「おい、肝試ししようぜ」
誰だったろう。そんなことを言ったのは……。
“肝試し”
それは子供にとってこの上なく好奇心をそそる言葉なのかもしれない。
男女問わず、子供の好奇心をくすぐるその言葉が、……楽しく世界を知り、学習していこうとする子供特有のその力が、
まさか、あんなことを招くことになろうとは……。
井宿は釣りをしながら、感傷に浸っていた。
水面の向こうに浮かぶのは、あの日の三人の姿……。
今さっき、美朱に自分の過去を明かしたばかりだ。
傷を開くのは少し辛かった……。でも、それ以上に、思いつめた元気の無いあの娘(こ)を見ているのも、辛かったから。
まるで、十八のときの自分と、似たような位置関係になってしまったあの三人の青少年たちに、
それこそ自分のようになって欲しくなくて、告げたこと。
今は理解できなくても、あの娘……美朱ちゃんなら、いつかきっと気付いてくれるはずだ。
美朱ちゃんに話したことで、もうひとつ……古い記憶が甦ってきた。
あれはまだ十の頃……。純粋で無邪気な頃に起こった大事件。
でも……。ま。
井宿はそっと空を見上げ、そこにいるふたりの面影を追った。
今となってはいい思い出なのだ……。
「飛皋!香蘭!」
息を切らして走ってきたのは芳准だ。
村全体が見下ろせる丘陵の原っぱの上で、並んで座っていた飛皋と香蘭は声のした後ろのほうを振り向く。
「芳准!」
と、そのとき、
ガツッ!
「わっ……!?」
急ぎすぎてつまずいてしまった芳准は、そのままふたりのいるほうへダイブ。
「うわぁ!?」
「きゃ!?」
香蘭にぶつかるのを避けるため、芳准は空中でくいっと体をひねらせて、勢い良くバフッと飛皋にタックルをした。
「……って 」
「……ったぁ。芳准、お前今わざわざ俺を選んでぶつかってきただろ!?」
「あ、バレたのだ?」
横でくつくつ香蘭が笑う。
草の上で、折り重なるように倒れていたふたりも、顔を見合わせて笑った。
後ろの丘の上の桃並木がやさしく見守る中、三人の子供の明るい笑い声が響く。
「芳准、どうしたの?そんなに急いでだりして」
体中にくっついた草をはらっていたふたりが、顔を見合わせる。
「そうだ。何かあったのか?お前、きょうも妹とふたりで留守番のはずだろ?ひとり残したりして来て大丈夫なのか?」
「大丈夫。ついさっき、ふたりとも都から帰ってきたのだ」
「早かったのね。あと二日は無理かと思っていたけど、嬉しいわ。これでまた、三人で遊べるもの」
「そうなのだ!」
「いいから早く用件を言えって」
飛皋が、嬉しそうに飛び跳ねた芳准を見てややぶすっとした顔になる。
芳准は思い出したように、手を打った。
「そうだったのだ。ふたりとも、早くこっちに来るのだ!面白いものがあるらしいのだ」
「はぁ??」
「ふたりを探している途中、蓮袁たちに呼び止められて、この丘の反対側で、きのう何か見つけたとか言ってたのだ。
村の子供みんなに声かけてたのだ」
「子供みんなに?……何かしら」
「気になるのだ。行ってみるのだ!
「あ、おい!こらっ、芳准。香蘭だけかっさらってくな。俺も連れてけ」
「あはは……!早く来ないとおいてくのだ〜」
「芳准!」
しかし、飛皋の顔は怒っているのに笑っていた。
香蘭も、そんなふたりのやりとりが面白くて、また笑う。
……ここまでは、幸せな過去の一頁にすぎなかった。
そう……。ここまでは。
このあとこの三人が、とんでもない災害に巻き込まれることになるなんて、このとき誰一人として知る者はいなかった。
「……すごい!」
「よくこんなの見つけたのだ……!」
飛皋と芳准は、あるものの前で思わず感嘆の声を漏らした。
無理もない。そこにいた十数人の子供の誰もが、彼らと同じようにして「はぁ〜!」と蒸気を帯びた息を吐く。
ただひとり、得意そうな顔になっているのは、きのうそれを発見したという少年だ。
「すごいだろ!?こんなの大人もきっと知らないぜ」
鼻高々に、その“あるもの”を指差す。
それは、洞窟だった。
高い崖の断面のふもとにぽっかり開いた穴。
その高さは大人ひとり分で、幅も結構あった。
岩と背の高い草に囲まれるようにして、しかし、確かにそこには未知の世界が覗いていた。
これは大発見だ!
少なくとも今ここにいる誰一人とて、大人から丘の向こうの林の中にこんな洞窟があるという話など、聞いたことがなかった。
少年が言うには、迷って林の奥まで入り込んでしまったとき、偶然に発見したもので、入ってみると意外と中は広く、
奥ゆきのある穴らしい。
彼はまだ一番奥まで行ったことはないそうだが、なにやら道が複雑に枝分かれしていて、とても行くだけの勇気はなかったそうだ。
「そのかわり」と、少年はきりだす。
「一番初め、Y字に枝分かれするその手前に、ヘンな台みたいに真四角の大きめの岩があったんだ。
……なんか書いてあったけど、よく読めなかった」
「ふぅん……。ねぇ、みんな。いいアイデアがあるんだけど……」
みんなと同じようにして、少年の話をきいていたひとりの男の子が言った。
全員の視線が彼に移る。
芳准たちもそっちを見た。
“肝試し……しようよ”
一度散ってから、松明の枝を片手に再び集まった子供の数は減っていた。
しかし、その中には確かに三人の姿があった。
「……ねぇ、やっぱりやめましょう?……怖いわ」
「大丈夫なのだ、香蘭。オイラと飛皋がついているのだ」
「そうだ。こんなのたいしたこっちゃない。おばけが出るわけでも、まして夜ってわけでもない真昼間なんだからさ」
ルールは簡単。
Y字の手前にあるという石の台の上に、この行事の提案者である男の子がまずひとりで行って、玉をいくつか台の上に置いてきた。
残りのみんなが二人一組になって、子供の足で片道五分のその道を松明片手に進み、無事その玉をひとつ取って戻ってくるというもの。
公平なくじの結果、飛皋と香蘭のペアが決まり、芳准は残念ながら(?)来ていたほかの子と組になった。
「オイラ、できれば三人一組がよかったのだ……」
「仕方ないさ。来ているのは、たった八人なんだから」
飛皋が、ふてくされる芳准をなだめる。
くじの先番は芳准の組だった。ペアになった子は隣家の少年で、芳准よりはふたつ年上だった。
はじめということで、多少緊張はしたものの、十分後、特に問題もなくふたりは帰ってきた。
少年は物足りなさそうな顔だったが、芳准は取ってきた玉をどうやら貰えたらしく、ほくほく顔で戻ってきた。
無論、ふたりは後に控えたみんなから感想を求められるが、……特に言うこともなかったので、
次に行く組の背中を押したやっただけだった。
「なぁ……、つまんなかったのか?」
「別に。オイラ、実ははじめから玉狙いだったから、たいして周り見てなかったのだ。暗かったけど、
松明が要るほどじゃなかったのだ」
「はぁ……。お前って、意外と抜け目ないのな。その玉、どうするんだ?」
「前に欲しいって言ってたのだ。だから、帰ったら妹にあげるのだ」
「いいわね〜、妹がいるって。うらやましいなぁ」
「そっか。ふたりともひとりっこだったのだ」
「俺は弟が欲しかったよ」
「今からでも遅くないのだ。……それとも、オイラが飛皋の弟になってもいいのだ!」
「バカ言え!お前みたいに『のだのだ』うるさいのが弟でたまるか」
「照れなくてもいいのだ〜」
「照れとらんわ!」
そんな会話の中、芳准は大事そうに玉に持っていた紐を通すと、首からさげた。
「あ、帰ってきたのだ」
「次は……私たちの番ね」
前の組が帰ってきて、香蘭は不安な表情になる。
「大丈夫だって。香蘭。俺がついてるから」
「そうなのだ。たいして怖くなかったのだ。大丈夫なのだ」
飛皋と芳准がそろって彼女を勇気付ける。
……本当にしとやかで、おっとりしてて、ふたりはそんな香蘭が好きだった。
最も、このときはまだ愛情の類ではなく、純粋にそんな彼女が可愛いと思ったのだ。
「でも……」
怖がりな香蘭は尚もためらう。
「……」
そんな彼女を見ていて、このときふたりは少し後悔した。
半ば、怖がる彼女を無理矢理連れてきたようにも思える。
なんだか、自分たちが香蘭をいじめている気さえしてきた。
「香蘭?……行きたくなかったらそれでもいいのだ」
「え……、でも」
「……そうだな。俺たちが半ば無理矢理連れてきたわけだし」
「……そんなことないわ」
「香蘭?」
香蘭は、心を決めた。
しかし、このとき彼女はこの発言が、この先自分たちが後悔するきっかけになるとは、思ってもみなかった。
「いいわ。行きましょう!飛皋」
「あ……あぁ!」
「いってらっしゃいなのだー!」
右手で松明を持ち、左手は不安でたまらない香蘭と繋いでやっているため、手を振ることができない飛皋の代わりに、
香蘭が残った手で小さく芳准に答える。
ふたりはその芳准に背を向け、挑むように洞窟のほうを見た。
このとき、芳准は何か嫌なものが体を突き抜けた気がした。
「……?」
なん……なのだ!?
意味もなく、歩いてゆくふたりの背中を見て、何かしら不安のようなものがよぎる。
……ダメだ。
その先にいってはいけない!!
なぜかそんな気がした。
今思えばこのとき、彼の中では七星士の井宿としてのその力が、目覚めていたのかもしれない。
災難の前兆の嫌な磁気を、体で感じ取ったのだ。
ふたりが遠ざかっていくにつれて、どんどん不安は膨れあがる。
「!?」
次の瞬間、電流のように芳准の体を鋭い空気が突き抜けた!
「行っちゃだめだぁ!!」
ごっ!!ごごごごごごごご……っ!!!
『!?』
全員が自分の足元に目をやった。
「地震……!?」
誰ともなく、声を漏らす。
地面が揺れている!?
「いや!違う!地震じゃない!!」
飛皋が洞窟の入り口で叫ぶ。
これは……!!
とっさに香蘭を自分のもとへ引き寄せた。
落盤!!
「香蘭!!飛皋ぉ !!」
芳准の悲鳴の直後、
ドドドッガラガラガゴゴゴオオォォぉぉぉ…………ん!!!
雷のような音をたてて、入り口の岩が一斉に落盤!
外であっけにとられていた子供たちの中に、……芳准の姿はなかった。
「……っう。ぅぅ……」
飛皋は自分の呻き声で目が覚めた。
頭が……痛い。
しかも、身動きがとれなかった。
目が慣れないせいで、まわりは真っ暗。右手を投げ出す格好で倒れているはずなのに、その自分の腕すら見えない。
……そうだ。香蘭は!?
何より香蘭の安否が気になった。
とっさに、自分のほうへ引き寄せてかばったはずなのに、下にいるはずの彼女がいない!
「……うぅん」
さぁっと不安で血の気が引いたとき、横からかすかに香蘭の声が聞こえた。
「香蘭!?」
「……え?ひっ……こう。飛皋?」
……よかった。無事だった。
「怪我は!?」
「私は大丈夫。あなたは……?」
「俺も……」
頭が少しズキズキするだけで、これといって特別痛むところはなかった。
お互いが見えないまま、声だけを頼りに会話するうち、だんだんと目も慣れ始める。
そのとき、落下した岩の隙間から、まだ舞い上がっていた粉塵に邪魔されながらも、彼らの元にいくつか淡い光が差し込んだ。
しかし、彼らは互いの間にまったく予想していなかったものを見て、一瞬息が止まった。
……水色……の髪。
「……ぐぅ っ!!」
『芳准!?』
下に続く
思い出しシリーズ(シリーズ化してるよ;)の井宿版です。
十歳の頃の三人の姿。
香蘭に至っては、本編や外伝をもとにこんな感じなのかな?と疑問系で書いてました。
さすがに井宿の妹まで出したらやりすぎだろ!と思って、なんとか踏みとどまりました。
兄想いの妹……可愛いんだろうなv(珠珠は野蛮なガキを下に二人もっているーー;)
『恩返し』と同じく上下ってことなんですが、実はこの先はまだできてなかったりするんですね〜^^;
閉じ込められてしまった三人!芳准は大丈夫なのか?
はたして三人の運命はいかに!?
飛躍すんなって……;
では、引き続き下もがんばろう!おー!