第8章「ファブール城攻防戦」
H.「竜騎士カイン」
main character:カイン=ハイウィンド
location:ファブール城

 

 辺りは闇。
 はるか西。ホブス山の向こうに見える、ダムシアン砂漠の地平に陽が隠れ、すでに夜の時間だ。
 カイン=ハイウィンドは、旗艦である飛空挺一番挺の舳先に危なげなく立ち、眼下を見下ろした。月明かりに照らされて、薄ぼんやりと城の輪郭が見える。バロンの城よりも低いが、その大きさはバロンのそれを凌駕する。
 ぼんやりと浮かび上がる城の輪郭の中に、いくつもの灯火が見えた。人々の生活する灯火―――ファブールの城の中には国民の生活する街がある。だからこそ、城の規模がバロンとは桁外れなのだ。

「カイン。攻撃を開始する―――そこにいると落ちるぞ?」

 いつの間にかカインの背後には闇がいた。
 ―――闇のような男がいた。
 闇のように気配を全く感じさせず、それでいて闇のように心に恐れを抱かされる存在。

「ゴルベーザ。・・・いいや、俺はここでいい」
「ふ。そうか」

 ゴルベーザは加えてなにも言わず、ただ声を張り上げた。

「全挺に通達! これよりファブールへの攻撃を開始する!」

 という、ゴルベーザの声を耳にしながら、カインはなおもファブールの城を見下ろす。
 思うのは、心に思い描くのはかつて親友として肩を組んだ男の顔だ。

(さて・・・どうする気だ、セシル=ハーヴィ・・・)

 高みから城を見下ろし、カインは一人思考にふけった。

 

 

 

 

「来たか」

 ローザから飛空挺襲来の報を聞いて、セシルはそっけなくそう答えた。
 思わずローザはきょとんとしてから、慌てた様に、

「って、セシルっ、落ち着いてる場合じゃないでしょっ。なんとかしないと、どかーんどかーん! って空の上から爆弾を落とされて終わりじゃないっ!」
「あー、そうだね」

 またもやそっけなく答え、セシルは腰掛けていた椅子から腰を上げる。
 それから、同じ部屋の中にいるバッツとリディアを振り返り、

「じゃ、行こうかバッツ―――それからリディア、頼んだよ」
「おう」
「うん」

 バッツは鞘のない、白い布を刀身に巻きつけた自分の刀を手にして、リディアはそんなバッツの膝の上から飛び降りる。
 セシルとバッツはローザの横をすり抜けて部屋を出て行った。しばらくローザはぽかんとしていたが、やがて思い出したようにはっとすると、セシルたちの後を追いかけようと部屋を出ようとする。

「セシルっ、私も―――」
「スリプル!」
「ふにゃっ・・・・・・・くーくー・・・」

 眠りの魔法に、ローザの華奢な身体はその場に崩れ落ちた。
 その魔法を唱えたのは、ローザのすぐ後ろで、どうにか上手く魔法を仕掛けられてほっとしているリディアだった。と、ちょうどそこへティナが入ってくる。

「え、どうしたのこれ」

 これ、と床に倒れたまま、すやすやと穏やかな寝息を立てているローザを指し示す。
 リディアはちょっとだけ頬を膨らませて、

「セシルがね。今回はリディアたちを戦わせたくないんだって。でもローザお姉ちゃんはじっとしててって言っても絶対に聞かないだろうからって、魔法で眠らせてくれって。酷いよね、リディアたち除け者なんだよ」

 不機嫌そうにリディアがいう。
 ―――けれど、ティナにはセシルの思いはよく分かった。
 カイポの村のときと違い、今度の相手は人間だ。どうあがいても人は死ぬ―――セシルはローザやリディアを人殺しにしたくなかったのだろう。

(―――人は、殺していいもんじゃない)

 そう思うティナは思い出す。
 かつて、操られていた頃の記憶。
 ガストラ帝国の強化人間として、言われるままに数十人の人間と相対し―――それらを、瞬く間に皆殺しにしたことを。

(人を斬った感触も、人を魔導で焼いた臭いも鮮烈に思い出せる―――あんなの、絶対にリディアたちには味合わせたくない)

 身震いする。正常な心を取り戻した今、正常でなかったときの記憶は思い出すだけで気が狂いそうになる。

「・・・ティナ? どうしたの? 顔が青いよ・・・?」

 心配そうなリディアの声に我に返る。
 気がつくと、目の前にリディアの顔。すぐ近くにある―――と、そこでティナは自分がいつのまにか肩膝をついていることに気がついた。

「あ・・・うん。大丈夫、だから」

 自分でも説得力がないと思いながらも、リディアに向かって笑いかける。
 それでもリディアは心配そうにこちらを見ていたが、小さくうん・・・とうなずくと、それ以上は何も言ってこなかった。

 

 

 

 

 ファブール上空へ到達し、攻撃開始の宣言をしたゴルベーザは、一分と経たないうちに攻撃中止の命令を発さなければならなかった。

「馬鹿な・・・!」

 眼下を見下ろして、苛立ち紛れに毒づいた。
 ゴルベーザの下に眺めるのはファブールの城だ。その城の城壁や塔の上、城の屋根―――至る所がきらきらとした煌びやかな宝石の輝きが見える。

 苛立つゴルベーザの隣で、カインはあきれたように苦笑。

「・・・セシルのやつ、まさかクリスタルを盾にするとはな」

 カインがつぶやくと、レオ=クリストフがふむ、と唸って。

「だが、あれがすべて本物ではないだろう? 構う必要はないのでは?」
「それでも一つだけでも本物があるかもしれない以上は、うかつに手は出せないだろう。クリスタルとやらを手に入れたいのならばな」

 レオの意見に、セリスが反論する。

「はったりではないのか? クリスタルというものがどういうものかは知らぬが、国を挙げて守っているものを盾にするなど・・・」
「その考えは甘い―――セシルならばやるぞ」

 カインに言われてレオ=クリストフは押し黙った。
 セシル=ハーヴィを良く知るカインがそういうのだから、そうに違いないのだろうと判断して。

「大方、この策もセシルの考えだろう。―――どうするゴルベーザ? 一旦引き下がるか? それともはったりだと踏んで爆撃をしかけるか?」
「―――残念ながら」

 不意に、声。
 その場に居た誰のものでもない声が聞こえ、その場に彼女が唐突に出現する。
 金髪の、長い長い髪を夜風に揺らし、飛空挺の上に浮かぶ不可思議な女性。

「バルバリシア」

 ゴルベーザがその名前を呼ぶ。
 仕える主に名前を呼ばれ、彼女は陶然と「はい」と微笑を返し、

「ゴルベーザ様。あの中に風のクリスタルの気配を感じます・・・おそらく、本物が紛れ込んでいると」
「どれかは特定できるか?」
「いえ・・・そこまでは―――もっと近くに行かなければ」
「そうか」

 ゴルベーザはそう言ったきり黙りこむ。どうするかを悩んでいるのだろう。
 と、突然、飛空挺の邸内に続くドアが、乱暴に開かれると、中からけたたましい笑い声と共に二人の狂人が現れる。

「キョーッキョッキョッ―――なぁに、やっているのですかァ。早く、早くあんな城ブッ壊してしまいなさーい!」
「そうじゃ! せっかくワシの作った新型爆弾をためす時じゃろうがっ、なにを躊躇うことがあるッ!」

 騒がしい二人の出現に、カインは半眼でセリスを振り返った。

「どうしてあんなのを連れて来たんだ」
「別に私が連れてきたわけじゃない。勝手についてきただけだ」
「しつけはちゃんとしてもらわんと困るな」
「それに関しては素直に謝ろう。なにぶん、頭がイカレすぎててこちらでも手が余るのだ」
「キョーッ、なんか酷いこと言われてる気がするーっ!」

 騒がしくなってきたデッキの上。それらを完全に無視してゴルベーザは思い悩む。正直、クリスタルは無傷で手に入れたい。だが、このままでは埒があかない。―――まさかクリスタルを盾にされるとは思わなかったが、もしかすると単なるハッタリではないかと思う。だが、そうでないかもしれない。なんにしろ決断は必要だった―――思い切って爆撃するか、それとも一旦退くか―――

「・・・いや」

 考え直す。
 ある思いつきに、ゴルベーザは意志を集中させた。
 ―――自分の中のダークフォースが膨れ上がる。その気配を感じ取ったのか、セリスとカイン、それからケフカとルゲイエの騒がしい声がぴたりと止まった。

 ぅんっ・・・・・

 奇妙な音が響き渡った。
 それは、ダークフォースの “波” が辺りに解き放たれた音。
 ―――やがて、ゴルベーザはぽつりとつぶやく。

「見つけたぞ。・・・セシル=ハーヴィ」

 にやりと笑みをこぼし、ゴルベーザはカインたちを振り返った。

「―――少し働いてもらうぞ、カイン」

 

 

 

 バララッ、バララララッ・・・

 月明かりに浮かぶ、十数挺の “赤い翼” 。
 それを、遥か下の地面の上から、バッツたちは見上げていた。

「・・・ホントに攻撃してこねえな」

 布に包まった刀身で肩をたたきながら、感心したようにバッツが言う。

「ん。まさか僕もここまで上手くいくとは思わなかったな」

 と、セシルは背後を振り返る。
 そこには、赤々と燃える篝火に照らされ、炎の光を反射して翠色の水晶がきらめいていた。
 それを少し剣の入った表情でにらみ、はき捨てるように呟く。

「・・・どうやらこの水晶様はよっぽど大切なものらしいね」

 一見すれば、なんの変哲もない宝石だ。
 すごい魔力とか、ダークフォースのような力を感じるわけでもない。ただ、不可思議な波動を感じるような気もするが、気がするだけだ。だいたい、すごい力を秘めているのならば、その力で今上空に展開している飛空挺を追い返してくれないものだろうか、と皮肉げに思う。

「今日はこのまま退いてくれるかな」

 バッツと同じく、飛空挺を見上げていたギルバートが期待を込めて呟く。その隣でヤンがはて、と神妙な顔を作る。フライヤも気を抜かずに上空を見上げた。

 ―――そこにはセシルとバッツ、ギルバートにヤンとフライヤの5人が居た。
 彼らが居るのは、ファブールの城を守る城壁の、唯一の出入り口である門の上。
 両脇の塔の上にもかがり火が焚かれ、ここと同じ水晶のきらめきが見える。

 セシルはそれらをなんとなく見回し―――ぴくり、となにかに反応したように視線を空へ跳ね上げた。

「いや・・・」
「・・・ああ」

 バッツもうなずく。

「どうやら来る・・・・!」

 ヤンが呟いた瞬間、先頭を行く飛空挺の上から、何かが飛び出す。
 暗くて月明かりだけではよく分からないが、それには翼があった。人ではない、が、その上に乗っているのは人だと気づく。

「カイン=ハイウィンド!」

 緊迫した声でヤンが叫ぶ。
 セシルはむしろ苦笑して。

「・・・まずいな。カインのやつ、全力だ」

 翼ある影はこちらに急降下してきた。
 ぐんぐんと迫るその影を、はっきりと視認する暇もなく

「散開しろっ!」

 セシルの号令に、四人は城壁の上を左右に散る。その四人が集まっていたところへと、すさまじい勢いでそれは舞い降りて。
 城壁の石畳を鋭く硬い爪で砕いて、それは着地した。

「・・・ドラゴン!?」
「いや、ワイバーン―――飛竜だよ」

 バッツの叫びを、セシルが冷静に訂正をする。
 そう。降りてきたのは飛竜だった。亜竜の中でも、翼に進化を遂げた、空を支配する中型竜。
 純粋な竜族ではなくとも、その二本の足の爪や、鳴き声を吼えるたびに覗く牙は鋭く硬く強く。人間や、普通の竜のように二つの腕を持っては居ないが、その代わりに鳥のように両手を広げたような翼で大空を自由に飛翔する。さらには竜特有のブレスを吐くこともある。

「久しぶりだな―――セシル!」

 飛竜の上に乗っていたカインが、高みから見下ろしてくる。
 その表情は、本当に再会を楽しむかのように、笑っていた。
 逆に、セシルはあまり嬉しくなさそうに下から見上げる。

「敵になるとは思わなかったよ、カイン―――僕を裏切るのか?」
「裏切るとは心外だな。俺は俺の王を見つけたのだ―――セシル、お前よりも俺の主にふさわしい王をな!」
「それがゴルベーザだと・・・?」
「そうだ。・・・悪く思うなとは言わない。裏切り者と思わば思え―――だが、容赦はせん」

 言って、カインは自分の愛槍を竜の上で振り回す。
 対してセシルは小さく肩をすくめた。

「さっきのは冗談だ。別に裏切ったとは思わないさ―――そっちから見れば、僕のほうがバロンを裏切った大罪人だ」
「自分の立場をよく分かっている―――が、お前が裏切ったのは、それだけじゃない」
「は?」
「お前を俺をも裏切ったのだ。お前を王と認めた俺の心をお前は裏切った」

 憎憎しげに、睨みおろされる。
 セシルは「うわ」と渋い顔を見せた。

「・・・それは、なにか納得できないな」
「黙れよ。セシル=ハーヴィ、お前は俺がこの手で殺してやる!」

 殺意を向けて、竜の首をこちらに向ける。
 カインの愛竜―――アベル。
 カインが幼い頃に命を救った竜。そのせいで、この一人と一匹は竜騎士と竜と呼ぶよりは、まるで兄弟のように幼い頃から過ごしてきた。セシルも何度かこの竜と遊んだ記憶はある―――が、アベルは今やセシルを敵としか見据えていないことは、その赤く爛々と光る瞳を見れば嫌になるほどよく分かった。

「行くぞ、セシル―――」
「待って!」

 風が吹く。
 セシルに襲い掛かろうとするカインを言葉で静止したのは風だった。
 風と共に、いつの間にかその場に現れていた金髪の女性。彼女はカインの傍らにふわりと浮かぶと、冷めた視線で見下ろし、

「あなたの目的はそれじゃあないでしょう?」

 そういって、視線を転じる。
 彼女が見たものは、セシルたちの背後にある水晶だった。
 それを眺め、バルバリシアは、ふ、と吐息を漏らす。

「感じる・・・風のクリスタルの気配が―――ゴルベーザ様の読みどおり、あれが本物よ」
「なるほどな。いかに偽装しようとも、万が一本物を奪われるわけには行かない―――ならば、セシルたちが守っているのが本物というわけか」
「ばれたっ!?」

 セシルが舌打ちをする。
 思わず、クリスタルをかばうように背後へ後ずさり―――しようとしたところで、飛竜アベルが大きく翼を羽ばたかせ、風を起こす。突風に足を踏ん張り、セシルたちの動きが止まった。その隙を逃さずに、アベルは翼を羽ばたかせてそのまま跳躍。セシルたちの頭上を飛び越えて、たやすくクリスタルへと到達する。

「! しまった!」
「貰ったぞ、クリスタル!」
「させるかぁっ!」

 竜の動きを読んでいたのだろう、逸早く体勢を立て直したフライヤが大跳躍し、竜上のカインへと槍を突きおろす。だが、カインはあっさりとそれを槍の先ではじくと、手にした場所を支点として、槍を一回転させるとその遠心力でフライヤの身体を打ち据える。

「ぐぁっ!?」

 くぐもった悲鳴を上げて、フライヤは地面に落ちる。
 それを狙って、アベルが三本の凶悪なかぎ爪のついた足を振り上げて、フライヤを踏み潰そうとする!

「危ない!」

 アベルが踏みつける瞬間、ヤンが素早くアベルの足元に滑り込んで、フライヤを掻っ攫う。アベルの爪の先が、ヤンの肩にかすっただけでかろうじて回避。

「大丈夫か、フライヤ殿!」
「す、すまぬ・・・」

 ヤンの腕の中で、フライヤは弱弱しく答えた。

「ヤン、逃げて!」

 ギルバートの悲鳴じみた声があがる。
 その必死な言葉に、ヤンは気づく。飛竜がこちらに顎を向け―――その口元には、ちろちろと赤いものが見える。炎。

(ファイアブレスかッ)

 ギルバートと同じく悲鳴じみた叫びを、しかし声を上げる暇もないヤンは心の中で絶叫する。
 フライヤを腕に抱えたまま逃げようとするが―――

(間に合わんッ!)

 ファイアブレス

 ヤンが退避する暇を与えずに、アベルは激しい炎を吐き出した。
 ヤンとフライヤの体が炎に包まれ―――

 暗黒剣

 瞬間、闇の波動が炎をことごとくかき消し、押し返した。
 見れば、セシルが暗黒剣を構えている。そういえば、つい最近にも同じような場面があったな、とヤンは苦笑を浮かべ、

「すまない、助かった!」
「フライヤは―――」
「不覚を取ったが、この程度」

 言うなり、フライヤはヤンに降ろしてもらうのももどかしく、強引に腕の中から飛び出る。
 一見、立ち上がったその様子にダメージは無いように見えるが、その実、足元がおぼついていない―――それでも気丈に、フライヤは自分の槍を構えようとして。気づく、自分の槍がないことに。

「あ」

 と、見ればフライヤの槍はアベルの足元にあった。
 さきほど、カインに叩き落されたときに手を離してしまったようだ。
 それを見て、カインはふん、と嘲笑を浮かべる。

「竜を持たず、己の武器までも手放す―――ネズミ族の竜騎士はままごとをやっているのか!」
「くっ・・・」

 これ以上ないほどの侮辱に、フライヤは頭に血を上らせる。だが、なにも言い返せない。事実だ。

(・・・私は、結局無力だというのか・・・フラットレイ・・・!)

 くじけそうな心に、愛しき者の名前を思い浮かべ―――それを打ち払う。彼の者の名前すら苦々しく噛み締めながら、彼女は心の中で泣く。

(私は・・・弱い・・・)

「ネズミはネズミらしくチーズでも食っていれば良い」
「―――バロンの竜騎士ってのは、槍よりも口がお上手だ」
「!」

 不意打ち。
 カインは嘲笑しながらも、しかし気を抜いていたわけではない。
 それでも、その一撃は真横の死角からの一撃で、不意打ちとなる。

(なんだと―――ッ)

 戸惑いながら、戸惑った所為で反応が遅れる。
 月とかがり火に浮かび上がる、銀の鋼色の斬光が視界の端に見えて、カインは避けられぬことを悟る。
 だが、カインの代わりにアベルが反応。かがみこむように地面に翼をつく。当然、カインの頭も下がり、そのカインの頭の上をぎりぎりかすめてバッツの横凪の一撃が通り過ぎた。カインの金色の髪が少しだけ夜闇に散った。

「ちいっ、避けやがったか」
「貴様・・・」

 思っても見なかった不意打ちに、カインは素早く反撃。
 手にした槍を、バッツに向かって突き出した。バッツはそれを飛竜の背を蹴って回避。そのままクリスタルの前に回りこんで、カインと相対する。

「なにものだ、貴様―――いや、一度会ったな」
「思い出して頂き恐悦至極でございますよ騎士サマ。―――ダムシアンですれ違ったな、礼儀知らずの騎士さんよ」

 へ、と小馬鹿にするように笑い、バッツは武器を構えた。刀を、もういつも巻いてある白い布ははずしてある。

「ドルガン=クラウザーの息子か。相手には不足は無い」
「俺のほうが不足だね。あんた、レオ=クリストフよりも弱いだろう」
「・・・判ったような口を」
「判るさ。さっきの一撃、レオ=クリストフは反応できたぜ?」

 バッツの台詞を聞いていたセシルは、ふと思い出す。
 カイポの村で。バッツとレオが相対したときのことだ―――素早い動きで死角に飛び込み、そこからの不意打ちに、レオ=クリストフは反応した。・・・反応しただけで、バッツのハリセンの一撃を受けてしまったが。

 今も同じ。カインがフライヤを嘲笑している隙に、死角へと回りこみ、そこから強襲しただけだ。だけだ、と言ってもそう容易く出来る業ではない。相手もただの人間ではなく、フォールス最強の槍カイン=ハイウィンドだ。それでも、不意打ちが成立してしまうのは、それほどバッツが、まるで忍者のように素早く気配を消して動くからである。
 その不意打ちを、カインは反応することすら出来なかった。回避できたのは、アベルがとっさに伏せたからに過ぎない。

「カイン、あんなのに構わないで―――目的は」
「わかっているさ」

 ふわりふわり、と。
 現実感なく、カインの周りを漂うバルバリシアに、カインは苛立ち紛れに返答すると。

「アベル」

 一言。
 その一言ですべてを理解し、アベルはバッツに向かって飛び掛る!

「ふんっ」

 アベルの振り上げた前足を、バッツはあわてずに、横っ飛びに回避。
 そのまま側面に回りこむと、再び竜上のカインに向かって飛びかかろうとして―――

「居ない!?」

 すでにアベルの上にカインは居なかった。

「バッツ、上だッ」

 セシルの声に、バッツは上を見ずに一歩後退。
 その目の前を、槍が垂直に突き刺さる。

「うぉわっ!?」

 カインが地面に着地するのと、バッツが素早く後ろに飛びのくのとは同時だった。

「危ねーッ」
「バルバリシア! お前はクリスタルを―――」
「させないんだよ!」

 今度はセシルがクリスタルを庇って立つ。
 バルバリシアはふふん、とそれを見下ろして。

「相手が違わない? ―――いいのかしら、私が殺しちゃっても」
「お前じゃ無理だ」

 カインのにべもない答えに、それでもバルバリシアは余裕を持って笑い。

「そんなの、やってみなきゃわからないでしょっ!」

 言うなり、バルバリシアの髪の毛が凄まじい勢いで伸びる。その先端が硬質化し、槍となってセシルに向かう! だが

「エブラーナ伝承―――」

 セシルの剣は腰の鞘の中に。
 腰を低くため、すり足で一歩を踏み出して、区切りのない流麗な動作で剣を引き抜く。

 居合い斬り

 抜き放つのは、抜刀の極意にして速さの極み。
 凄まじい勢いで飛んできた髪の槍を、セシルの剣は間違いなく斬りおとす。

「やるわね」

 と、未だに余裕のあるバルバリシアに、セシルは抜き放ったシャドーブレイドの切っ先を向ける。
 そして、セシルは意識集中。
 剣の切っ先に自分の心を乗せるつもりで、闇の力を収束させていく。
 膨れ上がるセシルのダークフォースに、バルバリシアの顔色が変わっていく。余裕から焦りへと。

「これは・・・そんな・・・」
「闇を喰らい影を飲み込み形を成せ―――暗黒剣!」

 シャドーブレイド

 セシルの剣の切っ先がそのまま巨大化する。
 いや、そう錯覚するように、ダークフォースが剣の形を作って、バルバリシアへと伸びる。

「そ・・・んな・・・そんな!?」

 焦りから怯えへと。
 迫り来る巨大な暗黒剣を眺めながら、バルバリシアは振るえて微動だにできなかった。
 そんな彼女の身体を、バッツと相対していたカインが気づいて、バッツを牽制しつつバルバリシアを抱きかかえて飛ぶ。
 寸前のところで闇の剣を回避して、カインは一息―――する間もなく、セシルが肉薄する!

「アベル!」

 バルバリシアを抱きかかえたままカインは相棒の名前を呼んだ。
 飛竜がセシルに向かって炎を吐き出そうと顔を向けて―――

「させん!」

 風神脚

 ヤンがアベルの横っ面に強烈な蹴りを加える。
 人の何倍もあるその巨体が、ぐらりと揺れた。
 その間にセシルはカインの元へ到達する。

「カイン、覚悟―――」
「くそっ!」

 カインは判断に迷う。
 腕の中で少女のように震えるバルバリシアを見捨てれば自分を助かるが、しかし―――

「―――すまん!」

 一瞬の躊躇いの後、カインはバルバリシアを突き放すとセシルに向いて後ろに跳び、槍を構えて体勢を立て直す。
 ―――苦渋の判断だったが、あのままバルバリシアを庇っていたら二人ともやられる。騎士としてよりも戦士の本能がカインの身体を突き動かした。

「うっ・・・」

 地面に膝をついたバルバリシアは、剣を振りかざすセシルの姿を見つけ、その瞳にさらなる怯えをにじませる。
 先ほどのダークフォースの恐怖が頭をついて離れない。
 それは、並みの力ではなかった。こちらに向けられた切っ先にこめられていたのは圧倒的な恐怖。

(あの力・・・ゴルベーザ様の闇よりも深く、強い・・・)

 いつも傍らで主の闇の力を感じていた。
 だからこそ、余計にダークフォースに対して敏感になってしまった。
 ついでに一つ納得する。カイン=ハイウィンドがゴルベーザのダークフォースに屈しなかった理由。単純な理由だ。ゴルベーザのそれよりも、遥かに強い力を知っていたからだ。
 ダークフォースの本質は恐怖。ゆえに、未知の力はダークフォースの効果を倍増させるが、その恐怖を知っているならば力は半減する。カインは知っていた。最強のダークフォースを知っていたのだ。

 バルバリシアは無抵抗だった。
 怯えのにじんだ表情で、剣を振り下ろしてくるセシルの顔を見上げた。
 ―――その口元が小さく動く。

「ごめん」

 小さな謝罪。
 誰にも聞こえぬ、誰にも気づかれない小さな謝罪。
 バルバリシアにだけ謝罪を届け、セシルは躊躇いなく容赦なく剣を振り下ろす―――――

 

 

 


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