かつん、かつんと、天へと昇る螺旋階段を登ってゆく。

硬質の研究所に似つかわしくない石煉瓦の古めかしい壁は、より一層不気味さを漂わせていた。

取り付けるべき窓は一つとしてなく、螺旋階段は自分達の足元どころか傍に居る想い人まで目に映させてくれない。

確かに昇っている筈なのに、闇へと落ちていく感覚。

否、闇へと昇る感覚が、つまりはこれから相対する者の正体なんだろう。

冷治は傍に寄り添う少女を抱き寄せながら、そんな事を考えていた。





DARK SIDE

第17話

「誰しもが、誰をも、守れない」



がらり、と瓦礫の崩れる音がする。

白濁とした崩壊の世界から這い上がったのは、静谷諦だった。

純は、敗れたのか。

その思考を、即座に否、と否定する。

なんて、出鱈目だ、と諦は思う。

もし自分が家の役柄を演じていなければ、自分は決して彼に勝つ事は出来なかっただろう。

時の牢獄にて全てを極め、宇宙を守護する為に戦う存在でさえなければ。

「・・・来たのか。」

それよりも、と思考の方向性を変える。

清涼なる混濁たる禍々しくも美しい、神韻の如き魔の旋律、黒の具現化、黒の名を持った極黒。

ただ黒を極めたるべくして存在する黒の神にして黒き被造物の全て。
                    奈落
アートルム、或いは、彼の良く知る名前はアビスだった。

―――深遠なる闇は、それ以上の深き闇でしか打ち勝てない、光など無力。

そんな持論を持つ彼が、時を越えて調停者の役割を果たし、消えていった。

そもそも何故調停者などと言う存在が必要なのか、宇宙の存続と言うが、それは全ての宇宙の存続だ。

平行宇宙、もしもの世界、無限に分化した世界を守るため。

鏡面存在と呼ばれるものが在る、それは別の宇宙に於ける自分、自分の「もしも」の姿。

身近な、この世界と良く似た世界に居てこの世界と全く同じ姿をした自分が居れば、

立場も境遇も、或いは種族の違い、更には人でさえない、生命でさえ無い場合でさえある、もしもの自分が居る。

ただ一つ言える事は、この鏡面存在は正に鏡に写り合う存在であり、故に、鏡面存在のどれかに破損が生じれば、もう片方にも少なからず影響は出る。

では宇宙の場合はどうなのか、あまりにも巨大な、人類では御しきれず、観測しきれない宇宙ならば。

―――それは爆弾の連鎖反応だ、一つの宇宙で爆発が起きたら、その爆発は別の宇宙に飛び火し、更に別の宇宙へと渡っていく。

後に残るのは全ての始まりと呼ばれる領域だけだろう、原初の無、と言った方が分かり易いかもしれない。

そうさせないための、調停者。

あらゆる世界を回り、この宇宙を滅ぼすものを滅す者。

そんな宿命を背負った者ゆえに、もはや、自分の大切な小さな幸せを守る事が出来なくなっていた。

だけど。

「せめて、さ、自分の弟くらい、守れなきゃぁ、恥だと思うんだよ。
いや、そんな虚栄心などどうでもいいか、とにかく、俺は・・・。」

手に持った刀に籠める力を強くする。

柄を覆う古ぼけた布が、ぼろぼろとその屑を払い落とす。

「戦え、守る為に。
喩え、人が誰しもを守る事は出来ないと、知っていたとしても。」

それは、世界の摂理。












扉は、開かれた。

赤い絨毯を敷き詰めた先にある玉座、何て酔狂な趣味だろう、と嘲笑いながらも、二人は決して油断を見せない。

何故ならこんな酔狂な趣向を凝らすほどに、彼は王として君臨していたからだ。

「懲りないな、お前も。」
「ああ、まったくだ。」

侮蔑も籠めて言い放つと、漆黒の刀の柄を握った。

「黒、か。」
「・・・?」

黒、それを見つめて、黎冶は感慨深く呟いた。

「黎明成る者、として生まれた私には遠い概念だな、闇など。
だがそれ故に、真理が近い。」
「何が言いたい。」
「要するに、目的だ。」

目的、ただのその一言で、両者、今は第三者として傍観をしている月江でさえ、その表情を硬くする。

「・・・四大元素を司る事により世界の全てを極めようとした存在。
それが私に与えられた責務であり、私は世界の王になるべくして生まれた。
だと言うのに、何故貴様如きが、失敗作であるお前がその身に分不相応の力を持つ。」
「言っている事の意味が分からないな。」
「ああ、つまりだ。
お前は第五の元素、つまりエーテルを司る存在となるように「調整」され、そして失敗した出来損ないだ。
故に、私含め家族がお前に冷淡に接したのは当然と言えよう、いや全く。
だが貴様の内部には、全てを飲み込みかねん黒き渦が存在している。
どこぞの宇宙から来訪した招かれざる客にして、この宇宙の真理に最も近い者。
お前はそれに取り込まれた、何と言う分不相応な事実だ、お前の中にある「黒い男」は、私にこそ相応しい。」
「・・・・・・。」

嘲りと、憎悪と、侮蔑を籠めて、兄は弟を卑下する。

この軋轢はもはや埋まる余地は無い、家族は近しい者であるが故、一度生まれた軋轢を修復するのは容易ではない。

ましてや外部の者が目で見て取れる軋みともなれば、全ては手遅れ、俗に、家庭崩壊とはこの状態を言う。

「心当たりが、在るだろう?」

黎冶の言葉に、冷治は静かに頷く。

突然消し飛ぶ自我、自己、そして目撃者の言う、凄まじいまでの力。

そして時折自身に話しかけるおかしな同居人、黒い男。

あの、全てを見通したかのごとく、しかし濁りきった漆黒であり、闇色であり、暗黒である彼は、

だが賢者のような知識と冷徹な知性を持つ。

それが、自分の中に。

分不相応と言えようか、確かに彼は、自分で無い体を本来の持ち主以上に使って見せるのだ。

なるほど出鱈目だ、借り物を使い手以上に扱いこなすなど、如何な怪異か。

だから、説明は、本人から行われて然るべきだった。

「黒、大いなる黒、そう、聞いた話しによれば、黒の概念を背負う者がいるという。
お前の中に宿る者がそれだ。
それは一方的な「狩る者」である調停者さえ「狩る者」であり、故に世界のヒエラルキーの頂点に君臨している。
狩る者、狩られるモノ、その立場が揺るぐ事は無いと、重々知っていると思うが?」
「フッ・・・。」

だからこそ、完膚なきまでに全てを見下した微笑がこぼれた。

そこに居るのは、もう冷治ではない、茶色の瞳は漆黒よりも、闇色よりも、闇黒よりも深く沈み、

全てを飲み込まんとする、極黒の色を持つ。

光が、消えていく、それはつまり、あらゆるモノを飲み込む黒を極めしモノの証。

「・・・何を、勘違いしているのか。
俺はただ単純に、いちいち本人が出向くのがまどろっこしいあーんど面倒くさいから、
代わりとなる足なり目なりを欲しただけに過ぎん。
仕事でさ、俺、この世界を見張ってなくちゃいけないのよね〜。
つまり今、貴様の目の前に居るのは俺ではなく、俺が飛ばした意識の一欠けら、つまり一部分に過ぎない。
ま、大本には辿り着けるけど・・・、欠片にてこずる奴に勝算はあるのかにゃ?」
「ぐっ・・・。」

男の言葉に、黎治は返す言葉を失う。

何故なら道理だからだ、今まで三山に自分に煮え湯を飲ませてきた存在はほんの欠片、

その大元となればその力、如何な怪異か想像もつかない。

故に、勝算らしい勝算など、考え付かない。

男は、それを察した上で更なる嘲笑を放つ。

「だから止めておけ、早計が過ぎるぞ莫迦が、こんな奴の肉体をどうこうしようが、貴様の欲しいものは手に入らない。
もとより、安易に手に入る力などない、全ては等価交換、あらゆる事物には、拒もうが拒むまいが代償があり得られるものがある。
全ての総量は変わらん、つー訳でさ、俺の力だって、そうそう簡単に使いこなせないのよ、どぅーゆーあんだすたん?」
「・・・貴様ッ!」

その言葉に一切の間違いは無い、意味だけを並べるならば的確な示唆であり、黎治はそれを受け入れるほか無い。

だが、生まれつき自尊心の高い人間に対し、嘲笑う物言いは、正確であるが故に怒りに火をつけるだけである。

男は、それを計算した上で、愉快犯的な心理で言葉を放っていた。

「あと、分不相応か否かを決めるのは俺だ、俺。
元よりこの器に目であり手足であり、それ以上の機能を求めては居ない。
なるほど確かに上質の器ならば星の一つ二つ潰せるだけの力を持てようが、
だからどうした?、お前さ、全てを凌駕しつくした超越者の行き着く先を知らないんだな、俗物め。
こんな所までやってくると、もうあらゆる事物が馬鹿馬鹿しくなって究極的に暇になるのさ。
つぅわけで、だ、勝手に俺の意識の移転先を決めないで頂きたい。」
「・・・貴様、何様のつもりだ?」

黎治の言葉は、つまり目に留まる全てのものが自分のものと錯覚する、優秀と思い込んだ人間の詭弁。

それに対し普通の人間は何と答えようか、そんな事は関係なく、男は、嗤った。

「俺様のつもりだ。」

圧倒的な威圧感と共に、最大限の侮蔑を虚栄心の塊にぶつける。

これで止めだった、黎治の怒りは頂点に達し、明確な憎悪と鋭い眼光を向けてくる。

その様を、男は至極愉しんでいた、だが。

「・・・異邦人がぁ!、貴様は、我が手足、我が血肉となれば良い!」

その言葉で、笑みを絶やさなかった顔が一変し、冷たいものに変わる。

男の豹変に、その場に居る全ての者が言葉を失った。

「我が手足?、我が血肉だと・・・?、もう一つ言ってやる。
俺の全てを決めるのは俺だ、俺は絶対の自由、究極の自由を求める者。
故に、俺を縛するモノは、何であろうと消滅させる、それが、絶望さえ麻痺した愚か者の結論だ。」
「・・・ならば、私と戦うと?」
「分を弁えろ弱者が、お前と戦うんじゃなく俺が戦ってやるんだ。
ま、自分の求めるものと相対するなんて喜劇よね、あと、確かに俺はこの器の力を十二分に引き出せるが?
だからと言って固有の力は使えない、あくまで器を通して俺の力を呼ぶことしかできない。
この器固有の力は当の本人しか使えない、つまり、器の存在意義を発揮する事は、俺には出来ないのさ。
つぅわけで、失敗作だろうが欠陥品だろうが、出来損ないだろうが、存在している以上、名を、持つならば、必ず、存在している意味を持つ。
この世に無価値はあるかも知れないが・・・、無意味は、無い。」

最後に男は、出来損ないの弟を無価値と笑った兄に対し、冷たい助言を向けた。

それが、彼にとっては手向けの言葉のつもりだった。

「価値無しなど、無意味と同じでは無いか・・・。」
「お上品な育ちだと、そう考えるのも無理ないよね。」

既に、黒い男の顔はいつも見せる嘲笑う者のそれに戻っていた。

だが目の色は黒く深い、今にも飛び出し、斬撃を放つたんする野獣の如き闘争本能を見せ付けている。

火花散る、と言うにはあまりにも圧倒的な力量差を見せる修羅の対峙、それを、少女は一度だけ中断する。

「まって・・・。」
「ん?、なんだね青髪少女。」

振り向き、穏やかな、しかし冷たい顔で、言葉を返す。

月江はその一瞬に続ける言葉を失い、新しい言葉を急造する、急造だが、意味は小異だ。

「冷君は、その・・・。」

無事なのか、と、だがこの冷酷な男に彼の命、いや、魂か、意志か、

どちらにせよ、冷治である部分を残す器量があるとは、彼女には思えなかった。

だが返答は、意外なものだった。

「ま、命は保障するがな、これでも借り物は丁重に扱う主義なんだ、ビデオレンタルで延滞料金取られた事は一度も無いし。
ギブアンドテイクはきちんとやっているつもりさ、ま、結構痛いテイクだがね。」
「それは、つまり・・・。」
「君の危惧するよ〜な事はナッシングなので。」

安心しろ、と、相変わらず漆黒の微笑で返してきた、優しい言葉だが、優しさは見せない

「ん、じゃあ・・・。」
「手出し無用だ、こんな奴にてこずらん。
何故かと言うと、まぁ、俺様基本的に無敵なんで。」

嗤い、再び黎治にその黒い眼光を向ける。

「疾く、滅べ。」
「戯けッ!」

先手は、黎治からだった。

右手に旋風、左手に氷解、足元から巨石を呼び起こし、頭上には無数の焔が灯っている。

四大元素を統べる者、全てを統べる者、だが、それは純然たる「黒」の概念の結晶には届きはしない。

喩え体が借り物でも。

「バーカバーカバ〜〜〜カ」

男は、心の底からの侮蔑の言葉を放った、四つの天災は、直線を描いて襲い来る。

一直線に黒い男を狙ってきた四つの天災は、だが届く事無く消え失せる。

「なんと!」
「いや、バカだろ。」

鼻さえ鳴らして、男は黎治の愚考を嘲笑する。

単純な話である。

氷解と焔が、旋風と巨石が、互いが互いに相殺しあったのだ。

男も、月江も、何もしては居ない、した事と言えば、相殺の直前口元を歪めた事くらいだ。

ただ単純に黎治のニアミスによって、自身の攻撃を無碍にしたのだ。

それに気付くのに、3秒も要した事にさえ、男は爆笑を禁じえない。

「お、お前、頭悪すぎ、何?、何なのそれ?、ああもう、バカじゃん、チンピラ程度の知能しか無いの貴様?
様々な事物を極めたとしたって、事物が事物同士で互いに相殺しあうから優れない。
あらゆる事をそつなくこなせる、だが真に優れた人間には敵わない、こういうの、ガラスの天才とか言うんだ。」
「・・・・・・・ふ。」
「ん・・・?」

だが、黎治の微笑に、男は緩んだ表情を一気に引き戻す。

今までと、一切が違う、その対応に。

「・・・確かに、侮っていたようだ。」
「自爆したくせに。」
「ああ、違いない、だが。」

言って、黎治はその右手を高々と天に向けた。

腕には、奇妙な模様が描かれている。

「もう、違う。」
「ほう・・・。」

明らかな態度の豹変に、黒い男は、思う所があったらしい。

「表向き、政府の高官で通るために、わざと虚栄心丸出しのバカを演じていたのか。
いや、違うな、四大元素を宿していたように、お前自身の人格は四つあるのか・・・?」
「・・・知っているぞ、別の世界には、数多の人格を宿し、その内に一つの人界を持つ人間が居る事を。
なんでもそれは、神の作った唯一の人間のデットコピーだそうだ。」
「ん、ああ・・・。」

何故か、男はそれで口篭る。

ソウジは、続ける。

「私は四人居る、だがそれら全てが私だ、別々の私は違う目的に運用される。」
「中央となって調和する人格が、必要だったろう。」
「・・・・・・。」
「それを担うのが弟だった、だが弟は出来損ないだった。
そして出来たのが・・・。」















「ああぁ・・・。」

日香は、畏怖の声を放ち、地に膝を着けた。

翔飛はビーカーに並ぶ光景を睨み、明確な怒りを覚えていた。

ビーカーの中に、冷治が居る。

「第五元素、と名付けられた者は、二種類しかなかった。
一つは力の方向性を違えた者、もう一つは、人格が極端に弱いため調和が取れない者。
どちらも廃棄したんだけど、一番優れている方をそれぞれ奴隷と、戦闘人形として生かす事にした。」
「っ!」

突如響いた声に、二人とも一気に身を強張らせる。

かつん、かつんと響いてくる足音。

同時に、べちゃり、べちゃり、と気味の悪い音も響いてくる。

よく響く音は小さいが、気味の悪い音は羽虫の羽音のように五月蝿く響く。

「驚いた、ボスの弟君、作られた人間だったんだ。
まぁ、兄弟というの嘘じゃなかったみたいだけど。」
「子を作る際にどうしても必要な遺伝子提供者が彼らの両親、
つまりまごう事なき兄弟と言う訳だが、果たして、彼はまともな生まれかな?」
「貴方達・・・。」

日香は、震える事無く二人の暗殺者に相対していた。

目で見れそうな闘志を放って、その様は、翔飛を驚かせるほどに。

「別に君のお友達がどうとか僕らには関係ない。
ただ、気に入らないんだよ、所詮偽物でしかない力が、本物を上回ってる、って事が。」
「それは、どういうこと・・・?」
「ダークサイドの能力は元々先天的に発生したもの、起源はどうであれ、一部の血筋を受け継ぐ者にのみ発現する。
極めれば武の達人、極めずとも社会的に非常に有用。
・・・そうよ、私達は、本物、貴方達のような良く分からないものを打ち込まれた、偽物と違って。」
「つまりは・・・。」
「つまらないプライドだ、本物のダークサイドとして、君たちに決闘を申し込もう。」
「お前ら、本当につまらないプライドだな。」
「でしょうねぇ、私達も望むべくして得た力では無いから。
けれど、やっぱり疼くのよ、本物としての、プライドって言うのが。」
「それはつまり・・・。」
「血に隠れた、戦闘本能。
この国の祖先達は、皆真理ではなく、真理の届かぬ場所、明鏡止水と呼ばれる境地を目指した者達だった。
その為に彼らは闘って、闘って、闘って、明鏡止水に至れるのは武闘家だけだから、それを極めんとした。
だがどうも駄目だ、行き詰った、って事で真理を目指す方法、つまり魔術を用いればどうか、と言う話になった。
近しいものだそうだからね、真理と、明鏡止水は。
まぁ、単純な話、僕らの血は、戦闘民族の血なのさ、こういう事されると、自然に頭にくる。
抗えないんだよねぇ・・・、哀しいけど。」
「無益な、戦いだぞ。」
「ああ、分かってる。」
「その前に、どうしてそれを・・・。」
「ジジィの私室を見ちゃってさ、知っちゃったのよ・・・。」
「資料が全部置き去りなのはどうかと思うね、大した痕跡も出さず全部知ってしまったよ。」

ローズは嗤いながら、その手に銀のナイフを持つ。

ナイフは敵を斬る為にあらず、己を切る為にあり、血を触媒とした汎用性の高い術こそ、彼の力である。

ソフィアは静かなる微笑を崩さずに、天にその手を掲げ一度指を鳴らす。

呼応して、闇の中から有象無象の屍達が現れる。

使者を使役する力、死して肉だけとなった者を自在に操る事が、彼女の力である。

対して翔飛は一人で、この怪異に立ち向かわねばならないのか、手に持った刀を僅かに鞘から引き抜く。

「・・・それしか、ないのなら。」

自らの内に眠る戦闘本能、もはや衝動といっても良いその魂の猛りは、彼自身も少なからず感じた事だ。

闘う為に在る存在、それがどうして、死を恐れてこの場から逃げる事ができよう、

血の香る戦場にこそ、刀を振るう侍は存在できるのだから。

・・・だが、彼は決して一人ではない。

「一人じゃ、無理でしょ。」
「日香・・・。」

翔飛が庇うように彼の後ろに隠れていた日香が、静かに前に出る。

その手には、僅かな炎の揺らめきがあった。

そんな彼女の後ろ姿を見る翔飛の目には、正直戸惑いがある。

だが同時に思う、彼女もまた、自分と同じ、闘わずには居られない存在なのだと。

きっと日常の象徴であった存在、故に、自分に最も近しい。

勘違いしてはならない、戦士の日常とは、戦いなのだから。

「へぇ、お嬢さん、自分の力をどれくらい使えるのさ?
僕の予見した通りでは、さっき相当消耗していると思うんだけど。」

軽く響くローズの声には、しかし一切の余裕というものがなかった。

確認した限りで、彼女はあの老人の意図したものを唯一目覚めさせている。

その力は彼ら自身も目の当たりにしており、その断片であったとしても決して気を緩めてはならないと知っているが故に。

対して日香は平成を装っているが内心的確な言葉に焦りを感じていた。

言葉通りに、彼女の体は疲弊している、幾分体は動くようになっているが、戦いが出来るだけの余裕があるかといえば否、だろう。

だが間違ってはならない、決して不利な戦いではないのだ。

「・・・日香、援護してくれ、火炎なら死人には有効だろう。」
「やっぱりそうなるわよねぇ。」

2対2、戦力は拮抗している、ただ問題は、翔飛と日香のコンディションが万全とはいえないこと。

しかし二人にはそれを覆しえる可能性を秘める、ローズもソフィアも、それを恐れている。

互いが互いに、決定的な勝算と敗因を持った勝負だった。



―――そして、どちらからともなく、疾走が始まった。















漆黒の剣戟を、氷結と旋風が同時に押さえ込む。

冷気を乗せた旋風は真空波の相乗効果によってあらゆるモノを凍傷させる強力な一撃となっている。

だがそれを持ってしても、黒い男の漆黒の剣を抑えきることは出来ない。

一つの漆黒が宙を横凪に払い、そこで躍っていた凍れる風は完全に分断される。

漆黒の剣には熱が灯っていた、漆黒に冷気はなかった。

残った風が熱気を帯びたが、下から上へと縦に疾る剣戟が風の流れを分断する。

一連の動きは、黒い男にも、傍観者である月江にも、敵対者である黎冶にも意外であった。

「巧く動く、なるほど、権力者モードとは戦士としての戦闘意識に格などでは済まされない開きがある。」

最初に関心の言葉を漏らしたのは、男の方だった。

「貴様こそ、それは冷治の刀ではなく、一体なんだ?
焔を灯す漆黒の剣だと?、黒とは、冷たいものだ。」

次に、黎冶が疑問の声をあげた。

男は、フッと嗤った。

「黒が冷気だとどこの馬鹿が決めた、冷気はいずれ溶け、雪解け水は清い。
まるでこの体の持ち主のようだが・・・、俺はこいつほど純粋では無い。
黒はあらゆる色を飲み込む、故に黒はいずれ溶ける冷気であってはならない、
黒は、あらゆるものを否定しつくす業火でなくてはならないのだ。」
「なるほど、で、その剣の名は?」
「ダークネス、アートルム、ノクス、シュバルツ、ナハト、黒、夜という名がつくのならば、それが全て。
分かりやすくダークネスと呼んでいるよ、極黒剣ダークネス、俺が作り上げた俺だけの魔剣だ。
事実俺の名も数多にある、本名を捨てたからな、そうだな、アートルム、とでも呼んでくれ。」

言って、男―――アートルムはその手に持った魔剣、ダークネスを構えた。

ダークネスは喩えるなら炎だった、ゆらゆら、ゆらゆらと、漆黒の炎が蠢いているようである。

だが炎のように明かりを灯す事は無い、それどころか、光という光を一切受け付けない。

なるほどこの部屋の光源は少ないが、壁から反対側の壁を見渡す程度には明るいはずだ、ならば髪にも光が映るのは当然。

だがダークネスにはそれがない、だからこそ確信する。

黒はあらゆる色を飲み込む、だからこの剣は、決して輝く事は無い、と。

「・・・自分が相手をしているものの正体、そろそろ思い知った方が良いな。
狩る者、狩られるモノ、その立場は揺るぐことなく、圧倒的な狩る者である俺に、勝てる存在は無い。」
「狩る者、狩られるモノ、その立場が真か偽か、お前には分かるというのか?」
「・・・傲慢さは、変わらんようだ。」
「貴様には負ける。」
「傲慢は、最強の罪だからな、使い手には有能さが要求される。
強き力は、相応の能力を持たなければ扱えない、これは道理と思うがね。」
「―――異論は無い。」

多少悔しさも噛み締めながら、黎冶はアートルムの言葉を素直に受けた。

過ちなどない、力を力として扱える時点で過ぎたる力ではない。

過ぎたる力は、そもそも力そのものが使い手を拒む。

人が力を御す事は過去一度たりとも起こり得なかった、何時の世も、人は力に振り回されてばかりいる。

それは、此処とは別の宇宙でも変わらない事なのであろうか、とささやかな疑問を脳裏に閃かせる。

だが両者、今は眼前の敵を屠る事が先決である。

「滅べ。」

短い、しかし最大限の集中を籠めた言霊、それが黎冶の手に揺らめく焔を生み出した。

ただの炎ではあるまい、轟々と熱を放っているそれは、空気を焦がしているのに術者の手は焼いていない。

黎冶はゆっくりと焔を纏った手をアートルムにむける、黒い男は、眼前で受け止めるつもりだった。

たった一つの単語による最大限の自己暗示が、持ちえる全ての力を引き出して生み出した、これは炎の形をした、四大元素の集約体。

炎にして炎に在らず、違う黎冶の放った不細工な複合技とは違い、全てを集約し、同時に解き放つ、最悪の爆弾と言える。

アートルムは僅かに口元を歪めた、焦燥の色がそこにはあった。

只では済むまい、そして自己はこの器では本気を出せない以上、抗し切れるには抗し切れるが無傷では済まないだろう。

ならば、斬られる前に斬るまで。

「―――」

音にならぬ咆哮が響いた、アートルムの口から、人間には認識不能の音階が流れる。

たったそれだけで、冷治の器は口元が裂けた、当然だ、通常人間の発音できない音を発したのだから。

真言、とも呼ばれるその言葉を発せば、万物を発現できるという、彼のそれはデッドコピーにすらならない三流品だが―――

ごう、と黒い炎が揺らめいた、目にも留まらぬ所か、轟く空気より先に剣の切っ先が到達した。

三流品でも、生物として有り得ない速度を引き出す事は可能だ、代わりに器の消耗は、激しすぎたが。

みしみしと悲鳴をあげる脚部の関節がうるさい。

だがこれで最後だ、渾身の力で、黒と名乗る男は、四大元素を統べる者に最強の一撃を加え―――

損なった。

黎冶が、間際に手荷物焔を拡散させた、それが視界を遮り、討つべき所を討てなかった。

しかし手応えは確かにあった、だが心臓には届いていないだろう、それに黎冶が、果たして心臓を潰せば死ぬような全うな人間かさえ怪しい。

だから一撃は一刀両断でなければならなかった、なのに、後ろに退いた黎冶は胸から綺麗に血を噴き出しただけで終わった。

甘い、と男は思った、だが確実に傷は負わせた、体の消耗は激しいが、あと一撃程度ならば撃てない事は無い。

だがその以前に、黎冶の行動が意外であった。

ひらりと宙を舞うと、アートルムから一気に距離を離した。

無理な運動が傷口を広げ、顔には多少なりとも苦痛の色があるが、おかしかった。

苦痛よりも、勝利の確信の方が強かったのだから。

「・・・単純な力では、お前には勝てない。」
「漸く悟ったか。」
「ああ、だが、一つ弟に話させてくれ。
この世の、真理を。」

演説するような口ぶりで告げると、今度は左手から凍れる氷塊を生み出す。

あまりにも微弱な攻撃だ、一薙ぎで払える自信が男にはあった、だが厭な予感を捨てきれない。

―――誤算といえば、それはアートルムという、圧倒的な狩る者は、故に強すぎた事にある。

自信にとって微弱でも、他者にとって微弱とは限らない、その気遣いを、彼はその極黒の魂ゆえにする事がないのだ。

誰も、受け付けないのだから。

「冷治よ、聞け。」

だから、今体が動かない事に異論は無かった、確かに無理をさせたと思う、だがあと一撃耐えてくれればと、男は思った。

しかし器の持ち主である少年の杞憂は、自身の事ではなかったのだ。

「人は、誰しもが、誰しもを守る事が出来ない。」

そして、凍れる腕はパキパキと音を立てながら、まるで木の根が早送りで成長する様を見るように、彼女に迫った。

凍れる腕は、月江を捕らえた。

「・・・何故、動かない。」
「今は黙っていて欲しいものだ、私は弟と話がしたい。」
「・・・聞いているさ、元々の持ち主はこいつなんだから、意識が目覚めていれば五感はこいつのものだ。」

そうか、と、黎冶はその顔を歪めた。

月江は、何が起こっているのか分からないようであった、ただ、自身を取り巻く冷たい感触に、震える事しか出来ない。

アートルムは、体を動かせなかった、何故なら、本来の持ち主が、強烈なまでに「動く」コトを拒んでいるからである。

それらを見据えた上で、黎冶は手を広げて、謳うように、告げた。

「人は、誰しもが誰しもを守る事は出来ない。
守るという行為、何故それが必要なのか?
それは、守るべきものを侵食する存在がいると、認めているからだ。
守る為に剣を執る、守る為に銃を撃つ、これに異常は無い、全くない。
守る為には、他者を排除しなければならない、でなければ、守るという行為が成立しない。
しかしその為の力は何だ?、他者を排除する力、それは破壊の力に他ならない。
破壊と守護は、本質が同じだ、なのに何故か、対極にあるものとして立たされる。
そう、力にはもう一つルールがある、力には、定められた方向性があり、
力が力として「在るべき」使い方をしなければ、力はその本質を顕す事が出来ない。
・・・人を殺す道具などその代表例だな、剣では、とても調理など出来ないだろう。
両方の機能を兼ね揃えた便利なものもあるが、それはつまり、そう使うべく作られたものだ。
つまり、守る為の力は、間違った使い方をしているという事だぞ、冷治。」
「・・・長話は好きだが、氷は止めておけ、凍傷を起こして死なれたらこいつが何を起こすか分からんぞ。」

自己に酔狂し、自己の出張のみを一方的に話し続ける黎冶に対して、黒い男は一番身近な心配を告げた。

今彼の体の奥から湧き出てくる怒りは持ち主である冷治のものだ、彼の出張に基づけば、この体は冷治が使うべきものであり、

アートルムではどんなに力の差があろうと抑え切れはしない。

道理だと、思った、だが。

「安心したまえ、適度に熱を与え、生命活動を維持させている、皮膚辺りに熱があるだろう? とは言え、瞬時に命を奪えるくらい出来るぞ?
反応速度の差は先程確認済みだ、ましてやその体で、私が彼女を殺す前に私を殺せるか?。」
「くっ・・・。」

呻いたのは、月江だった。

傍観していた彼女が、まさか自分に狙いを定められるとは思わなかったからだ。

だが今の事実は、自分が何よりも最大の障害として存在している事、それは、彼女にとっては耐えられない事実。

「そうか、なら次に、お前の間違いを指摘しておこう。」

だがそんな様子を意に介する度量はアートルムには無い、そもそも気にした所で、体が動かねば意味は無い。

そして、言わねばなるまい、過ちを。

「一つ、城壁は人を殺さない、守る為に在る。
穴を開け、矢を射る事が出来るが、それはまた別の事だろう。」
「城壁はいつかは潰れるだろう?、盾は、破られるために存在している、防ぐだけでは、守れない。」

間違いはなかった、どんな壁も、いつかは破られる、それが定め。

しかし、間違いはもう一つある。

「―――生命体が、自らの存在を維持するのに、倫理も道徳も存在しなくなる。
殺人とは排除したい相手を排除しなければ自身を保てないから発生するもので、言い換えれば究極の自己防衛といえる。
さて、つがいの鳥は片方が死ねばもう片方も後を追って死ぬ。
つまり、情愛は家族愛とか兄弟愛と違って、片方が失われるともう片方も失われる可能性がある。
よって、愛する者を守る、という行為は、同時に自己防衛も含んでいるのではないか? ああロミオ、どうしてあなたはロミオなの、ってな、クック・・・。」

こと、愛を語るに於いて、アートルムは腹の内から出る嘲笑を抑えきれない。

何故か、自由を求める者にとって、慕情以上の敵は存在しないからである。

だが憎んでいるかといえばそうではない、ただ単に、滑稽だから嗤っているだけ、かも知れない。

アートルムの真意は、もはやこの場の問題では無い、問題は。

黎冶の、反論である。

「・・・確かにそうだ、人が唯一守れる存在、それは自分。
自分を守る為には、自分以外の何かを破壊するのが最も手っ取り早い。
それが、或いは歪んだ形となって―――道徳上は正しいのだろうが―――情愛を傾ける者を守る行為に発展したとして、
自己防衛である以上、それは生物が持ちえる最大限の力を持つ。
それに慕情に繋がるのは子孫を残すという生物の絶対的な本能だ。
愛が強いのは要するに愛が強いのではなく、人間の性欲が強いだけ、とも言い換えれる。
とは言え、失われれば自分さえ失う、と、それほどまで強い想いを、お前は向けているのか?、冷治。
所詮、数日か数週間か、どちらにせよ月にも満たぬ慕情が、どれほどまでに昇華しているのだ?
お前は、今私が彼女を殺せば私を死ぬほど憎悪するだろうが、本当に死ねるほど想っているのか?」

その言葉を以てして、器の主導権は、黒き調停者より、能力者の少年に移り変わる。

証拠として、極黒の眸は茶色がかった色に変色した、少年らしい怒りを含んだ色だった。

「―――黙れッ!」BR>
ただその一言、その一言で、冷治は黎冶の言った事の全てを否定したかった。

だが。

「本当に、死ねるのか?」
「・・・・・・。」

改めて放たれた問いに、冷治は口を噤む事しかできない。

死ねるといえば黎冶は躊躇いなく月江を殺すだろう、だが死ねないといえば、それは自身の想いが真実ではない事の証明だった。

冷治自身、この問いには答えかねる、何故ならどちらが自分の本心か、分からないからだ。

いや、唯一つ分かっている事がある。

「・・・お前の目的は何だ。」
「先に質問に答えろ。」
「ああ、だから、俺は彼女の為にお前の奴隷になってやるよ。
人体実験なり何なりしろ、だから彼女を、離せ・・・。」

それは、惨めと言えばあまりに惨めな、論理のすり替えであった。

死ねるのか死ねないのかの答えを出していない、これ自体が月江に対してはひどい裏切りだ。

だが自らの胸の内を言い出すには、きっとこの場は相応しくなかった。

―――死ねば、愛されるのか、と。

冷治はそれが、気がかりであった。

故に黎冶は歪んだ嗤いを見せた。

「・・・預かろうか。」
「何!?」
「僅かに遅かったな、貴様の内にあるもの。
その本質を見極められずにいたならば、或いはその交渉受けてやったかもしれん。
だがようくわかったよ、奴の嗤いは常に全てに向けられる、自分にさえ。
私は自分が全てを統べる者だと驕っていた、だが惨めだな、全てを嗤う者は、私と決定的な格の違いを見せた。」
「・・・まさか。」
「第一の計画は消滅した、かくなる上は、あの蟲を象った爺の遺産を利用させてもらおう。
―――古代の人々の力を受け継ぐ事によってな。」

風が噴いた。

風が氷を砕き、月江を体を中に躍らせる。

黎冶は躍る彼女を、鮮やかな手つきで捕えた。

「れ、れいくん、冷君ッ!・・・。」

右腕で右の脇腹から首にかけて、左腕で腹部を固定された月江は、

足をばたつかせる事と、言葉を発する事でしか抵抗できない。

冷治は、それを見る事と。

「は、離せ!、触るなッ!」

叫ぶ事でしか、抗えなかった。

黎冶は大きく笑い声を上げると、歪んだ微笑で冷治を睨みつけた。

「私は神になる事は出来なかった、だが王になる!
全てを統べる者、万物の王となる!、そうだとも!、悔しければ来い!
無限の力と繋がった門、双龍の塔になっ!」

そして、笑い声が木霊した。

そして黎冶と、月江の周りを灼熱の炎が包み上げ。

炎が消え去る頃、その場には冷治以外誰も残されては居なかった。

「つ、きえ・・・。」

僅かに、一言だけが漏れた。

冷治は、自らの惨めさに、涙した。

膝を突き、そのまま力なく倒れ臥す。

―――極黒はそれを見る。

(つまらんな、後は諦の仕事か。
・・・しかし愚かだな、王など、所詮はパーツに過ぎん、付け替えの効くものだと、あのバカは分からんようだしな)

ただ、静かなる侮蔑のみが嗤っていた。















疾風が、轟いた。

灼熱が、屍を焼き払ってゆく。

無数の斬撃は周囲に濫立された培養カプセルを悉く破壊してゆき、

炎は漏れた液体を水滴一つ残さず蒸発させてゆく。

その中にあって、ローズとソフィアは余裕を保っていた。

場所は狭い室内、しかも密閉された空間では炎が尽き易い。

暗殺者として育った二人ならば、無抵抗の人間一人を殺して引き上げるくらいの事は容易い。

だがその選択は無い、それは彼らの理念、戦士としてのプライドに反するからである。

「―――ハッ!」

嗤いと共に、赤く輝く針が翔飛の目前まで迫った。

それを、赤い炎が叩き潰す。

「日香ッ!」
「危なかったぁ・・・。」
「それどころじゃないッ!」

翔飛は叫び、影の如く日香に接近していた屍に、真空の刃を浴びせた。

距離は離れていたが、鈍重な動きの屍より真空の刃が遥かに速いのは道理だ。

「あ、ありがとう。」
「律儀に返答している間は無くてよ!」

ソフィアが叫び、次なる屍を呼び寄せる。

物量に於いて相手を混乱させ、本命の殺人者が目標を打ち倒す。

いかに屈強な戦士と言えど、際限なく戦い続ける事は不可能。

ましてや囲まれているなら、その集中力は途切れ途切れになる事も多いだろう。

その隙を突き、ローズの「血」を用いた攻撃が急所を突く。

10人程度までならば、ほぼ確実な勝利を齎す、彼らの暗殺術の極意。

そう、最強の奥義は既に放たれ、翔飛と日香はその只中にある。

一本の針でも一撃で仕留める毒でもなければ、唱えるだけで魂を奪う呪文でもない。

この場、この空間、屍と血液に覆われたこの世界こそが、複数の人物を抹殺する事さえ主眼に置かれた無敵の暗殺術なのだ。

ましてや残るのは屍ばかり、屍は回収され、証拠は隠滅される。

殺人は死体が発見されなければ殺人事件として立証する事は不可能、暗殺の事実を発生させない、故に無敵。

だがその無敵も今この場では意味は無かった、ただ討つか討たれるかの鬩ぎ合いのみが此処には在る。

「良く、体が持つよね・・・。」

気味が悪いほどに並べられた屍の濫立に対して、日香は素直な感想を述べつつ次なる焔をその手に生み出す。

「丈夫だからね、それに、私だけじゃないでしょう、その言葉を向けるのは。」

感想は、ソフィアと、自分自身に対して向けられたもの。

日香の体は、無傷の見た目からは判別できないほどに限界が来ていた。

今焔を生み出している時でさえ、骨が焼かれる感覚がある。

だが翔飛は広範囲を攻撃する術を持たない、自分がやらねば、翔飛は屍の群れに覆い尽くされて1分も経たずに圧死する。

彼の為だと思えば、文字通り身を焼く痛みにも耐える事ができた。

だが何時まで体がついてくるかわからない、それだけが気がかりだ。

そしてそれは、翔飛も知るところだ。

「ッ!」

舌打ちしながら、翔飛は高速で繰り出される赤い針を一撃で断ち切る。

即座に追撃、血を用いた攻撃ではなく、軌道が出鱈目の、一瞬打点を見失うほどに早い掌底が繰り出された。

咄嗟に身を引こうとしたが躱わし切れずに吹き飛ぶ、動きが出鱈目なら威力も出鱈目だ、ローズの一見か細い腕は、恐るべき怪力だ。

「ほらほらどうした、まだまだ行くよ〜。」

追い詰めんとばかりに、ローズは地面に手を当てた。

コンクリートの大地の上にはソフィアの呼んだ屍と、カプセルに入ったナニモノかの血液で汚れていた。

ローズはそれを拾い上げ、広げた、赤い蜘蛛の巣、そのものに。

「―――飛べ。」

赤い蜘蛛の巣は、呼吸を整えて居る翔飛相手に飛び掛る。

翔飛はそれを一睨みすると、美しいまでに見事な孤で蜘蛛の巣を分解した。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・。」

刀を持ち直し、構える翔飛の息は荒い、対してローズは余裕の態度を見せているが、眸だけは笑っていない。

翔飛が風ならばローズは蛇だ、暗殺者には相応しい蛇が如き動きで翔飛を翻弄する。

風は蛇には届かない、地を這う蛇には、地の中があり、故に竜巻さえ届きはしないのだ。

「日香・・・。」

その名を呟き、無数の屍を焼き払っていく少女を見る。

彼女の体は自分以上に限界のはずだ。

今この場を突破できねば、或いは自分は勝てたとしても生涯失いたくない存在を喪う事となる。

それだけは厭だ、かつて日香がそう望んだように。

「だから・・・。」

自らの声と、心の叫びが呼応する。

―――或いは、自分も彼女と同じ事が出来るかもしれない。

その代わり、自分が喪われるかも知れない、それも駄目だ、日香を悲しませるのも駄目だ。

「だったら・・・。」

真紅の刃が、喉もとの寸前を走った。

咄嗟のところで後退し、躱わしたのだ。

眼前の男は、舌打ちをして更なる機会を待っていた。

それが来るまでに、そう長く耐え凌ぐ必要は無いだろう。

「・・・喪わなければ、良い。」

そう。

自分が、全てに勝利すれば良いだけなのだから。














それが、結論、その一つである。



















諦:いい所で終わった〜〜〜!

F:にゃおうぅ、そういうな、容量が全話に届くか届かんの境目なのにゃりよ

諦:最後まで書けよ!、ていうか前に比べて6キロバイトも差があるじゃん!、具体的には全角3000字分の違い

F:フッ、お楽しみはこれからと言う事ですじゃ

諦:んでさ〜、俺はあの頃どうして居るの?

F:・・・・・・

諦:・・・・・・おい

極黒:負け犬が、アルテリオンから降りろ、遅いから

諦:・・・・・・じーざす

F:これが全て、ですわ

諦:つまり、遅れてる訳か

冷:そうか、そういう事か

諦:はっ・・・

冷:お前の為に死ねるか、死ねないか、俺は、間違いなく殺すと答える

F:ここで月ちゃんツッコむべきだけど今はいないしね

冷:・・・・・・

諦:で、でぇ、れっつ粛清の前に次回はどうなのよ?

F:暗殺者ーずを倒して、冷君は真実を知って、エターナルソード張りに強い最強武器を入手してラスダンに挑むのだ

諦:しんじつ?、誰が調べてきたの?

F:お前じゃん

諦:・・・へ?

F:大方、黎冶が月ちゃんに対して一人で(虚しく)声高らかに演説すると思うけどね、同時にお前も真実を告げるのだ

諦:ふ、ふ〜ん

冷:では、覚悟は良いか?

諦:え、えーと、エスケ

冷:問答無用ッ!

F:冷治ってさ、レイジレーサーと名前似てるよな

極黒:どうでもいい

F:こういう時に言うものさ、バカばっか