朝起きて。

昨日と決定的に違う事があったら。

昨日から決定的なものを失ったら。

そしてそうなる事を予測してしまったら。

それは耐えがたい恐怖。

人が一番畏れるものは何なのだろう、と聞いて。

少女が真っ先に答えるその恐怖。

―――に怯えながら、けれど決して前を見る事は忘れずに。





DARK SIDE

第13話

「ただ、手を繋いで」



喧騒と汚れた空気の暖房で構成された街の中心部から程遠い、郊外の小高い丘の上。

そこで、二人は隣り合って座っていた。

冷たい風が頬を凍えさせる。

息を吐けば白いし、前身が小刻みに震えてるのがはっきりと分かる。

けれどそれ以上に、二人、手を繋ぎ合っていた。

「・・・なんだかな。」
「その手の愚痴は聞く気はありません。」

月江の即答、もはや予知能力じみた言い方だろう。

それだけ冷治の言動はワンパターンという事なのだが。

因みに、ちゃんと身体は洗っている。

「・・・あなたを探しに街を出た日。」

月江は、虚ろな顔で空を見上げてから言った。

冷治は無反応、いや、無反応を装っている。

何か言い出しそうだがそれ以上に言葉を遮ってはならない、と思ったから。

「あなたを探しに街を出た日も、こんな空だった。」

そう言って、月江の表情は僅かに曇る。

元々冷たい印象の強い彼女だが、ここ最近、冷治の側に居ればそれでも明るい印象の顔であった。

今そうならないのはただ単純に、感傷である。

月江の言葉を受け、冷治も空を見上げた。

なるほど確かに不安を駆り立てる灰色だ。

こんな空模様の元旅立てば、当然不安になるだろう。

冷治はそう思いながらも、何も言えずにいた。

何を言うべきか、分からないから。

今こうやって自分の為に自分を追いかけてきた彼女が、愛おしく、そしてそれ故罪に思えたから。

「冷君、今日は特に風が冷たいね、雪でも降りそうだけど」
「あ、ああ、そうだな。」

冷治は曖昧な相槌しか打てない。

それだけ錯乱と混乱が心を掻き乱している。

それともこの心掻き乱される原因が、彼女にあるからなのか。

真っ直ぐに見て、その印象的な蒼い髪と、整った顔立ちは、なるほど美人だ、と頷いてしまう。

彼女を見る度、心臓の鼓動も早くなる。

それに気付き、冷治はつまり、自分は彼女を深く愛おしく思っているのだと確信する。

あまりの幻惑的な雰囲気に、心が縛られ躍らされていると、

決して罪の背徳ではなく、少年の淡い恋心ゆえと、はっきり理解する

それが甘美とさえ思えただろう。

余計な邪魔がなければ。

「・・・なんであいつが居るんだよ。」
「さぁ?、居たら押し倒すとでも思ったんじゃないですか?」

と言われ、冷治はすぐに顔を赤くする。

因みにこんなノリだと押し倒されるのは冷治の方かもしれない。

「バッ、ただ単純に面白がってるんだよ、奴は。」

冷治はそう言って、草むらに隠れているつもりのやたらでかい双眼鏡、つまり諦を睨む。

顔はつくづく不機嫌そうだが、顔を赤くしたので月江は少し微笑んでいる。

要するに面白がっているのである。

そのまま静止する事約30分。

いや、静止したのは二人の口だけで、何も言えなかったのだ。

ただ、二人して何を言うべきか、なんと言うべきか、とか、そんな思索を繰り返したまま時を過ごしたのだった。

勿論、アキラはつまらなそうな顔をしてどこかへ立ち去った。

「・・・そう言えば、そろそろお腹が空くんですけど。」
「ん、あ、そうか。」

そして重要な死活問題に直面する。

二人とも小食だが、それでも腹が減ると何も出来ない、立派に生物の範疇に収まる存在だ。

さて問題はこの空腹をどう凌ぐか、ということだ。

二人とも調理技能については、月江は味覚こそ異常なものの基本技能はしっかりしている。

冷治の方は水準以上、至って問題は無いが。

だからと言って材料がないとどうしようもない訳で。

「えーと、何か買うか?」

それが最も妥当な案だ、だが。

月江は何を思ったか、いや思う事など一つ、ただ冷治の腕を抱きしめ、寄り添った。

「・・・月江?」

冷治は尋ねる。

彼の顔は形こそ怪訝だが、色は真っ赤だ。

「やっと名前で呼んでくれた。」

今にも消え入りそうな、月江の声。

それを聞いて、冷治は静かに瞼を閉じ、そっと抱き寄せた。
















―――余談だが、彼らが食料にありつくのは、もう1時間した後の事でしたとさ。



















そこら辺の露店で適当に腹を膨らませたあと、翔飛と日香は街を歩いていた。

その様は彷徨う、と言った方がいいかもしれない。

どちらも陰鬱な顔のまま何も話す事をしないからだ。

何をしているかと言えば何をする気にもなれない、離れたくないが離れたい、

話をしたいがしたくない、とか、色んな思索や思考が廻って、要するに疲れているのだ。

無理も無い、自分の父親の死、その事実を知って、翔飛は立ち直れそうに無かった。

そして翔飛を支える日香もまた、自分の不甲斐なさに苛立ちを覚えていたのだから。

更に自分の姉のことだった、今彼女は幸せだろうな、と思うと、憎悪を掻き立てられて、慌ててそれを否定しなければならない。

否定したらまた憎悪が沸きあがり、また否定、その繰り返し。

そうして彷徨っているうちに。

「此処、何処?」

と言ったのは日香だったが、翔飛も同じ疑問を抱いていた。

同じ道を歩いていたのは分かっていたが、どういう道を歩いていたかまでは完全に抜けていた。

それが分からないほど呆けていた事のだが、然し問題はそれではなく。

「かび臭いな。」

言って、翔飛はただでさえ鬱な顔を更に鬱にする。

完全なスラムだった、いやスラムですらない、ゴーストタウンと言ったほうが的確だろう。

全く人の気配が無い、此処で会うとしたら、十中八九顔の悪い黒服の男で、

尚且つ視界に入った瞬間、問答無用で発砲してきそうな奴だろう。

「とにかく、ここから出ないとねっ。」

日香は無理に明るく振舞おうとするが、勿論無意味。

行き止まりなので、後ろを振り返る、道は今のところ一本だ。

なら来た道を戻ればいいだろう、と二人、暗黙の内に行動を理解しあった。

―――こう言う以心伝心は成っているのに、何故言葉で分かり合えないかが疑問だが。

翔飛は黙って頷いて、先に歩き出す。

日香もそれにあわせて歩き出す。

今度は二人、互いを意識していた。

何で自分はこの人と一緒に居るのだろう、とか、なんで一緒についてきているのだろう、とか。

無論、そんな思索をしていれば、自然とぎこちなくなり、自然と話さなくなり、

自然にもっと迷うのも、道理だったとか。










「「・・・・・・はぁ。」」

声がハモる。

つくづく、自分の不甲斐なさを呪う二人。

今度は墓地に来てしまった、しかもここ最近手入れされた気配の全く無い、

要するに心霊スポット。

今度は黒服ばかりでなく、足のない人間すら出てきそうな場所に来て、二人は辺りを見回した。

まず空は薄暗い、灰色だ。

しかもなんだか暗くなりかけている、日は出ているようだが、日没までに帰らねば拙い。

いや、黄昏時の時点でもうアウトな気もするが、とにかく一刻も早く此処を出なければならない。

次に出る当て、しかしこの墓場は如何にも心霊スポットらしく、無数の墓が迷路を形作っている。

つまり、二手に分かれるともう会えない気がして、とか。

二手に分かれる事なんて絶対にさせないのもらしいと言えばらしいが。

「・・・どうする。」
「・・・どうしよう。」

言い合いながら、互いに頭を掻き毟る。

いや、どうすると言えば帰るしかないのだが、先行きが不安すぎて途方に暮れているのだ。

そしてそのまま硬直する事1分弱、二人は、目の前にふらつく二つの人影を見る。

そしてそのまま、より硬直する。

「・・・幽霊って信じる?」
「動く死体なら見たさ。」

翔飛は歯を噛み締めながら刀を引き抜いた。

この刀が果たして幽霊を斬れるかどうかは謎だが、もし斬れるなら何も気にする事は無い。

全てを斬り、そして帰るだけだ。

翔飛が意を決し、一歩、踏み込んだ。

するとその人影は一瞬にして姿を消す。

「・・・!?」

只の幽霊ではなく、実は昔その名を轟かした武将の魂だとか。

この国はそう言う話は多く聞く。

太古の頃は群雄割拠の戦国時代が、千年続いたとか言われているし。

なら余計不安なのだが、それでもやらねばなるまい、と思い、

翔飛が日香を気にしなくなった時だった。

「「ばぁ。」」
「「っっっっっっ!!!???」」

右と左から、突如奇妙な声がして、二人一斉に身を強張らせる。

そしてその声の主を見定めんと翔飛が目を向けると、そこには。

「あはははは、やっぱ驚いてやがんの。」

何の因果か、薔薇君がいた。

「・・・薔薇。」
「薔薇って言うな、ローズと言った方がカッコ良いだろう。」

言うと、そのナルシストな男は薔薇を持ってその匂いを嗅ぐ。

ならばもう片方も知れているか。

「はろぅ、覚えているか知らん?、風使いの少年。」
「何がだ。」

言って、その女の方を向いて、翔飛は一気に平静さを失った。

日香は怯えて動かなくなっていた、その女、ソフィアは手に何も持って居ない、が、殺せるなら一瞬だろう。

「貴様・・・っ!」

本能、反射に近い神経を使い、動きかけて、羽生い締めされる。

「くぅ・・・!」

一瞬で動きを止められ、翔飛は怒りを露にした形相になる。

「ッたく、分かり安いったらありゃしない。
・・・が、僕達は決して時間外労働はしない主義なんだよ。」

ローズは自分の耳元で、そんな言葉を告げる。

然し翔飛はその言葉の意味など全く理解できなかった。

怒りが脳天を沸騰させ、彼の言った言葉を理解しようと働きかけないからだ。

「・・・彼に言ってやってよ、お嬢さん、
私達の暗殺稼業はビジネスでありウォークなの、無論それは、決められた時間に行う事で、
そして休みの日は殺しをする必要は無い。
ましてや貴方たちごときを見過ごしたからと言って活動に支障は出ないわ。」

ソフィアも、面倒臭そうに日香に言った。

が、恐怖で動けない彼女に言っても聞き取ってもらえないだろう、と感じたソフィアは、

形相を変え、蛇のような鋭い目つきで言った。

「私達はあんたとやり合わないわ、それだけを言い聞かせなさい。」

暗殺業をするだけあってその言葉は鬼気迫るものがあった。

だが、恐怖で蹲ってしまった少女には、もはやどのような言葉も届くまい。

「・・・聞こえているぞソフィア、ついでに俺は信じない、と答えておく。」

逆に翔飛は、とてつもない形相でソフィアを睨んだ。

彼の身体はいまだローズに固定されたままだが、しかしその眼光には確かな威圧があった。

が、ソフィアは気にも解さず、説明をする事をローズに目で求める。

「俺達は殺しが仕事、だから休みの日は殺しはしないんだ、
けどな、自己防衛を止めてまで殺さない、なんて戒律は無い。
自分を守る為なら、いつでも誰でも殺すけどな、それでもいいって言うなら、そこのお嬢さんごと死ぬぞ、お前。」

ローズもまた、ソフィアに負けず劣らずの凄まじい形相で、脅しをかけた。

だが彼の眼光が生む恐怖と威圧にさえ、翔飛は物怖じしない。

何故なら。

「父さんを殺したくせに・・・!」
「「・・・は?」」

一斉に、声がハモった。

それまでの蛇の如き、暗殺者に相応しい形相は無く、ただ疑問だけがそこにあった。

故に、翔飛を縛るローズの腕もその力が多少抜ける。

翔飛はそれを気に一気に彼の腕を振り解き、後ろを振り返ってローズと相対した。

だが背後の気配も忘れて居ない、

そして何より大事なのは震えている日香を何とかする事なのだが。

「・・・誰が、誰殺したって・・・?」
「五月蝿い、貴様らにとってすればただの一つの殺しだったのかも知れんがな・・・!」

そう言って、翔飛は輝く一本の刀を見せた。

その、鋭く波打つ刃は、いかなモノも切れるのでは、と思わせるほど美しい。

それを見て、ローズはハッとなった。
       シュヴァルツ
「コードネーム・黒の反逆事件か・・・?、生憎だがその憎悪は見当違いだ、少年。」

ローズは平静に、なるべく翔飛の怒りを刺激しない言葉を選ぶ。

だが、彼の性格が、怒りを刺激しない器用な口を選ぶ事は出来ず、翔飛の怒りの形相はますます深まる。

「見当違い、それは何かの方便か・・・!?」
「うーん、だから、私らはあんたの親父さんを殺していないの、殺したのはうちのボスよ。」

その言葉を聞いて、翔飛は反吐が出る気持ちになった。

信用してほしいのか、と、そんな嘘までついて、信じて欲しいのか、と。
            緋色の女
「・・・さて、どうする、ソフィア。」
「私ら、殺しに長けても話術はできないのよねぇ。」

言って、ソフィアはパチンと指を鳴らす。

すると墓が蠢き、地下から無数の死体が這い上がってくる。

「それしかないか、やれやれ、そこのお嬢さんはどうする気だい?」
「私、いたいけな少女を嬲るのは好きじゃないのよ、いたいけな美少年なら嬲りたいけど。」
「付いていけないな、その奇抜な趣味、で、結論は?」

言って、ローズは自分の手から血を流した。

その血は渦を無し、一本の刃となる。

「殺る気か。」

言って、翔飛は一方後ろに下がり、少しでも日香の救出が出来るように構える。

「うーん、君は一回力を見せてるのに野放しにしたのは、別に種がバレても困る事じゃなかったしねぇ、
それに君と僕達とは同じ力を持つ者だから、力の存在自体は秘密にしてくれるだろうな、と思ったからなんだ。」
「でも、このお嬢さんは違うでしょう?。」

平和的な口ぶりで話す二人だが、その構えは完全に戦闘態勢だ。

ローズは一瞬で二人どころかソフィアまでを切り裂けるだろうし、ソフィアも二人をローズごと死体で押し潰せるだろう。

故に翔飛も、自らの周りに風を作る。

「・・・日香にも力は在る。」
「だとしても、そこのお嬢さん、僕達が君を殺したと在っては、一生追いかけてきそうなんだよねぇ。」
「あんたが素直に刀を納めるなら、万事平穏に追われるのよ?」
「此処までやって未だ言うか?」

翔飛は、口を皮肉そうに歪ませた。

そして風は、この墓の回り総てを射程に入れて、渦をなす。

「・・・そうだな、僕は血を出した、この痛みの代償は支払って貰わないといけない。」

もはや、戦いは始まっていた。

翔飛は背後で蠢く少女を、然し助ける可能性は限りなく低い事に、自らを責めた。

「日香。」

一言つぶやいて、思う。

何故二人で来たのだろうと、それは後悔でなく、何故、彼女は側にいて、そして自分はそれを受け入れているのかと。

分からない、だが彼は考える余裕は無い、その思索をすぐに消し去り、前と後ろを塞ぐ脅威に備え構える。

「・・・メ。」

何か、言葉が呟かれた。

だが三人が三人とも気に止めない。

何故ならそんな些細な事に意を解したその時、自分が死んでいるかもしれないから。
   ・・
そう、三人が。

「ダメッッッッッッッッ!!!」

風が舞っていた。

風が渦を成していた。

色は緑か、水色か、とにかく、赤くないのは確かだ、なのに。

「「「なっ!?」」」

三人が三人とも、驚きの声をあげた時には遅かった。

獄炎が総てを包んだ。

黒い炎だった、それは赤くない、黒くて赤い、それは。



―――絶望の焔



音さえない音、熱さえない熱が総てを覆い、死色に染めていく。

死して尚動く、この上ない死色である筈の死体達は、

その上に在る筈の無い死色を突きつけられる。

ローズは何も出来なかった、ソフィアも何も出来なかった。

そして翔飛も、呆けてその黒くて赤い死の色を眺める事しか出来なかった。

だが翔飛は気を確かに持つ。

今成すべき事を、今駆けるべき先に居る相手を。

想う。

「日香ッ!」

少年は叫び、少女の名を呼んだ。

少女は呆けていた、自分でさえ、何をしているか分からなかったからだ。

だが翔飛は彼女を抱きとめ、必死に守る。

「そうか、術者を殺せば―――!」

それに気付いたソフィアは、その腰から一本の針を抜き出す。

翔飛には直感で分かる、あの針には、ただその一本で巨像さえ死に至らしめる毒が塗られている。

だから、手は抜かない。

「はぁっ!」

翔飛が叫んだ、風が舞った、ソフィアの抜いた針は強風に煽られ宙を舞う。

そしてそのまま、辺りを渦巻く獄炎に飲まれて消えた。

「つっ!」

ソフィアが忌々しげに舌打ちすると、今度はローズが駆け出してきた。

「憐れだね、君もッ!」

言うが早いが、ローズは自らの血で作った短剣を突き出す。

切っ先は無論、日香の心臓を確実に捕えていた。

が、翔飛は勿論それを許さない。

血色の切っ先を銀に輝く刀で弾き、一気に跳躍した。

「死ぬ気か!?」
「まさかッ!」

ローズの驚きの声を、ありったけの余裕を使って返す辺り、翔飛も律儀だった。

彼は自分と日香の周りに巨大な風の層を作り上げ、暴虐の如き焔を打ち払う。

炎はそれだけでは熱となって刹那に消える、それを狂わせ、或いは灯し続ける風が要るのだ。

その風に阻まれては、焔は無力だった。

だがそれは、互いの力が対等な時に成り立つ図式、今自分の周りで渦を成している焔は、圧倒的な暴力だ。

喩え焔が届かなくとも熱は伝わる。

熱の媒体である空気を完全に遮断するなど、翔飛が出来る筈は無い。

翔飛はそれを知ったうえで、ありったけの力を使って風を作った。

完全に防ぎきれない、自分も、そして日香も、幾らか火傷を負うだろう。

が、それでも振り切らねばならなかった、理由は分からなかったが、そうするべきだと思った。

そうして、赤々と燃えるトンネルを、意識が半ば飛んでいるので分かっていないが、浮遊しながら走った。

走って、走って、走って、何処へ行くとも知れず。

そうして翔飛の頭には、延々と走り続けた事しか頭に残らなくなった時。

終に、彼は倒れた。

自分の中に在るありったけの力を使い切って、もう風は吹かなくなった。

だがその甲斐はあった、自分達は多少の怪我を負いながらも、それでも元のゴーストタウンに戻る事が出来た。

問題は、どうやって帰るかだ、さっきも同じようにして迷った。

そして日は傾きかけている、下手をすれば野宿かもしれない。

「っ・・・。」

翔飛は舌打ちする。

このような暗黒街は危険が多すぎる。

先程の二人は追いかけてきていないようだが、それにしたって何時襲われるか分からない。

翔飛はどれでも歩き出す。

彼の背には、眠りこけた日香の姿があった。

急激な消耗で、どちらも疲れ果てていた。

だがそれでも翔飛は、意識の続く限り進もうとした。

だが、限界だ。

自分の持ち得る総ての力を使い切ったのだ、下手をすれば衰弱死さえするだろう。

ならば自分の背にいる少女はどうなのか、翔飛はそれを考える度に、言う事を聞かない体に鞭を打って歩こうとする。

二人は只の幼馴染だった、昔から自然と一緒に居た、故に互いに好意らしきものを持つのは自然だった。

だが、果たして自分は、ただの好意らしきもので満ち足りるのか、考える。

考えるが、考えがまとまらない。

極度の疲労は、思考の並列処理などさせてはくれないからだ。

「く・・・、そ・・・。」

そして、翔飛に立ち上がる力も、身体を動かす力も無い。

生きる為の器官を動かすだけで、余分な事に力は一切使えなかった。

視界がぼやける、意識を保つ事さえ今の身体には余分な行為だ、余分なものは、本能単位の命令が省いてくる。

そんなものに逆らえるような強靭な精神を、翔飛は持ち得なかった。

だから。

「俺は負けたのか・・・。」

あの二人ではない、日香でも無いし、他の誰でもなく自分に。

本能を制御できない自分が、どうして武人の心構えを持っていた父に近づけよう。

だがどうして本能を制御できよう。

本能は生物として当然の行為、それを無理に抑えるのは、自らが生物である事を否定する事だ。

ならば己を超越した者は人ではないのか、故に、神域と言う言葉が使われるのか。

「俺は・・・」

そう言って、口から赤いものが流れた。

それは警告だ、これ以上喋るなと、動物の根源からの命令だ。

逆らえばきっと父に近づけるだろう、だが今は。

翔飛がそんな思索をしているうちに、それはやって来た。

「やれやれ、ただの行方不明で死なれると困りますが。」

一言聞けば、見下したかのような、しかしその声は感無量だ。

見下しても居ないし見上げても居ない、侮蔑も無ければ同情も無い、「無」に近い声だ。

そんな声を発するのは、一人しかいなかった。

「・・・月江。」

名前を呼ぶが、身体は動かない。

今恐らく、自分のすぐ側に立っている少女は、やはり無感動な顔をしているのだろうか。

「・・・休んでください、応急手当はします。
但し起きていた方がいいと思いますけど。」
「・・・そうする。」

翔飛は言いながら、最後の力を使って、上を見上げた。

「・・・妹のために、貴方には死んで欲しくないんです。」

月光に照らされた少女は、掠れた声で言った。

恐らく独り言だろう、よく聞き取れなかった。

少女の側には少年が居た。

「運べる?、冷君。」
「まぁ、二人がかりなら何とかな。」
「三人目、呼ぶ?」
「却下。」

言って、淡々と自分を持ち上げ始める。

そして気付く。

無感動、感無量の少女の声にはその時だけ感情があった。

感情を込めさせたのは、自分と同じ年の少年か。

それは信頼し合っている証拠、それは深く愛し合っている証だ。

翔飛はその少年のような事がしたいと、少年の事が、酷く羨ましく思えた。

思いながら、眠っている少女の手を握った。

―――そう言えば、灰色の空は晴れ、月と星々は綺麗だった。














諦「今回も次回予告はなしかね?」

F「うん」

諦「次の予定は?」

F「兄ちゃんの暴走を止めに妖しい研究所へゴー、ってやつ、此処から季節感がなくなるっス」

諦「もう書き上げる頃には春だからな、エピローグは夏でゴーだ」

F「二度目の冬かも知れんぞ、ま、妖しい研究所の次がラストダンジョンだぴょ」

諦「おお、あと何話で終わる?」

F「20話程度で終わるんじゃねぇの?、次回は研究所篇・導入部ってな構想があったり」

冷「だったら次回予告書けよ」

F「それはいうな。」



INDEX

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