1、荒療治
紅南国、格州泰斗市のとある池。
朝も早くからピクニック気分の美朱と柳宿が、大きな朝食の入ったお弁当を、少なくとも10人分は持ち、
迎えにいった井宿とともに、他の男性陣のが待つ池のほとりに降り立った。
「はぁ〜い。おまたせぇ」
「おぉ、待ってました!」
「もぉ〜、遅いわ!どこまでいっとったん?」
早速、ぐぅと鳴るお腹をおさえた魏と翼宿がどやっと群がった。
「近くの町の宿で調理場借してもらって、作ってたんだけどね……」
「この子がぐずなのよ。まったく、相変わらずパオズひとつ作れないんだから。結局、あたしひとりで10人分作るハメになったのよ」
美朱が「えへっ、ごめん!」っと、その怪力で10人分の弁当をかつぐ柳宿に手をあわせる。
このとき、『よかった、美朱の料理は入ってないんだ』と、男性陣はほぼ同時に胸を撫で下ろした。
「なぁ、なんで10人分も弁当作らなあかんかったんや?俺ら、8人やぞ?」
「美朱がいるでしょ?」
「あぁ……」
ひとりで、3人前はいけるくちの“くいしん坊巫女”は、早くも草原の上に腰掛け、腹を鳴らした。
「あれだけ食べても、まだ美朱ちゃんのお腹は空いてるのだね……」
「井宿、あれだけってなんや?」
「オイラが迎えにいったとき、美朱ちゃん、お鍋の煮物味見して全部食べて柳宿に怒られてたのだ」
「……」
翼宿はふいに視線を魏のほうに向けた。彼は、今のを聞き、頭をかかえていた。
たま、お前きっとこの先ずうっとビンボーのままやな……。ま、せいぜい気張ったり。
『いただきましたー!!』
「はい。お粗末さま」
「いや、柳宿がこんなに料理上手だったとは」
「まぁ、星宿様ったら。お口にあいましてなによりですわ!」
「そっかぁ。星宿は北甲国いくとき、船にいなかったから。柳宿って料理うまいよね、意外と」
オカマだけど。
「……女のくせに料理作れないあんたに、言われたかないわよ!」
「あ、思ってたことわかっちゃった?」
「翼宿だったら、殴ってるとこよ」
「あ?なんでや。差別〜!オカマが俺のこと差別しよるぅ!」
「てい!」
ドゴッ バシンッ!(木にぶつかった)
「わびゃっ!?」
「……言わなきゃいいのに」
「まぁまぁ。なぁ、腹ごなしに水浴びでもしようぜ?」
魏の発言に張宿が答える。
「いいですね。この池は泳いでも問題ありませんし、きょうは暑くなりそうですから」
「だろ?」
「だが、食べてすぐに泳ぐと気持ち悪くなるぞ?」
軫宿が、子供の張宿以上にはしゃぐ魏にくぎをさすが、「大丈夫だって」と言い、彼は、
「どうだ?」
と、皆に賛同を求めた。
『賛成ー!!』
「むぅーーーー……」
「翼宿、狼じゃなくて、それじゃ牛なのだ」
「じゃかまし!三頭身で言うなや。くそー、皆して俺のこと無視しおってからに」
たいして大きくない池の対岸で、翼宿と井宿以外のみんなが軽装になり、
少し渋っていた軫宿までもが一緒になって泳いでいた。
「しかたないのだ。翼宿が泳げないこと皆知ってるのだ。……オイラは、静かに釣りができればそれでいいのだ」
「そんなん、釣れたかてすぐ放すもん、どこが楽しいんじゃ!」
「……翼宿にはたぶん、わからないのだ」
「あーもう。皆して俺のこといぢめよる!」
対岸では楽しそうに、美朱をかこんで皆が笑っているというのに、自分はこっちでそれを眺めているだけ。
井宿はそんな彼らの様子を眺めていれば、それだけで幸せなのだろうが、性分上翼宿は、
それに入りたくてしょうがない。
しかし、今あの中にのこのこ入っていけば、水ん中に突っ込まれてここぞとばかりに、
魏と柳宿に遊ばれるのは目に見えていた。
「……むーーーー……」
といっても、ここにいても退屈でしょうがない。
翼宿は再び牛になった。
あいかわらず井宿は標準体型に戻っても、黙って釣りのまねごとしているし、
もともと彼と翼宿では求める安らぎの世界がまるで正反対なのだ。
落ち着かん……っ。
そのとき、翼宿は井宿を見てはっとしたあと、にっと不敵な笑みを浮かべた。
えぇ位置にすわっとるやないか!
井宿がいたのは、池のまわりで唯一池の真ん中あたりまで、土のせりだした小高い場所。
それは、釣りをするのには最適の場所に違いないが、同時にそこは翼宿の思うところでも、
絶好の場所だった。
「……♪」
そんな翼宿のたくらみも知らず、井宿は自分が最も落ち着くスポットに身をおいていた。
みとれよぉ〜。
翼宿は腕まくりをし、音も無く立ち上がると、そっと歩き出した。
一歩一歩、静かに井宿のもとに足をすすめていき、途中何度か危うい場面にでくわしたが、
無事見つかることなく彼のすぐ背後までのぼりつめた、そのとき!
「落ちろやぁーーーー!!」
「あ、釣れたのだー!」
ひょいっ
「……へっ!?」
まさに紙一重!
練習に練習を重ねたコントのようなできごとが、池の上で展開された。
井宿を池に突き落とそうとした翼宿は、タイミングよく釣れた一匹の魚によってみごとにかわされ、逆に、
「どおぉぉぉぉぉ……!!!」
奈落の底に落とされたのは、翼宿のほうだった……。
「翼宿!」
「魏!?」
「んもぅ、なにやってんのよ!」
魏と柳宿が池に飛び込む。
その次の瞬間、ドッパアァァァァン!と高い水しぶきを上げて、翼宿が水にたたきつけられる音。
「おっ、俺は泳げんのじゃー!」
「まってろ!翼宿」
魏が必死の形相で泳いできて、ばっと翼宿の袖をつかんだ。
だが、
「あっあかん!鉄扇が重っ……」
「うわっ!?」
危うく魏までもが溺れかけたそのとき、ぐぃっと柳宿の手がのびた。
「あんたまで溺れてどうすんのよ!」
「たっ、助かった……」
「サンキュ、柳宿」
「……あんたらね。ここ、あたしでさえぎりぎり足つくのよ?」
「あはは……」
決まり悪そうに笑ったのは、魏だけだった。
「こらぁー!ちちりー!!今のぜったいわざとやろー!?」
「だっ」
「だっ、やないで!タイミングよく三頭身なりくさって、おかげでおっこったやないか!」
ガスッ
「いだぁっ!?」
「っとに、うっさいわね。一部始終みてたけどね、あれって全くもってあんたが悪いんじゃない」
「なんやと?もとはといえば、おのれらが俺をのけ者に……」
翼宿ははっと口をふさいだ。
柳宿の眼がにやぁっとすわる。
「なぁに?あんた仲間に入れてほしかったわけ?たすきちゃんたら、かっわいいん!」
「だぁ〜!!きしょい声だすなや!アホ!オカマ!」
ピキッ……
「おいっ、翼宿……」
いかに照れ隠しとはいえ、言いすぎたことに魏が心配そうな声を出す。
「た・す・ちゃぁん?」
「な……なんや?」
「鉄扇と上着重いでしょう?あたしがもってあげるわ。早く、岸までいきましょ?」
「お……おぅ」
柳宿はさわやかな笑顔で翼宿の上着を脱がすと、鉄扇ごとまとめてかかえ、ふっと魏のほうを見て言った。
「魏、……いくわよ」
「……へ?」
言うなり、魏を翼宿からべりっとひきはがして、岸へ向けて泳ぎだしたではないか。
「お……い?……おわっ!!」
バシャンッ
「がぼがぼがぼぼぼぼぼ……!!ぬ゛っ……ぬ゛り゛ごぉ……!」
「おい、いいのか?」
「いいのよ。あの子のいるところの下見た?あそこだけ岩の上で特別浅いのよ。そのうち気付くわ」
「がぼぼぼぼぼぼ……。?……っら?浅い……やんけ」
「……ほらね」
といっても、やつは泳げないから、あそこから動けないのでは……。と、魏は思いつつも、
みんなのまつ岸にたどりつき、あがることはせずに翼宿のほうを振り返った。
「こらぁー!ぬりこー!!鉄扇かえさんかい!!こんなしょぼい池、烈火神焔で蒸発さしたる!」
「はいはい。うるさいわよー。しばらくそこで日ごろの行いを反省しなさい。悔しかったら、泳いできてもいいのよー?」
そちは見ずに答えた柳宿は、しばらくして対峙していたみんなの翼宿を見る視線が、
変化したのに気付いた。
「なに?どうかし……」
「柳宿さん、翼宿さんがこっちにきます」
「……は?」
柳宿が張宿の言葉で泳いできたほうを振り返る。
「ぬ゛り゛ごーーー!だま゛ぁーーー!おのれらぁ!!」
バシャバシャ!!バシャッ!!
「あらぁ……?」
「……俺もかよ」
柳宿と魏の顔が引きつった。
翼宿がものすごい形相&動きで、こちらへ猛スピードでやってくるではないか。
「翼宿、泳げたのか!?」
「というより、あれは四肢をばたつかせているだけのようだが」
「でも、進んでますよ。確かに」
軫宿と星宿と張宿が、草の上であ然と会話した。
そうこうしているうちに、翼宿は一直線に柳宿の前まで泳ぎきってしまった。
「ぬーりーこー!」
「や、やぁね。たすきちゃん、そんなによろこんじゃってぇ」
「怒ってんねやーーーー!!」
「あ、でも、泳げてよかったじゃないの」
「んなこたぁ、どうでもえぇ!さっさとその鉄扇かえせや!」
バシッ!
その迫力にさすがの柳宿もおされ、難なく気の抜けていた柳宿の手から、
翼宿は鉄扇を取り戻した。
じっと、相棒をにらむ。
「あらやだ、何する気?」
「……んなん決まっとる」
そう言うと、翼宿は鉄扇をおおきくふりかざし……
「烈火神焔!!」
ごおおおおおぉぉぉぉぉ……!!!
「きゃあ!魏!?」
美朱が悲鳴を上げる。
ぷすぷす……ぷす……。
「て……てめぇ〜はぁ〜!」
「たま、すまん。池燃やしたろ思って……」
「……わざとなんだろ」
「うん」
そのとき、ぴきっという音のあと、魏の額に鬼の字がでたとかでないとか……。
「結局のところ、翼宿さんって、本当にカナヅチなんでしょうか?」
「……張宿、お前それ本人に訊くんか?」
「あ、いえ。だって、みなさん……気絶してますもの」
そうなのだ。その後一同はわぁーぎゃー騒ぎまくったあげく、怒った井宿お得意の、
“太一君のアップなのだー”で、一気に玉砕されたのだった。
回復の早かったふたりも、まだ体を引きずっている。
「まさか覚えてないんですか?」
「あぁ〜……。無我夢中やったさかい……な、ほんまに俺泳いどったんか?」
結論。翼宿のカナヅチは、頭に血が上ったときだけ治るのだ。
そういえば、太極山から飛ばされたとき、溺れた美朱を翼宿さんが助けたって……。
「無我夢中だったんじゃなくて、ただ単に泳げないこと忘れてただけだろ?」
「なんやと、たま。おのれ、もっぺん燃やされたいんか!」
「あの、えぇ……と。ということは、興奮したときじゃなくて、忘れたとき泳げる……んでしたら、
本当は泳げる……ということで、……あれ?」
続く
すみません。大阪弁が・・・わかんない(泣)
翼宿もいぢめてましたね、柳宿が。私が書くとなぜが柳宿がいぢわるに・・・。
しかも、やけに柳宿のセリフが多いと感じるのは、気のせいではないと思います、多分。
主要キャラ翼宿なのにぃ。いや、単に書きやすいんですね柳宿は。
ずいぶん前から考えてたんです。翼宿はほんとは泳げるんじゃないかと!美朱を助けたときは驚きました。
魏のいるべき位置に翼宿がいる!と。いえ!翼宿も男なのです。かっこええのです!
やるときゃ、やる。それが男ってもんです!
これが言いたくて書いた・・・というのは、半分冗談です(汗)
ながなが読んでいただきありがとうございます。引き続き2のほうも(これを読んであなたが生きていられたならば)どうぞ(汗)