「惰眠・・・か?」

その、外見ならば少年を思わせる黒髪の男は、静かに呟いた

「おうおう、惰眠よ、だがお前の場合は違う、眠れ、出てくんな」
「誰が出てくるか、叶うなら元の世界に帰りたいわ」
「へ、叶うならね、でも、そいつはならねぇだろ?、お前の担当、「この世界」なんだし」
「貴様がいるなら問題なかろうが!、お前が自分の力、どれほどあるかわかってるのか?」
「うぅーむ、そうだな、我らが神はその指で銀河を握り潰すと言う」
「・・・どこの神だ」
「黒歴史と言う歴史があってな」
「黙れ!、それ以上言うな!」
「ああ、へいへい、そして神という名のGが存在して」
「言うなと言っておろう、このクズが・・・!」
「わかったよ、さて、俺は寝る、起こすなよ」
「ああ、俺も寝る、もう絶対に起きねぇ」










「うぁ・・・?」

冷治、目がさめる

先ほどまで脳内に喧騒があった気がせんでもないが、

さっさと記憶のうちから削除させる

「あ・・・」

窓を見る、もう冬真っ盛りだ、外は寒そうだが、窓から差し込んでくる日差しは暖かかった

「・・・・・・」

しばし、黙考

「・・・行くか」

その行動が、彼が始めて示した他人への愛情表現だったとか何とか



「俺は起きないからな!」
「お前、ギップルだし」
「死ね!、俺をあんなふんどし精霊と一緒にすんな!」



因みに、彼の脳内ではやっぱり脳内お花畑が開園してましたとさ



DARK SIDE

第9話

「人として、戦士として」






往来の真ん中に、サイズの合わない帽子をかぶり、やたら大きなジャンパーとマフラーを着ている少年が立っている

冬の寒い日は、いろんな意味で彼には好都合だ

冬の、異常気象なんじゃねぇか?、とか言う寒さなので、堂々と普段着用しないマフラーをその首に、やたら大げさに巻いている

て言うか、まきすぎて顔が見えない、その裏には火照った頬があったりして、

元来は恥ずかしがり屋さんなこの少年には今の顔を世間にさらけ出すのは正直、耐えがたい

―――そもそも、自己をあまり露出しない、冷たい人間を装っていたわけだし

(遅い・・・)

どこの店で買ったかも忘れた、古ぼけた安物の腕時計が1時をさしているを見て、

彼はひっそりと、心の中で毒づく、っていうか、実は自分が30分ほど早く来ているんだという事に気付け

「冷君・・・」

とまぁ、ここでいきなり驚かせたり抱きついたりしてヤロウを恥辱のあまり失神、

そのまま凍結死とかお約束をかましたかったりする訳だがこいつもこいつでおとなしいタイプなのでつまらん

「う・・・・・・」
「あ・・・・・・」

両者、名前を呼ぶのすらはばかれる

どっちも照れ屋なのは良いが往来の邪魔だ

しかもこんなデートなんぞ、未経験

そりゃ立ち往生くらいするだろう、しかし立ち往生のあまり周りまで立ち往生させんな

・・・彼女は、自分と同じような格好だった

多少、女物と言う感じもするが、着飾らないタイプは服装から性別を意識させる事は無い

「と、とりあえず、お昼・・・」
「あ、た、食べてる・・・」

こう言うところ、気が効かないのは当然、うぶだからです

さて、それを見守る明らかな不信人物の影が一つ

「弟よ、なんだそのザマは、確かに俺はこの歳になっても彼女の一人もいないが、俺はお前をそんな奴に育てた覚えは無いぞ・・・」

事実は半分正解で半分間違いなのだが、少年からすれば全面否定したいことである

・・・はともかく、お前なんかに教育させられた日にはおしまいだろう、とか

「しっかし、あいつ無事かなぁ、まだ冷治の中に根付いているから、愛の力で浄化されないか心配だ・・・」

それよりお前、寝るんじゃなかったのか

寝ろ、ふんどし精霊

「安心したまえ、耐性はある」

地の声に反論するな






「う、あ・・・」
「・・・・・・」

よく観察すれば分かるだろうが、二人とも耳まで真っ赤だ

それを隠す為のマフラーであり帽子であったりする

因みに、これでタコもゆでだこになりそうです

「冷治・・・、どうした・・・?」

諦君、応援するのは良いが、少し配分の身だしなみ気をつけたまえ

黒いシルクハットに趣味の悪い柄のジャージを着て、ズボンは殆どトランクス、て言うかそれトランクスだろ

んでもってサングラス着用、もう、どう見ても交番一直線の「怪しい奴」である

まぁ、路地裏から見守っている辺り、まだ捕まる様子は無いが、大通りに出れば即逮捕、

―――の前に少年、冷治に切り捨てられるだろう

「私は、まだお昼食べてないから・・・」
「あ、じゃ、お、奢ろうか・・・?」
「いいの・・・?」
「どうせ一食分だろう?、まぁ、俺も何か軽食を頼むかもしれないけどさ」

とまぁ、見事にぎこちなく話を進める二人

こんなんじゃ、むしろ顔を隠していてくれたほうが安心です

しかしこの二人、どうやってお互いを識別したのだろうか、

同じような格好の人間自体は、あちこちにちらほら見えていたりする

「どこに行く?」
「・・・・・・」
「どこが良い?」
「・・・・・・和食」
「そ、そうか」



「この世界、和食って言う概念あったか?」

そう言うツッコミは無しだぞ愚か者

と、明らかな変態はやっぱりぎこちなく歩いていく二人の背中を見守りながら、自分の中にわいた疑問と格闘していたのでした









歪みが、淀みが、漆黒が、消えていく

黒く染められた煉獄の世界は、侵食されていく

その中にいる男、一人

「頼む、頼むから、元の世界に返して・・・」

その男は、人殺しに躊躇せず

「これでは・・・、死ぬ」

否、人の命そのものを軽視している、

利己的で狡猾、まぁ、卑怯を好まない辺り、ある意味救いであるが

「俺は、俺は・・・」

―――そんな、悪の権化とでも言うべきか、黒き翼持つ闇の剣士は

「愛など、俺は認めはしない・・・」

人の色恋沙汰に、究極的に弱いと言う、典型的な悪魔の特性を備えていると言う弱点があるのです















「ふぅ・・・」

閑静な住宅街の、ある一角

寒さを感じさせる季節に、この凍える時間に、

コート一枚、後は普段着と言う、はたから見て、薄着で外出している少女が、一人

彼女の吐息は白く吐き出され、冬の中にある事を深く感じさせる

「・・・・・・」

少女は、大きな家を眺めていた

なんでもない、自分の家だ、ただ、少々彼女「達」には大きすぎる家だが

彼女は、双子の姉と暮らしていた

いや、今も暮らしているのだが、ある日を境にどんどん疎遠になっていった

―――なんで?

少女は自問する

―――親戚の所為?

両親が他界した後、自分たちは親戚の家を転々とした記憶がある

確かに、中にはあまりすかない人もいたが、少なくとも多くは、友好的に接してくれた、

彼女「達」にとって親戚は、ほぼ、家族と同じ認識になっている

ただ、他界した両親に特別な感情があったゆえ、やはり劣りはするが

―――ならば成績?

そんな事も無い、確かに二人、得意不得意は分かれていたし、

出来る事出来ないことの差もあった

だけど、違う

例え自分が劣等感を感じている事でも、別の面に優越感を感じていたりはするのだ

そんなのが絡み合って微妙なバランスを保っていた

―――ならば

交友関係

自分に出来て姉に出来ない事

姉に友達はいない

自分が友達でありたかった

自分が友達と言う存在でありたかった

が、それはつまり、他の「友達」とも平等にすると言う事

自分の友達は、いや、自分の知らない人や仲の良くない人たちは、概ね姉を不快に思っていた

気味の悪い存在、近寄りがたい、冷たい感覚

故に、自分は「友達」との関係を保とうとするあまり、姉を「特別」に出来なかった

そして二人の仲は軋んでいた

かつてまだ、二人で遊んでいた頃は、あんなに仲が良かったのに・・・

姉は、外に出ている

理由は明白だ

恋人が出来た、その人のことも知っている、デートなんだな、と、直感で分かった

それが、その事実が、より二人を引き離していった

「どうして、こうなっちゃったのかな・・・」

少女は、小さく溜息をはいた

吐息は白く輝いて冷たい虚空に散っていく

無心、なのか、これは

―――と

「お嬢さん、ちょっと良いかな」

やけに、礼儀のいい声がしたもので、振り返ってみれば

この冬の日に、紺色のコートを着込んだ、かなり大柄の中年の男性が立っていた

彼女は一瞬、戸惑った

口調と声質が、服装と体形が、あまりにも不釣合いなのだから

太っている、というのではない、発達した筋肉は、プロのスポーツ選手のようなものだ

だがそれにしたって、一見に粗暴なイメージはあろうとも、礼儀正しいイメージを彼女は持ちえないから

こんな男が礼儀正しく物事を聞くのに、ちょっと戸惑ってしまったのだ

「良いかな?」

少女が戸惑っている事を察したのかなんなのか、男はもう一度同じ言葉を繰り返す

「あ、はい」

と、思わず出た声は、存外に間抜けなものだった

が、男は気にせずに

「この街に、翔飛と言う人が住んでいると聞いて探しているんだが・・・、
翔けるに、飛ぶと書くのだが、知らないだろうか・・・」

男の放った言葉に、彼女はより硬直する

そんな人間を、彼女は一人しか知らないからだ

思考がこんがらがって、固まったままの彼女を見つめ、男ははて、と首をかしげた

「君は、どこかで会ったかな・・・?、
確か、昔・・・、翔飛と一緒に良く遊んでくれた双子の姉妹がいたが・・・」

男は、独り言なのだろうが、少女にとっては更に混乱を呼ぶ言葉を発する

混乱が混乱を呼び、もつれた糸は絡まって混沌を生み出す

・・・が、徐々にそれも収束していき、少女は、ある答えを導き出した

「翔飛の・・・、お父さん!?」
「確か、月江と・・・、日香・・・?」

どんぴしゃのタイミング、二人同時に言って、二人同時に、何がなんだかわからなくなって、おかしくなって、男のほうは笑い始めていた

日香の方は・・・、ただ、呆けていた

そして思うのだった

これは、夢なのかと


















昼時の終わりになると客もまばらになる

ようは食事の終わった人達が一番多い時間帯で、入ってくる人も一番少ない時期である

そしてこんな時間に、二人は食事を終えた

「ふぅ・・・」
「ごちそうさま・・・」

これが、店に入ってきた二人の二回目の台詞

一回目は注文する時

それ以外、口を交わすどころか目すら合わせずにいた

「・・・・・・」
「・・・・・・」

そして今も目をあわさずに席から立つ

決して不仲ではない、理由は明白で、ただうぶなだけだ、

しかも体も伸びきった頃に始めて成就した恋愛なモンだから、

なまじ自尊心とか価値観とか、大人が持ちえるものを持ち始めた所為で、

もうほつれた糸が絡まって大混乱

「ク・・・、想像以上のバカップルぶりだぞ・・・!」

アレをバカップルと言う形容詞を当てはめると言うのもどうかと思うが、バカップル自体形容詞じゃないかもしれないし

諦さん、一応黒い帽子に黒いコートに黒い服と、一面黒い怪しいけど、変態じゃない、

いや、誰かを尾行している訳だから変態そのものだけど、まぁ前の格好に比べれば数億倍マシ

さて、二人は会計も終えて、もうすぐ店から出ることころですが

「ねぇ・・・」
「ん・・・?」

唐突に、彼女の方から話を切り出してきた

「・・・どこか、行きたい場所、有る?」
「・・・行きたい場所・・・」

彼の方は、しばらく黙り込む

「・・・ああ、あったよ、街の外れなんだけどさ・・・」
「うん・・・」
「草が生えてて、木が生えてて・・・、風が吹いて、気持ちいいんだ・・・」
「うん・・・」
「好きなんだよ、ああいう場所は」
「じゃあ、行こう」
「え・・・」
「行こう、今から」
「あ、ああ・・・」

らしくも無いな、と彼は思った

自分が先頭に立つつもりだった、自分が色々と、リードすべきだと、なんと言うか、義務のようなものを感じていたわけだが

実際は手を引っ張られている、それは、彼女に主導権があるという証明以外のナニモノでもない

その事に対し、自分に対する自嘲と自虐と、あと、嬉しさがあった

自分はこの温かみに触れていられるんだと、安堵感があった・・・

「その前に・・・」
「うん・・・?」
「名前、呼ぼ」
「あ、ああ・・・」

そう言えば、自分は彼女の名前を一度として呼んでなかったな、と、彼は思った

「月江」
「冷君」

もう、これは、バカップル以外の、ナニモノでも、無かっただろう














日香には、何かなんだか分からなかった

今目の前にいる人間、何故その言葉を口にしたかさえ分からない

―――それが真っ当な事か?

―――ありえない

何故なら目の前で紳士的に振舞う大柄の男は既に、この世に居ない筈なのだから

翔飛の父親は、記録上、テロリストとの抗争に巻き込まれ死亡―――
もし生きていたのなら、すぐあとでなくとも、1年か2年後には、一度くらい、

実は生きていたんだ、と報告する機会があっても良いではないか

―――なのに、確実に十年は、待ったのだ

この場合、日香ではなく、翔飛が、だが

いや、待ってなどいないか、彼は目指していたのだ、もう居ない父親を、虚ろなる目標を掲げ、くじけずにいたのに・・・

「フム、私が居る事が、不思議でならないようだな」
「夢にしか思えません、そして、夢なら私ではなくて翔飛が見ています」
「確かにそうだ」

そう言って、男は大笑いした

この男の名前は―――雄仁、と書いてタケト、と読む

父さんの名前は強い名前だ、と、翔飛が自慢のように言っていたのを思い出す

「・・・あなたは、死んでいたんでしょう?、死んだ人間が、生きてこの世に現れたりはしません」
日香がそう言うと、男は、それまでの柔和な笑みを消し、空を見上げ、どこか寂しそうに、空を見つめていた

「私は死んでいた・・・」
「え・・・」
「いや、私はもう死んでいる」
「だったら・・・!」

だったら―――?

続く言葉が出ない

きっと次の言葉は、翔飛じゃなきゃ言えない言葉なんだ

と、日香は思う

「・・・一度、翔飛に会いたい、頼めるか?」
「はい・・・」

付いてきて下さい、と、日香は無言で言った

結局何もいえなかった

そして何よりも、自分の行動が不可解だ

何故こうも、死んだ筈の人間を、生きていた者と扱えるのだろう、と
















「とう・・・さん?」

翔飛は、学校に居た

休日だが、剣道部の練習で学校に居たのだが、日香が呼んだのだ

本人は、にわかに、信じられない目をしている

それもそうだ、あの時、父の死を誰よりも悲しんだのは、他ならぬ翔飛自身なのだから・・・

「・・・心配をかけたな・・・」
「心配も何も、死んだって!」

そう言って、翔飛は、久しぶりに父親に抱擁される

「ああ、死んでいたよ、そして今も死んでいる」
「え・・・?」

翔飛は、雄仁の言う言葉の意味を飲み込めなかった

その暗号のような言葉を、当然、側で見ているだけの日香も理解できない

「・・・久しぶりに、勝負するか?」
「あ、ああ・・・」

―――勝負

父が「死ぬ」前まで自分とやっていた勝負

互いに剣を取り、刃をぶつけ合う

勿論竹刀だ

とにかく翔飛は、父親にそうやって育てられたから、今もこう言う人間でいられるのかもしれない

「剣道場は、練習で空いてない・・・」
「運動場脇の広場で十分だろう?、ああ、得物は持ってきている、模擬刀だがな」
「あ、ああ・・・」

そう言って、雄仁と翔飛は、部屋から出る

それを見送る日香

「私は、見ているだけ・・・か」

届きたい場所に届かない、悲しみしかない、

辿り着きたい場所に辿り着けない、苦しみしかない

「・・・でも、諦めたら、終わり・・・」

それは、翔飛や、諦に言われた事だ


―――諦さんの名前、なんで諦めるって言うの?

昔、そう聞いた事があった

奇妙だ、諦めない人間が、何故諦めると名前につけるのか

―――俺は諦めちまったのさ、一度、だからこれは自戒なんだ、もう二度と、諦めないぞっていう

その時見せたあの男の目は、一番得体が知れなくて、一番寂しそうだった










「俺は、諦めたんだっけか」

そう呟き、諦は空を見上げる

この先には宇宙が有る、無限に煌く星と黒の覆い尽くす世界、

そう、黒―――

「あいつは、あいつら、元気か・・・?」

諦は、調停者といわれる、いわば、世界の管理者だ

そんな大それた存在な訳だから、当然、異世界の一つ二つ、行った事はある

その中であった出会いの中で、果たしてどれが一番大きかったのか

多分彼は、あの出会いを挙げるだろう

「あいつら、元気かな・・・、
やっぱ、死んでるのか・・・」

そう思うと、自分は卑怯だ、と思う

永遠に死ぬ事無く、人の死を傍受しても、死を受け入れる側には決して立てない

諦は、死ぬ覚悟なんてとっくの昔に立てた、命を欠けて守るべき、信念の為に戦うと、とっくの昔に決めた

だからこそ死ねなかったのか

自分が今まで出会った者達にも無論、信念はあったが、やはり老いが死をもたらしたのだろう

その点、老いを自由にコントロールする自分には、大いに不満がある

しかし彼は止まるわけには行かないのだ

「さぁて、尾行再会と行くか・・・」

そう言って立ち上がる諦の姿が、どう見たって空元気である事は、誰の目にも明らかだった・・・

―――いずれ彼らの死を見る時も、自分は今のままの姿で見なければならないのだから













―――キィン!、キィン!、キィン!

互い、持つのは模擬刀なのだが、その音は本物の刀を思わせるほど音は高く響く

互いの技量が、非常に高い証明だ

―――キィン!、キィン!、キィン!

模擬戦でありながら妥協を許さない親子の戦いは、見るものを確かに魅せる

そばで見ている日香は、言葉もなくその様を眺めていた

―――キィン!、キィン!、キィン!

剣は振るう、大地を蹴って、風を切って

二人の男は互いに剣をまじえ、戦いを繰り広げる

思考など無い、ただ本能的に正しい剣筋を導き出し、それに従い剣を振るうのみ

―――元々、翔飛が雄仁から教わった剣術は、自由奔放かつ実戦的なもので、

彼が剣道をやったのは、その幼い頃の経験があったから、だ

だから同じ流派の者同士ならば、剣道と言う一つの取り決めにこだわる図式に乗っ取った戦いは皆無なのだ

勝負は、見えてきた

日香の予想通りだ

翔飛は、この前の事でただでさえ疲れているのだ、なのに、10分も剣を振るい続けはしない

と、ここで時間が10分しか経っていなかった事に気付く

それくらい短い時間に行われていたのか、と

だがそれよりも、今は試合の大詰めだ、より目を見張る時である

やはり、翔飛の剣筋は鈍っている、疲れが激しい、汗が必要以上、大量に出ているのが、分かった

一方雄仁は汗はかいているもののその量は少ない

自身の運動量を最低限に留めている、手加減しているのだろうか・・・

いよいよ最後の剣筋が振るわれた、翔飛の渾身の縦の一刀、どうやらこれを切り札に一気に雄仁を打ち破るつもりらしい

大して、雄仁は一気に突進する

翔飛の剣が振り下ろされるよりも早く、翔飛を吹き飛ばす気でいるのだ

勝敗は、これでは分からなくなった

これで決まるのなら疲労など関係ない

これが、最後の一手なのだから・・・

―――ドン

勝負は、その鈍い音が響いた時、確定された

翔飛は、真っ直ぐ後ろに吹き飛ぶ

雄仁は、すぐさま身構える

倒してもすぐに油断しない、抜かりない、慣れている

翔飛は吹っ飛び、地面を二度三度、バウンドする

そして、地面に倒れ伏し・・・

30秒は、経過したか

すると、雄仁は構えた模擬刀を降ろして

「30秒も倒れれば確実に命は無いな・・・、
お前の完敗だ」
「あ、ああ・・・」

雄仁の言葉に、翔飛は苦しげに言い返しつつ、いや実際苦しいのだが、立ち上がる

「まぁ、疲れた体でよくやったとは思うぞ」
「ああ、練習、やりすぎかな・・・」
「それだけではあるまい」
「え・・・」
「例えば、試合で大きな敵を倒す為、大技を使った所為で全身を酷く痛めた、とか」

翔飛は、雄仁の言葉に言葉を失う

それではまるで・・・、前の出来事を、見ていたかのようではないか

いや、ただの偶然に違いない、と翔飛は自分の中で納得する

「大技は代償が大きいぞ?、敵にかわされると後が無い」
「あ、うん・・・」
「ゆっくり休め・・・」
「わかった・・・」

翔飛の言葉を聞いたあと、雄仁は日香に歩み寄り、模擬刀を渡す

「まぁ、すまないが持っていてくれないか、これ」
「え・・・?」
「私がまだ若かった頃、道楽で作ったものだ、ああ、両手で持ったほうが良い、重いからな」
「う、うん・・・」

道かは曖昧に返事しつつ受け取るが、持った瞬間、奇妙な感覚に襲われる

模擬刀にしては、何故こうも、ずしりと重いんだろう、と

まるで本物か、いや、それ以上の重さがある、間違いなく本物以上の重さがある

「翔飛、これは私専用に作った練習刀でもある、普通の得物よりも重く作られているから、これを扱いこなせば並の刀など木の棒にも等しくなるぞ
今度はこれで練習してみろ」

といって、日香のもっている模擬刀を指差す

ならば、と、日香は納得する

「あ、ありがとう、父さん」

翔飛は、相変わらず苦しそうだが、もう立てるほどには回復したらしい

「ではな・・・、翔飛」
「何・・・?」
「私はまだ死んでいるのは、任務の関係上、家族にすら「死んだ」事にしなければならない任務を請け負ったからだ」
「あ・・・」

彼の職業はテロリストやマフィアと戦う治安維持局の戦闘員だった

ならば、なるほど、そんな任務を請け負っていても不自然ではない

しかし、10年以上も事実を隠さねばならない任務とはいかなものか

壮大な、潜入工作なのか・・・

それとも・・・

「次の任務で、正式に「生きた」ことに出来るんだ、
ただ、嬉しくてな・・・、機密の漏洩なのだが、報告しに来てしまった」
「え、それってまずいんじゃ・・・」

機密の漏洩なんて、バレた日には即、死刑が待っているほど、重いものだ

彼の知る父親は、そんな事もわからない人物ではないのだが

「何、任務は明日にでも終わる、明日にも「生きた」事になる人間が、昨日生きている事を知らせたって、
ごくごく重要度の低い機密がばれた程度、誰が気にする?」

雄仁は、笑いながら言う

そう言われると、翔飛はほっとした

「ではな、しばしの別れだよ、翔飛・・・」

そう言う雄仁の、父親の背中に、何故か哀愁があったのは、何故か悲しみがあったのは、

強い意志を、強い覚悟を感じさせられたのは、果たしてなんであったのか

翔飛は分からなかった、ただ父のくれた刀を、握り締める事しかできなかった
















冷たい風が吹いていた

風が草木を揺らしていた

風の音が響いていた

草木の揺れる音が波のように響いていた

それ以外の音なんてない、静かで静かで、静か過ぎる場所に、二人はいた

互い、話す事もなく、見つめ合う事もなければ、抱き合いもしていない

ただ側に寄り添って、同じ時間を過ごしていた

昼は終わり、冬の空はそう数える事無く赤に染まるだろう

そんな時間、虚ろなる休息を

ただ静かに、享受していた

ふと、声が漏れた

「静かだな」



声が漏れた

その言葉を言った少年の瞳は眠そうで、いや、今にも眠ってしまいそうなほど虚ろだった

ふと、少女が言う

「膝枕」

あまりに断片的な、欠片しかない言葉だが

それでも二人の意思は通じていた

少年は、少女の膝に頭を乗せる

「なぁ・・・、こんな時間が欲しいな」
「今あるよ」
「そうだな」

それはきっと、確かな予感

不確かな推量にして確定された可能性、矛盾に矛盾の重なる未来を、少年は垣間見る

不確かなのは自分の今の時間があまりにも幸せだから

確定しているのは自分の中で強く現実を見る心があるから

自分の中の二つの心が相反していた

いずれ、この幸せが消える日が来るだろうと言う予感を

それはもう、すぐそこまで迫っている

「ありがとう」
「どうしたの?」
「いや、言いたかったんだ」

少年は、それだけ言うと、静かに目を閉じた

「お休み」
「お休み」

それ以降、二人は決して会話を交わす事無く、穏やかな時を穏やかな心で生きていた

日が沈む、その時までであったが

(この時を、永遠に・・・)

意識が淀み、消えていく中、少年の脳裏を過ぎった言葉は、それだけだった


















―――薄暗い部屋だ

窓から漏れる暁の明かりは、机やら本棚を映している

書斎だろうか

そこに、男が一人、椅子に腰掛けていた

「ふむ・・・」

男が呼んでいるのは何の変哲もない本だ

著者が実体験を元に世界はこんなんだ、人間はこんなんだ、とか

確定された意味を持ちながら虚ろなる脆弱な意味しか持たない

あえて言うならば「哲学」

人間個人によって多種多様に変わる故、

普遍と絶対を求めながらも普遍にも絶対にもなり得ない言葉

故にこの考えもまた虚ろで脆弱、覆すのは容易い

―――それはさておき

只の哲学書だ、男の方も、興味本意で読んでおり、それ以上でもないしそれ以下でもない

既に自己の中に確固たる哲学を生み出した人間は、参考程度になろうとも感化される事はない

「で、どうした?、「土の鬼神」よ」

そんな男の前に、いつの間にか巨大な男が立っていた

ギザギザに切り刻んだ髪に、適度に生やした髭、目は黒く、髪も黒く、髭も黒い

服の上からでも発達した筋肉を確認できるほど、体も鍛えている

巨漢の一言で片付けられる、そんな風貌の男だ

「一つ、尋ねたい事があってな」
「なんだ?」

巨漢、一見して粗暴なイメージを与えるその男の口調はやけに丁寧だ

かなり、ギャップがある

「・・・お前のする事に、意味はあるのか?」

巨漢の問いに、男は表情を変えず、黙って読んでいた本を閉じた

「黎治」
「それだけではないだろう?」

―――ヒュッ

その時

巨漢の体を、白くて黒いものが貫いた

白い、暁の光を受けて輝く

黒い、部屋の闇を受けて黒を放つ

黎治、と呼ばれた男は、顔を変えず、巨漢を睨んだ

大して巨漢も、体に巨大なものを、氷の柱を貫かれているにもかかわらず、

表情一つ変えなかった

痛みなど感じないのだろうか、しかし男の背中から生えるように突き出ている氷柱は、痛々しい紅の血を纏っている

「何を見た?」

黎治は顔色一つ変えず、巨漢に問う

「地下の、プールだよ」
「・・・・・・」

その時、黎治の顔が歪んだ

妬み、憎しみを感じられる、憎悪の形に口をゆがめる

「そう、貴様が今まで犠牲にしてきた・・・、ダークサイドの」
「ふ・・・」

その時

巨漢の体から凄まじいまでの炎が飛び出た



巨漢に刺さっている氷が、炎と化したのだ

それは、薄暗い部屋を、十分に照らす

そしてそこが書斎だと、初めて分かる

「ふん・・・!」

巨漢は唸る

すると

黎治の足元が崩れ落ち・・・、同時に大量の岩石が下から飛び出してくる

それは書斎をメチャクチャに砕く

何処にでも飛ぶ、しかし標的は正確に、黎治に定められている

しかし黎治は自身の周りに風の膜を作り、岩石を防いでいる

「流石だよ、土の鬼神、
ほんの少し前の療養中の身では、確実に砕かれていたかもしれない」

そう言う黎治の顔が、いやに愉しそうに歪んでいるのは、何故か

「しかし所詮はただの能力者、全てを支配する者たる私には勝ち得ない」

そう言って、黎治は、羅道の明王と呼んだ男に、飛び交う岩石全てをぶつけた

それは巨漢が放ったものなのに、まるで初めから自分のものだったかのように、使役した

巨漢の体は、炎と岩石の二重苦を浴びせられる

「く・・・!」

その時に巨漢は、初めて苦痛の顔を見せた

その様を、黎治は愉しそうに眺めながら

「息子が生贄に捧げられるのを恐れての事だったのだろう?、
しかし・・・、一番大切なのは自分の身だと言う事が分からなかった時点で貴様は愚か者だ」
「翔飛・・・!」
「貴様の得意とする土の術・・・」

黎治は愉悦感に浸った顔で、空中に円を描く

しかしその直後

岩の塊から炎が噴き出し、次に巨大な男が這い出てくる

その手に巨大な槍を持って

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

絶対的な至近距離

武人の一撃は、0.00000001秒の間に、黎治の体は爆ぜ、奇妙な怪死体に豹変する

筈だったのだ

しかし

爆ぜたのは

黎治ではなく

「ぐ・・・」

全身から血が溢れる

「我に付き従いし者、その体に呪を刻み、その支配からは永遠に逃れ得ぬ
逃れる術は我を倒す事、しかし支配される身にそれは叶わぬ、当然だろう」
「しょうと・・・、すま・・・ない・・・」

その男、雄仁は

土の鬼神と呼ばれ、黎治の右腕として最も有能だった男

そして一人の少年の父親であり、十数年前から公の記録にその姿を消した、

「死した」人間

彼は



真の死を得る・・・

その顔には無念と、最期に、息子の成長した姿をその眼に焼き付ける事の出来た満足感に、

満ちていた

「人として」
「ふ・・・、その言葉か」

雄仁の武術の流派の根底に在りし言葉

―――我、一人の人として悪魔の手も借りず神の慈悲も受けず、
我、一人の戦士として、我持ちえる全ての力以てして、道を開かん―――

「下らん・・・」
「そうでも、ない・・・」

だっ、と、雄仁は最期の力を振り絞り、黎治に向かっていった

それは自らの筋肉が発する力でなく、

人として戦士として、魂そのものを力と変えた最期の奥義

「土」の能力の、「土」の力の系譜を受け継ぐ者の持ちえる、大地の秘術

「黄泉路までは付き合ってもらうぞ!」
「それは、一人で逝くものだ!」

対して黎治は、破壊と混沌、元素の負の符号を高めた力
すなわち「絶望の炎」「死を運ぶ水」「虚無を呼ぶ風」「混沌と化した大地」

衝突する二つの力は互いに火花を散らし、部屋のみならず建物全体が爆ぜ、

そして閃光があたりを包んだ










広大な敷地と外見を重視した、掃除の屋敷の一角は、爆砕していた

これでも被害を抑えられた方か、下手をすれば自分を含め、周囲1キロは灰となっていた

雄仁の魂が弱っていた事が幸いしたようだ

「くぅ、げほ、げほ・・・」

やられた、と、黎治は憎しみに顔を歪ませている

「これは一体どうした事ですか!?」

騒ぎを聞きつけた兵士が集ってくる

―――やられた、完全にやられた

この騒ぎ、この一件で、自分の社会的地位は転落するだろう

これが言及され、今の地位が消えるまで、一週間とあるまい

これが雄仁の策か―――

(しかし・・・)

黎治は、目を鋭く光らせ、兵士を睨んだ

その蛇の形相に、兵士は蛙の様に固まり、動けなくなる

「今すぐ警察に変装しろ!、司令を言い渡す!」

黎治は、それでも内心勝ち誇った気でいた

何故なら自分の切り札は、まだあるからだ

黎治は、忌々しげに、足元にべったりとついている赤い液体を踏みつけた



暁の空に、一人の男が散った

その死を以て、新たなステージは開幕となる

















あとがき

今回は次回予告ナシです

いや、構想はあるけれど

しかし今回、かなり黒くなっちまったな、かなり、抑えたつもりなんだけど

前半超ギャクで行っていたのによ

とまぁ、とにかく話数が二桁になると言う区切りよいところで、第二章、始まり始まりー

でもこれが最終章になると思いますよ・・・


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