春を告げるウグイスの初音(はつね)は4月上旬。もちろんその年の気候によって遅れもするが、早くなることはあまりない。
鳴きはじめた頃のさえずりは、日本三名鳥の片鱗は感じさせても、まだぎこちなさが残っている。
ホーホケキョ ホーホケキョ
お馴染みの正調節になるには少し間がある。それがかえってすがすがしくもある、諏訪湖西山の森の早春賦である。
やや遅れて、高らかに愛の賛歌を歌いはじめるミソサザイ。それまでチャッチャッとつぶやくように藪を徘徊(はいかい)していた地味鳥-ミソサザイの、あまりに鮮やかな変身ぶりにびっくりする。
チチルチチチチルルチチルと七、八秒にも及ぶ長ったらしいさえずりは、張りもあればつやもある。羽をいっぱい広げ、直角に立てた尾羽を扇のように左右に揺らす、どうだといわんばかりのパフォーマンスは、メスの気を引くプロポーズ作戦か(!?)-。
惜桜小屋にやってくるシジュウカラ、エナガ、コガラ、ヤマガラ、ヒガラの群れのおしゃべりも、心なし明るく軽やかに聞こえる。
デーデーボッボッと朴とつに繰り返すキジバトや、ピーヒョロロロと上空を旋回するトビの、のどかな鳴き声が、まだ冬の気配をひきずっている西山の森の空気を少しずつときほぐしてゆく。
そして、そこまで来ている爛漫(らんまん)の春を予感させ、移ろう季節の幕間(まくあい)を、しばし心弾む楽しいものにしてくれる。
4月も下旬になると、美しき歌姫オオルリがやってくる。
チーチーチーチョロロチー スピーチョロチョロチー ジュイ ツピーチョロチョロチー チョロチョロピー
採譜の難しい複雑なさえずりは、さすが日本三名鳥(注1)のひとつとはやされる名調子。目のさめるようなルリ色をした姿が、芽吹きはじめたばかりの森に彩りを添える。
新緑の5月。森は一気に賑やかになる。
センダイムシクイ、ヤブサメ、キビタキ、サンショウクイ、クロツグミ、メジロ、コルリ等々-。
それぞれ個性豊かなノドをきそういあい、聞きなし(注2)どうりのフレーズでさえずってくれる。それを耳にすれば愛鳥家ならずとも、我々のような素人にも、どの鳥かすぐわかるからうれしくなる。
千両役者がこれほどそろう森は、そうざらにはないだろう-と、ひとりごちし、ますます諏訪湖西山の森に親しみがわくのはこのころ。
ほかの鳥の巣にちゃっかり卵を産みつけ、育児までさせてしまう托卵鳥(注3)も、相次いで森の住人、あるいは寄宿人になる。
先陣を切るツツドリ、ジュウイチは例年五月十二、三日ころ。やや遅れてカッコウ、ホトトギスが加わるころは、青葉若葉が薫風にゆれ、一年で最も過ごし易い季節を迎える。
ただ最近は木々が茂りすぎてしまったせいなのか、草原性のカッコウやウグイスを、小屋にいて聞くのはマレになってしまったのが残念、というか寂しくもある。
いまや珍鳥となったサンコウチョウも、二年に一辺はわらじをぬぐ。しかし滞在は長くて一週間。子育てをするでもなく、そそくさと旅立ってしまうのは、林相がどこかお気に召さないのだろうか。
ヒー、ヒョーと寂しげな口笛のように鳴くトラツグミも常連客。
鳥とは思えぬとらえどころのない鳴き声から"ぬえ"の異名も持つ。夕暮れ、遠くからこの鳴き声が聞こえると、ひととき心が幽玄の世界にあそぶような心地よさを覚える。
しかし数年前の夏、朝から夕方まで、小屋のすぐ近くの林で鳴きっぱなしだったことがある。はじめは息遣いが聞こえるほどの生々しさに感動したものの、二時間も聞き続けると、あのヒーという声が頭の芯をきりきりもむような感じになり、いやされるどころかイライラが募って、早くどこかへ行ってほしいと真剣に願った。
寂しき口笛も、耳元で立て続けにきかされれば、情趣もなにもない。やはり遠い闇に溶け込むような、えたいのしれなさがこの鳥の持ち味、さえずりにもTPOがあることを実感したのである。
森の貴公子然としたヤマドリ、アカゲラ、コゲラ、ゴジュウカラは、賑やかに群れをつくるカラ類(注4)と同じ森の定住者。
フクロウは数年前まで、3月から5月ころしきりと鳴いたけれど、最近聞かれなくなった。巣をかけるような樹洞を持つ大木がなくなってきたせいかなと素人なりに考えるが、よく分からない。
ボーボー ゴロスケホー
夕闇の森から聞こえる鳴き声は、まさに森の野生を感じさせる。ぜひまた戻ってきてほしい。
諏訪湖西山の森
小屋造りにとりかかった平成元年から気ままにつけた日誌がある。
スミになぐり書きしたメモを改めて見返すと、森の生物ごよみがほの見えてくる。
よくぞ毎年同じような日に-と驚くものもある。
信州諏訪湖西山の森―惜桜小屋―

新緑の森に華麗なるルリ色の舞いを見せるオオルリ。写真はクリックすれば拡大します。
ミソサザイ。写真はクリックすれば拡大します。