気ままな小屋づくりだけに、ひとり作業が多かった。
作業に疲れると、いつも同じ落ち葉の上に腰を下ろした。
アカアリの一家が、すぐ脇を隊列を組んで通り、食料集めに余念がない。
もうぼろぼろに朽ちた風倒木の根方にある巣から、五メートルほど離れた唐松を結んで、何百、何千匹の切れ目ない隊列が続く。
唐松の幹を上へ上へとひたすら上り、樹液をたっぷり吸い込んで、腹をぱんぱんに膨らませて、巣に持ち帰るのである。
ジシャの枯葉を乗り越え、マツボックリを迂回し、スミレの花の下をすり抜け、枯れ木を渡る。日差しが明るくふりそそぎ、木々の葉づれが心地よい。
隊列を離れて遊ぶもの、触覚をさぐりあって情報交換するもの、ひたすら歩きつづけるもの。笑い声、おしゃべり、歓声、叫ぶ声―。
そんなさんざめきが聞こえてきそうな、平和な光景。森の中のほんの数メートル四方に展開するアカアリ一家の宇宙だった。
春から真夏を過ぎ秋になるまで、来る日も来る日も、そんな光景が続いた。
秋も深まり、紅葉黄葉が散り急ぐなか、基礎工事も、ようやく完成した。
アカアリの隊列はいつのまにか姿を消し、冬ごもりに入っていた。
その日、作業を仕舞いにしたあと、つまづきそうになって、足元の倒木を取り除いた。腐りきっていたため意外にあっさりと根元から抜けた。
翌年は森が芽吹く前から、材木の組み上げにとりかかった。
手に余るところは友達を頼み、次第に形になる建物を見ると、休日ごとの里山通いは、レジャー気分の楽しいものとなった。
やがて新緑の季節を迎えていた。昨年見慣れたアカアリの隊列が、いつまでたってもあらわれないのが、ふと気になった。
アッ、つまづきそうになった、あの倒木-。
一瞬、心のバランスが揺らいだかに感じられた。
格別気にとめていたわけでなくとも、森のなかであの賑やかなアカアリ一家の宇宙を共有していたのかもしれない。
その後、別のアカアリ一家が元気に活動している。
小屋が完成した今はあまり足元を見る機会もない。しかし、地上せいぜい三ミリの視界に広がる、彼らの宇宙があるのはまぎれもない。
もちろんそれは、われわれの宇宙ともかさなりあっているのである。
*写真はクリックすれば拡 大して見れます。