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紅葉の守護仏・地蔵尊。 | 合掌仏・地蔵尊。 いずれも木食山居上人の作だそうです。 |
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鬼女紅葉・釜岩紅葉大禅定尼位の墓。 | |
経蔵、江戸中期に経堂を改築したものだそうです。 中には六角輪蔵が納められており、これは善光寺より古いものだそうで、 村指定重要文化財にもなつているそうです。 壁の崩落は地震の爪痕だとか。 以前、鬼立山地蔵院のあつた所に、観音堂が建てられたそうです。 建てられたのは江戸初期だそうです。 木曽義仲が、北陸道を京へと向かうおり、地蔵院に参拝し持仏の文殊菩薩を安置して行ったのだそうです。 堂内には、聖観音を本尊として脇本尊に文殊菩薩そして、 西国・坂東・秩父の百体観音が並んでいました。正面欄間は七賢人。 観音堂の前には、多数の馬頭観世音の石碑や、馬の石像が並んでいましたが、 馬頭観音は明治28年になつて坂北村の岩殿寺から勧請されたものだそうです。 ここは、信濃三十三番番外札所になっているそうです。 堂内には鬼無里が生んだ幕末の和算家・寺島宗伴の算額もかざられていました。
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中央厨子の中は本尊・聖観音像、左の黒いのが脇本尊の文殊菩薩。 | |
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和算家・寺島宗伴の算額と宗伴の五輪塔。 宗伴の門人は四千人におよんだとか。 算額は江戸末期に奉納されたものだそうです。 |
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鬼無里神社:諏訪大明神 |
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鬼無里での最後の訪問地は鬼無里神社です。 かつてこの辺りは、土砂ダムででも出来たのか、湖だったそうで、 水が引けて湖底が地上に現れ魚山が出現、 魚山の頭部・立山に神龍の精を祀って諏訪明神を勧請した古社だそうで、 平安初期には征夷大将軍・坂上田村麻呂が祈願し、平安中期には平維茂が紅葉退治の祈願所とした所だそうです。 祭神は建名方命、諏訪大明神と呼ばれて来たそうですが、明治11年鬼無里神社と改名されたそうです。 湖が無くなってからは、この辺りは水無瀬と呼ばれたそうです。 本殿は拝殿奥の鞘堂におさめられており見る事は出来ませんでした。 境内にはちょっとハイカラな塔が立っていました。 大正11年に建てられた鬼無里神社永代奉塔だそうです。 |
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ちょうど地元の中学の生徒さん達が、地元の長老の案内で歴史の勉強をしておられた様で、 我々もそれに便乗一緒に勉強させていただきました。 拝殿の中にあつた、木像の狛犬は、鬼無里の屋台を造った幕末の宮大工・北村喜代松の作だそうです。 長老によると、昔諏訪大明神であつた頃は御柱も立てていたそうですが、 鬼無里神社になってからは御柱は無くなったそうです。 鬼無里にはこの先戸隠への県道の途中に、 木曽義仲四天王の一人・今井四郎兼平の居城・今井城が有ったそうでその近くに、 江戸末期に三社を合わせて一社とした諏訪神社(祭神・健御名方命・誉田別命・大山祇命)が有りそこには御柱があるそうです。 本殿は、このあたりでは由一の立川流の三間社流造で、江戸末期の立川富棟の作だそうです。
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寶珠山蓮秀院高山寺:真言宗豊山派 |
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小川村へぬける道は通行止めにはなつていないと言う事で、 帰りは長野回りではなく、大町経由で帰る事になりました。 大洞高原への急な上り道の一部で崩落があつた様で、工事中の所がありましたが無事に抜ける事が出来ました。 途中に高山寺がありここにも立ち寄ってみました。 ここは、43回のマリオ倶楽部で一度訪れた事があります。 この辺りも鬼無里同様昨年の地震の時は、震度6弱のゆれだつたそうで、 墓石の倒れたものもかなりあったそうです。 県宝の三重塔は無事だった様ですが、本堂の扉部分が新しくなっており地震の影響だつたのかもしれません。 お大黒様がおられ、住職の書かれた絵が本堂にあると言う事で、本堂に上げていただき見せてもらいました。 当寺は、平安初期には坂上田村麻呂が戦勝祈願お行ったとされる古寺ですが、 最初の三重塔は鎌倉初期に源頼朝が創建したものだそうです。 現在の建物(三重塔・鐘楼門・本堂)は江戸中期に木食山居上人が中興開山した時のものだそうです。 観音堂は近くの堂屋敷にあつたものだそうですが、地滑があり鎌倉時代にここに移されたものだそうです。 現在の建物は江戸中期のもので、村指定文化財になっているそうです。
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観音堂の本尊は聖観音像で年一度8月10日に開帳されるそうです。 脇持・不動明王・毘沙門天。 前立の薬師如来は前回訪れた時には有りませんでした。 本尊・聖観音像は平安中期の作で、村指定重要文化財だそうです。 左甚五郎作とも言われる龍。 観音堂背面から見られる、木食上人作の阿弥陀如来。 高山寺でちょっとのんびりし過ぎた様で、 帰りの道中も雨の降りで帰宅は予定より1時間ほどオーバーした様でしたが、無事に到着。 今回の旅は、優雅な紅葉には少し早かつた様ですが、盛り沢山の内容で、 秋色の近づく里山と古道にまつわる谷の京の物語の世界が少し垣間見られた素敵な旅となりました。 感謝!! 感謝!!
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