第21回:「2本の木」とその変化(1) マーク・シャーマン氏の論文紹介 

(2025年12月号:通巻770号)

 1991年発行のあやとり協会会報 vol.17 に掲載された、マーク・シャーマン氏の論文が素晴らしいのです。その内容のご紹介の1回目です。


BSFA Vol.17 (1991)

 国際あやとり協会(ISFA:International String Figure Association)の歴史に関しては、国際あやとり協会についてというページをご覧いただきたいのですが、母体となっているのは1978年に野口廣先生が設立された「日本あやとり協会」です。1994年に本部がカリフォルニアに移る前は協会の会報も日本で発行されていたのだと思います。

 今回ご紹介したシャーマン氏の論文は、1991年に発行されたものです。当時の文書作成の環境はまだPCのOSはWindowsが普及する前でした。協会会報も図は手描きで本文(英文)は機械式のタイプライターで打ったものが使われていました。

vol.17 の目次

 この vol.17 は特にお気に入りの号で、シシドユキオさんの「正十二面体」を含む多面体あやとり作品が掲載され、今回ご紹介するM.シャーマン氏の「2本の木」の様々な変化を研究された大作の論文が掲載されています。もう1つの論文、アントニー氏の研究も大変興味深いです。

M.シャーマン氏の論文のタイトルと冒頭

Trees, trees, and more trees;(木、木、さらに木。)から始まる冒頭が素敵です。まったくの余談ですが、私はここを読むとA.A.ミルンの「くまのプーさん」(Winnie the Pooh)の9番目のお話「コブタがぜんぜん水にかこまれるおはなし」(In Which Piglet Is Entirely Surrounded by Water)の冒頭を思い出すのです。

「くまのプーさん」第9話の冒頭

 It rained and it rained and it rained.(雨が降って降って降り続きました。) Days and days and days.(来る日も来る日も来る日も。) とか、繰り返す言葉の面白さ、石井桃子さんの翻訳のすばらしさを思い出すとともに、このシャーマン氏の論文が詩的な雰囲気で始まっていることに感動するのです。


「2本の木」とその仲間である伝承作品

「2本の木」(クワキウトル族) 「2本の叉木」(クワキウトル族)

「3本の木」(クワキウトル族) 「4本の木」(クワキウトル族)

 論文では、最初に伝承作品である「2本の木」「2本の叉木」「3本の木」「4本の木」が紹介されます。ここから様々なバリエーションが展開されます。


「2本の木」からの発展

 140種類以上の変化形が紹介されているのですが、その中から3作品を選んでご紹介しました。

「3つの塔の跳ね橋」(M.シャーマン:Fig.32)

 左右の「木」が中央でつながり、さらに外周の上の部分とも1つの輪でつながっているかたちです。Fig.32というのは元論文の図番号です。膨大な論文なので、図番号があるとその作品の手順や解説を参照するのに便利なので図番号を併記するようにしました。

「真の4本の木」(M.シャーマン:Fig.115)

 オリジナルの「4本の木」は、「2本の木」から増えた部分が単なる1本の輪でしかありません。「木」とは下の図の a,b,c の3つの輪で構成されるかたちなのだと考えると、「4本の木」と言ったら上の写真のやうなものであってほしい、というのはとても共感できます。

 当然ながらこの「木」の数がもっと増やせることが論文中で言及されています。ただし十分な長さのあやとり紐が必要です。

「根が二股の2本の木」(M.シャーマン:Fig.130)

 これは最後にかたちの調整が必要になる作品です。ちょっとフラクタルっぽくて好きです。下の図は本誌には掲載しませんでしたが、こんな風に枝分かれを増やすこともできます。

参考

 こんな風にパターンを変化させたり増やしたり、という工夫がこの論文にはたくさん出てくるのです。情報量が膨大でネタが豊富ですばらしい論文なのです。


「ハート」

 この長い論文の最後に紹介されているのがこの作品です。(本誌未掲載)

「ハート」(M.シャーマン:Fig.145)

 論文の最後のページ(結論)の直前にこの作品が掲載され、And all of us know that a heart is easily broken:(私たち誰もが知っているように、ハートというのは簡単に破れてしまうものなのだ) という説明文で締めくくられます。このあやとり作品のかたちを整えることが難しく、きれいなハート型を保つのが難しいことを説明するとともに、心や気持ち(愛)というのはえてして成就しない報われないものだ、ということを掛けた表現になっていて、素敵だなあと思うのです。(解説すると野暮ですが)

 国際あやとり協会の入会は無料で、会費もありません。メールを1本出すだけで会員になれます。会員になると過去の膨大なあやとり協会の文献(pdf)にアクセスすることができるようになります。正直、このvol.17を読むためだけでも入会する価値が十分あると思います。


参考文献

Rationally-designed String Figures : Variations of the Kwakiutl figures “Two Trees” :M. Sherman (BSFA 17)1991, pp. 29-106

2025.11.12


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2025.11.02 公開
2025.11.12 更新
長谷川 浩(あそびをせんとや)


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