第8章「ファブール城攻防戦」
D.「圧倒的戦力差」
main character:セシル=ハーヴィ
location:ファブール城・廊下

 

 

 ラモン王の前でセシルがバロンを出て、ミスト、ダムシアンを経て、ファブールへとやってきた経緯と、これからやってくるであろうゴルベーザ率いる赤い翼に対する大まかな策を披露した後、セシルとヤン、ギルバートは謁見の間を辞した。

「それではセシル殿、また後で」
「ああ」

 ヤンは部下に今後の作戦などを伝えるべくモンク僧の集まる訓練場へ、セシルとギルバートはローザたちを迎えに食堂へと別れる。
 食堂への道すがら、しばらくしたところでギルバートがぽつりと、

「・・・勝てると、思う?」

 その問いの答えは明白だった。だからこそ、セシルは少し考えてから回りくどく答えることにした。

「・・・バロンはエブラーナと並ぶ軍事国家だ。陸戦に置いては陸兵団と暗黒騎士団が固め、特に暗黒騎士団は少数ながらもダークフォースの力は魔法以上の破壊力を持っている。それを空から竜騎士団、海からは海兵団がそれぞれ支援して、近衛兵団が城を守る。と、元々盤石の軍を有していた。それがバロン五大軍団と呼ばれてたもので、近年、海竜リヴァイアサンの出現と、飛竜の減少によって海兵団と竜騎士団は弱体化しつつあるけれど、その代わりに新たに白魔道士団、黒魔道士団、そして飛空挺団“赤い翼”が新設された。二つの魔道士団についてはまだ魔法の研究中で、軍戦力としては数えられないけれど、飛空挺団は二つの戦力ダウンを補ってあまりある力を持っている。事実上、フォールスの空は赤い翼によって完全に支配されたと思っていい───」
「ええと、ずいぶんと回りくどいけど・・・勝てないってこと?」

 ギルバートの半ば呆れたような顔を見て、セシルは少し渋い顔をした。

「結論で言えばそうなるね。身内贔屓を抜きにして、客観的に考えても今のバロンに対抗できるのはシクズスのガストラくらいのものだと思う」
「エブラーナは?」
「対飛空挺戦力を持っていないエブラーナが正攻法で勝つのは難しいだろうね。せいぜい、赤い翼が出払っている頃を狙って城に急襲しかけるくらいか。バロン王とエブラーナ王が知己だってのは、吟遊詩人として諸国を回った君なら知っているだろうね?」

 セシルの問いかけに、ギルバートは頷いて。

「うん。それで、確か長年戦争が続いていた二国間が停戦条約を結んだって」
「それは間違いじゃない。けれど、王同士はそれでよくとも家臣たちは納得しないだろう? 兵士たちの中には相手に戦友や部下を殺された者だって多い。王同士が友達だから戦争やめよう、って言っても納得できるもんじゃない。だからバロン王は飛空挺を建造させたんだ。圧倒的な戦力があれば、エブラーナは渋々ながらも停戦案を飲むしかないし、それによってバロンにとって有利な条件で戦争を終わらせられたなら、バロンも飲める。・・・感情では納得できないものがあるだろうけれど」

 セシルは吐息。
 いつの間にか二人は立ち止まっていた。通行人に邪魔にならないよう、通路の端による。

「戦争を終わらせるために造られた飛空挺が、今は戦争の道具に使われている。兵器として造られたんだから、それは正しいのかもしれないけれど。・・・でも」

 呟くセシルが思い出すのは、飛空挺技師の顔。
 シドは今頃憤慨してるだろうな、などと何となく思う。

 

 

 ・・・一方、そのころ、バロンの地下牢では・・・

 

 

「ぐぇふくしょっ!」
「どした親父さん、風邪か?」

 鉄格子で囲われた牢屋の中。隣りの牢室から聞こえてきたくしゃみに、ロイドが声をかけると、お隣さん―――シド=ポレンティーナは鼻なんぞをすすりつつ、声の調子はいつもと変わらないダミ声を飛ばしてきた。

「かもな。まったく、なんで牢屋ってのはこんなに寒いんかのう。今度二人の名義で改善提案でも出すゾイ」
「ううん、それは良いかも。というかやはり実際に体験してみないと分かんないもんだな。今まで囚人の気持ちなんて考えたこともなかったけど、これからは犯罪者とかにも少し優しい気持ちが持てるかもしれない」
「そういうのを同病相哀れむと言うんだゾイ」
「囚人にもっと愛をー! 人類皆兄弟ー! バロンの牢番は異国の女将軍だけでなくもっと広く博愛精神を持つべきだー!」

 等と叫びぼやいていると、牢屋の入り口が開かれる。
 そこから顔を出したのは、牢番Aだ。

「るせぇぞ黙れ! てーか、なんでお前らそんなこと知ってるんだよ」
「この前、セリス将軍が面会に来たろ? お前らのことだから、サインくらい強請ってるんじゃないかって推理しただけだよ」
「うっ」
「うっ、て、うわマジなのかお前。馬鹿じゃねーの?」
「うるせーうるせー! いーじゃねえか美人なんだし」
「美人だったらサイン強請るのか。すげえ良い趣味だな」
「うわ馬鹿にした。馬鹿にしたんだな今? 馬鹿にしただろー!」
「確認しなくても馬鹿にしてんだ糞馬鹿。あー、やれやれ国の恥だね。よりによって、外国軍人にサイン強請る軍人がどこにいるよ・・・って、ああここにいるか」
「こ、こ、この野郎。なんか帰ってきたらいきなり牢屋にぶち込まれたからすこーし可哀想だな、って同情してやったのに。あー、もう知らん。てめえなんぞとっとと処刑されちまえ!」

 歯をむき出しにして、今にも噛みつかんとするほどの牢番の怒りを、ロイドは冷笑で受け止めた。
 ・・・と、不意に牢番の態度が変わる。ふとなにか思い出した、とでもいうかのように視線を天井へと向けてから、ロイドへと戻す。その時には、口の端をつりあげた皮肉げな表情へと変わっていた。

「・・・ま。アンタは確かに美人にはなびかねえよな。学生時代にバロン一の美人にこっぴどく振られたアンタはな!」
「んなっ!?」

 突然の反撃に、ロイドは狼狽の声を上げた。
 二、三歩ほど後ろによろめきながら後退し、そのまま真後ろへと倒れそうになったところで無理矢理体制を立て直し、今度は逆に前方へと身を乗り出して、囚人と牢番とを隔てる鉄格子を両手で掴んで、

「どうしてンなことしってんだっ!?」

 檻と檻の間に顔を押しつけて、牢屋の外でにやにやと薄ら笑いを浮かべている牢番に食ってかかろうとする。

「有名な話だろ? 国立大学の秀才様が、ローザ=ファレルに告白してあっさり断られたって話。当時、軍属だった人間は大体知ってるはずだぜ?」

 牢番の言葉に、ロイドの動きが止まる。興奮して赤くなっていた顔はさっと青ざめて呆然とした表情で立ちつくす。両手に檻の棒を掴んだまま。

「・・・なんでだ・・・? あれは誰も知らない・・・大学出の人間だって噂くらいしか知らないはず・・・」
「なんでも大学の告ってOKされたらそのカップルは一生幸せになれるとかありがちなジンクスのある木の下で告白して振られたんだよな?」
「なんでだー!? どうしてそこまで詳しく・・・って、はっ、そうか!? なんかこー悪の組織とか秘密結社とか、宇宙の彼方からやってきた超鬼悪魔生命体とかそーゆのの陰謀だな!? そーなんだろ!」
「いや、なんかその次の日に陸兵団・・・まあ、そん時セシル=ハーヴィが所属してた兵舎に当人が押し掛けてきて、大声で事細かにその様子を・・・って聞いてるか?」

 聞いていない。
 すでにロイドは白目をむいて、立ったまま気絶していた。鉄格子を両手に掴んだまま。
 ・・・あれは、一生封印しておきたかった青春のメモリーだったのに・・・とかなんとか意識が遠のく瞬間思ったとかどうとか。

 

 

 所、ファブールに戻って・・・

 

 

「・・・・・? どうしたんだい? いきなり黙り込んで」
「いや・・・・・」

 ギルバートの声に我に返って、セシルは苦笑。

「ちょっと昔のことを思い出しただけさ」
「どんなことを?」

 聞き返してくるとは思わず、ついセシルは「え?」とギルバートを見やる。見れば、いつもと変わらないように見えるが、どこかなにかを期待しているような感じもする。

「大したことじゃない」
「どう大したことじゃないんだい?」
「いや・・・ええと・・・あんまり良い話じゃないから」
「どんな話も、時には必要になる・・・と、これは要らない言葉を言ったかな」

 口をつぐむギルバートに、セシルはようやく理解した。
 ただ単に、会話のネタにセシルの思い出話を聞きたいんじゃない。吟遊詩人として話のネタに聞きたいのだ。
 ・・・どっちも大して変わらないかもしれないが。

「駄目だ。これはどっちかというと他人の笑い話で」
「笑い話というのは場を和ませるのに最適なんだ」
「物笑いのネタにされる当人のことを考えたことはあるかい?」
「別のその人の恥を晒す訳じゃない。名前は伏せるか偽名を使うか。吟遊詩人は現実を語る訳じゃない、物語を語るんだ」

 どうにも引っ込みがつかないようだった。
 仕方なしにセシルは「やれやれ・・・」と肩をすくめると、妥協案を出す。

「じゃあ、また今度の機会に。今はなにかと忙しいし」

 セシルに言われて、ギルバートは一つだけ頷くと、額の辺りを指先でとんとんと軽く叩いて、

「それもそうだね。なら覚えておくよ、吟遊詩人は物覚えと手先の器用さが取り柄だからね。こんどの戦いが終われば聞かせてもらうとするよ」
「今度の戦い、か」

 はあ、とセシルは疲れたように吐息。

「絶対に勝てないだろうな」
「でも負けるつもりはないんだろう?」
「勝てないって言った」

 勝てない、と強調しながらもセシルは苦笑する。言葉遊びでは吟遊詩人にはそれこそ勝てないだろうと。案の定、ギルバートは冷めた笑みでこちらを眺めてくる。

「勝てなくとも負けない方法はある。一週間・・・いや五日間でも時間を稼げれば」

 独り言のようにつぶやくギルバートに、セシルも、うん、と頷いて。

「ゴルベーザがそのことに気づいてくれていればタイムリミットはさらに早くなる。帰りの時間も計算に入れるだろうから・・・にしても驚いた」

 セシルは素直に感心する。

「失礼を承知で言わせてもらうなら、まさか気づくなんてね」
「気がついたのはたった今だよ。ついさっきヒントも貰ったしね。・・・あと、気づいたのはこの国の人間でないからかな。この国の人間は、今は自国のことで考えが手一杯だろうし。それに、赤い翼には勝てないってことを僕は身をもって思い知ったからね」

 ギルバートは拳を握りしめると、顔をしかめる。思い出しているのだろうか、自分の城が滅ぼされたときのことを。両親と恋人を失ったときのことを。

「なるほど・・・そう言われれば、僕も同じだ。この国の人間ではないし、赤い翼のことを良く知っている」

 ギルバートの表情には気が付かないふりをして、セシルは少しおどけて言う。そんな彼に、ギルバートはくすりと笑った。

「セシルにはパントマイムの才能はないね。演技が下手すぎる」
「よく言われる。・・・さて、そろそろ食堂へ戻ろう。こんなところで立ち話をしているから、多分みんな待ちくたびれてる」

 セシルが言うと、「それもそうだ」とギルバートは苦笑して歩き出す。数歩歩いたところで、ふと振り返り、

「そういえばセシル、さっきの約束だけど───って、あれ?」

 ギルバートが振り返った時にはセシルの姿はどこにもなかった。

「・・・セシル? ・・・あれれ?」

 どこ言ったんだろう、辺りを見回すが周囲に隠れられそうな場所はない。が、代わりに扉があった。
 ギルバートは首を傾げながらも、なんとなしに扉をノックする。

「セシル?」

 叩きながら呼びかけるが返事はない。試しに扉を引っ張ってみるが───、鍵が掛けてあるらしく、押しても引いてもビクともしない。少し考えて、まさかセシルが茶目っ気だしてこんな所に隠れた、ということはあるまいと考えつく。だとしたら、なにか急用を思いついたか思いだしたかしたのだろうか。例えばファブールの事でヤンかラモン王に質問があったとか。
 立ち止まって考えていても埒があかない。
 まあ、用事が済めば戻ってくるだろうと、ギルバートは軽く結論を出すと、食堂へと足を向けた。

 

 ちなみに。
 ギルバートは気づかなかったが、彼が鍵がかかっていたと思いこんでいた扉には、鍵穴は付いていなかった───

 


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