拳と拳が交錯する。

大地を白い光が覆い、空気を幾つもの閃光が断ち切る。

そこに常人の意志の介入する間があったか、正に、死闘と呼ぶに相応しい。

幻想的、神秘的な石造の遺跡は粉々に砕かれ、無残な姿を晒し続ける。

だがそれは、二人にとって意に解する事でなかったのも事実だ。

鈍く光る銀の閃光を自らの肉で受け止め、渦を巻いて走る肉の凶弾を銀の光で受け止める。

「諦ァァァァァァァァァァッ!!!」

ただ一言、野獣のような声が、木霊した。

男は右手に流れるような持ち方で構えた刀を、青眼に置いた。

死闘はまだ続く。





DARK SIDE

第16話

「事象の具現化・万物製造機」





「業太刀・其の一、斬撃迷宮ッ!。」

諦の持つ刀が振るわれ、銀の剣閃は多岐に分かれる。

まるでそれは、初めから同時に存在していたかのような神速の太刀筋

おおよそ人間の理解の範疇を超えた挟撃の魔弾を、しかし純はやはり人間の理解の範疇を超えた事で乗り切って見せる。

「おぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

獣の雄叫びと共に無数の光が放たれ、それは刀の太刀筋を静止させた。

それは何と言う事か、一本の刀の太刀筋であった。

「売れない大道芸だなッ!、神速の太刀筋を斬るに使わず牽制に使うなどッ!」

純は侮蔑も籠めて指摘し、諦の剣戟の正体を告げる。

つまり、神速の太刀を相手を追い込む牽制として使い、止めに一撃を放つ必中の太刀だ。

斬られると言う感覚から躱わし、しかしそれがやがて自分を追い詰める。

逃げ場などなく迷い迷って最後は滅ぼされる、脱出不能の剣戟の迷宮だ。

だがならば、初めから太刀を止めればよいだけの話であった。

純は、圧倒的な怪力を用いて刀身を止めた。

元の刀身が一つなら、それを止めれば全ては止まる。

―――諦の腕力が欠けていればその目算は正しかろう、止められた刀は何も出来ない。BR>
そのまま刀を弾いて腹に蹴りを打ち込んでやれば良いだけの話なのだから。

だが、目の前の男は、それ以上の圧倒的怪異を見せ付けた。

「!?」
「てめぇじゃ、挟撃の太刀も迷宮の袋小路も効かないからな。
正真正銘、同時攻撃を見せてやる。」

言って、諦は銀に輝くその刀を一切動かす事無く、純の左の脇腹と右肩に強烈な一撃を与えた。

驚くべきは、純がその刀身を持っているにもかかわらずに刀を振るえた事。

そして、攻撃がまったくの同時であった事。

「どんな手品を使った、てめぇ。」

痛む体の箇所を押さえながら距離を離し、明らかな憎悪と驚きを籠めて、純は尋ねた。

諦は鋭い眼差しで刀を青眼に構えて言い放った。

「お前な、俺の宿命を継ぎたいんなら、こんな大道芸は朝飯前だぞ。」

その言葉の裏にある真意を、果たして獣じみた少年は感じ取っただろうか。

少年と言う、ある種最も獣に近いヒトは、その言葉の表層の意味だけを汲み取り、怒った。

「そうかよ、てめぇはやっぱ、俺を馬鹿にしてんだな。」
「何がそうかよ、だ。」

折角構えた刀を、諦は力なく下ろす。

両手で持っているのはそのままだが、その姿勢には明らかな脱力がある。

だが純は、それをよしとする筈がない。

「お前さ、俺と本気で戦う気がないんだろ?」
「本当は冷治の事だけにしてやりたかったんだがな。
体が疼く、契約によって与えられた力が発現しかかっている。
純、貴様の最大の奥義で俺を仕留めろ、俺は最大の奥義を以て応対しよう。」

そして諦は、無形に構える。

だがその手に篭もった力は、何よりも強い。

大して純は、全身に漲らせた力を更に膨大させて、その奥義を発現しかけていた。

「臨、兵。」
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・。」

呟くように唱える諦、拳を構え静かに燃え上がらせる純。

「闘、者。」
「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・!」
「皆、陣。」
「だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・!」
「烈、在。」
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

純は正に地震のそれだ。

刹那的な大破壊、されどそこには極限まで至る破壊のグラデーションがある。

大気に満ちる気は、一斉に破壊された。

「灼天・砕山・神滅衝ッッッ!!!」

自らの拳を、火打石を打つが如くぶつけ合い、力の発現は決定となった。

純の周りに満ちる全てが破裂し、白で覆われた破壊の渦が巻き起こる。

全ては単純な破壊でさえあればよい。

純にとっての技とは即ち衝撃の度合いで決まる長方形のヒエラルキー。

弱ならば弱の技、中ならば中の技、強ならば強の業。

同じ威力を持つ技に同じ名は要らぬ、与える破壊の度合いが同じなれば、異なるプロセスをとる必要など無い。

破壊絶対、衝撃を極めた彼だからこそ辿り着ける、武闘家と言うにはあまりに異形な、しかし単純なシステムであった。

そして。

「天を灼き」「山を砕く」「神をも滅ぼす衝撃」。

灼天砕山神衝滅とは、極限まで高められた破壊で千の防御も防御ごと砕く、窮極の力技だ。

そこに知恵などない、ただ単純、シンプルを極めた技は、しかし技と言うある種の姑息を多用する者には絶対の無敵だ。

白一色の衝撃は即ち破壊だ、破壊の範囲は狭められているが抑えられてなど居ない。

狭めれば狭めるだけ同じところに大量の破壊が来る。

如何足掻いても躱わせない、幾千の破壊は決して獲物を逃がしはしない。

その一撃、その一撃でさえ金剛石の鎧は跡形もなく吹き飛ぶ。

世界中のあらゆる鉱物を以てしてもこの白を追及した破壊は止められない。

ただ威力だけを追い求めた業は結果、防御不能と言う考えれば当然の境地に至った。

ならば。

「前・・・!」

殺せば良い。

破壊だって、殺せるのだから。

諦の放った刀の一閃は紅く燃え上がる。

その一閃、その一閃がまるで意志を持つかのごとく美しく輝き叫ぶ。

紅い輝きが轟き叫ぶ。

「絶・一文字!、唸れ輝閃刀ッッッ!!!、我が剣戟は、石を砕き天驚かん!!!」

その最強の自己暗示と共に、静谷諦は全く別のモノへと変化した。

自身の全てが紅の気に染まり、持った刀は暁を明確に示していた。

黄昏、つまりは終末である。

石破天驚、そこに昂ぶるものは己が魂のみ。

荒ぶる高ぶるその全てに粗野は無い、石破天驚とは文字通り石を砕き天を驚かせる美き音色。

明鏡止水の果てに成される、武人の業で最も美しき業。

そこには余分なプロセスが多い、つまり技と言うものを顕著に示した技と言えよう。

単純を極めた業は獣、余分を求めた業は人間を示しているようであった。

白と紅が、此処に激突した。

全くの互角だ、横一文字に薙ぎ払われた紅の太刀筋は単純な破壊を次々と殺してゆく。

否、吸い上げてゆく。

その紅に、白き破壊を吸収し、自らの威力と変える。

だが白き破壊は無限大、この紅が喩え実体をもたぬ気で出来た「壊せない」モノであっても、

いずれ終焉は来る。

だからそれまでに打ち込む事が諦の勝利であった。

だが。

(やりやがるっ・・・!)

脳髄に響かせた言葉は、焦りから発したものだった。

白い破壊を吸い上げたは良いがその為刀が止められてしまっている。

届きつつあるのだが届きそうで届かない、時間まで持つかどうか。

時間まで持たなければ無抵抗の体はあの純然たる破壊に完全に殺される。

白い破壊を解き放てば懇親の腕力で放つ一文字斬りは純を二つに分断できよう。

だがそれでは白い破壊が諦の体を100は破壊する。

つまり相討ちだ。

諦が勝つ為には時間内に一撃を届かせる事。

相討ちの為には白い衝撃を放つ事。

純が勝つ為には時間内に一撃が届かなければ良い。

勝負の明暗を分ける要素は、明確であった。

「だあああっりゃぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「うおおおぉぉぉぉぉぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

獣の咆哮が重なる。

純は理性を捨てる事で完全に戦闘用と化した本能からそれを見た。

紅き刃は自らの総て足る白き破壊を確かに食い散らかしながら前進している事が。

諦は人間性をかなぐり捨てた体となっても尚残る理性から、それを認識する。

紅の刃は、確かに白き破壊に侵食され、破壊されかかっていた。

白が紅を侵食する、紅が白を食い荒らす。

紅が白を吸い上げる、白が紅を噛み砕いてゆく。

白が紅を打ち壊してゆく、紅が白を全否定してゆく。

後の先か。

先の後か。

もはやただ単純な力勝負は、故に何時終わるとも分からない。

純の顔はただひたすらに強張っている、今にも血を噴出しそうなほど、全身の血管が膨張している。

諦の顔はただひたすらに見開かれている、今にもその眼を、口から総ての臓器を吐き出しそうな勢いで体の総てが脈動する。

常人ならばその痛みでさえ廃人に追い込まれる力の代償を放って尚、二人に苦痛の二文字は無い。

何故ならば彼らの精神は既に獣だ、殺しあう事が目的の獣。

故に、体の総ては体として、生物として有り得ない使われ方をして、結果壮絶な悲鳴を上げる。

だと言うのにそれでさえ小事であった。

時間にして10秒程度だろうか、だがその時間は彼らにとっての1時間だ。

些細な、細かな時間さえ壮大に感じる彼らの感覚を以てすれば致し方のないことなのだろうか。

瞼を閉じて空けるその僅かな間に総ての剣戟を打ち込む刹那の殺し合いを繰り広げる者達にとっては。

―――ピシリと、音がした。

ごうごうとうなる気と気のぶつかり合いに、確かに響いたその音は、勝負の決着を意味した。

「ハッ―――。」

その声を発したのが、誰であったか。

もはや遺跡の神秘性など無いどころか、完全に無に返された空間は、詰め込みすぎた風船のように膨らんで破裂した。























かつん、かつんと薄気味の悪い地下道を通る。

今まで居たくたびれた回廊よりも尚湿気た空気が肌に纏わりついて気持ち悪い。

周囲を漂う異臭は思わず鼻を押さえずには居られないほどの悪臭と同じだ。

そんな中を、二人して恐る恐る歩いていく。

「何処に行くんだろう。」

堪らず、日香が呟いていた。

翔飛は答えない。

ただ、眼前の晴れない闇を睨んでいた。

しかし黙って、彼女に向かって手を差し伸べる。

「え・・・?」

日香はこの行動の意図を理解しないようなので、翔飛ははぁ、と一度溜息をついてから説明する。

「手を繋いでおくんだ。
そうすれば離れないだろ。」
「あ、そだね。」

言って、多分どっちも恥ずかしかったのだと思う。

電灯のない闇の中で二人は僅かな光源を元に歩くのが精一杯で、とても赤面した顔が向かい合える状況では無い。

因みに光源というのは日香の起こした炎だ、此処は光さえも届かない地下らしい。

「歩き出してから随分たつな・・・。」
「うん・・・。」
「そろそろ休みたいんじゃないか?」
「ううん、そんな事は、ないと・・・。」

言いかけて、日香の体は倒れた。

翔飛はすぐさま彼女を受け止める。

「あっ。」
「無理しすぎだ、莫迦。」

顔を僅かに高潮させながらも、日香は視線を逸らした。

単純な事、いつも力の発現などやらない日香がこんなに長時間力を発言させるのは堪えるのだ。

喩え生み出すものが微力であっても、力の行使自体が体をあらぬ方向に捻じ曲げる行為。

翔飛はもう随分昔になれたから平気だが、彼女はそうは行くまい。

翔飛は日香の前をゆらゆらと飛び回る光を掴み、掻き消した。

一面、闇黒となった。

「もう、如何すれば進めるのよ。」

翔飛の行為を叱る為に言うが、日香は内心安心していた。

彼が、自分の心配をしていると言う事実に。

「とりあえずだな、こう、傍に。」

手を取り合う感触が、二人にある。

なんてことない、手を触れ合っただけだと言うのに、二人は必要以上に赤面する。

暗闇はそれを見せてはくれなかったが。

「傍にいればいい、暫く休もう。」
「・・・うん。」

互いに互いの体温が昂ぶっている事を感じていた。

そしてそれからいくらかの時間が流れていた。

二人は視覚を奪う暗闇の中、手探りで探し当てた壁にもたれかかって座っているはずだった。

二人は。

「え・・・?」

気配が無い。

つい先ほどまでそこにあったはずの体温が無くなっている。

「日香・・・?」

翔飛は呆けた声で呟き、見えない闇でいるはずの彼女を必死に探し出そうとしていた。

「探し物は、此処には無いよ。」

その時、軽い口調の声が響いた。

「だって、もう貴方の手の届かない所に行った、かも知れない。
私達にとってはどうでもいい事なのよねん。」
「そう、ただ、暗殺が僕らの本分ゆえにね?、君は今日、此処で絶命する事となる、多分ね。」
「首を突っ込んでしまった不幸を嘆く事は無いわ、これは運命なんですって。
なんてナンセンスな言葉なんでしょうと嗤いたくなるけれど、運命は、変えられないから。」

嗤う声が響き。

翔飛は、ずぷりと、自分の中の何かが弾けている感覚を覚えた。

これが何なのか分からない、見えないのなら初めから分かる筈もない。

ただ、どさりと膝をついて倒れる自分の姿だけは、空想できた。

(日香・・・。)

その、想い、想われる人の名前を必死に呼びながら。
















からんからん、と、音が鳴る。

何処だろう、此処は、私は何処とも分からないところに立っていた。

私はついさっきまで翔飛と一緒に居たはずなのに、どこかも分からない、大理石で作られた聖堂に来ている。

ただ聖堂と言うのは単純に祭壇があるから聖堂だと思っただけで実際は違うのかもしれない。

と言うか、聖堂と言うにはそこはあまりにも不気味だ。

大理石の壁が松明の日で照らしあげられている所為だろう。

ほんの少しの工夫でそこは、異界になっていた。

だとすれば何のための異界なのか。

「それはね、君、望みをかなえるためのものじゃないか。」

枯れた男の声が響いた。










日香は赤い石造りの道の向こう、大きな扉の前に立つ突然の来客を直視する。

深く被ったフードは今は解き放たれ、そこに皺くちゃの老人の貌があった。

何処か昆虫じみている、とさえ思える老人、恐らく、この手の老人は大抵昆虫じみている。

その傍にはフードを被った長身の男、だろうか、女かもしれない、フードから見える口元は驚くほど綺麗で、だから分からない。

背が高いだけは分かる何者かが、老人の傍に寄り添っていた。

「貴方は、何なの・・・?」

警戒した声で日香は言う。

老人ははっと笑い、黒髪の少女を直視した。

目は、閉じられていたが。

「なんでもないただの老人さね、名前さえ忘れた、な。
時の流れは雄大かつ総てを腐らせて行く、フフフ、私は、私の名前と言う存在定義の証明の仕方を消耗させた。
まぁそこらへんどうでも良いがね、君。」

老人は瞑ったままの瞳を、しかし片目だけ開けて嗤った。

此処に来て、日香は、始めてこの老人が昆虫じみているのではなくそのものだと思えた。

とは言っても実際に昆虫だと言うのでは無いだろうが、その在り方は昆虫として揺ぎ無い。

例えば背中に醜悪な羽が生えていたって、少しも不自然では無い草臥れた老人。

彼は、笑いながら話を続ける。

「君は、「絶望の焔」を用いた事があるだろう。」
「何、それ・・・?」
「ああ訂正、本来君如きではありえない筈の大出力の焔、アレはね、単純な話なんだよ。」

老人の、ありえない筈の大出力焔、と言う言葉には心当たりがある。

無論、この前翔飛を救おうとした時に放った炎熱の事であった。

「君ね、と言うか君達はね、それを成すために生まれたもの。
ダークサイドとね、闇の側に立つのならばらしくらしく、四元素の負の側面を用いた称号。
水「生命」「死」、風「叡智」「虚無」、土「豊穣」「混沌」、火「希望」「絶望」。
わしは、わしの目的の過程で、君達のような存在を作り上げた。」

その言葉に、少なからずとも衝撃はあった。

作り上げた、と言うのは作り物と言う事だ。

それはつまり人であって人在らざる怪異ということになり、つまり。

「私は、一体・・・?」

突如突きつけられたそんな訳の分からない言葉を真に受けてしまって、日香は、自分がわからなくなった。

「ああ、いやいやそんな顔をしないでくれたまえ。
どのような過程であっても君の慕情に支障は無い筈さね。
いやまぁとにかく長い話をしよう、君の事も含めて、ね。」

老人は日香を安心させるつもりで言ったのだろうが、彼女の青ざめた顔は変わらない。

ただ慕情に支障が無い、と言うのは的確な言葉であったのあろう、日香は、それでも少しは穏やかさを取り戻したように見えた。

「ダークサイド、物使い、いろんな呼称があるがね、これらの力の源、考えた事ないかな?
彼らはね、概念を駆使する能力者なんだ。
とは言え、能力者なら能力自体が概念を持っているんだが、この場合は少し意味合いが違う。
概念から発する現象ではなく、概念そのものを現象にするんだ。
フム、例えば君の知り合いに原子を自在に操れる人が居たかね。
まぁ彼はわしの実験の過程で生まれた失敗作だがそれは今はどうでもいい。
原子を操る、と言う事は原子と言う概念そのものを現象にしている。
火を操れるんだったら火と言う概念そのものを現象にしている。
とは言え、火を操る力は火と言う概念から発火と言う現象を行っている、これでは結果が変わらない。
だがね、ダークサイドの力には意味があるんだ。
概念を駆使する、と言うのは概念の具現さえ行える、と言う事。
これはつまり、神の領域さね。
神様、或いはそれに準ずる存在と言う奴は、皆何らかの、象徴となる事物があるだろう。
太陽の神様、月の神様、豊穣の神様、つまり神様と言うのは、概念というものが意志を持った姿といっても良い。
唯一神なんてものは、万物と言う概念が意志を持った姿だろうね。
つまり概念の具現化によって生じた意志を持った概念、それが神様。
遥かな太古、もう何時かさえ忘れ去られてしまった昔。
この概念の具現化を行い、それによって生じたものを手中に収めようとした者達がいた。
その結果生まれたのがダークサイド。
此処とは違う宇宙ではね、秘術によって原初の「1」に至ったりする技術があるそうだが。
ダークサイドはそれとは違うだろうね。
あくまで物質の世界に縛られながらも無双を目指す、戦争好きなこの国の民族性からはまぁわかりやすい結論だ。
つまり概念の具現化を行えれば、それは概念と言う曖昧な、しかし質量だけはある力を得る事になる。
ゲームに喩えるなら攻撃力とか防御力とかが10倍20倍になるようなものだと考えれば良い。
ただ単純に自己を最強たらしめるために、この国の民族は自らの体の遺伝子に、概念を具現化する要素を刻んだ。
さて、これの最終到達点とはつまり、万物総て、或いは宇宙なんて概念を具現化する事だね。
これってつまり、宇宙の創造。
こんな考えを生んだのはわしのような偏屈者だったがね。
しかし宇宙の概念の具現化なんてムリだ、何でって質量の差じゃない、宇宙の概念って奴は、それそのものが意志を持っている。
つまり既に具現化されているんだ、そして誰にも縛られない。
他の概念は意志を持たないのだがね、宇宙だけは宇宙の意志、って物を持っていて、更に調停者と呼ばれる抗体さえ保有する。
だから大本から作るしかなかったんだね。
わしはそのために、この世界を形作る元素の概念の楔を打ち込んで、そこから宇宙を創ろうと思った。
宇宙は「1」ではなく、ある事物から成り立つものに過ぎない。
それに宇宙の創造なんて日常的でね、平行宇宙の発生って奴はそのまま宇宙の創造になるだろう?
まぁよいが、そのために因子を持つものを作り上げた。
実は成功例が一つだけあってね、最初は成熟した大人に打ち込んだが何時までも目覚めなかった。
よって成功例の再現として赤子に因子を打ち込んだんだ。
とは言え既に土を使ってしまったから替えが無かったからこれは、まぁ予行演習みたいなものだったんだが。
だから君はね、人であるものに因子を打ち込んだんだ、だから、そう悲観する事ではなかろう。
様々なプロトタイプとして四大元素をつぎ込んだりもしたが。
これ、黎治の事な。」

言って、にやついた顔で老人は日香を見る。

「君は火の因子を打ち込まれ、君の姉は水の因子を打ち込まれ、君の想い人は風の因子を。
君達がめぐり合うのは、ちっとも不自然な事ではない。
失敗作も含めて、随分と強い縁で結ばれていたようだから。」

日香は、老人が自分に何を望むのかが、予測できてしまった。

それを老人は彼女の顔から知って尚、確固たる現実として告げる。

「君は力を目覚めさせ、わしの目的の礎になってもらおう。
新たな宇宙創造の為に、「火」の概念を顕すのではなく、「火」そのものになるために。」

その言葉を受け、日香は一歩、後ろに下がる。

老人の代わりに、フードを被った人物が歩み寄る。

「彼、そして彼女であるこれはクィンテセンス、何者でもあって、何者でもない。
ただ、宇宙創造に欠かせない要素、物質ではない、そう、精神的なものを形作る元さね。
これもね、覚醒一歩手前なんだ、今から殺し合いをしてもらう、どちらかが目覚めれば、それで良い。」

言って、その時老人は、初めて昆虫らしい醜悪な笑みをこぼした。

―――それを、嗤って見ている人物が居る事を、誰も知らない。

「い・・・や・・・。」

日香は、精一杯の抵抗で、漸くにその一言を口に出せた。

だが老人は昆虫の笑みを崩さないままに、それを見せた。

「君に拒否権は無い筈さね、ねぇ?」

言って、聖堂の扉がばたんと開かれた。

そこから出てきたものを、日香は認められなかった。

十字架に貼り付けにされた、翔飛。

ぐったりとして、まるで動かない、その胸は紅く染まっている。

「何を・・・。」
「くっくっく、力を目覚めさせてくれればね、彼の体を元通りにしてあげてもいいが・・・。
そうそう、脳は心臓を失うと3分後に死亡するそうだ、此処に連れて来るまでに1分使ったから、あと2分かな。」
「あ・・・。」

呆けた顔で、少年を見る。

呆けた声が漏れた、その一言で。

彼女の中に在るスベテが弾け飛んだ。

殺せと、告げる。

炎は、蟲を焼き尽くすものだろうと。

中にあるもの、全てを渦巻かせて、彼女は。

その指先から、燃え上がる灼熱を生み出した。

体がぎしぎしと歪み始める、が彼女はそんな事を気にしてなどいない。

させない、その一言が、脳内を埋め尽くした。

「さぁやれ!、第五元素よ!」

その、怒れる炎の女神の様子を見て歓喜した老人は、第五元素の象徴に命ずる。

「目覚めよ」と。

フードの中の人物はフードを被ったまま日香に突撃する。

何の策もないただの突進攻撃、だがその速さは弾丸のそれより尚速い。

そもそも一般人の域を出ない日香ならば視覚さえ出来ないというのに、今の彼女は、

殺す事に、長けていた。

ぼう、と燃え上がる指を突きつける。

フードの中の顔にその指をあてがう。

元々高速で突進してきたそれは、自身の速さが為に燃え上がる人差し指を顔の中に埋め込んでしまう。

自分の指が悲鳴をあげたと言うのに、日香は、ただ静かに怒りだけを湛えていた。

燃え上がる指はフードの人物の血管の先の先に至るまで燃え上がらせる。

クィンテセンスと名付けられたそれの血液は、常人より遥かに高密度の霊力の塊だ。

つまりそれだけで、例えば魔術とか、魔法とか、或いはダークサイドの用いる概念の駆使とかを、通しやすくなってしまっている。

無防備の血液が、無防備なままの人物を焼き尽くした、だというのに。

フードの人物の突撃は止まらず、日香に単純な頭突きを与えた。

日香は後方に激しく吹き飛ぶが、食い込んだ人差し指が抜け切らず、それだけがフードの人物の体内に残った。

指があったところから血飛沫が舞い、今まで感じた事もない強烈な痛みが日香を襲う。

だけど止まらない、彼女はもう、止まらない。

「ククッ、あそこまでピンポイントで出すとは、しかし温い。
あのような暗殺者を焼き尽くす程度では、四大元素を統括する第五元素は焼きつくせぬ。
自らの肉体全てを炎に変える、純然たる完全な絶望の焔を用いるしかないぞ。」

あの、五月蝿い蟲を焼き尽くす為に。

ごつごつとした岩肌に激しく打ち付けられ、口から血を吐き出す、だが彼女はそれでも終わらない。

憎悪に燃える炎で憎める全てを焼き殺すまでは。
 焼いてやる
Es brennt

憎悪が口から漏れ出し、その言葉は確かな炎となってフードの人物に襲い掛かる。

人物は、それを、手についた水を払うような動作だけで消し去った。

Es brennt

炎は再度放たれる、しかし人物には届かない。

Es brennt

灼熱の炎は届かない。

Es brennt

その実、摂氏鮮度を超えるであろう灼熱が、まるで届かない。

今で何秒、怖い、時間の経過が怖い。

日香はもう、これしかないのか、と、自分の全てをかき集める。

自分の姉だって、その恋人だって、大切なものの為に命を投げ捨てる意志があるのなら、

彼女には、大切なものの為に全てを投げ捨てる覚悟があった。

    絶望の炎 「Verzweiflung Feuer


呪詛が、何も無いところから焔を発するのではなく、彼女自身の体を、炎に変えてゆく。

自分の体が燃え上がる感覚を感じたが、それでも尚、日香は止まらない。

蟲は、その様を、悦に浸った顔で眺めていた。

漸くに、望みが叶う、そんな、笑みだった。

だと、いうのに。
止まれ
「Is」


その言葉は、日香でも、フードを被った人物でも、老人でもない声が、放った。

日香の体は急速に冷えてゆく。

燃え上がり、塵にさえならない筈の炎は、服が焼け焦げた後を除けば、完全に元通りだった。

その、冷たい様に若干の怒りの冷めた彼女は、翔飛の心臓の部分を抉る人物を視る。

それは、黒だ。

黒い、黒い、ただただ黒、黒という概念が、人の形をしたらきっとこうだ。

短い黒髪は冷治を思わせたが、見るだけで畏怖を感じさせるほどに流麗なその顔は、彼とは似ても似つかなかった。

目は、黒い、光さえ、宿さないほどに。

それが盲目からではなく、純粋に黒いからだと、日香は直感で思う。

フードの人物が、その黒い鎧の男を見た。

無言で佇む機械のようなそれは、その時になって漸く、驚きという人間らしい行動を見せる。

「っと、これで修復完了。
フン、同じ肉体は作れないが同じパーツは作れる、か、とんだ矛盾だな。
どれも、水と肉で更正されているという点は変わらないのに、全か一部かの違いで分かれるのか。」

男は、ずぶずぶと翔飛の胸から腕を引き抜いていく。

どんな奇跡か、引き抜かれた跡には、元通りの胸が戻っていた。

「大体俺も御節介だな、滅茶苦茶苦手な再生なんて行為をこんなどうでも良い奴の為に使っているんだから。」

言って、黒い男は日香を視る。

日香は、男に恐怖という感情しか抱く事は出来ない。

圧倒的に、黒、黒、黒、正に、この世、総ての黒。

「さって、炎使いなお嬢さんは暫くそこで見ていなさい。
そんな、第五元素なんて曖昧な名前を持った奴なんぞな、刹那も要らん、とは、あの格闘莫迦の言葉だったか。」

クック、と口元を歪ませ、驚いた顔で見つめる老人を無視してフードを被った人物に、自らの手を向けた。
一時的な死ね
「Wurfel」

その一言で、フードの人物の体内という体内から黒いナニモノかが溢れ出す。

黒いそれはフードの人物の何もかもを破壊しつくし、喰らい尽くして滅してゆく。

人物は最期まで機械のままである、ただ無感動に、自己の破滅を傍観しているようだ。

最後に、フードの中の、何もない顔を覗かせて。

「存在否定者が、ナニモノにもならない奴が、どうやって真理に至れる。
ってな訳で、爺さん、名前は何だ?」
「名前・・・?、そういう貴様こそ、何者!?」
「なんだ、名がないのか、なら貴様の存在も否定だ、ふむ、蟲と言う概念にぶら下がる寄生虫とは、皮肉だな。」

自分で言って、腹を抱えて笑い出す。

あまりに歪なその様に、そして折角の悲願成就がための計画を邪魔された事に対して、老人は怒りもあらわに男に呪詛をかける。

「貴様の、貴様の名をなのれぇ!」
「名乗るほどのモノじゃありません、とは言えね、名前というのは体だけでなく本質を現す。
ま、俺は名前なんてものは無数にあった時点で、俺という存在を顕したんだろうがな、真名は何時だって一つ。
全く、では名乗ろう、我はアートルム、とは真名であり偽名である。
何故って?、俺は奈落とも、黒とも、闇色とも、漆黒とも、極黒とも、フン、名前なんてものを挙げればキリが無いから、とりあえずこの世界ではそう名乗る事にしたんだ。」

アートルムは、未だ笑いを含んだ顔で言い放ちながら、かつんと甲高く足音を鳴らす。

光を映さない漆黒の足具は、しかし鈍いもので出来てはいないようだ。

「そこのお嬢さんは暫く黙って居てくれ、ったく、もう一人の仕事人が駄目駄目な所為で俺に回ってきやがった。
あいつ本当に仕事しているのか?」

張り詰めた空気に似合わないふざけた口ぶりで毒づきながらも、しかし男は老人を直視する。

殺される、この男に睨まれた時の第一の思考が、それだった。

「爺さん、この国に昔から居たって言うなら、調停者は知っていると思うんだが。」
「く、この宇宙の、この宇宙を守護する者、まさか、貴様・・・。「ご名答、調停者とはこの世界だけで生まれるものじゃない、資質さえあれば、誰だってなれる公平なもんさ。
尤も、俺は調停者の中でもとりわけ歪なんだよな。」

怯えてがくがくと震える老人とは対照的に、アートルムは軽やかな自然体で言葉を返す。

「だが、だが問題ないはずだろう!?、今更宇宙が出来たって・・・、宇宙なんてものは大量にあるじゃないか!」
「ハッ、意味合いが違う。
確かに平行宇宙は今日も生まれたり消えたり一つになったりしているんだがな、だが、元が一つなんだ。
総ての平行宇宙の源となった「1」、000とも呼ばれるが、平行宇宙の発生は、結局「1」であるから容認される。
けどな、お前は新しく「1」を作ろうとしているんだ。
それがどんな結果になるかは知らない、宇宙自身でさえ観測できない事なのだから、だが、両方消滅する、って可能性は容易に想像できるだろう?
まぁ要するに、この宇宙は一つの風船にちょうど収まるように存在しているのに、新しく宇宙が出来ると破裂するって事だ。
だから、新しく宇宙を作るなんてのたまう奴は、芽の内に刈り取るのが原則なんだ。」

淡々と話す黒い男を見ながら、老人は体の震えを一層昂ぶらせていた。

調停者、それに狙われたモノは、存在さえ出来ない。

何故か、それはこの宇宙自体の害虫ならば、それは宇宙そのものに滅ぼされる。

調停者を相手にすると言う事は、自分の居る宇宙そのものに勝負を挑むのと同じだ。

アートルムはその軽薄な雰囲気とは全く違う、明らかに異質な威圧感を見せていた。

「お前、そういえば体の調子が悪いとか、そんな話聞いていないか?」

一転して真面目な口調で告げる男に、老人は救いを請うような眼差しでがくがくと首を縦に振るう。

同意、肯定、老人は生まれついてから、体を入れ替えてもどうしてだか、どの代の肉体も悉く原因不明の症状を訴えていた。

肯定と受け取った男は、さぞ面倒くさそうに舌打ちした。

「何だ、だったらお前は何もしなくても滅んだんじゃないか。
他の調停者が平行宇宙に散らばったお前を殺していっている、お前自体は千年単位で生きている怪物だろう?
ならその間に発生した分岐は大量だ、お前という汚れは、時を越えて断ち切って行くしかない。
一番適当なのが生まれるという事実を消す事だな、パラドックスの調整は宇宙自身がやってくれるから大丈夫だ、
が稀に時の軸から外れたまま生き延びる輩が居る、それも割りとしつこくてな、最長で駆除に何千年かけるらしいな。
ま、こういう生き残りの掃除を俺が受け持った、という訳か、チッ、つくづく貧乏クジかよ。
はん、どうせどう足掻いたってお前は悲願に到達し得ないのに、思想を持っただけで駆除とは宇宙も器が小さいが、どうでもいい。」

がちゃりと、男は剣を握る。

黒い剣だ、もう、黒という色しか存在しない、黒を凝縮して具現化したような剣。

命乞いしても助からない、と感じた老人は、しかし疑問を投げかける。

「何故、到達し得ないのだ・・・。」

当然の疑問、自分は、自分が正しいと思った方向に働いたのに、何故それが無駄だと言い切られるのか。

男は、少し笑うと、剣を無形に構えた。

「調停者の刻印を持つ俺が現れた時点で世界の分岐は止まっているから講義してやろう。
この国の武人達はな、知ったんだよ、概念そのものを現象にしたって何も変わらないと。
例えば火か、火を生み出すという結果さえ得られればそれが概念から発したものだろうが概念そのものだろうが関係ない。
火という概念は、明確だろう?、曖昧じゃないんだ。
そう、神様が成る概念というのは皆明確でね、それゆえにはっきりと性別が別れたりするし人型になって混沌した概念の箱である人間と話せたりする。
火の因子を打ち込んだ?、だからどうした、火を生み出したければガスバーナーでも背負っていればいい。
何も無い所から火を生み出す超常にこだわるなら、火の因子を打ち込んだ時点で成功している。
いいか、「1」とか000とか呼ばれている奴は曖昧にして明確にして混沌とした矛盾螺旋、矛盾回廊、矛盾してないのに矛盾しているという矛盾。
全ての発生の源であるが故に、火と水と土と風と、後エーテルなんてモノをつぎ込んだだけじゃ成立しないんだよ。
第一、概念全てならば全てを背負っていなければ意味が無いぞ?、操れるだけでは差こそあれ、本質が変化しない故に意味が無い。
火の概念を背負っているなら、この世界のあらゆる火を管理できなくてはならないが、その少女にそんな事は出来ない。
お前が最後まで出し惜しみした、いずれお前が乗り込む意志の無い人形も。
お前の望みは初めから叶わない、四大元素とその統括を操れることにこだわった時点でな。
この国の武人が求めたのは確かな強さだ、結局、自分を極めて極めて辿り着けるところまで辿り着こう。
調停者はその目安だ、みたいな事になってしまった、かつて求めた概念の具現も、能力者という遺産を残しただけだった。
けど、曖昧な概念というのも確かに在るんだ、盲目だなジジイ、俺という成功例を知っているというのなら、全て同じにしなければならなかった。
「色」、神様が象徴する色を持っていたって、色そのものを象徴する神様は居ないだろう?
色、それは文字、音に並んで世界を構成する因子だ、しかも、文字や音のように既に概念になっていない、
にもかかわらず曖昧で、質量だけはあるチカラ。
お前、言っただろう、成功例があると、今目の前に居るのが成功例だ。
「全ての黒」なんていう主観によって万華鏡、矛盾だらけで曖昧で、だというのに馬力だけは出鱈目な奴がな!」
       アートルム
嘲りも籠めて、「黒」という名の男は最後の一言を言い放つ。

その、言葉を受けて、老人はわなわなとあごを震わせた。

「遠い世界に、概念を背負った者が居ると聞いた。」
「そりゃ俺だ、とは言え黒そのものにはなれはしなかった、楔、と言うのが近いが、俺が死んだからといって黒は暴走しない。
まぁそれはどうでもいい、それよりジジィ、お前どうして名前を持たない?」

言われて、老人は果て、と首を傾げる。

自分には名前が無い、あったはずなのにそれが消え失せてしまっている。

どうしてだろうか、簡単な事、遠い年月が自分の名を磨耗させていただけだ。

或いは肉体を差し替える時の誤作動で、使い捨てた体のどれかに名前の情報を置き去りにしていたのかもしれない。

ただ名前が無い、その事実を、老人は不便だなとど思わなかった。

けど、目の前の男はそれが重要な事だと、態度で訴えていた。

「名前と言う奴は自分を示す因子、存在因子でもとりわけ重要。
名は体を表す、と言うが、名前と言うのはその「モノ」の全て語っていると言ってもいい。
だと言うのに名前を失ったお前はとどのつまり、初めから存在を否定される存在だった、と言う事だ。
存在否定者、否定される、無価値ではなく無意味の存在、アカシックレコードと言う水溜りの、波紋になれない存在。
俺は一貫して、無名の存在をこれに定義する。
それでもお前が波紋に慣れたのはさ、要するに、お前は「蟲」って言う概念を背負っていたんだな。
概念と言う奴は、大本の部分から引かれ、大小の差こそあれ誰もが背負うもの、だから不毛だ。
この世界に存在している時点で、概念によって生き、生かされている、ただ、どの概念の「全て」になれないだけで。
「全て」と言うのならそれが神と言う奴だから、それにな、ジジイ、ひとつ思い違いをしていそうだから言ってやると。
お前から見たら俺は全能真が如き能力者だろう、だが最初からこうなっていたんじゃない。
俺は俺の年齢が分からない、数える事が億劫になるくらい生きたから。
だけど真理には到達し得ない、結局さ、お前は急ぎすぎたんだ、到達する道があるわけないんだよ。」

アートルムはそこまで言って、昆虫の老人に、ざくり、と無慈悲な黒い剣を打ち込んだ。

とは言え、能力者として完成された男が、何より蟲なんてしつこいものがそうそう簡単にくたばりはしないだろう。

だから、最後に。

「俺は蟲が嫌いだ、何故って、容姿が美的センスに欠ける、羽音が美しくない、何より、食えない。」

嗤って、嘲って。

未だぎちぎちと蟲の音を立てている老人の体の奥から、深い闇色をぶちまけた。

老人の作り物の肉体は弾け、内から、ただ黒いものが流れ出す。

そんなもの興味もなさそうにアートルムは剣を消し去る。

これが、彼にとっての剣を鞘に収める行為に当たる。

そして、岩肌に打ち付けられたまま今しがたの光景を見つめていた少女を見る。

恐怖と、痛みと、そして何より、想う者の命がかかっているのでは、と言う不安に駆られ、

その顔は涙を流し、口からは涎が垂れていた。

「あ〜、先ずは安心しろ、足元の男は本当にどうでもいいんだ、だから向こうから抵抗しないかぎり殺さない。
無駄な殺生はしないタイプなんで。」

アートルムはそうやって弁解するが、体の各位がまともに働いていない日香に彼の言葉は届かない。

耳が、聞こえているかどうか不確かなのだから。

「ったく、お前が相手にしたのは這い出た蟲か、これが端役の性という奴だ、諦めろ。
俺はこれで帰る、何時までも俺が二人いるのはよくないからな。
意味は分かるだろう、静谷冷治とか言う少年の中に潜む俺、
この世界の監視者が戦闘専用でまるで駄目なんで監視の為に送り込んだ投影だが、なんだか大変な事になっていてなぁ。
最低限の機能しかないが体の能力を限界以上に引き出す位は出来るだろう。
まぁ全てが事後になってから改めて「俺が」来ているんで、だから上の奴らがどうなるか知っている。
とは言えネタバレなんて野暮な事はしない、つぅわけで俺はもう帰る。
てかあいつ、まだ寝てたのか、上でふんぞり返っている奴も抹殺対称だと思うのだが、はて。
兎に角、昨日徹夜でゲーム漬けだったから眠くて眠くて、・・・あぁ、殴らせろ純一、メイドさんを、莫迦にするな。」

ふあぁ、と欠伸を上げながら、最後の部分でぐっと引き締まった顔を見せ、

アートルムと名乗った男は漆黒の闇に包まれる。

ただ二人の人物を抹殺した、と言う事実の痕跡だけを残して、完全に姿を消した。

後に残されたのは、日香と、服に貫かれた痕跡を持つ以外は変わらないままの翔飛だった。

恐怖は男が消えた時点で消え失せ、同時に殺される、という不安も掻き消えた。

後に残った、体を蹂躙し続ける痛みを抑えながら、日香は這うように翔飛の元によっていく。

痛みの為、立つ事さえままならない。

匍匐前進、と言うにはあまりに拙い動作の為、服が悲鳴をあげ始める。

このままでは辿り着く頃には服が剥がれていないか不安に思ったが、それよりも彼の元に寄る事を優先した。

ビリ、と上着が破れた気がした、けれど気にしない。

頭はがんがんに痛い、馴れない事を立て続けにした代償は、全身の機能をおかしくさせている。

だけど、それでも、日香は止まらない、止まる訳にはいかないのだ。

愛している、と心の底から思うが故に。

ずる、と下着がずれていっている、けれど止まらない。

そうして這って、這って、這い進んで、そして漸く、翔飛の下に寄り添う事が出来た。

共に、眠りにでも就くのか、場所が違っていれば昼寝をしているとも思える光景だった。

けれど彼女のすべき事は眠りにつくことではない、眠りから覚める事だ。

そっと頬に手を寄せる。

すぅ、と言う息が聞こえて、少し安心した。

本当は、このまま眠りにつきたい気分だった。

けれど眠ってはならない、彼が起きるまで、決して眠る事は許されない。

静かな寝息を、あるいは壊したら起き上がるかもしれない。

けれど日香にそれを実行するだけの勇気は無かった、あまりに穏やかな顔を、壊せるはずが無かった。

「ああ、でも。」

声が漏れる。

随分と疲れていたんだな、と自分は今更ながらに思う。

瞼が薄く閉じられていく、もう、眠りにつく時間だ。

そ、っと、頬に暖かい感触があった。

「・・・寝るのか、日香。」

穏やかな、穏やかな声が響いた。

日香は僅かに笑って答える。

「うん、疲れた、今日は、特に。」
「そうか、お休みだな。」
「うん。」

そして、黒髪の少女の意識は深く深く眠りについた。

少年は、それをただ見守っていた。














がら、と瓦礫を押しのけ、立ち上がる。

全く、何て出鱈目な技のぶつけあいだったんだ、と諦は先程の光景を思い起こす。

純はどうなったんだろう、けど彼にそれを気にするだけの余裕は無い。

すぐにでも進まなければならない。

―――調停者は誰も守らない。

宇宙を守る調停者は、ささやかな幸せを守らない。

人として超越した領域に達したがゆえ、人として些細な部分を守る事が出来なくなってしまっていた。

今まで幾つの不幸を見てきただろう、全ては宇宙を守るため、全ては全ての幸せを守るため。

けれど彼は、彼が美しいと思えるものを守れないでいた。

愚かな傲慢と嗤うけれど、自分のよいと思うものを守る気持ちは誰しもが持ちえるはずだ。

だから、彼はそれを実行したかった、けれど、辿り着いた先はそれが永遠に叶わない所だった。

それでも、それでも。

それでも、諦は、せめて、自分の弟くらいは守りたいと思った。

信念の証明、それは永遠に貫き続ける事、そして、永遠に貫き通さない事である。

諦は、その愚かなエゴに任せた気持ちを、救われないと知りつつも、持ち続けた。

彼は、調停者には、向かない存在だったのだ。















それでも、階段は上り続けなくてはならない。

辿り着いた先は、重厚な鉛の門だ。

存在そのものが威圧感を放つそれは、来る者を阻む。

門の存在意義は二つ、門に表と裏があるように二つの存在意義がある。

通すと言う事、そして、阻む事。

だからこの門もまた、阻む為の門でありながら通す為にあった。

この先に最大の敵が待ち構えている事を、二人は明確に感じ取る。

「行くぞ。」
「ええ。」

短い、最低限の言葉のやり取り。

だけどそれで十分だ、これが終わったら、全てから開放される。

そう、長かったユメから目が覚めるのだから。

けれど月江は最後に、思考をした。

もし冷治が、自分の命を投げ出そうとしたらどうする。

その時は、自分が身代わりになればいいのか。

それじゃ同じだ、だけど。

守る為の力は無いのか、誰かを守り通す力は存在しないのか。


守る力、とは守りたいものに害を与えるから必要な力。

害を与える者を排除するための力であるがしかし、それは排除するための力がそもそもの存在意義だ。

排除の為の力を守りに使うのは、とどのつまり存在の在り方を歪めており、本来の力と言うものを出せない。

故にただ排除に特化した力に対して、守る力は無力だ。

純粋に守る力と言うのもある、だがそれは守るだけで、排除はしない。

だから何時崩れるかわからない城壁と同じだ、今は無事でも未来永劫は無理だ。

両方持ちえたとしても、排除の為の剣がいつか折れる事も、守りの為の盾がいつか折れる事も確かだ。

だから守る為の力は存在しない。

故に守る、と言う行為はそのものが救われない、故に信念であった。


月江の思考は止まったままだ、どうあったって自分は彼を守れないし、彼も自分を守れない。

けれどそれでもこの想いがあれば何とかなる、と希望的観測をする事しか、出来ないでいた。



―――もし、本気で守りたいと思うのならば。

自分を守ると言う行為を捨てれば、あるいは叶うかも、知れない。












螺旋に終わりは無い。




















あとがき

あっきー「わけわかんねぇよ、つぅか早死にしすぎだよ第五元素君。」

いや、どうせ噛ませ犬だったし、真のボスキャラ(ラスボスに非ず)は別ですよ。

あっきー「それはそうとさ、このあっきーて言う表記何処かで聞いた事あるんだが。」

無敵王の主人公。

あっきー「納得。」

あーさん「つーかいいのか?、本当は別の名前だったんだろう、俺。」

うん、でも、君はいろんな名前があるからねぇ
オーディンばりに色々名前がある、とりあえず世界中の言語の数だけある。
「漆黒」「闇色」「黒」その他諸々を意味する単語の数だけある。

あーさん「ま、俺この世全ての悪ならぬこの世総ての黒だし。」

うん、そーだねー、現時点での最強キャラは君。
でも次回で出番は終わりじゃない?、君居るとバランス崩れるから。

あーさん「だったら無駄に強くするな。」

あっきー「と言うか俺にはまだ出番はあるのか?」

うんにゃ、そんなに出番は無いすれよ。
けれど次回も多いだろうなぁ、何を間違えて40キロバイトの大台に達したのか。
お前のせいだあーさん。

あーさん「何故?」

お前、説明おじさんだから。

あーさん「必殺必中グラビティアンリ・マユ〜」

げほあぉっ!?
ギブギブ、その黒い影やめ、ナーサリークライムも勘弁、マジで勘弁!

あーさん「で、次は如何よ?」

二面バトルなんじゃない?、上のボスバトルと下のボスバトルだから大変だ〜。

あーさん「最終回?」

うんにゃ、本当に20話という区切りよさでエンドっぽいけど。

あーさん「予定では。」

本来冬に終わらせたかったから冬に終わらせる、時期的に1月がベスト、季節感は大切よ〜。
・・・ディアマイフレンド夏に出たけどね。
やっぱりさ、ほら、Fateみたいなことやってみたいんだよ、俺は!

あーさん「理想に抱かれて溺死しろ」

弓〜〜〜!!!、いや、お前弓ちゃうけど。

あ、俺さっちんって呼ぶ派だから、
そんじゃま、OG2にアイビスが出ることを切に願って、
スレイたんが実は機械音痴でしたっていう事も切に願ってバサラ!、もといさらば!

あっきー「とりあえず、ベガリオンの整備は如何したんだろ、やっぱメカマルかな?」
あーさん「て言うかなんで機械音痴?」
あっきー「お嬢様(っぽい)、ヘアバンド、ストレートロングヘアー、ブラコン、
ほら、どう見ても遠野家の当主。」
あーさん「あ〜あ〜。
あ、俺別にD.C.と何か関係を持っては居ないので注意よ〜。」
あっきー「誰も聞いてねぇよ。」


そうそう、本当に石破天驚って四字熟語だかんね。
四字熟語時点で調べたら載ってたよ〜。


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