ホブス山を降りて、ファブールへと向かう。
 一切ファーブル領内の村や町には寄ることをせずに、ただ真っ直ぐ道すらも外れて最短距離でファブールへと向かった。ここファブールの地理に明るいヤンが居たからできたことだ。
 ともかく、無理にでもファーブルを目指したことにより、本来ならば一日はゆうにかかる道のりを、ホブス山の山頂でルビカンテと戦ったその日のうちにファブールの城へと辿りつくことができた。

「あれが・・・ファブールか」

 時刻は深夜。すでに辺りは夜の帳に包まれている。
 月明かりに、その城の影を見つけてバッツはほっとしたように吐息。
 いかに旅なれた彼でも、この強行軍は辛かったようだ。茶髪は土埃と汗で乱雑になり、髪と同じブラウンの瞳を秘めたその目は疲労で半分ほどしか開かれていない。
 そして、それは他の誰も似たようなものだった。

 バッツは後ろを振り返る。
 冷たい夜風に、良い風の吹く土地だ、と思いながら。

「おおい、もうすぐだぞー」

 後続に呼びかける。バッツの二十歩ほど後ろから、セシルたちが歩いてきた。
 セシルは首を動かさず―――もはや余分な体力はカケラも残されていない、隣のギルバートへと呼びかけた。

「・・・だ、そうですよ。王子」
「ありがたいなあ。これでようやく休める―――フライヤは大丈夫?」
「なんとかの」

 互いの状態を確認しあう。
 セシルは自分の後ろでフライヤと並んで歩いているはずのヤンに向かって、

「ヤンは大丈夫か? 怪我は―――」
「心配御無用・・・。これしきのことで根を上げていてはファーブル僧長は務まらん・・・」

 そういいつつも、ヤンは半ば身体を引きずるようにして歩いている。
 フライヤが何度も自分の肩を貸そうと言っても、取り合わなかった。意地である。

 ローザとティナはボコに二人乗り、リディアはブリットと一緒にココに一人と一匹乗りをしている。
 コカトリスの子とボムボムは空を悠然と飛んでいた。
 ちなみに、ローザとリディアはすやすやと眠りこけていて、ティナとブリットが二人を落とさないように気を配っている。

「―――それよりも、セシル。君の方こそ大丈夫かい?」

 ギルバートが隣のセシルに声をかけた。
 だが、セシルはもう物を言う気力も無いのか無言。

 歩いている五人の中で、実は一番旅慣れていないのがセシルとヤンだった。
 バッツは元々父親と旅人として世界各地を歩いていたし、フライヤも故郷のナインツ地方のプリメシアから遠く離れたこのフォールスまで傭兵や護衛などのアルバイトをしながら旅をしてきた。色白で線が細く、一番ひ弱に見えるギルバートさえも、吟遊詩人としてフォールスの各地を旅して回った経験があった。

 それでも軍人、或いは僧兵としての訓練を受けてきたセシルとヤンだ。基礎的な体力は旅慣れた三人よりも上だ。その体力でここまで強行できたのだが、やはり “歩き方” では旅人には叶わない。最初のうちは、セシルとヤンが先を歩いていたのだが、何時の間にかバッツが遥か先を行っている。ギルバートとフライヤは、どうやらセシルとヤンの足に合わせている、という状態だ。

「無理しないほうがいいよ? なんだったらティナかブリットと交代してチョコボで―――」

 ギルバートはセリフを途中で止めた。
 もしかしたら、と思い自分の手をセシルの目の前にかざしてひらひらと動かす。
 瞳が動いていない。うわ、とギルバートは驚いた。

「おい、早くしろー! 置いていくぞー!」

 前のほうでバッツが喚く。

「ちょっと待って! セシルが気を失ってい―――」

 どさり。

 ギルバートのセリフの途中でなにかが倒れる音。
 ついにセシルが倒れたか、と思ったが、セシルは気絶したままなおも歩いている。

「おい、ついに倒れおったぞ」

 声に振り返ると、地面に倒れたヤンを、フライヤが呆れたように眺め降ろしていた。
 ギルバートも少し呆れる。倒れるまで無理をする前に、チョコボに乗ればよかったのにと思う。

「はあ、意地を張るのも限度があるだろうに」
「全くだ」

 ギルバートの呟きに、フライヤは重々しく頷いた―――

 

 

 

 

「ルビカンテが、敗れたか」

 バロン城の一角にあるゴルベーザの私室だ。
 城の外はすでに夜。部屋の中には銀の燭台に立てられた蝋燭に灯る小さな火が一つだけ。
 灯火の一番近しい場所に、男が椅子に座り膝の上に書物を広げている。
 銀髪の青年だ。背中ほどまである長い銀髪を紐で縛ってまとめてある。灯りに対して、膝の上に置かれた書に明かりを受けるようにして、背を向けて座っているためにその表情は見えない。部屋着なのだろう、黒単色の布のシャツとズボンを見に着けている。辺りが薄暗いせいで、銀の髪だけがくっきりと浮かび上がっていた。

 それから小さな灯火では当然部屋の隅々まで照らすことは無い、その灯りの届かない闇との境界線の辺りに金髪の女性が控えている。カイポの村、それからホブス山と、二度セシルの目の前に現れた女性。

「はい・・・正直、驚きました。たかが人間があのルビカンテを打ち破るなど・・・」

 ゴルベーザの声に、バルバリシアは重々しく頷いた。
 それからついでに、と付け加えて。

「スカルミリョーネもセシル=ハーヴィに斬られました」
「滅びたわけではあるまい?」
「はい。風を飛ばしてみたところ、 “ファブールにて待つ” と伝言が」
「ふむ・・・そうだな。次の戦ではヤツの力を借りることになるかもしれん」

 クックック・・・と不意にゴルベーザは低く声を立てて笑う。

「しかし・・・そうか、ルビカンテが退いたか。中々あの男もやるようだ」
「ゴルベーザ様・・・?」

 バルバリシアが怪訝そうに眉をひそめて、主の名を呼ぶ。
 ゴルベーザは己の配下に顔を向け、どうした? と応用に言葉を返した。

「いえ・・・その―――」
「なんだ。言ってみろ」
「私の気のせいかもしれませんが―――ルビカンテが敗れたのが、どこか愉快そうに見えたもので―――」
「それは気のせいではないな」

 クック、とゴルベーザは尚も笑う。

「愉快だ。・・・あの男がそこまで―――いや、流石、とも言えるのか・・・?」
「ゴルベーザ様!」

 唐突に。
 ゴルベーザの部屋をノックも無しに盛大に音を立てて開き、ベイガンが飛び込んできた。
 部屋の主は片眉を上げて、ベイガンに向かって嗜めるような口調で、

「騒がしいぞ、ベイガン」
「はっ。はは―――無礼をお許しください、ゴルベーザ様! しかし朗報を一刻も早くお知らせしたくて」
「朗報?」

 見ればベイガンの顔は、薄暗い明かりに照らされても解るほどに紅潮していた。

「はいっ。たった今、飛空挺の修理が終わりました! いつでも出撃可能です!」
「ほう・・・早かったな」
「はっ。飛空挺技師たちを叱咤し、ゴルベーザ様の為に修理を急がせ―――」
「ルゲイエとか言ったか。・・・なかなか使えるようだ」
「う・・・」

 ゴルベーザが、三日前に突然現れたイカれた自称天才科学者とやらの名前を出した瞬間、ベイガンは思いっきり渋い顔をした。

「い、いえゴルベーザ様。確かにあのルゲイエという男、なかなか知識はあるようですが性格が―――」
「性格がどうあろうと、使えるのなら使うべきだと思わぬか、ベイガン?」
「は、はーっ。それは、ゴルベーザ様の仰るとおりですが―――」
「ならば部屋を与えてやれ。必要というのなら、道具や機材もだ。飛空挺はこの先もまだ必要なものだからな、それを扱えるシドの代わりができて丁度良い」
「・・・ぎょ、御意に」

 ベイガンは釈然としないようだったが、それでもそれ以上不服は口にせずに、部屋を辞した。
 最後まで、部屋にいたバルバリシアには気づくことも無く。

「さて・・・ルビカンテが敗れたのは誤算ではあるが、ファブールでもう一度まみえることができるというのも、考えようによっては面白いことかも知れんな。クックック・・・」

 笑いながら、彼は読みかけの戦術書を閉じると、椅子から立ち上がると明かりを振り返った。
 その明かりに照らされたその顔は、セシルの面影とどこか似ていた―――

 


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