第21回:「2本の木」とその変化(1) マーク・シャーマン氏の論文紹介 

(2025年12月号:通巻770号)

 1991年発行のあやとり協会会報 vol.17 に掲載された、マーク・シャーマン氏の論文が素晴らしいのです。その内容のご紹介の1回目です。

 追記:今回の記事では、「2本の木」を伝承してきた民族の名称として、論文の名称で使われている Kwakiutl という言葉を使いました。実はこの言葉、シャーマン氏が自らが適切な言葉ではない、と述べられているということをあやとり協会の石野さんから教えていただきました。このページの下のほうのこちらに解説を追記しました。(2025.11.14)

 追記:シャーマン氏の変化形の作品が難しい、うまく取れませんでしたというコメントをいただきました。オリジナル作品の「2本の木」が取れるのに変化形が取れないというのは、追加の手順を読み解くのが難しいのだと思います。わかりにくくてすみませんでした。このページの下のほうのこちらに図を追加しました。(2025.11.20)


BSFA Vol.17 (1991)

 国際あやとり協会(ISFA:International String Figure Association)の歴史に関しては、国際あやとり協会についてというページをご覧いただきたいのですが、母体となっているのは1978年に野口廣先生が設立された「日本あやとり協会」です。1994年に本部がカリフォルニアに移る前は協会の会報も日本で発行されていたのだと思います。

 今回ご紹介したシャーマン氏の論文は、1991年に発行されたものです。当時の文書作成の環境はまだPCのOSはWindowsが普及する前でした。協会会報も図は手描きで本文(英文)は機械式のタイプライターで打ったものが使われていました。

vol.17 の目次

 この vol.17 は特にお気に入りの号で、シシドユキオさんの「正十二面体」を含む多面体あやとり作品が掲載され、今回ご紹介するM.シャーマン氏の「2本の木」の様々な変化を研究された大作の論文が掲載されています。もう1つの論文、ダントニ(Joseph D'Antoni)氏の研究も大変興味深いです。

M.シャーマン氏の論文のタイトルと冒頭

Trees, trees, and more trees;(木、木、さらに木。)から始まる冒頭が素敵です。まったくの余談ですが、私はここを読むとA.A.ミルンの「くまのプーさん」(Winnie the Pooh)の9番目のお話「コブタがぜんぜん水にかこまれるおはなし」(In Which Piglet Is Entirely Surrounded by Water)の冒頭を思い出すのです。

「くまのプーさん」第9話の冒頭

 It rained and it rained and it rained.(雨が降って降って降り続きました。) Days and days and days.(来る日も来る日も来る日も。) とか、繰り返す言葉の面白さ、石井桃子さんの翻訳のすばらしさを思い出すとともに、このシャーマン氏の論文が詩的な雰囲気で始まっていることに感動するのです。


「2本の木」とその仲間である伝承作品

「2本の木」(クワキウトル族) 「2本の叉木」(クワキウトル族)

「3本の木」(クワキウトル族) 「4本の木」(クワキウトル族)

 論文では、最初に伝承作品である「2本の木」「2本の叉木」「3本の木」「4本の木」が紹介されます。ここから様々なバリエーションが展開されます。


「2本の木」からの発展

 140種類以上の変化形が紹介されているのですが、その中から3作品を選んでご紹介しました。

「3つの塔の跳ね橋」(M.シャーマン:Fig.32)

 左右の「木」が中央でつながり、さらに外周の上の部分とも1つの輪でつながっているかたちです。Fig.32というのは元論文の図番号です。膨大な論文なので、図番号があるとその作品の手順や解説を参照するのに便利なので図番号を併記するようにしました。

 追記:「3つの塔の跳ね橋」が難しい、取れなかったというご感想をいただきました。おそらく手順2Hがわかりにくいのではないかと思いました。図を作ってみました。(2025.11.20)

2H:親指の輪をつまんで外し,人差し指の輪に上から下に通して親指に掛け直す

 いかがでしょうか。ご確認いただけたらと思います。


「真の4本の木」(M.シャーマン:Fig.115)

 オリジナルの「4本の木」は、「2本の木」から増えた部分が単なる1本の輪でしかありません。「木」とは下の図の a,b,c の3つの輪で構成されるかたちなのだと考えると、「4本の木」と言ったら上の写真のようなものであってほしい、というのはとても共感できます。

 当然ながらこの「木」の数がもっと増やせることが論文中で言及されています。ただし十分な長さのあやとり紐が必要です。

 こちらも手順4Iが意味が読み取りにくいかもしれません。これも図を掲載します。

4I:小指の輪を人差し指手前の糸の下を通して手前に持ってきて
親指の輪に上から下に通して(帰りも人差し指の輪の下を通って)小指に掛け直す

 実はこの図、次号の「第22回:2026年1月号」のために作ったものなのです。手順4Iは図が無いと難しいかも、と思って図を作ったのですが、この第21回ですでに4Iが出てきていました。


「根が二股の2本の木」(M.シャーマン:Fig.130)

 この作品は手順3Fが出てきます。3Fは、ノード3(ブロック2の後)で実行するのですが、中身は4Iとまったく同じです。上の図を参照してみてください。

 これは最後にかたちの調整が必要になる作品です。ちょっとフラクタルっぽくて好きです。下の図は本誌には掲載しませんでしたが、こんな風に枝分かれを増やすこともできます。

参考

 こんな風にパターンを変化させたり増やしたり、という工夫がこの論文にはたくさん出てくるのです。情報量が膨大でネタが豊富ですばらしい論文なのです。

2025.11.20


「ハート」

 この長い論文の最後に紹介されているのがこの作品です。(本誌未掲載)

「ハート」(M.シャーマン:Fig.145)

 論文の最後のページ(結論)の直前にこの作品が掲載され、And all of us know that a heart is easily broken:(私たち誰もが知っているように、ハートというのは簡単に破れてしまうものなのだ) という説明文で締めくくられます。このあやとり作品のかたちを整えることが難しく、きれいなハート型を保つのが難しいことを説明するとともに、心や気持ち(愛)というのはえてして成就しない報われないものだ、ということを掛けた表現になっていて、素敵だなあと思うのです。(解説すると野暮ですが)

 国際あやとり協会の入会は無料で、会費もありません。メールを1本出すだけで会員になれます。会員になると過去の膨大なあやとり協会の文献(pdf)にアクセスすることができるようになります。正直、このvol.17を読むためだけでも入会する価値が十分あると思います。


クワキウトル族という表記について

 国際あやとり協会の石野さんが、シャーマン氏ご自身がクワキウトルという言葉は適切ではないと述べられているのをご存じですか? と教えてくださいました。ありがとうございます。

 この「2本の木」に関するシャーマン氏の論文の参考文献の冒頭に挙げられているのが “Kwakiutl String Figures” (1992)という書籍です。(論文発表当時は in press, 出版中となっていますが、論文発表の翌年に出版されています。)

Kwakiutl String Figures:Julia Averkieva, Mark A. Sherman

 この本は、こちらのhttps://www.scribd.com/というサイトで(一部)閲覧ができたのですが、冒頭 (pdfでは12ページ目) の PREFACE の脚注にはこのように書かれています。

 機械翻訳の出力を貼っておきます。

クワキウトルという用語は何年か前、バンクーバー島北東部の先住民を識別するために人類学者によって作られたものです。この用語はもはや正確ではないと考えられています。先住民が自らを呼ぶ際に用いる正しい用語は、クワクワカワクです。本書では、ボアズとその弟子たちの出版物の連続性を保つためだけに、クワキウトルという用語を残しました。時代遅れのクワキウトルという用語の使用は、先住民のクワクワカワクという用語の使用を妨げる意図は全くありません。エスキモーという用語と、より好まれるイヌイットという用語の使用についても、同様の議論が展開されています。

 これを踏まえて、石野さんのサイトでは2本の木は “クワクワカワク族(Kwakwaka'wakw)のあやとりです。” と紹介されていらっしゃるとのことでした。

 石野さんのサイト「あやとりしてみよう」は、私の知る限り最も誠実かつ精密にあやとり作品の伝承や由来、名称や呼称の適切さを調べられた最新の情報を掲載して下さっています。ここはあやとり作品に関するバイブルのようなものですから、私ももちろん記事を書くにあたって上記のページは事前に参照させていただいています。石野さんが「2本の木」の伝承が、論文のタイトルにある「クワキウトル」ではなく「クワクワカワク」であると書かれていることは気が付いてはいました。Wikipedia の クワキウトル族 ページを見ると、近年はその民族の自称の名称である「クワクワカワク」が使われる傾向にある、と書かれていました。

 「伝承している民族の名称は結局どうしようか…」と思ったのですが、今回はシャーマン氏の論文とその内容のご紹介、という趣旨の記事であり、論文のタイトルにも参考文献である書籍名にも「Kwakiutl」の名称が使われていたため、記事ではそのカタカナ表記であるクワキウトルを使わせていただくことにしました。

 この「2本の木」などの伝承作品をご紹介する際には「クワクワカワク」を使うべきだと思います。私も単独でご紹介する際にはそちらを記載したいと思います。今回と次回(2026年1月号)では、参考文献の名称との連続性を優先して「クワキウトル」を使わせていただきます。また、この名称を選択した理由を本文中で触れることはスペースの都合上難しいため、このサポートページでの解説とさせていただきますことをお許しください。

2025.11.14


参考文献

Rationally-designed String Figures : Variations of the Kwakiutl figures “Two Trees” :M. Sherman (BSFA 17)1991, pp. 29-106

2025.11.12


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2025.11.02 公開
2025.11.20 更新
長谷川 浩(あそびをせんとや)


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