―――先も後も見えない世界

考えれば・・・、俺はこの世界にこそ存在が許された

長い苦痛と痛み、生きるなど、記号でしかない

しかしいつからか・・・

生命の実感を感じ始めた

静まり始めた憎悪を、また燃え滾らせるか、貴様のエゴで

ならば灼こう、その魂消し去るまで

・・・自分と、最愛の彼女の為に





DARK SIDE

第10話

終極の旅路の始まり







その日は雪が降っていた

窓から見える雪は、光っていた

窓の縁には霜がこびり付いていた

そして何より、暖房をつけないと寒かった

悴む手を擦れば赤くなる、吐く息は室内でも白い

そんな日の、事だった










「うぅ・・・」

雪の降る住宅街をふらつく足取りで進んでいく男が一人

静谷諦である

「やっぱ一気飲みはまずかったなぁ」

その前に彼は20歳未満なのだが

脳の命令を聞かないでたらめに動く足と赤くなった顔が、今飲んできた証拠だ

「しかも猛烈に眠いし」

昨日は夜中の5時まで起きていた

冬休みだからってタカくくっているからって、そこまで起きているか普通

と言うが、それが彼の普通である

如何なる時も自分のペースを崩さない

「さぁてそろそろ家に・・・」

と、そこまで歩いて、足を止めた

自分の家の前に、黒服とサングラスを付けた怪しい風貌の数人の男が立っている

すぐ隣には黒い車が置かれている

その排気口から黒い煙が流れるところを見ると、エンジンは既にかかっている

「なんだぁ?」

酔っ払っているからだろうか、諦は間抜けた声を出す

―――それを聞いたのだろう、男達は諦を見るなり、慌しく車の中に入って行った

勢いよく吹かれる黒煙、一瞬で遠ざかる車体

諦にしてみれば、その距離を縮めるなど造作も無い事なのだが・・・

「うぐ、酔ってて追えねぇな・・・」

と、気持ち悪そうに口を抑え、よろける

「・・・とにかく、家の中を見ているか」

その時の諦は、顔こそ紅潮した酔った顔ではあったが、

その眼は、獲物を狩る猛獣の眼だった











キィ、と、素っ気無く扉が開く

いつもはこんなにゆっくりには開けない、勢いよく、振り回すように開けるのだ

部屋の中は薄暗い、電灯はついていない

窓からは曇り空の光が差し込んでいる

人の気配が全く無かった

―――つまり、居る筈の人間がいない

「・・・無許可でデートに行く奴だろうが・・・、なぁ」

諦はむしろ別の可能性のほうを検討していた

あの黒服の男達があからさまに怪しすぎたのだ

空き巣などと言う平和な考えが浮かぶほど、諦の頭は楽観的ではない

―――局地的に、というか大部分はどうしようもないほど楽観的だが

しかしそれ以前に諦は戦士だ、修羅を知る、血を知る、硝煙を知る、死を知る

悲しみを知る、呪いを知る、嗚咽を知る、憎悪を知る、殺戮を知る、破壊を知る、破滅を知る

そして魂を、希望を、勇気を知る・・・

故に、本能の部分が反応するのだ、危険だ、と

「あの馬鹿・・・、一人で全部抱え込んだ可能性が大だな・・・」

諦はそう愚痴る

何度も言っていた

お前の命はお前だけのものではないと

ましてや愛を知ったのならばより一層、死から逃げるべきだと

お前は死を求めすぎていると

誰よりも孤独を知るが故に孤立して戦うことを望む、血が繋がらないとは言え自らの弟に、

何度も言ってきた

ちゃんと聞いていたかなど、詮索するまでも無く、答えは否、だが

諦は無言で家の中を探す

探すものの当てなどない、冷治の行方を知る手がかりみたいなもんがあればそれでいい

紙の可能性が大だが、そもそも残している可能性が低い

まぁ、そんな事している内に、冷治がいきなり帰って来て、あいつらは押し売りだろ、とか言う談笑でも繰り広げられればと、

諦は心の奥で願っていた

―――が

ガチャリと、扉の開く音がした

諦は一瞬、期待した

ああ、帰って来たんだな、と

しかしその一瞬の期待は、一瞬にして砕かれる

「あの、こんにちは・・・」

玄関に立っていたのは全身に毛布を纏ったかのように重ね着をした少女

急いでいたのか、息は荒い

しかし何よりも目を引いたのが、ありえない位に美しい蒼い色の髪だった

もったいないほど、バッサリ切っているが

「やぁ、月ちゃん、冷治を探しに来たのか?」

と、いつも通りの対応を心がける諦

しかしその声は、やはり震えがある

いやしかし、そんな心遣いは無駄だった

月江という少女の目は潤んでいた

「冷君から・・・、冷君から手紙が来て・・・」

涙ぐんでいる彼女は、それでも必死に話を伝えようとする

「・・・・・・そうか」
「そうかって・・・!」

諦の素っ気無い態度に、月江は思わず声を荒げてしまう

「月ちゃんと一緒にいないんだ、そして家に居ない・・・、かと言って今は冬休み、
あいつは、何をしに行ったんだろうな?」

諦は自嘲するように言うが、その目には確かな怒りがあるのを、月江ははっきりと感じる

それは誰に対する怒りなのか、定かではないが

「まぁとにかく、月ちゃんに聞かないと始まらないよな、
あいつが一人で居る可能性は大いにある、まずは・・・」
「だからっ!」

まるで話を聞こうとしない諦に罵声を浴びせて、その時になって始めて、月江は諦が話を引き伸ばしていたのだと知る

なぜならその目が、大きな悲しみを映していたからだ

「血は繋がってないけど、あいつは俺の弟だ・・・、
そいつが兄貴にも何も言わずに出て行くなんて事実、正直面と向かい合いたくは無いな、
だが、逃げられる虚構でもない」

諦はそう言って、大きく嘆息する

納得などはしていない、まず間違いなく怒りを感じる、震える怒りと、強い後悔

「上がってくれ、詳しく話を聞こう」

そう言って、諦は手招きした

月江は、ただ黙って従う事しか出来なかった









「・・・さて、冷治は何て言ったんだ?」

大半は諦の私物で埋め尽くされた居間で、コタツの中に足を突っ込みながら彼は言う

対して月江は行儀よく正座している

因みに机の上には菓子類が散乱しているが、客をもてなすような雰囲気は一切無い

「決着をつける、すぐ戻るって・・・」
「はぁ・・・」

諦は間抜けな生きこそ吐くが、その裏には強い後悔があった

―――あの時、あの車を追って居れば―――

止める事は出来た筈だ、あの時確実に

酔っていた自分が恨めしかった

―――もしかしたら冷治は、この時を待っていたかもしれない

自分で全てを背負う為、誰の助けも借りず、ただ一人、一人で

「月ちゃんよ、俺と冷治の昔って、話した事あったっけか?」

諦は何気なく、そんな話をしたかった

そして月江は、それを知りたかった

何故そうまでして自分が全てを背負うのか―――と

限界を超えた苦痛を味わってまで、何故そうして自分を追い込めるのか、と

「あいつと出会ったのは、8年位前か・・・、廃れたスラムの街だ、
テロリストが云々かんぬん言われていた時代で、この街には廃墟が沢山あって、
整備も行き渡ってない時代があったのは、知っているよな?」

諦の問いに、月江は黙って頷く

そう、その時代に蔓延った悪意、血を地で洗う抗争が続き、この国は混沌に満ちていた

そしてそんな時代に生まれたのが、彼女たちである

「死にかけだったな、はっきり言って、
息なんてしてると思えないくらい衰弱していて、服なんか無いも同然だった、
全身あざと切り傷だらけで、血塗れで、本当、酷かったさ」

そう言うが、月江はいまいちピンと来ない

諦の口調があまりにも淡々としていて、大した事のように思えないのだ

「ま、それでも必死に看病してやったがね、
それで何とか回復して・・・、話せる位にはなったさ、
尤もあいつは極端な人間不信で、人間嫌いで、とにかく、荒れていたな
目に付くものは全て潰していた、もう、怒っている顔しか覚えてないな、あの頃は」
「何で、そうなったの・・・?」

そんなのは正常じゃない

助けてもらったのに、憎悪を撒き散らすことしか出来ないのは、相当な理由があったはずなのだ

さもなくばただの狂人だ、しかし今の彼は狂人ではない、では狂っていたのは子供の時だけか、

それとも狂気を抑えているだけなのか

理由が分からない、だから月江は、諦に尋ねる

・・・が

「わからん」

諦はきっぱりと言い切る

「分からないって、そんなこと無いでしょう・・・?」

共に過ごしてきた時間は、自分より諦のほうが断然上の筈なのだ

だから、全く分からない事は、少なくともありえない

「あいつから言わないもん、聞いたって口つぐむしさ、
ま、そうだな・・・、あいつは俺の古い知り合いに似ていたな・・・」
「古い・・・?、諦さん、何歳?」
「49だ」

真顔で冗談を言う諦を見て、月江は少しむっとした顔になる

「冗談は止めてください、真面目に話を進めてください」
「わかったよ」

流石に悪いと、諦も思ったらしい

「まぁ、とにかく、そいつは冷治に似ていたなぁ・・・、
冷静で冷徹で、なに考えてるのか分からないくせに、
中身は子供で、俺を八つ当たりの道具としか見てないところとか、
しかも誰かに甘えないと生きていけないところとかもそうだな
さらに稚拙な自己犠牲、相手が生きてりゃそれでいいと思う大馬鹿野郎」
「本人のこと言ってるんじゃないですか?」

それはあまりにも冷治に似すぎだ

と言うか全て冷治に当てはまる

「いんや、DNAはアダムとイヴの子孫でもない限り一致しない、
て言うか遠すぎるから一致なんて無いだろうし・・・、完全な他人だ」
「じゃあ、その人は今何してるんです・・・?」
「死んでるよ」

あまりにもあっさりと、諦は知り合いの死を口にした

しかし、それが諦の無情だと言う事にはならない、彼の目には確かな哀愁もある

「生まれつき体の弱い奴で、しかも親に虐待受けてたらしくてさ、
疲れたんだな、生きるのに、だから逝っちまった、と」
「話を作って、無いですよね?」
「事実だよ、だからかもしれんな、冷治にあの知り合いを見出したから、
俺は冷治を引き取る気になったのかも知れん
・・・だからこそ、俺は冷治に死んで欲しくない、月ちゃんと幸せになってもらわんと困る」

そう言い、諦は一服つくような態度でねそべる

月江は即座に反論したい所だが、諦の言った一言で顔を赤くして、言葉を返すのが遅れた

「私が、冷君を探しに行きます・・・!」
「当てはあるのか?」

沈黙

ただの一言で沈黙

そう、当然ながら、彼女に当てなど無いのだ

冷治の兄である黎治が絡んでいることは知っている、しかし彼がどこにいるかは分からない

「諦さんに、当てはあるんですか?」
「無いね」

諦も即答

手がかりは0

「じゃあ、どうするんですか・・・」
「ん?、そりゃ根性出して頑張って捜せば、いつかは見つかるかもしれない」

それでは遅すぎると、諦は分かってはいるが

「冷君は・・・、一人で全てを背負って・・・」
「行方不明、本当に馬鹿なやつだよ、本当に」

二人、そう言って

共に疲れ果てたかのように、倒れ付した












「さて・・・、そろそろ説明が欲しいんだけどな」

都市へ向かう道中、やたら簡素な中古車の中で、冷治は隣に居座る人間を睨みながら言う

いや、冷治ではない、正確には冷治に潜む漆黒の闇、焔の闇、名を名乗らぬ「黒の男」だ

その眼光、闇しか映さない魔眼とでも言うべき瞳に睨まれて尚、妖艶な美女―――と言えば聞こえは良いが―――ソフィアは唇を微笑の形に歪ませている

「ベっつにぃ、私達のアジトへ連れて行くだけよ」
「阿保が、最初からこの手を使えばよかっただろう」
「つい最近気付いたのよ、うちのボスもこっちの方面に全力注いでる訳じゃないもの」

むしろ道楽同然のやり口でやっていたのだろう

自分の腹心を動かすとは言え、こんなチャチな網を張って捕らえようと言うのだから本気を出したとは到底思えない

それに捕まる冷治も冷治だが

純粋な力量と言う点においては、もしかしたら敵う所があるかもしれないが、

政治的な取引で敵う筈が無いのだ

「正義とか名乗る連中が、チャチなミスで立場危うくして、
慌てふためきとりあえずこうしちまえと言う焼け石に水的な馬鹿発想
新聞とか言う情報源に載っていたぞ、某官僚の家で謎の爆発発生、
政府は危険物があるらしいから全面的に捜査を行うと発表、嫌われてるようだな、お前のボス」
「いい加減変わってくれない?、だからあんた誰よ?」

なんとなく、ソフィアもこの少年が二重人格のようなものだとは了解したらしい

確かに二重人格のようなものだ、もう一つの人格「黒の男」は出ようと思えばいつでも出れる、

単に依り代として冷治を選んでいるに過ぎない

なぜならその証拠に、「新聞」に対しての知識が不十分だからだ

「変わりたければ変わるさ、ま、事を穏便に進めたければ変わらない事を推薦するが」
「聞こえてるの?、冷治には」
「聞いているんだろうな、耳元がざわついている、意識ははっきりしているようだ」

と言うかそもそも、二重人格だって全面的に受け止めている

こんな世間の常識から離れた話を真顔で出来るあたり

「じゃあ、今ここで分子分解で私らを分解しようが、ゴミ捨て場から引っ張ってきたボロ車を消滅させようが、
事態は一向に好転しない事を了承してねん♪」
「らしいぞ?、言いたい事はあるか?」

―――しばし沈黙

「直接話すそうだ」
「殺されないかしら♪、危ない坊やなのよね、あんたの方がよっぽどだけど」
「俺にとってはどうでもいい事だな」

そう言って、黒の男はしばし目を閉じる

と、次の瞬間には意識が冷治に入れ替わる

目も変わる、漆黒の魔眼から、茶色の混じった鋭い眼光、烏と鷹の違いか

「・・・・・・」
「フフン、つまり、ボスを殺す機会が欲しいのね」
「そうだ」

冷治は即答する

それこそが彼の目的であり、わざわざチャチな網に引っかかった理由でもある

「さてね、会う機会はあるわよ、―――尤も、貴方の中に潜む悪魔でも使わないと勝てないかしらん?」

ソフィアに言われ、冷治の目が引きつる

そう、彼は一度足りとも黎治はおろか、この女にすら勝てないのだ

全て、自らの肉体に潜む漆黒の悪魔の力を以てして、そうしなければまともにやり合えない

それが、その事実が、冷治の心を蝕んでいた

―――自分の大事な人すら守れない、と

「さぁて、寝ちゃったらどう?、今のうちに楽することをお勧めするわ
屋敷に着いていい待遇してもらうって思ってるんなら貴方の脳内は花が咲き乱れている事でしょうけど、
楽観という名のね」
「それは詭弁だな」

当然、そんな予測はしていない

地獄すら地獄と思えないような苦が待っているのは、容易に想像できた

完璧であった兄と、不完全であった自分

それ故に分け隔てられ、常に自分は苦痛の真っ只中にいたこと

兄自身も、その完璧さに酔いしれ、自分を見下していた事

そして今までの行動

この事実から、そんな楽観が出来るような人間など、余程の大馬鹿者だ、賢者ですらそんな考えには至らないだろう

「そう、私は寝かせてもらうわ、先ほど言ったとおり、私を殺しても意味は無いわ、
下手をすればあなたの待ちが消し炭になるかもね♪、
それに、暗殺してる役職柄、殺気には鋭いのよ、死体使いだからって本人弱いなんて発想ナシよ」
「ああ、分かったよ、要するに貴様に従えって事だな」
「うちのボスよ」

そう言って、ソフィアは無防備に眠り始める

あまりに無防備すぎて、このまま奇襲をかけても目を覚まさぬまま殺せるかと思えるくらい

しかしそれは態度の上、気は、確かに殺気を放っている

何かしでかせば、即座にソフィアの体、服の何処なりとに仕込んだ毒にやられ殺されるのは、目に見えていた

「・・・蹂躙、従属、奴隷、下らん・・・、
黎治、今すぐ殺しに行ってやる・・・」

冷治はそう言って、車の窓から見える巨大都市を睨んだ

彼の眼光は鋭く尖った嘴のようであった
















煮詰まっていた

手段と言えるものがない

どこにいるのか、何処に連れて行かれたかさえ分からない

「まさか、政府の中とかさ・・・」
「姑息な手を使う人たちなら、姑息な所に連れて行くと思う・・・」

というか全ては仮定だ

家庭と推測しか積み上げられない、ヒントと呼べるものなど欠片もない

「冷治、せめて携帯くらい持たせとけばよかった・・・」
「持ってないんですか?」
「立派な彼女がいても要らないとか言うしさ、連絡用に要るだろうが、と言いたい」

そう言って方を竦めながら、嘲笑うかのように、自嘲するように言う諦の顔に、生気の色は薄い

居なくなった、本気で心配している、つまり彼は、こう言う人間なのだ

兄として、ではなく、人としては、不気味なくらいに出来過ぎている、そんな人間・・・

「さてどうする、俺も月ちゃんもまったく心当たりが無いというか、詮索に推論に推量に推測に憶測に仮定に答えを求めても
やっぱりきちんとしたものは出ないわけで」

どうしたものか、と諦はやはり肩をすくめながら言った

「冷君、なんで・・・」

月江がそのフレーズを繰り返したのは、もう数えられないほどになっている

自分一人で背負い込もうとする冷治を止められれば良かった、しかし自分には、それが出来なかったのだ

無力な自分を呪う事で冷治が帰ってくるなら、そう思ってもそれが現実にはなりはしない、

分かり切っている当然の結果、それすら見えなくなってくる

―――そうしている内に、どれくらい時間が経ったのかわからなくなった

「月ちゃん、もうそろそろ帰らないと日ちゃん心配しない?」
「・・・・・・」

それは、その話は鬼門だ、分かっているが諦は言った

居間の入り口の上にかけてある古ぼけた時計の針は六時を過ぎている

冬真っ盛りな今、六時はもう暗闇に覆われている時間だ

家が近かろうと、年端もいかぬ少女の出歩く時間帯ではない

それが、実は心配性かもしれない冷治の事、いつも5時には帰る様諭していた

それが叶わないと、何度か家に泊まった事もあったようだ

抱いた事は無かろう、いつもどっちが床で寝るとかそんな話しか聞こえてこない

そんな楽しそうな雰囲気が、初々しかった

しかしやみもあったのだ、それは冷治にではなく、月江の方に

「帰りたくない、か、俺は家に居ない時は多々あったんだがな・・・、
帰りたくないなんて一度も思った事は無いぜ?」
「友達が居るんだって、ただ居心地が悪いだけだもの」

その現実から逃れる場所が、彼女の求めたものだと言うのなら

「冷治を逃げる為の口実にするって言うのならさ、俺はマジで怒るんだが」
「っ・・・」

図星―――いや、本気で好きなのだろう

同じような傷を知るからこそ共感し、分かり合えた

だが諦の言う事も的違いなどではない、正しく、正確に、月江の心を抉る言葉になっている

「やめやめ、今は冷治探す方が大事だ」

自分で切り出した話を自分で閉じさせて、身勝手な話だが、これはいつか言わねばならない事でもあった

「どうするの?」
「どうしようかな・・・」

そして堂々巡りが始まりそうな時だった

―――ダン!ダン!ダン!

玄関の扉がけたたましく鳴り響く

いや、身長が2メートルを超えるような大男が叩いているようなレベルではない、

極めて普通の人間が、ありったけの力を出して叩いているようなくらいだ

まぁ、それはつまり用事があるって事で、諦は面倒くさそうに、しかし正式な家主である親も、いつもの代理人である冷治もいない今、

自分が出るのが家主としての義務だった

「呼び鈴鳴らせば良いのにさ・・・」

と、諦が愚痴ると

―――バタン

失礼極まりないお客さんだ

いきなり最大限の力で扉を叩き、そして家主の対応も無く家に上がりこむなど

諦の眉間にしわが寄っているのはよく分かる

顔は変えていないが

「失礼な輩には失礼をする理由がある」
「それ、相手も失礼してこっちも返してって言う堂々巡り」
「何がなんだか、まぁとにかくどこの誰かは知らんが反社会的な行為をするのは叱らねばならん」

諦の方がよっぽど反社会的な存在のような気がするが

「誰か居るんで―――」

そこに見覚えのある顔が出たとき、もう遅かった

「チェストォォォォォォォォォォ!!!」

諦が、何処から持ち出してきたのか巨大ハリセンで、突然の失敬な来訪者を全力でぶん殴った

いや、きちんと手加減はしたようだ、死なないくらいに












「さて、どういう事?」

そう言う二人の顔は極めて陰湿だ、一触即発とも言う

先ほどまで座っていて、そのまま座っていてもいい筈の月江は立ち上がり彼女の方を向き、

その彼女―――無論日香だ―――も相手を睨んでいる

残念ながら、止め役である翔飛と宗吾は居ない、冷治も居ない

そして二人の足元に転がる物体一つ、なんか所々プスプス焼け焦げていたり

「何であなたがここに居るの?」
「私は何で家に入ってきていきなり殴られなきゃいけないのかっての聞いてるんだけど」
「そりゃぁ・・・、あんた無礼っすよ、挨拶抜きで押しかけなんてさぁ・・・」

足元で蠢く物体は、よろよろと奇跡の生還、基起き上がりながら日香に言う

極めて正論、家主の対応くらい待ちやがれと言うのが諦の正直な意見だ

「まぁ良いわ、気分悪いし、このまま帰る」
「勝手にすれば」
「喧嘩する為に来たって言うなら二人とも帰れ、ここは俺の家だ」

マジで一色触発、つかみ合い、言い合いなど当然の結果になりそうな状況での諦の口調は、極めて強いものになっている

怒気を感じられる、それは自分の家で好き勝手されているからという不快感から来ている訳では、ない・・・だろう

「日ちゃんよ、何があった?」
「別に、ただ翔飛にこの手紙渡せって言われただけよ、冷治が居なくなったら間違いなくここに居るって」

それが二人の捜し求めていたものだった訳だが

諦は、日香からしわくちゃにされた紙切れを受け取る
  シティ
「大都市の・・・、黎治の屋敷・・・」
「・・・それだけ?」

月江はそう言うが、それだけで十分すぎる手がかりなのだが、不明瞭な点が出てくる

何で日香が知っているのだ、と

憶測で書き殴られてはたまったものではないが、何故、冷治が居なくなる事を予見できたのか不明なのだ

ただ、そんな言い方をされて不愉快にならない方がおかしい

「私はわざわざ苦労してきてやったって言うのに・・・」
「何度も言わせるな、喧嘩する為なら帰れ、その方が面倒がなくなる」

諦はそう言って、居間を出ようとする

「何処に行くのよ」

日香が、とりあえずと言った顔で聞く

「無論、探しにいく、日ちゃん、ご協力ありがとう、しかしもうちょっと礼儀作法は学んだ方がよろしい、
女の子らしいとか言う以前に、人としてのモラルを問われる行動だぞ?」
「っ・・・」

そして部屋には二人、取り残される

「・・・どうするのよ、あんたは」
「当然、探しに行く」
「そう・・・」

皮肉を言い合う語調で二人は会話を交わした後、

日香の方が部屋を出て行った

「私が冷君を守るんだ・・・」

自分以外誰も居ない部屋で、月江は一人、呟く

それは決意の現われ、そして決して逃げ場所ではなく、居場所であると言う事の確認

意思力の強さの現われであった











夜の闇に包まれた路地、日香は一人、道路に出る

いや、一人ではない、道路の脇には少年が一人

翔飛だ

「翔飛・・・」

おかしい、いつもの彼ではない

その顔は暗く沈み、目から生気が感じられず、そして一振りの剣を抱きしめていた

「・・・行こう」
「ああ・・・」

日香は翔飛の手をとり、闇の道を進もうとする、するが・・・

足がくじけ、その場に座り込んで、そして泣き始める

「どうしたら良いの・・・?、また、また喧嘩しちゃったよ・・・」
「・・・・・・」

翔飛は、かける言葉が見つからない、というより、かける余裕がないといった感じだ

沈んだ顔は同情の色も哀れみの色も見せない、ただ悲しみだけを映している

「私達、辛いね、なんか、どこかでおかしくなったんだよ・・・」
「ああ、そうなんだろうな・・・」

そう言って、二人が結局、できた事は

手を繋いで、今は自分の居場所を確かめる事だけだった

―――冬の夜風が、ただ二人を蝕んでいた














―――それは、終極を告げる始まりの朝

それは、崩壊を告げる始まりの朝

信じてきた日常は、いとも容易く潰える―――



朝の冷気が町を覆うその日、諦の自室にて―――

「ふぅ・・・」

諦は溜息をついて、作業を振り返る

彼のもっているハンドバックの中には、金銭と着替え、それとその他様々な小道具が入っている

「これ位で十分かな・・・」

そう言って、諦は最後に鞄の口を閉める

当てはある、あるにはあるが、ならば余計なものは不要だ

ぶっちゃけ、言ってしまえば、金さえあればどうとでもできるのだし

「後はこれか・・・」

そう言って諦が持ち出したのは、違う袋だ

諦の身長とほぼ同じくらいの、太さは腕程度の細長い大きな袋を持ち出す

肩に背負うのだろうか、袋自体とほぼ同等の長さの紐がついている

「これに武器を詰めて・・・、と」

諦はそう言って、自らの得物を袋に詰める

太刀二本、小太刀一本、脇差二本、合計五本の、刀、そして西洋様式の短剣4本

それぞれ銘が違えば刃すら異なるもの、刀身の色さえ異なるものもある

だがいずれも、この国、この世界に代々伝わる秘宝を集めたものだ

そのどれもが、純粋な切れ味、及び霊的な効果、対魔の効能すら揃える優れものだ

諦は袋の形状通り、やはり肩に背負うと、鞄を片手に部屋を出る

そして階段を下る

床は冷たい、基本的に裸足で過ごす諦は、その冷たさを直に感じる

そして玄関から外へ―――には向かわなかった

何を思ったか、書斎へ向かったのだ

本来、そこの本棚は家主である諦の父親の所有する書物が並ぶべき書斎なのだが、

諦の父親は殆ど不在でまるで使われない、という訳で諦が趣味で集めた様々な書物、

大半は漫画と雑誌だが、魔術、妖術、武術の本もあり、ジャンルは多種多様

小説もあれば伝記もあり、歴史の本もあれば参考書、何を思ったか幼児向けの絵本さえある、

一般の民家にしては珍しいが、しかし部屋は6畳のスペースしかないその本棚には、

所狭しと無数の本が並んでおり、さながら小さな混沌を醸し出していた

諦はそこから、無造作に、いや、狙いを定めて一冊の本を、取り出すのではなく強く押し込む

すると、本棚が揺れ動き、後ろに下がる

かと思えば本棚は横にずれ、本棚があった所は空間が開けていた

「・・・・・・うぅーん、やっぱ俺の家って普通じゃないなぁ」

諦はぼやきつつ、空間の先を進む

天下の大富豪にはあり得ないこじんまりとした住宅だが、こんな仕掛けは他に幾らでも隠されているのだ

偽装工作のレベルは、概ね低いが、常人の目を欺くのは容易い






諦が降りた先は、開けた空間―――つまりは部屋だった

広さはせいぜい4畳半、広いとはいえない、むしろ狭い

部屋も実に殺風景だ、コンクリートで作られた部屋はまるで何もない

ただ、部屋の真ん中には、大人一人余裕で入れるくらいの穴が開いていたが

限りなく人為的な穴だ、正しく美しい真円の穴だ

しかもご丁寧に、ハシゴまである

「さって、俺も物使い―――魔物使いでも招喚師でも可だが―――だったな」

諦は一言つぶやくと、ポケットから石ころを取り出す

その石ころには、所狭しと無数の文字、奇怪で不可思議で神秘的で魔的な文字がずらりと並んでいるのだ

「うぅーん、詠唱って必要なんだろうか?、確か・・・」

諦は上目使いに、必死に内容を思い出そうとしている

そうしたままでいくらか時を過ごした後、ひらめいたかのように―――否、ひらめいて―――手を叩くと目を閉じて、

手を前に突き出す

「我願う、幾千幾億幾星霜の時重ね成りし人の意思、神と人の真理と摂理を紡ぐ事を、
無は消えよ、無は有に変わるが定め、有は有を保つが定め、我は無より有を生む、
我は確固たる意思を紡ぐ、我が手に在りし魂の記憶、無限の夢幻の煌きたる紋よりいでよ、
そして我に跪け、我が手足となり、我に仕えよ、我が力の断片たるものよ、
汝は我なり、我は汝なり、故に抗えぬが定め、我に仕えよ、我に仕えよ
大いなる翼を持つもの、空を駆け抜ける銀の風を鳴らせ」

紡ぐ、紡がれる呪文

諦の口よりいでたる言葉は力を持って陣を成す

そして諦は、手に持った石ころを、その陣の中に投げ入れる

石ころは落ちない、陣に受け止められ、静止する

そして陣が石ころを包み、石ころは陣に包まれ、光り輝く輝石と化す

それは輝き、それは翼、それは銀

光が光を成して、翼を成す、翼が翼を成して、銀を成す

いでたるは、銀の翼を持った鷹、大の大人の大きさはあろう、翼広げれば部屋の幅を超えるほど巨大な鷹だ

その、酷く幻想的な光景は、術者たる諦も魅せる

―――否、術者だからこそ魅せられるのか

だからこそ、ダークサイドと呼ばれた能力者たちは自らの力を極めんと求道したのか

「さって、じゃあ先に行ってくれ、場所は分かるだろう?、
一晩で書き上げた急ごしらえのシロモノだけど、それくらいの知識の「情報」は入れておいたはずだぜ?」

諦がそう言うと、鷹は黙って頷くような素振りを見せ、そして穴の中へ入って行く

「やぁ、月ちゃん」

いつから居たのか、そこにはかなり、いやとてつもなく不機嫌そうな顔をした月江が立っていた

「黙っていくんですか?」
「俺は一人で何でもしたいタイプだかんね」

諦はそう、軽い口調で言うが、当然、月江の顔色は変わらない

その、恐ろしく険悪な雰囲気に危機感を覚えたのか、諦は一度溜息をつくと、いつものおちゃらけた顔で言った

「何でかなぁ、きちんと睡眠薬入れたのに・・・」
「あの夜食に入れれば良かったんでしょうけど、コーヒーに混ぜるべきではなかったかと」
「ああ、コーヒーには五月蝿いタイプ?、うぅーん、お約束なんだけどねぇ・・・」
「冷君がいつも言ってます、睡眠薬の入ったコーヒーの味
いつもそんな事してたら冷君の体持ちませんけど?、気使いにも余計なものがあるんですよ」

事態はより悪化する

いつもノイローゼ気味の冷治を、少しでも休ませようと思って入れていた睡眠薬が、

こんなところで裏目に出るとは、誰が予想できよう

月江の不貞腐れた顔はより深刻なものになる

要求など一発で分かった

自分も連れて行け、と

「はぁ・・・」

諦は一度、深く溜息をつくと、降参のポーズをとる

そして、ポケットの中から一つの鍵と、何枚かの紙幣を取り出す

「・・・何のつもりですか?」

月江は、諦の意図が理解しかねない

「あの鷹、一人用、それに無理して一緒に乗ったら乗ったら危ないし、その事が冷治にばれたら殺されるし
それに、戸締りきちんとしてくれ、スペアは冷治の部屋に、分かる所に置いておいたんだがな」

そう言う意とか、と月江は納得する、表情も少しは和らぐが、表現の仕方は変わらず

不貞腐れた顔だ

「机の上ですか?、置手紙くらいした方が良いですよ?、鍵だけじゃ、普通の人は触らないでしょう?」
「いやぁ、泥棒さんの気質があるかなぁと」

その一言で、さっきよりよほど険悪になってしまう

「俺は大反対だぞ、君が死んだら冷治の帰る所がなくなる
例え君が冷治をどう見ていようと、今のあいつにとって君はかけがえのない人だ」
「私にとってもかけがえないんですよ、だから、何もしないなんて悔しい・・・」
「君が死ぬのが前提って言うネガティブな考えしかしてない俺だがな、君が居なくなって、
今まで一人の冷治はどんなに悲しむんだろうな?、泡沫の夢だ、なんて諦めきれるもんじゃないと思うぜ?」

そう、そんな事は無理だ

つがいの鳥が後を追う様に死ぬ、そんな事しか考えられない

そしてそれは、少なからずとも月江の心を揺れ動かす

「でも、もし冷君が帰ってこなかったら・・・」

月江は言いかけて、言葉を紡ぐ

しかし諦はだいたい理解した

その時は私はどうすれば良いの、と―――

その言葉に、諦も言葉を詰まらせる

自分が居れば絶対安全だ、といっても絶対に信用されないだろう

さっきネガティブとか言っているので、詭弁とか言われる事請け合い

それに、もう必要なものを渡してしまったし

「分かったよ、行くがいいさ、じゃ、生きてりゃまた会えるだろうな、きっと」
「直接乗り込むんですか?」
「おうよ、都市で会おうぜ、どうせマークなんて皆無なんだ、連中の屋敷の前までなら余裕で行けるだろう」

さっきネガティブとか言っていたからやっぱり後ろ向きな考えを持つべきなのだが

しかもこれは根本的に月江の身の安全に関わる事なのだが

いや諦のことだ、空中から見張るなんて事をするんだろう

「っと、忘れてた、これも持ってけ」

そう言って、諦は器用に肩にかけた長細い袋から、短剣一本を取り出す

きちんと鞘には収めてあるので、手が切れる心配はないんだろうが

「護身用、やっぱこれが無くちゃな」

そう言って手渡された短剣は、不思議な模様が描かれていた

幾何学的な模様、神秘的な模様、そしてそれは、刀身の色が青白いという特異な点からも、より一層の霊的なものを感じさせる

「自分の能力を高める為、古代の人々が好んで用いた短剣だ、
君の能力はあまり覚醒していないが、それを使えば成長を促進する事が可能になるだろう
こいつはその中でも特に高位のモノ、「異界魔術紋」の欠片、断片だ
彫られし紋は先に言ったとおり、霊感を高め自らの能力を開発する紋」
「三つが三つともですか?」

月江の言うとおり、その模様は三つ、円の数を言うなら刀身に三つ彫られている

「さてな、どうだろう」

諦は相変わらず、はぐらかした事しか言わない

「まぁいいわ、じゃあ、また会いましょう」
「おうよ、ここ、隠し部屋だから、きちんと閉じてくれよ、書斎の本棚を適当に押しこみゃいいからさ」

諦はそう言って、部屋から出る月江を見送った

見送った後で、呟く

「魔術紋の効能は三つ、一つはやっぱり霊的能力獲得の紋、二つめは勝利の為の紋、
そして三つ目は、恋人と必ず結ばれるって言うものだ・・・、ハッ、言えないけどな」

諦は自嘲しながら、暗い穴の向こう側を覗き込む

「さて、行くか」

そして歩み始める諦の目には、どこか虚しさがあった













次回予告


知ったのは絶望だ

知ったのは悲しみだ

ならばどうする

ならば歩まねばなるまい

自らの為、かつて愛した者の為、今愛する者の為

旅立ちの翼は飛んだ、そして彼らは翼持たぬ無力な鳥

だが、地を這い、希望に進む事は出来る筈なのだから


DARK SIDE

第11話

「黒の意味」


「急がないと、冷治、死んじゃうよ?」










つーわけであとがきだぁ

諦「んー、今回は俺の思い出話って言う意味深なシーンがございましたのう」

ン?、あれ、まるで関係ないから

?「俺とも関係ないってか?」

てめぇ、自己犠牲的か?

?「いんや」

そう言うこった、あれは単なる諦の記憶、そしてそれで終わるだけ

諦「つまんねぇの」
?「確かにな、こう言うのには意味を持たせるべきだと思うが」

んー、でもねぇ、ラストはもう決まっちゃってるし

諦「マジ?」

今は過程だからね

ラストの為の過程、んでもきちんと書いてるつもり

?「昔みたいに一日一話ペースは無理か?」

絶対無理

若さゆえってやつだなぁ・・・

諦「ジジィ、もう16だろう?」

そうだな、もう16に成れば十分老いたよ、って未成年やん!

?「阿保が」

まだ合法的に酒も飲めぬ歳じゃん・・・

?「阿保が」

阿保阿保言うな!、それを言って良いのは師匠だけだ!

諦「ンじゃ、収集つかなくなるからこの辺で、バイビー♪」

?「いつの時代の挨拶だよ・・・」



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