詰まる所少年はがらんどうだ。

中身が無い、満たされていない、乾いている、常に。

故に無知であり、故に盲目である。

だからなのか、彼はそんな少年を、救えると思った。

なぜなら彼の自己犠牲愛は戸惑いの中から生まれたもので。

崩す事は容易と、思ったから。




DARK SIDE

第15話

らぬがえる





「うっわぁ・・・。」

諦は中に入って早々、嫌悪さえ忘れた感心の声を上げる。

鬱葱と生い茂る、さながら密林のような森の中心に建てられたこの研究所は、

その中も予想通りというか、異臭漂う怪奇の遺跡となっていた。

建物自体は何度も改修されたようでコンクリートで作られているのだが、

壁も天井も床さえも、無数の植物、それも見た事も無い、お世辞にも綺麗とは言えない妖しい物ばかりがひしめき合っている。

鼻を強くつく異臭が漂っている。

一度アンモニアを理科の実験で使った事があるが、あれとは異質の、回りくどく鼻に届く奇怪な臭いだ。

「長い間使われていなかったんだろうな・・・。」

翔飛は鼻と口を押さえながら辺りを見回す。

ここの場所の空気が分からずに吸うのは危険だ、強い毒性を持っている場合がある。

あるのだが、翔飛以外の誰もが、鼻も口も押さえようとはしない。

「危ないぞ、ここの空気、もしかしたら毒が・・・。」
「ねぇよ、ついでに、ここは頻繁に使われている。」

諦は一言言うと、四人が居るには広い筈なのに、やたら狭く感じる室内を見渡す。

「どういう事だ・・・?」

納得いかず、翔飛は諦に問おうとする。

諦は一度、振り向いて。

「草を刈れないほど人は居ないがな、きちんと設備が使われてやがる。
それだけに排水が流れてきてだな、こいつらはそれを餌にしてるんだ。
んで、この臭いはあれだな、血とか骨とか内臓とか、人体の全部をミキサーにかけりゃこんな臭いが出る。
バラバラ死体の出す臭いは、毒が無いぜ。」

長々と理屈をこねて、腰にかけた長刀を引き抜く。

「人体を・・・。」

呟いたのは翔飛だけだったが、その言葉を聞いてほかの三人も戦慄していた。

そしてここで行われることがどういうことか理解できた。

ちなみに荷物持ちは満場一致で諦が全てを負担する事となっており、その背中には登山用のリュックが背負われている。

「よっと、この辺か・・・。」

彼は独り言を呟くと、一閃、刀を放った。

目にも留まらぬ早業、出鱈目としか言いようの無い腕力が生み出す運動エネルギーは、鬱葱と生い茂る植物を全て吹き飛ばした。

それどころか壁を作っていたコンクリートすら吹き飛ばし、二つ三つ先の部屋さえ見えるようになった。

先の部屋もこの入り口と同じように植物が生い茂り、奥にある分それは一層酷かった。

ただ奥に続く通路は確実に認めることができた。

「それは・・・。」

今度は月江が、諦に問う。

「別ルートさ、こことここ、どっちを進んでも同じ所に着く。」

言って諦は、先ほど崩した部屋と、本来通るべき廊下を指差した。

「さて、二手に分かれよう、俺と月ちゃんはこっちを通る、冷治以下二人は廊下を通ってくれ。」

その爆弾発言というか、明らかに県下をうっている言葉に当然、冷治と月江は不服の声を漏らす。

「貴様一人で行けばいいだろうが。」
「そうですね、必要があるとは思えません。」

こんな具合に。

だが諦は不敵に笑って、声を上げる。

「必要ならあるさ、俺はどうしても月ちゃんに言っときたい言葉があってな、
それ言わなきゃ、まず間違いなく二人が後悔する。
それともお前、何があっても月ちゃんを守れるとかほざくのか?、
得体の知れん極黒に頼らなきゃ何もできない奴が粋がるなよ。」

冷たく、しかし事実のみを突きつけて、冷治は言い返す言葉を失った。

だがこれはきっと優しさだ、と気づいたのは翔飛と日香だけだ。

諦はああいう気遣いしかできない、不器用な分だけ気づかれない。

だがそれでも彼は兄なのだと、二人は感じた。

それを、当の二人が分からなければ意味は無いのだが。

「分かったよ、だが・・・。」
「信用ねぇな、ま、お前の人間不信は今に始まった事じゃないけどな。」

肩をすくめて諦は言うと、崩した壁のところで二人を見やる。

「・・・仕方ないですね、貴方の言いたい事、聞いて上げますから。」

多少嫌味も込めた口調で言い放ち、渋々と月江は諦の所にいく。

「では冷治、また会いましょう。」

いつもの愛称で呼ばないのは気恥ずかしさから、そしてこんな言葉を言ったのは不安だったから。

彼女は彼女が思っている以上に年相応の恋をしていて、

そして彼女が思っている以上に少年を必要としていた。

その様を見て諦は、決して愉快な顔をする事はできなかった。
















「で・・・、何が言いたいのか・・・。」

月江の怒気を込めた口調を、諦は気に留める事無く歩く。

「いい加減言ってほしいですね、言わなければ今から引き返して・・・。」
「アホか、居ねぇよ、もし冷治が行かないで待って居たらあいつは、救いようの無い馬鹿だからな。」

それを言うと、諦は立ち止まった。

その姿に月江は違和感を覚える。

全身から怒気と嘆きが溢れている気がする。

これは少なくとも、常におとぼけで頭の悪い印象を持つ兄貴分の顔ではない。

いや、その様が実は表の顔である事は分かっていたが、しかし彼が何を項までして必死にさせているのか。

「・・・或る少年が居た。」

そして、諦は言葉を紡ぎ始めた。

「或る少年は或る日突然全てから裏切られた。
平和な日常、笑って過ごせる明日、病気の無い体、少し近寄りがたいけど、けれど誇れる親。
そして人という種族の称号。
少年は全てから裏切られただ一人、同じような子供達の墓標で死を感じていた。
そこに一人、少女がやって来て、ただ一言だけ希望の言葉を言った。
「大丈夫」と、それだけを。
それだけを、その一言だけで少年は、少女を生涯を賭けて守り通すと決めた。
喩え自分が悪とされ、俗人に殺され続けても。
喩え自分が適応できない戦場に立たされ続けても。
喩え自分が生涯を賭けて守ると誓い、そして故に愛している少女に愛されなくとも。
その少女の幸せな明日のみを守る為に少年は自分の全てを投げ打った。」

何かの作り話か、或いは史実か、どちらにせよ聞いた事の無い話だ。

ただ古来より戦の絶えなかったと聞かされたこの国では、そしてその国の裏の姿さえ知り尽くした諦ならば、

そうした英雄譚には詳しいのであろう。

ならばこの話はそのおそらく無数であろう英雄譚の一つか。

ただ、分からないのは。

「その話と私と冷君、どういう関係があるんです?」

思わず愛称で呼ぶほどに彼女は静まっていた。

先ほどの様な怒気も無く、月江は何か開けてはならない物を開けるような気分で問うた。

「・・・少年は、自分が自分を削って磨耗して切り捨てている事を知り、結果を知り、それでもその道を選んだ。
自分が少女を傷つけないよう、体を壊す代わりに心を壊さないままにした。
だが冷治は違う、あいつはがらんどうだ、あいつは無知だからな。
だから急にお前みたいな恋人を持って、何をどうしていいか分からず、とりあえず自己犠牲で守っているだけだ。
真の気持ちではない、という事じゃない、ただ無知。
自分の力、自分の気持ち、自分の想い、自分の心、自分の在り方の使い道を、自分なりの答えを出せていないだけ。
だから、なぁ月ちゃん。」

諦はその時初めてその顔を見せた。

泣きたくなるような顔、これは遠い昔の物語の筈なのに諦はそれを知っているかのような顔である。

ただ後悔と苛立ちのみで、結果さえ分からなかった遠い昔の物語。

この自らを捨てた少年の物語は、未完である。

なぜならその先を誰も知らないから、結末が伝えられていないから。

ただわずかに残る文献の最後には、少年は望むとも得る事を拒んだ少女の愛を得て、

そして神などと称される存在に挑んだという。

ただ今はそのようなことは些細な事、諦はただこれだけを言いたかった。

「自分の命捨てるしか愛の証明の出来ない奴にさせるなよ。
そうしたら一番悲しいのは間違いなく君だろう。」

まるで別の人間のような瞳で、彼は言った。

彼女は、少し顔を緩めてから言った。

「させませんよ、失いたくないから。」

少女のその微笑に如何な意味があるのか、実は当人さえ良く分からなかった。

どうかなんて聞かれても分からない、考えても分からない。

思った事は架空か実像かも分からぬ英雄譚の感想。

見返りを求めるのは浅ましき事とはいえ人間の性、そしてそれは唯一人が許容する悪徳である。

だからそんなモノをかなぐり捨てる様な人間の気持ちなんて分かりはしないし分かる事は永久にできないだろう。

しかし、あの時の、まるで全てから見放されたような感覚だけは覚えている。

(なら私はこのままでいいのだろうか。)

ただ彼女は彼女の在り方を、もしかしたらほんの少し見誤っていたのかもしれないという反省だけは、あった。

失わない為の手段に致命的な欠点があるような、そんな気がしていた。

「ところで。」
「何だ?」
「最初の話、もし冷君が救いようの無い馬鹿だったらどうするんです?」

それは諦にとって核心を突いた言葉であった。

そうではないと思っているが、そうであった時の対応がまるで浮かばない。

ひとつだけ浮かんだのは。

「頭から否定する事だ、うん、それしかない。」

苦笑しながら言った言葉は独り言、諦が自分を納得させるための自作自演の演技。

だがそれを見て月江は思った。

(つまり、心配だったんですか)

報われたというべきか、他人が見れば一目瞭然の兄の心理を、少女はようやくに理解した。

道はまだ、続いているようだった。


















朽ち果てた研究所であるが、そこは偶にとは言え人が使っている以上、いくつか整理はされている。

ここはそんな数少ない整理された空間の一角であった。

しかしいくら整理したとは言え朽ち果てた遺跡の雰囲気は消えない。

もう大昔に立てられて、改修だけで騙し騙しを続けてきたここは年季の入った遺跡であり、

遺跡の空気を消す為には建物自体を作り変えなければならないからだ。

とは言え、鬱陶しく生い茂る植物群は無く、損壊した所から流れてくる風が清涼な空気を運んでくる。

だからこそだ、遺跡の雰囲気とは即ち、途方も無い時を重ねてこそ出る神秘的な光景だ。

その場所に、二人の男が並んでいた。

一人は己が仇敵を倒さんが為に主に従う者、もう一人は軽薄さと律儀さを兼ね揃えた飄々とした男だ。

「僕ら、何でこんな所で作戦会議やってるかな。」

男の一人、ローズがもう一人の男、純に対して言った。

「さぁな、だがお前の、いや、お前達の報告を聞いて、奴は青ざめた顔をしていたぞ。」

さして面白みの無い顔で、純は言った。

お前達の報告、とは、先日或る少女によって放たれた殲滅の炎だ。

もう少し反応が遅れていればローズの体は灰にさえならずに消滅する滅びの炎。

絶望の焔。

「火」という属性の負を極限まで高めた破滅の一撃で、正の側面である「希望」と相反する力。

火がその灯りを以て希望をもたらすのなら、放たれた炎によって焼き尽くされた後には絶望しか残らない。

だが人を殺める死の赤は、神聖なる者の生まれる胎盤でさえある。

相反した側面を持つ火という力、純は炎という属性の皮肉さを考えていた。

「・・・で、俺はどういう推理をすればいいのかな?」

ローズが正直面倒そうに言い放った。

その興味の無さげな顔は彼の味だが興味が無い訳ではない。

あの焔があり得ないものだ。

それは絶望、それだけが全てで全てを焼き尽くす無慈悲の焔。

ここに居る二人も、四つの元素を極めたと称される彼らの主でさえ、扱えない代物。

それを情報部のデータになど載るはずも無い普通の少女があのような技を放つなど、

突然変異にしたってタチの悪い冗談としか思えない。

故にこの男の好奇心は擽られるのである。

「ボスは知っているのかね?」
「さてな・・・。」

唯一の手がかりであろう黎治は報告を受けた時かなり動揺していた。

有り得ない、の言葉が彼の顔に描かれていた。

恐らくそれは、彼らが抱いた疑念の同種の筈だ、よって手がかりはゼロ。

「例えば、例えばだ。
昔何かの生体実験で生まされた人工的な能力者だとしたら?」

そこまで考えて、純は推理を始めた。

否、推理とは言わない、憶測だけで構成された妄想だ。

だが憶測だけでもなかった。

少女の姉は水を扱う、少女の恋人は風を持つ、その者の父は土。

黎治の四大全て、という荒業も含め、ずいぶんと並びの良い気がする。

雄仁を除けば年齢は程よく近い、三人に限定すれば同年齢という並びの良さだ。

だからこれは、あくまで憶測で語る推論であるが。

「第一精錬室の「力の沼」の純度は数ではなく質に左右される。
そしてここでは遠い昔から生体兵器の実験が続けられてきた。」

それこそ太古から、異邦人が能力者を駆逐する為に魔神を作り上げる。

ここはそもそもその為に作られた所だ。

「だから強力なものを作る餌も同時に開発していたら。」
「その試作が彼らってか?、ま、確かになるほどだわ。」
「そうだ、だが妄想だ、真実があるとはとても思えん。」
「んー?、僕はあると思うね、もっとロマン持とうよ、ロマン。」

軽く笑って、ローズは外から持ってきたソファーに寝転がった。

それを見た純は呆れて溜息をつく。

「敵が迫っているというのに能天気だな。」
「僕はお前ほど切羽詰ってないからね、恐れる事は無い、僕の言う敵なんて、もうとっくの昔に居なくなってしまった。」

何か遠い昔の忘れ物を懐かしむような目でローズはここに迫ってきているであろう「敵」を見ていた。

彼らは確かに敵だが別に滅ぼさなければならないものではない。

彼の戦いに使命など無い、それは芯を抜いた訳ではなく、ただ余計な気負いを無くしただけなのだ。

その意味で彼はある種の最強であろう、戦いに最大の敗因を見せるのは気負いが生む心の隙に他ならないのだから。

「俺はお前みたいに考えられねぇよ。」

ならば純はローズとは対照的だ。

自分が一度も敵わなかった男、そして使命、遥かなる太古からなるべしと定められ、

自分もそうありたいと願った役職さえ奪った男と対峙する。

それは憎悪と緊張を生み、彼を落ち着かせてはくれない。

大きなモノを背負っている、背負いすぎている、それだけに彼はある種の最弱である。

だが背負ったものの大きさゆえに弾き出せる力もあり、或る意味での最強。

「行くのかい?」
「元々そう言う契約だ、奴を倒させるために力を貸せとな、
利害の一致する契約だったから受け入れられた、それだけだ。」

持つ獲物は拳のみ。

ただそれだけを持って戦場へ向かう男の背中を見ながら、ローズは問うた。

男の答えを知りながらも尚。

なぜならこの男の目的は終生それに絞られたと、感じ取る事が出来たから。

だからつまらなかった。

(一人の人間に縛られ続けちゃ、すぐにやる事無くすよ・・・?)

ローズの嘲りとも忠告ともつかない微笑を、純は見る事は無かった。

















「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

緊張した空気が流れる。

誰一人として喋らない、否、喋れない。

一触即発というか、すぐにでも火薬に引火しそうな導火線の群れの中を歩いている気分だ。

別に翔飛と日香の間に何かあった訳ではなく、冷治と翔飛、冷治と日香の間に何かある訳でもない。

いがみ合う要因は無い、無いのだが。

(絶対怒ってるよねぇ・・・?)

前をすさまじい足音で歩く冷治には聞き取れない小声で、日香は翔飛に話す。

翔飛は喋らず、黙って数回首を縦に振った。

まぁ、好きな人と一緒に行けないのが気に食わないというのはなんとも稚拙な理由だが、

空気が張り詰めたように重いその理由はそれしかなかった。

よって誰も喋らない。

冷治が別ルートなら二人で人前では言いにくい事を言っていたかも知れない。

その場合は前と別の方に行っている人が人前で言いにくい事を言えないのだが。

「・・・・・・所で。」

だと言うのに、その空気は張本人の口によってあっさり瓦解した。

「日香、お前は・・・。」
「時間かけてゆっくり話そうと思いま〜す。」

日香は冷治に皆まで言わせず答えを言った。

「駄目だったらその時はその時、今のお姉ちゃんには貴方が居るんじゃないの?」

そして意地悪じみた口調でそう言い放った、特にお姉ちゃんとか、普段絶対使わない言葉を使っている辺りに。

それで冷治は口ごもる。

二人は後ろを歩いているので気づいていないが、今の冷治は壮絶に面白い顔になっている。

「まぁ、日香には俺がいる訳で、そう気負いする事は無いと思うぞ?」

さらりと流れた爆弾発言で、翔飛の隣の人も壮絶に面白い顔になったが生憎と翔飛は気付いていない。

「それなら良いがな・・・。」

恥ずかしさをポケットに隠すことで誤魔化しながら、冷治は未だ果ての見えない暗闇の回廊を直視する。

異臭は変わらない、生い茂る植物も変わらない。

これ自体は天然物だが、流れてくる養分が異常なのだ。

よってこうも奇々怪々な光景を演出する奇々怪々な植物となっている。

一言で言うと何か出そうだ。

別に怖くは無いが、対抗手段はあるのかと冷治は考える。

そんな呑気な考えをしている時に、その危機が迫っていた事に彼は気付いていなかった。

「!?」

最初に異変に築いたのは翔飛だ。

父により直感を鍛え上げられた彼はその異変を直ちに感じ取れた。

足元の、微妙な違和感、それは決定的な差となっている事に気付くのに、1.5秒かかった。

床に走る壮絶な亀裂、作為的なものではなく自然の綻びが作り上げた違和感無き罠。

予測するには歩いてみるまで分からない、と言う始末の悪いものだ。

そこまで考えて4秒経過。

すぐに見えた前方の冷治の足元には亀裂が走っていない、それを確認して4.5秒。

そして隣の日香が、無自覚のまま割れた亀裂に足を踏み入れようとしているのを見る。

一瞬、凍る。

それまでは冷静な対応をしていた翔飛はその時になり始めて焦りを覚えた。

あせりは究極的なロスタイムを引き起こし、判断の時間を3秒奪った。

それだけの時間、わずか数秒の差で翔飛と日香の足元はガラガラと崩れ、二人はそこから見える奈落に飲み込まれた。

音を聞き取り後ろを振り返る冷治。

するとそこには無抵抗で崩れ落ちていく中でしかし必死に日香を抱きとめる翔飛の姿があった。

日香は、何が起きたのかいまいち実感していないようであった。

ただ事実は、抗う間も無く漆黒の闇へ飲まれる二人。

冷治は声さえ上げられず、その様を見る事しか出来なかった。

「・・・・・・。」

状況を冷静に考えられるまでに落ち着いてから、冷治は地面にぽっかりと開いた穴を直視した。

穴の中は分からない、明かりをつけたら底が見えるかもしれないが恐らくその望みは薄い。

亀裂を広げぬよう注意を払いながら穴の中に手を入れる。

ここの空気はひんやりとしているが、それさえ忘れるほど冷たく、そして異常な何かを感じ取った。

何かは何か分からない。

危険とも安全ともつかない、ただそれは有り得ないものだという感覚しかない。

「大丈夫か・・・?」

こんな時に叫べるほど熱血ではないのが冷治の致命的な欠点だろう。

否、これほど深い穴なら意識を保っている事自体怪しいが、しかし調べてみる事に価値が無い訳ではない。

だが。

「先を、急ごう。」

後ろめたい気持ちを抑えながら、冷治は足早に先を目指した。

























ここはどこともつかぬ奇異な空間。

神殿を模した石造りの間はしかし数々の異形の彫刻を以て奇怪な雰囲気を醸し出している。

その石造りの間の中央に金で作られ、赤い皮を張り、数多の宝石をあしらった豪華な巨大な王座があり、

そこには黎治が居た。

だが彼の前には、黒衣を纏った者が二人、彼に跪いていた。

黒衣を深々とかぶっている為その者達の顔を窺い知る事は出来ない。

「幾星霜の祈願、ここに叶わん、か。」

黎治は興味なさそうに呟く。

その様を見て、黒衣の内の一人が怪訝な態度を見せる。

「我らこの国の伝統を継ぐ者には最大の事にございます。
絶望の発動、これだけでも概念の質量化は届きましょう。」

黒衣はやたらに丁寧な口調で話すがそこには嘲りも感じる。

男の声だ、それも相当年を食った老人の。

もう片方の黒衣は、微動だにさえしない。

「絶望は我が手に、好きなようにして構いませんな。」
「好きにしろ、私は安全な方をとる。
既に質量を持ったモノを取り込む、その為に物質の構成因子である四大元素を極めたのだ。」
「ふむ。」

黒衣の老人は黎治の態度にさして興味も示さずに立ち上がる。

それに同調してもう片方の方も立ち上がった。

「闇の側に立つ者、ダークサイド、しかしその本質は・・・。
有り得ないものに質量を持たせる、という事、それは神の定めた等価交換に反する。
この物質世界のルールですからな、それを破るのはなるほど悪魔の眷属だ。
だがその力、度を過ぎれば神を超える。
だからなるほど闇の者、神の御威光届かぬ悪の存在ですな。」
「形なきモノに形を与える、それはこの世界でなくとも実現可能だ、全てに連なる平行世界、摂理以下の鎖は違えど、
根底にある真理は変わらん。
故に私は成功例を奪うとしよう。
失敗作の冷治がこんな所で役立つとは思ってもみなかったのだが。
奴を放り出したのはある意味で正解であったな、あのまま家に縛っていてはこうはならなかった。」

その時は満足そうな、しかし陰湿な笑みを浮かべて、黎治は王座に深々と腰掛ける。

「時が来たようだ、純と暗殺者には余計なものを縛って貰おう。
何も出来ぬ水と風に用は無い、そして全ての世界を監督する者もな。」
「太古人は世界の調和などと考えましたが、意思無きものは利用せずして何とするか、愚かな選択をしたものです。」

言って、老人は立ち上がった。

それに連なり、もう片方の黒衣も立ち上がる。

「では最後の仕上げ、「第五」を用いて火を目覚めさせますが故。
それ叶わぬ時は第五が目覚める時、行くぞ、クィンテセンス」

最後に老人はその者の名を呼んだ。
  第五元素
クィンテセンス。

この世界を構成する四つの元素を統括する五つ目の元素。

この者達の目的は、ようとして知れない。



















そこは施設の中央であろう。

一言で言えばそこは遺跡、

石造りの塔に異臭は無く、乾いた風と差し込む光が神秘的な空間だ。

そこで合流した冷治は、今までの経緯を話していた。

「そうか。」

翔飛と日香が穴に落ちてはぐれてしまった事を報告したとき、諦が返したのはその一言だけだった。

「咎めないのか?」
「それで帰ってくるのなら、むしろそれは月ちゃんに言うべきだし。」

言って、諦は手の平大の握り飯にかぶりつく。

「・・・・・・。」
「気にする必要は無いですね、生きて帰ってこれますよ、二人。」

気まずく黙る冷治を見て、何の躊躇も無く言い切る月江だが、

その顔には確実な焦りがあった。

一時は憎み合っていても、やはり二人は姉妹なのだから。

「まぁとにかく食えや、腹を満たしてある程度休むべし。」
「そんなんで良いのか。」
「良いんだよ。」

文句を言いながらも、冷治は差し出された握り飯を受け取る。

サイズは諦のものの半分くらい。

月江も同じものを受け取る。

「二個余ったな、まぁ戻ってきてから渡せばいいか。」

言って諦は、登山用のリュックに出した握り飯を仕舞った。

そのまま三人、特に話す事も無く、握り飯を平らげ暫く足を休めていた。

そして。

「時間だな、行って来るわ俺。
あ、進むべき道は、俺が通ってきた道、お前が通ってきた道、俺が今から通る道以外だから。」

言って諦は、四つある内の扉の内一つに向かって歩いていった。

そして二人が進むべき道は。

「一つしかないだろ。」

げんなりとした声を上げながら、冷治はまるで手のつけられていない、重々しい鉄の扉を直視した。

扉に彫られているのは何のレリーフだろうか、翼を生やした蛇のような形をしている

冷治はそのまま向かって歩き、扉の取っ手を手に取る。

「冷君。」
「ん?。」

そこまで来て、月江が冷治に話しかけた。

冷治は振り向く。

「・・・死のうとか思わないでね。」
「どうしたんだよ。」

至極心配そうな顔をしていった月江を見て、冷治は内心焦りながらも、穏やかな笑みを返せた。

「安心しろ、死ににきた訳じゃないから。」

その一言、その一言で、月江の心は幾分にも癒された。

不安を、恐怖を、幾分も打ち消す事が出来た。

「いこ。」
「ああ。」

そして、蛇の扉は開き、奈落の底への道は開かれた。























「君付けなのな。」

言いながら、諦はその空間を直視した。

縦約80メートル、横約35メートル、高さは中心が約70メートルで、徐々に下がっていて一番低いところは5メートルほど。

まさに遺跡であろう。

石造りの壁と天井と床、天井は割れて光が差し込んでおり、また辛うじて人であると分かるレリーフが残っている。

そして床の上には、砕けたままにされ、朽ち果てた石像郡が散乱している。

所々に無事な柱の名残があり、それはまっすぐの道を作っていた。

「ここが本来の入り口か、どこの趣味なんだろうな。」

疑問を持つが疑問を晴らす者は居ない、そして解けたとしてもそれで済む話で、別段気にする事も無い。

それよりも。

この神秘的な遺跡の中央に構えている男の方が、彼にとっては重大だった。

「随分遅かったな。」
「飯食ってすぐ動くと良くないんでな。」

厳しく険しく、そして刺すような眼差しと言葉を、しかし諦はへらへらとした口ぶりで返す。

「・・・もはや何も言わない、今日ここで死ね。」
「・・・お前が俺の背負っているものを理解したのなら死んでも良いけどな。
お前は知らない、だから救われてるんだ。」

独り言のように呟いた言葉を、しかし純は聞き取り、その真意を見出せない。

「俺は強い奴と戦うのは大好きだ、けど卑怯な奴とは嫌だな。」
「ここには俺しかいない、他の奴は別の人間が当たる。」
「なら心置きなく戦えそうだな。」

言って諦は、登山用のリュックを純に向かって投げる。

純はそれを、直視しただけで破砕した。

「・・・訂正する、多少卑怯な手を使った。」
「勝つ為に手段を選ばないのも強さのうち、楽して手に入れた力に溺れないのも強さの内さ。
強さは、腕力だけじゃ決まらないぜ?」

言って諦は、ゆっくりと目を閉じた。

「御託は沢山だ、殺す。」
「来いよ、俺も訂正。
一応最後まで弟の面倒見たいんで死ねない。」

その言葉を最後として。

二人の男は互いに間を詰め合った。

コンマ0を遥かに下回る魔の域に達する速度で衝突し。

その爆風を以て、この死闘のゴングとした。


























あとがき

いろいろな事故で随分遅れたです。
消える前の結構良かったと思ってたんだけどなぁ。

あ「過ぎた事は気にしない事だな、てか何故平仮名。」

面倒だからさ。

あ「ぶっちゃけやがったな。
んで、次回はどうなんのよ?」

とりあえず今君のやってることの続きと、謎を色々解こうと思いますわ。

あ「運、悪役の会話その2、言ってる事ちんぷんかんぷんだった。」

分かったらネタばれ度高しよん。
謎の新キャラの為に含め主人公とヒロインが忘れられる16話にレディ・ゴー!。

あ「やっぱさぁ、月1は遅すぎると思うんだよ、色々あって結局三ヶ月くらいかかったし。」

そこ黙る。

 


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