第8章「ファブール城攻防戦」
C.「クリスタルの謎」
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character:セシル=ハーヴィ
location:ファブール城・謁見の間
朝食を食べ終わる頃、モンク僧の一人が伝令として食堂に入ってきた。
「ラモン国王がお会いになりたいそうです」
言われてセシルは頷くと席を立つ。
ヤンも続いて席を立ち、「ギルバート王子も一緒に。他の者は部屋で待っていてくれないか」
セシルの言葉に他の面々は了承の意を返す。
ただローザだけは当然のように「えー?」と不満を漏らしたが、いつものことなので放っておいた。
ファブールの石造りの廊下を進む。
ファブールに限らず、バロン、ダムシアンなど、フォールス地方に限らずに、この世界の城はその殆どが石造りとなっている。石でないのは、シクズスのベクタにあるガストラの城や、セブンスの経済を含めたあらゆる中心地である魔晄都市ミッドガル。くらいだろうか。
しかし同じ石の城でもバロンとはずいぶんと印象が違うとセシルは気づいた。
その理由は時折すれ違う人間にある。
例えばバロンの城を歩いていてすれ違うのは騎士や兵士、あるいは騎士の従者、小間使いあたりだ。
だが、軍隊という者が無く、また騎士や貴族などの身分制度も無いファブールですれ違うのは、ヤンと同じように軍の代わりに城や民を守る役目を持つモンク僧、ばかりではなく、モンク僧ではない普通の青年や、本を読みながら歩く娘、果てはリディアと同じくらいの子供も見かけた。
ファブールでは、城の城壁の中に街がある。一応、城と街とは区分けされているのだが、城勤めをするモンク僧は街ではなく城に住み、家族も一緒にそこで生活をするために、逆に城と街との境界線が曖昧になっているという。だからこそ、一般の人間が城の中をうろうろしたり、あるいは城勤めの人間が気軽に街の中を歩く、ということが多い。
一応、関係のない人間がみだりに城の中に入ってはならないと言う規則はあるが、それもあってないような規則となっている。「困ったものだ。・・・まあ、私も人のことは言えんが」
そういって、妻であるホーリンと一緒に城内で暮らしているヤンは笑った。
王との謁見の間は城のほぼ中央にあるようだった。
ヤンの説明によると、城門を入ったすぐの街区を真っ直ぐに抜けて、もう一つ門を抜けた先の大階段を登った場所が、王の座する謁見の間だった。「はるばるとようこそ、バロンの暗黒騎士殿」
「セシル=ハービィです。お初にお目にかかります、ラモン国王」玉座に座るラモン王に、セシルはうやうやしく膝をついて礼をする。
王はやや太めの小男という感じで、柔和な顔つきと物腰はどうにも王の風格という物が感じられない。何度かセシルはファブール王には会っている。だが、このラモン王とは初対面だった。というのも。「先王の訃報を耳にしたときには信じられぬ想いでした。先王ジュウケイ様には魔物討伐の際にこの若輩者に城の貴重なモンク僧を貸し頂いて心より感謝しています」
セシルが何度か謁見した先王ジュウケイはすでに亡くなっている。それもつい数週間前、セシルが水のクリスタルを奪いにミシディアに飛び立つ直前の話だ。
「本当ならばすぐにでも飛んで駆けつけたいところでしたが、なにぶん王命には逆らえず・・・」
「セシル殿、顔を上げてくだされ。その想いだけで兄は神の身元で喜ばれていることでしょう」ラモン王は玉座を立つと、セシルの前に自らも膝を折って。
「あなたのことは兄王やヤン僧長から聞いています。概要はヤン僧長から耳にしていますが、どうぞあなたの話をお聞かせ下さい」
王にしてはずいぶんと下手に出る態度だが、それも当然といえるかもしれない。
本来、ファブールの王は代々のモンク僧長がなるしきたりだ。王が玉座を降りるとき、当代の僧長に王位を託す。新王は自分の後継者である新たな僧長を選ぶ、というしきたりだった。
だが、先王ジュウケイは突然の急死であり僧長であるヤンに王位を譲る前に没してしまった。本来ならここでヤンが王になるはずだったのだが、「私はまだ修行中の身、王の器ではござらん」と放棄。しかし王を立てないわけにもいかず、ヤンの発案で先王の弟であるラモンが王になった。
このラモンという男、王弟とはいえ世襲制のないファブールであるから、実はモンク僧でもなんでもない。兄を王に持ちながら城下で私塾を開いている学者崩れの教師だった。見ても解るように王としての威厳もなく、当人も最初は渋っていたのだが、頼みを断りきれない性格故か、今こうして王座に居る。
もっとも、内心では早くヤンに代わってもらいたいと望み、ことある事にヤンにその話を持ちかけている。「・・・その前に一つよろしいですか?」
本題に入る前に、セシルは前々から思っていた疑問をラモン王に聞くことにした。
「クリスタルとは、一体・・・?」
そのクリスタルのために、セシルはミシディアを攻め入って、リディアは村と親を失い、ギルバートは国と恋人を失った。もちろんそれを行ったゴルベーザは許すことのできない存在だが、それよりもなおクリスタルと言う物に対して憤りを感じていた。ここまで人を不幸にするクリスタルというのはなんなのだと。
セシルの質問に、ラモン王は立ち上がると王座に戻る。ふうむ、と腕を組んで悩み。「先王ならばあなたに完璧な答えを返すことができたのかもしれませんが・・・残念ながら、私はなにも聞いておりません」
「そうですか・・・」
「しかし、むかし少しだけ調べたことがあります。それによれば・・・セシル殿はバブイルの塔をご存じか?」
「はい。エブラーナにある地の底から天上へと登る塔のことですね」フォールスではバロンと双璧を為す軍事国家エブラーナ。その国のある南西の島には、島の四分の一ほどもある、地の底へと続く巨大な穴がある。その穴の底からまるで植物が生えるように、天に向かって歪な形の塔が立っていた。
話によればすでに滅びた古代文明の遺物だというが、その塔には入り口らしき物はなく、誰も中になにがあるのか、登った先には何があるのか知らない。「その塔に入る鍵がクリスタルだというのですが」
「・・・バブイルの塔の鍵・・・?」
「ええ。もっとも、その塔になにがあるのかまでは文献には載っていませんでしたが・・・・・いやすいませんな、こんなあやふやな情報で」
「いえ、少なくともゴルベーザの目的の一端がわかっただけでも収穫です。ありがとうございました」
「もっと詳しいことならば、ファイブル地方の古代図書館へ赴けばなにか解るかもしれませんが」古代図書館。
この世界のみならず、異界の書まであるという世界最大の図書館。
異界の書の中には、世界法則をねじ曲げる物まで存在するために、その殆どは封じられているというが。
確かに、そこまで行って調べてみたいのは山々だが、そこまでいく余裕がない。セシルはそう考えると、首を横に振って。「いえ、それよりも今はこの国を、ひいてはクリスタルを守ることです」
セシルの言葉に、その場の一同は頷いた───