2、戦の痕(きずあと)
「みんな起きるのだ。時間がもったいないのだ」
「ちっ、井宿、おんどれ……もとはといえば、お前の太一君アップが原因やろが」
「すまなかったのだ。あんまり騒がしかったので、つい……。いいかげん、みんな慣れないのだ?」
「何ぬかす!いつやったか、“炎の中から砂かけババァアップ”あったとき、お前かてしっかり気絶しとったやないか」
「だーーー。昔のことなのだ〜……」
「……こら」
「ところで井宿さん、今何時ですか?」
「……もうすぐ昼なのだ」
「でぇーーーーーー!!?」
翼宿らにたたき起こされた他のみんなも、時刻を聞き、同じような反応をとった。
ただひとつ違ったのは、お昼と聞き、驚くより先に鳴った美朱のお腹だった。
「まぁ、過ぎてしまったものは仕方ない。とにかく、一番近い町へいって食をとろうではないか」
星宿の意見にいち早く反応した人間は……言うまでもないだろう。
淳天というにぎやかな町に着き、早速適当な店を探す。
「はじめて来る町だね。おいしそうなお店ないかなぁ〜」
「美朱、あんた店を食べるみたいな言い方してぇ。はしたないわね」
「だってぇ〜。お腹空いてるんだもん。早く何か食べないと、お腹と背中がくっついちゃうよぉ」
「はいはい」
と、そのとき、星宿が叫んだ。
「柳宿!ぶつか……」
「はい?」
ドカッ
「……遅かったか」
柳宿はびたんとしりもちをつき、きっと目の前をにらんだ。
「ちょっとぉ、どこみて歩いてんのよ!」
「いったぁ!そっちこそ前方不注意やないの。この服の土どないしてくれんの?」
あれ?この声……!?
ぶつかったふたりは、同じことを思ってばっと相手の顔をみた。
「たっ……珠玉!?」
「康琳!?」
「え?知り合い?柳宿」
美朱が柳宿を助け起こしながら、柳宿と珠玉の顔を交互に見た。
「そうよ。珠玉ー!ひさしぶり。あいかわらずねぇ」
「康琳かて、なんやしばらく見ないうちにえらく、女に磨きがかかったやないの。
でも、髪切ったんは残念やわぁ。珠玉スペシャルもうできへんやないの」
「何言ってんのよ。要は中身よ、な・か・み」
「そうそう。ようわかっとる。やっぱ、うちの見込んだ大親友だけある」
呆然とする一同の前で、久々の再開を果たした柳宿と珠玉は、
手を合わせてきゃはきゃは飛び跳ねた。
その中でひとり翼宿が珠玉を見て、わざとらしく張宿の横に姿勢をおとすと、
ぼそりと呟いた。
「なぁ、あれ、軫宿の女装とどっちが上か見たないか?」
「……」
「ん?何か言ったか」
「あ、あー……。別に。なんでもあらへん」
「……そうか?」
軫宿は小首を傾げるが、それ以上は聞かなかった。
「柳宿、……その人は?」
星宿がややひいて尋ねると、反応したのは珠玉だった。
「ぬりこ……?」
「あぁ、そうね。紹介が遅れたわ。あたしの親友の珠玉よ。
珠玉、こちら朱雀のくいしんぼ巫女様と朱雀七星士の仲間……と猫のタマ」
「康琳、あんた……」
柳宿は笑顔で言う。
「みんな、あたしの大切な人よ。あたしは……柳宿になったの」
珠玉もにっと笑顔になる。
「……康琳、立ち話もなんやから、今からうちにおいでな。話したいこと山の如しや」
「いいの?でもあんた、そういえばなんでこんなとこにいんのよ?天文は?」
それを聞くと、珠玉はよりいっそう嬉しそうに顔をほころばせ、ばちっとウィンク。
「来ればわかるさかい。お昼まだやったらご馳走するよって。な?」
「みんな!行きましょう!!」
言ったのは、朱雀のくいしんぼ巫女様だった。
「はい。まだまだあるさかい、遠慮せんで食べてなぁ」
「ごめん。この子、遠慮ってもん知らないのよ」
「みみみ……水、水!!」
「あほ。んなにいっきにかっこむからや」
翼宿がすかさず水の入ったコップを差し出す。
「結構なことですよ。さぁ、もっと食べていって下さい。朱雀の巫女に、
こんなに喜んでもらえるなんて光栄です」
「天文……」
「あんたら、さっきからそればっかやけど、ここにはまだごっつぅどえらいお方がおんねんで?
なんとこの星宿様は……ぐががっ」
「いいのよ。余計なこと言わなくて。ね?星宿サマ」
彩賁帝崩御の報せは、二年前の戦乱の最中紅南国、倶東国をはじめ世界に知れ渡った。
今となっては周知の事実。言ったところで、説明が長くなるのは必至だった。
「そうだ。翼宿、なにも私に華を持たせずとも、私はそこにいるだけで既に華なのだよ」
「んなつもりで言ったんやあらへん」
確か天文はともかく、珠玉は彩賁帝が星宿であることを知っていたのでは……。
しかし、彼(彼女)はなぜかただ、黙ってそれを見ていた。
「はぁ……。にしても、驚いたわ。まさか、あんたたちが一緒んなって戦争遺児たちの面倒みてたなんて」
だだっ広い家に、18人の子供たちが彼らと住んでいた。
誰もが戦火で両親を失い、路頭に迷っていたところを珠玉や天文に拾われた孤児で、まるで彼らを親のように慕い
(別にどちらがというわけでもなく)、今も笑顔いっぱいで珍しいお客さまに群がっていた。
「倶東国とのあの戦争も、昔のことになりつつあるといっても、この子達の中の痕(きずあと)は消えないのだ」
そのキツネ面で一気に子供たちの人気を集め、もみくちゃにされていた井宿がぼそりと呟いた。
珠玉がそれに答える。
「せやから、うちらこの子達に誓ったんよ。親……にはなれんけど、寂しい思いだけはさせんて」
「……そうです。死んだ者はもう戻ってはきません。それがたとえ、いかに必要でいかに大事な人であっても、
一度失えば……もう戻ってはこないんです。誰かがその人の代わりになることなんてあり得ない。
その人はその人で、失った人とはまた違った大事な人として、そこにいるのだから。
でも、代わりにはなれなくても、寂しさを一緒に受け止め慰めることは、誰が誰に対してもできることです。
僕は、この子達の寂しさ、悲しみを受け止めて、この子達を勇気付けてやりたい。かつて珠玉がそうしてくれたようにね」
「天文……」
きっと、この孤児たちを引き取ろうと言いだしたのは彼なのだろう。
白蓮の姿がまぶたの裏に浮かぶ。
白蓮……、あんたのお兄さんは立派に生きてるわよ。
「うっ、うわあぁぁぁんっ!」
「どわっ!なんやこのガキ、急に泣きだしよってからに」
「おかしいですね。典天は滅多なことでは泣かないんですが」
「わあぁぁんっ、このお兄ちゃん顔怖いー!!」
「んなっ……!?」
固まった翼宿の横で、数人の子供たちと遊んでやっていた魏が、それを見てどっと笑い出した。
「あははは……!お前、また言われたなぁ!ははは……ぷくくっ」
「はいはい。怖いお兄ちゃんのそばに寄ったら危ないのだ。オイラが手品披露するから、みんなこっちくるといいのだ」
「ひっく……。手品?はぁい!」
とてとて典天をはじめとする子供たちが、全員井宿のほうへいった直後、魏が炎に包まれたのは言うまでもない。
「やれやれ……」
まったく騒がしいったら……。
と、柳宿は湯のみのお茶を注ぎに台所へ行こうと席をたった。
「康琳、康琳っ……」
「?」
台所から手招きしている珠玉を見て、首を傾げるが、珠玉が次つぎに台所の勝手口を示したので、
言いたいことがわかった。
外で静かにふたりでお話しましょ!と言っているのだ。
「はぁ。助かったわ……驚いたでしょ?あれがこの国を守りとおした巫女と七星士なんてさ」
「いいやないの。あんた、あの中にいるときとっても幸せそうやもの」
「そ……、そうかしらぁ?」
「……」
「……」
……会話が途切れた。
実は柳宿は、珠玉にこのあと何を訊かれるか、おおかた予想がついていた。
わかっていただけに、その質問はあまりされたくないとも思った。
結果、声がでない。
だから珠玉が息を吸ったとき、柳宿は思わずビクッと肩を上下させてしまった。
「皇帝様……、きれいな人やな」
「!?」
訊かれたくなかった。
それは、自分の……死。
星宿のことを詳しく話せば、必然的に他の七星士のことも知るだろう。
七星士のうち4つの星があの戦で散っていったことを、知らない人のほうが少ない。
しかし、誰がどのようにということまでは、死んだ4つのうちひとつが星宿であること以外は、
知ろうとしなければそれまでだ。
だが、相手は珠玉。
知っているのかもしれない。でも、もしかしたら知らないのかもしれない。
自分の口でそれを告げるのか。
あたしはもう、この世にいないのだと。
「……」
柳宿は考えた。
でも、もし本当に知らないのだとしたら、いずれはきっと知るのだとしたら、そのときの珠玉の気持ちを考えたら、
今、あたしの口から真実を言ってしまったほうが、いいのではないか。
自分でそうと知ったとき、傷つくかもしれないと思うと、柳宿の口から言葉がでた。
「たっ、珠玉!あ、あたし実はもう死……」
「ストップ」
「?」
「言いたくないことは、言わんでええよ。あんたは今、……ここにいて、こうしてる。笑っとるやないの。
安心……したわ。朱雀の仲間、みんなええ人たちやないの」
「珠玉……」
「康琳、今幸せ……なんやろ?あのときと少し顔違うから、きっとあの人たちがあんたに幸せくれたんやな。
妹さんも、白蓮もきっと喜んでると思う」
「……」
涙が出そうになった。
嬉しかったのだ。
「ありがとう。……珠玉、全部知って……?」
珠玉は頷いた。
「二年前に、呂候いう人が連絡よこしてくれたんよ。“康琳・・・柳娟は七星士としての天命を全うしました”て。
使いが言うには、呂康さんも半信半疑やて。せやからうちも信じられんて、天文には全く言ってないんよ」
「兄貴には会ってきたわ。……あたしみたいだった。亡き者の影にすがって、……見てるほうは、ほんとやるせないわね
康琳もあたし見てて、そう思ったかしら」
「さぁねぇ。でも、やるせない反面、ほんとは嬉かったんとちゃう?あんた」
「へ?」
「そんなに自分のこと、呂候さんが愛してくれてたってわかって、嬉しかったって顔しとるよ」
「……まったく、珠玉には敵わないわ」
「きっと、あんたのふたりの妹もそう思ってる」
「……そうね」
と、そのとき、ばっと珠玉が柳宿に向かって倒れこんできたではないか。
「ちょ、ちょっと、珠玉。どうしたのよ?」
「……温かいなぁ。康琳の体はあのときからちっとも変わってへん。ずっと、あったかいまんまや」
「……あぁ、この体は借り物なのよ」
「ちゃうちゃう。うちが言うてんのは、心。魂のことや」
「……」
「魂は永遠に生き続ける。たとえ生まれ変わっても、ずっとその心の温もりは続いていくんや」
その言葉に、柳宿の中で何かが動いた。
魂……。
そう、魂は永遠に……ずっと。たとえ生まれ変わっても……。同じ。
生き続ける。
太一君に言われたことがあった。それに自分でもどこかでそれを自覚していた。
そう思ったとたん、ぱっと顔が紅潮した。
「ねぇ、珠玉!あたし、やっと生まれ変われるようになったのよ。それでね、今度こそあたし……
ちゃんとした女の子に生まれてくるわ!ゼッタイ!」
目が点になった珠玉が顔を上げる。
「そ……う。せや……、せやな。あんた生まれ変わって、正真正銘の女になるんや!」
「そうよ!そしたらね、あたし今度こそ、同じように生まれ変わった星宿様にアタックすんの。
今度はれっきとした女の子なんだから、大丈夫。ふたりを邪魔するものなんてなにもないわ!」
「そうじゃないのぉ!あんた、今のままで充分女らしいんやから、生まれ変わったらきっと絶世の美女になるわ
……まぁ、所詮うちには敵わんやろうけどな」
「あらぁ、わからないわよぉ?」
笑顔で会話するうち、笑い声が漏れて止まらなくなった。
あはははは……。
よかった……。本当に。
珠玉に、天文に、白蓮……あんたに逢えてよかった。
「……よかったのだ」
「そうね」
家の窓に所狭しと並んだいくつかの顔が、ほぅっと安堵の表情を浮かべる。
そうなのだ。
彼らは、せわしく子供の世話をやいて働く珠玉の仕事を、さりげなく引き受けるようにもってきて、
わざとふたりで語り合える時間を作ってやったのだ。
「どや?俺の名演技!」
「演技というより、翼宿のはほとんど地だったんじゃないの?」
「演技で魏を燃やしたのか、翼宿」
「いや……、星宿様。あれはわざとやねん」
ぼきっ
「ほぉ〜?なるほどねぇ」
「たっ、魏さん、落ち着いてください!」
指を鳴らした魏を張宿が制止する。
「さがれ張宿、もぅ俺はこいつだけは許さん!!」
「お?やるか、たま!?もう一度燃えカスんなりたいんか?」
「っ野郎!!」
「来いや!!」
「……はいはい、君たちは非難しようねー。ここは危ないよ」
「チチリのお兄ちゃんが、もう一度手品見せてあげるのだー」
美朱と井宿が子供たちを非難させた直後、
ごんっ! ごんっ!
「がっ!?」
「いだっ!?」
「っとに、うっさいわよ!ガキふたり!!」
窓越しの柳宿の鉄拳で、喧嘩は終了したのだった。
続く
小説『雪夜叉伝』より、珠玉と天文の登場です。
性格が……あまりつかめてないんですね。とくに天文のほう。
……はい、素直に謝ります。ごめんなさい。
でも、このふたりはどうしても書きたかった。
いくつかふし遊の話を書いてて、思ったことがひとつ。
柳宿と翼宿にはほんとに助けられてる!
次回は井宿に視点をおいてみる予定。懐かしのあのふたりが……。