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溝口の石造物群: |
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上城集会所の石像物群。 熱田神社の東門を出て、秋葉街道古道を街道そいの石像物を見ながら、大徳王寺城址へと向かいます。中島家屋敷跡。 |
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大徳王寺城址:
松風峰大徳王寺 |
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しばらく行くと、開けた大徳王寺城址に到着です。
ここには、鎌倉時代に明光大徳聖人の開基となる、松風峰大徳寺という天台宗の寺が有ったそうです。 そしてこの寺を中心に集落全体が要塞を形成していたのだそうです。 南北朝時代に、鎌倉幕府最後の執権・北条高時の遺児・北条時行、諏訪頼継等が南朝方としてここに立てこもり、 足利尊氏(北朝方)の配下小笠原貞宗が関東へ進撃するのを4ケ月にわたり阻止した所だそうです。 戦は、兵糧がつきた南朝方が退散、小笠原氏は下ノ城主に孫の氏長を据えて溝口氏としたそうです。 秋葉街道には、信濃の宮・宗良親王の本拠地となった大鹿村があり、 このあたりは南北朝時代の歴史が強く感じられる場所でした。 |
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御山:
伊那市文化財・史蹟 |
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常福寺境内の北側にある小高い山は古くから御山と呼ばれていたそうです。 明治の中頃、御山北側の小犬沢で無縫塔と台石が見つかり、昭和6年に郷土史家のの調査で、 宗良親王の王子が造った宗良親王の墓石である事がわかったのだそうです。 墓石には十六弁の菊花御章と宗良親王の法名が刻まれているそうです。 |
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太平山常福寺:曹洞宗 |
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御山の急な石段を降りて、常福寺へ向かいます。 常福寺は、鎌倉初期に呑海阿闍里梨和尚により、真言宗の寺として開創されたそうです。 1559年・戦国時代初期に來芝流胤大和尚が、 大徳王寺を合祀し太平山常福寺・高遠町勝間の龍勝寺末寺・曹洞宗として開山したのだそうです。 |
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宗良親王・木像。 宗良親王像は、昭和15年本堂の屋根修理中に屋根裏から落下して発見されたものだそうで、 像の背後から青銅製の千手観音と古文書が出て来たそうです。 古文書は、南北朝時代に大徳王寺の住職尊仁が書いたもので、 宗良親王の王子尹良親王が大徳寺に来て、宗良親王のお墓を造った事や、 親王のに従って戦死した新田一族を弔う為に金2枚を寺に収めた事等が記されているそうです。 宗良親王像体内から出て来た古文書と千手観音。 |
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横山先生自然観察教室: |
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今日は横山先生も参加しておられ久々に自然観察教室の開講です。 ナズナ・イヌナズナ。 オオイヌノフグリ・ヒメオドリコソウ。 他には、ホトケノザ・ヒュウガミズキ・ヤマエンゴサクなどが見つかりました。 |
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ちょっといっぷく:中央構造線公園 |
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今日の昼食は、花吹雪まう溝口中央構造線公園で花見弁当をいただきました。 ここは、美和ダムで出来た美和湖の中央のあたりで、日本最大の断層・中央構造線の露頭した部分が見れる所です。 美和ダムは。昭和34年に竣工された国直轄の多目的ダムだそうです。 食事の後は、この辺りをしばし散策、長谷中学校の桜並木を見学したり、 美和湖にかかる吊り橋・神田橋から湖を眺めたりして一服。 入野谷郷は、ここ溝口が入口で、黒河内・市之瀬・浦へと続きます。 午後からは、入野谷郷を奥へと横山先生の案内でミステリーツアーの始まりです。 |
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霊応山円通寺:臨済宗妙心寺派 |
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ここ市之瀬には、室町時代には市野瀬兵庫正保の熊野城があり、 5代目市野瀬正光が武田方の将として出て行った後の戦国時代には、 一瀬越前守直忠が一ノ瀬城を造り、高遠領下に属し、郡下諸城主として暮らしていたそうです。 円通寺には、一ノ瀬城三代目城主・一瀬勘兵衛直重の母の墓・市指定文化財があるそうです。 寺の正門石垣下に三十三観音。 石段を上った所に、守屋貞治仏二体・聖観音菩薩・延命地蔵尊がありました。 守屋貞治・聖観世音菩薩舟形光背立像。 |
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伊那里小学校: |
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次に向かったのは、伊那里小学校前のレリーフ像を見学です。 日本昔話にでて来る、孝行猿の話しで、 猟師に撃たれて死亡した母猿を蘇生させようと、 子猿達が囲炉裏で手を温め、 その手で母猿を温めたという物語だそうです。 バスはそこから、入野谷最後の部落・浦へと向かいます。 浦は、古くは壇ノ浦村と言われた平家の里で、平家の流れをくむ小松氏・内大臣平重盛の墓があるそうです。 今は古くからの住人は二・三軒で廃屋と別荘が混在しているそうです。 バスは浦の集落を過ぎて奥浦林道の細い道をさらに進みます。 やがて、前方が開け南アルプスの山が顔を出します。 間ノ岳かな。 暫く、眺望を楽しんで下山します。 |
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ちょっとよりみち:道の駅南アルプスむら |
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帰りは、長谷の道の駅で恒例の買い物タイム。 ここでは、クロワッサンが人気の様でした。 |
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常盤橋:大聖不動明王 |
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最後に見学したのは、白山トンネル近くにある常盤橋の 南袂にある大聖不動明王です。 守屋貞治の最高傑作の一つとされ、 伊那市指定の有形文化財にもなつているそうです。 これは、荒川三峯の水切不動として、水難防除の願いを込めた 勝間の村人の求めに応じて造られたものだそうです。 高遠は石材豊富な信州で、高遠石工としては 古墳時代の築城技術を持つて、 鎌倉時代にはすでに存在していたそうです。 江戸時代には高遠藩の政策で旅稼ぎに出る石工も多く 、 全国に広くその足跡も残っているそうです。 今回も秋葉街道に残る歴史と石工の本場での 多くの石像を堪能出来た一日となりました。 |
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