山みちを散策していた時だ。
道からそう離れていない、大きな唐松の陰からウサギが跳び出した。まさに脱兎のごとく枯れ野を駆けてゆく。
そのまま遠くへ逃げてしまうのかと思ったら、十数メートル先でストップし、また唐松の陰に姿を隠した。
エッ(?)、いやに警戒心がないんだなと思ったが、ここは慎重にとぬきあしさしあし近づいて、カメラを構えたまま、身動きせずに数分も待ったろうか、相手が様子をうかがいながら少しずつ顔を出し、半身を覗かせたところで、こちらに気がついたようだ。
またダッと走りだした。俊敏な身のこなしだった。
そんなことを二、三回繰り返した。その間になんとか数枚だけ写したうちの一枚が、このピンボケ写真だ。
狭い沢筋を行ったり来たりで、行動範囲が30メートルそこそこなのが少し、いや大いに気になった。
「ノウサギのテリトリー(なわばり)は、せいぜい1〜2ヘクタールというから、この沢に住んでいるのならこんなものだろう」
頭の片隅に大きな「?」が点灯しているのを無理やり押しやって、ともかく、いまや激減してしまったノウサギを、写真に収めたという満足感にひたった? のである。
翌日、フィルムを馴染みの写真屋さんに持ち込んだ。
「ノウサギはいまうんと減っていて、なかなか姿をみせないんだが」
説明する口調が多少うわずっていた。
「あれそう。アレッこれって捨てられたウサギじゃない。よくいるのよね。始末に困った末にというのが」
応対してくれた奥さんは 「?」を一刀両断。更に「この毛の色・・・」とたたみかけてきた。
「・・・・・。ヤッそういえば、ムニャムニャ」
翌日、再びその沢へいってみた。
同じようなウサギが、なんと四匹も顔を出したのである。
もぞもぞして、なれなれしいのもいた。
かわいい目だった。みんな馴れない環境にとまどいながら、肩を寄せ合い、互いにいたわりあっているようでもあった。
更に一週間後、全員が姿を消していた。
一帯の森にはキツネやテンといった狩人が住んでいる。
逃げる、ひたすら逃げる、身を隠す―ためのDNAをたっぷり受け継いだノウサギさえ、生き残るのは至難の技だ。
ペットウサギの末路は歴然としていた。
それを飼い主は自覚していたかどうか。