徳冨蘆花の『自然と人生』に、わずか10行足らずの『檐溜(たんりゅう)』という小編がある。檐溜は庭先の水溜りのこと。
 水溜りは小さいけれど、広い青空も、桜の梢も、水を飲みに来た小鳥も、水辺によるものすべてを、喜んで受け入れ、そこに映す。
それに比べれば、人のすむ世界はなんと狭いことか―といっている。
 惜桜小屋で見つけた その檐溜の世界―。
デッキの下に、雨水を貯めた小さな池がある。
森の水場になっていて、春から秋にかけいろんな野鳥や、リスなどもやってきて、水を飲み、水浴を楽しんでいる。
 写真は仲睦まじいシジュウカラ夫婦の、ふたりだけの世界を映す水面に、白雲を浮かべた、悠久の青空が広がっている。
  じっと、その同じ水面を眺めていると、いつしか大空に吸い込まれ、心が解き放たれてゆくよう。
 「融然として相容れ、怡然(いぜん)として共棲す」(『自然と人生』)
かくありたいと願う、蘆花の心の世界に、多少なりひたった気分である。

―日記からこぼれた里山暮らし余話―
里山らいふ