルはバッツを真正面から、バッツは首をひねってあらぬ方向をそれぞれ見て。

 ―――カインたちが去った後。
 赤い翼は一旦退いて、ファブールの西側に広がる森向こうの草原へと着挺したようだった。
 もはや今夜は襲撃を仕掛けてくることは無いだろう。
 ニセモノのクリスタルを盾にして、爆撃はできない。後は普通に門を破って攻め入る攻城戦しかない以上、夜襲をしかけるのはバロン側にとって不利だった。
 これが、エブラーナの忍者集団になってくると話は変わってくるが、とセシルは思いながら。

「判らないじゃ判らないな。せっかくあのバルバリシアという女性と、カイン=ハイウィンドを同時に倒せるチャンスだったんだ」
「お前こそ、どうなんだよ? カイン=ハイウィンドってのはお前の親友なんだろ? ・・・それを、倒せるつもりなのか」
「難しいね―――親友だからって言うんじゃない。カイン=ハイウィンドは強いよ・・・特に、アベルと一緒の彼には絶対に勝てる気がしない」
「そういう意味じゃない!」
「そういう意味だよ」

 声を荒げるバッツに対して、セシルはあくまでも静かだった。

 部屋にはセシルとバッツの二人だけだ。フライヤは女性ということで別室であるし、自分の部屋のあるヤンも居ない。ギルバートは落ち着かないらしく、「少し夜風に当たってくる」と言い残して部屋を出て行ったきりだ。ただし、竪琴は部屋においてある。ギルバートは持っていこうとしたのだが、セシルが止めた。今夜は襲撃は無いだろうと予測しつつも、それでも一応は見張りは立ててある。下手に音楽なぞ奏でようものならば、不審者と思われることは無いにしろ、ギルバートの奏でる柔らかな音楽は精神をほぐして眠りを誘う―――平時ならともかく、今はあまり歓迎できない。

 二人だけだ。だからこそ、セシルは穏やかに―――しかし本音をさらす。

「そういう意味だよ。手を抜いて勝てる相手じゃない―――親友だからって、躊躇いがあればこちらがやられる」

 これは弱気だった。自覚する―――カイン=ハイウィンドは強いと。
 武力だけではない。意志の強さもだ。
 先ほど、罵り合いではセシルはカインのことを一途と言った。自分が信じた道は、生半可なことでは曲げない一途さ。それができる意志の強さ。剣の腕は確かにカインのほうが上だが、それでもセシルは模擬試合では何度か一本とったことがある。飛竜のアベルと組むと厄介なのは確かだが、それでもどうにもならない相手ではない。現に、バッツはカインを追い詰めてみせた。

 だが、それでもセシルはカイン=ハイウィンドを強敵だと思う。
 ゴルベーザを主と認めた彼ならば、親友のセシル相手にも一片の容赦も見せないだろう。
 だからこそ、こちらもカインを敵だと断じなければならない。倒さなければならない敵だと。

「親友を、もしも親友を―――この戦争で殺してしまったのなら」

 吐息する。吐く息は震えていたように、セシルは自分で思った。
 それをバッツは不機嫌そうに、ただじっと聞いている。

「この戦争が終わった後で、涙を流して、一生悔やみ続ける―――結果は、すべて終わった後に考えるよ」

 弱さだと、自覚する。
 カイン=ハイウィンドならば、と思う。カイン=ハイウィンドならば、こんなことは思わない。戦争が終わった後に自分が悔やむことを考えない、恐れない。彼が悔やむのは今そのときに何も出来ないことだ―――だからこそ、彼は未来を恐れない。

 自分は弱いとセシルは思う。
 わざわざ戦いの後に悔やむことを覚悟しなければ、親友に立ち向かうことが出来ない。これは弱さだと自覚する。

「・・・わかんねえよな」

 ぽつり、とバッツが呟いた。

「なんで、戦わなきゃなんねーんだろうかな。こんなの、なんの意味があるんだ」
「理由があるからだよ」

 バッツの言葉に、セシルはあっさりと答えた。

「戦争に意味なんてない―――いや、この世の中全部のことに意味なんてないのかもね。それでも理由がある。その始まりとなった発端がある理由があるから、僕はここにいるし君もここにいる―――意味なんて考えるだけ無駄だけど、どうしても意味が欲しいなら、自分がここに居る理由を思い返してみればいいと思うよ」

 言われて思い出して見る理由は、リディアのことだった。
 砂漠でセシルと一緒に行き倒れていた少女。
 自分の村が襲われ、帰るべき場所を失ってしまった少女。
 親をなくしてしまい、自分の境遇と重ねあってしまったのかもしれない。バッツは、彼女のために何かしてやりたいと思った。守ってやりたいと思った―――彼女の母親に代わって。

(でも、今は・・・)

 それだけじゃない、と思う。
 カイポの村で魔物が襲われた時。バッツはリディアやギルバートの―――このフォールスの人々の強さを知った。それは戦いの意志と言うものだ。恋人を亡くして嘆いていたギルバートも、まだ幼いリディアも。バッツよりも力が無いはずなのに、それでもバッツ以上の戦いの意志を見せ付けられた。

 助けてやりたいと思っている。
 あるいは、羨ましいと思っているのかもしれない。
 かつて、父親を亡くして―――なにもできなかった自分が。
 親が死に、恋人が死に、それでも戦う意志を持つリディアたちを。

 自分も彼らを助け、彼らのように強くなりたいと願っているのかもしれない。

(・・・いや、そんなんじゃないか)

 苦笑をもらす。
 そんな難しいことじゃない。ただ単純なことだ。
 きっと、彼らのことが好きになったということなのだろう。仲間として。
 だからこそ、助けたいと思う。ただそれだけ―――そんな単純な理由だ。

(それが、俺がここに居る理由だよな)

 はっきりと認識して、それからセシルの方を見る。
 いきなり視線を向けられて、「?」と少し不思議そうな顔をする。

(よくわかんねーやつ)

 と、思う。セシル=ハーヴィ―――かつてはフォールス最強の軍事力を担っていた最強の暗黒騎士。
 ―――だというのに、そんな自分を自覚しない男。
 第一印象はなんとも頼りなくて、それでも優しい男なのだと思った。

 カイポの村で魔物に襲われたときに、その印象は一転した。
 弱者のことを考えない、おエラい騎士サマだと、見損なった。
 そして、今はこうして親友と戦うことを躊躇わないと宣言し―――しかし、戦いの後で悔やむことを考えている。

「セシルってさ」
「ん?」
「ヘンなやつだよな」
「・・・・・・自分ではそうとは思わないんだけどね。ああ、でもローザやカインにも言われた覚えがあるな」

 苦笑してみせるセシルに、もう一度心の中で繰り返す。ヘンなやつだと。

「なあ、セシル。もう一度言うけどさ、本当に俺にもわかんないんだ」
「なにが?」
「あの女―――バルバリシアって言ったっけ? あいつを庇った理由。なんか、セシルがあいつに剣を振り下ろして、反射的に危ないって思って・・・気がついたら庇ってた。理由はわからないけど、どうしても守らなきゃいけない気がしたんだ」

 さっきのような不遜な態度はもうない。
 本当に自分でも困惑し、それでいて申し訳ないとうなだれている。
 セシルは「そうか」とうなずいて、

「ならきっとなんらかの理由があるんだろうさ。君自身にもわからない理由」
「理由って、なんだよ」
「君にもわからないことが僕にわかるわけないだろ―――でもきっと、いつか必要なら、その理由もわかるんじゃないかな?」
「理由、ね」

 ふん、とバッツは鼻で息を吹いて、自分の胸に手を当てる。
 自分でもわからない理由―――それを意味として知るときが来るのだろうかと。

(まさか俺があの女に惚れた、ってわけじゃないよなあ・・・)

 思い浮かんだ考えを、バッツは頭を振って打ち消した――――― 

 

 


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