「来たか・・・。」

諦は待ちくたびれた顔で、しかしどこか沈んだ顔で、眼下を歩く少女に向かって言い放った。

因みに此処は10階建てのビルの屋上だ、聞こえはしない、聞こえていても無視されるだろうし。

「て言うか・・・。」

少女の後ろに、一組の男女が歩いているのが見える。

人目を気にしない若いカップル、などという考えが浮かんだが、

まぁ間違っていないだろうが正しいはずが無い。

「仲直りしたのかね?、にしては不自然すぎる急展開。
ま、雨降って地固まると言うことわざもあるんだがねぇ。」

どうもそんな上手い考えは通用しない、そんな気がした。

「さって、どうするかね・・・、そういや、何処で落ち合う予定だったんだっけ?」

致命的な忘却、よほど先日のやり取りで激昂したらしく、脳内の記憶がいくらか吹っ飛んだようだ。
(やべぇな、今声かけるか・・・。)

それが最も妥当な行動なのだが、しかし体がどこかで拒否する。

気恥ずかしいのか、というよりは、彼女は何を思って今此処にいるのだろう、と。

(生半端な気持ちだったらマジで帰すからな・・・。)

それは単なる邪推だ、と自分の心の中の台詞を心の中でツッコミつつ、諦はビルの扉に向かった。

派手に飛び降りたかったのだがそんな事をすれば、なので止めておいた。





DARK SIDE

第12話

帰る場所



―――俺は、どうして此処に立っているんだっけ。

そんな思索を、恐らく50回以上している。

古びた、寂れた石造りの地下室。

つい先程までいた部屋よりも断然閉鎖的だ、牢獄と言うよりは、拷問室と言うべきかも知れない。

つい先程まで、とは、出された食事に薬が持ってあったらしく、眠らされて此処まで運ばれた。

「黎治め。」

その台詞を、恐らく100回は言っている。

そして冷治は、自分の眼前に広がる異形を見る。

異形、というが、なんて事はない、ただのプールだ、ただの。

しかしこの閉鎖的な空間に、そのプールはなんだか酷く違和感がある。

一辺10メートルはあるだろう、正方形の形のくぼみに、なみなみと水が注がれているのだ。

深さはそれほどでもない。
水の色は、黄ばんだ感があるものの無色に近いが、臭いも無い、アンモニアの類とは思えない。

ただ、この一見ただのプールらしきものを異形たらしめている要素がある。

それは。

―――スケテ

と、時折奇妙な声が聞こえるのだ。

声のトーンは低い、女性のものと思えるものですら低い。

B級ホラー映画に良く使われる演出だが、実際に目の当たりにする怪異というのは、

むしろそう言うものに近いのかもしれない。

「なんのつもりだ・・・。」

冷治は呟きながら、頭を掻き毟った。

此処に着てから、風呂には一度も入っていない。

彼は潔癖症ではないが、それでも臭いが酷くなっているので不快に感じているのだ。

「全く・・・、なんなんだろうな?、此処は」

冷治は、自分の中にある漆黒の意志に問い掛ける。

自分在らざる自分、自分の外より来たりて、今では自分に根付いた闇。

「焔の闇」、その名はいまだ不明だ。

(・・・・・・)

その漆黒の意志は、答えない。

意志の疎通は出来る筈なのだ、と言うのも、

この黒は冷治の人格が表に出ている時に、自分の外で起こった出来事を見ているのだ。

さらには、聞く事も、匂いを嗅ぐ事も、感触を確かめる事も、味を知る事も出来る。

つまり冷治の五感を使って自分も知覚を行っていると言う事であり、ならば冷治が発した声は同じくこの黒にも聞こえる筈なのだ。

聞いていないとしか思えない。

或いは、寝ているか。

どうも、冷治の人格が表にある時は、この黒は大抵寝ているらしい。

酷い低血圧なのかと思ったが、低血圧は肉体の問題であり、肉体を共有しているならば問題はない筈だ。

冷治は低血圧ではないから。

「さて、ん・・・?」

ようやくにして、変化が現われた。

広大なプール、その水面が、揺れた。

冷治の顔は一瞬にして冷める、いや、警戒する。

水の中から確実に這い出てくるであろう何かに。

冷治は身構える、丸腰だが、それでも自らの能力は使える。

変化は、確実な敵意となって具現化した。

水はせり上がり、巨大な腕、とでも言うべき形状となって冷治に襲い掛かる。

「分子分解―――!」

冷治は手を真っ直ぐに伸ばし、いきなり、秘中の秘を使う。

則、物質を構成しいる分子を原子レベルまでバラバラに分解する。

此れは只の水ではないのは確かだ、よって分解するとどんな変化が起きるとも分からない。

或いは毒を空気中にばら撒く結果になるかもしれないが、しかしこの場合は、背に腹は変えられないのだ。
             ダークサイド
冷治の手から何かが溢れる、能力者の能力の発動。

色が有りながら色を知覚出来ない、そんな奇妙なエネルギーを襲い来る腕型の水の塊にぶち込む。

そのエネルギーを喰らった水の塊は、霧と化し、そして空気となって消え去る。

冷治は一度、溜息を吐いた。

呆気なさ過ぎた。

喰らった者は、皆等しく絶命する秘儀―――分子分解。

生物は多数の原子から構成される分子より成り立ち、

そしてそれから成り立つ無数の機関によって生命活動を行っているのだから、

その根源たる原子をバラバラにされては生きていられないのは摂理。

しかし。

それはあくまで、物質的な側面の話。

「―――!?」

冷治は驚愕する。

気化したはずだ、視覚にすら捉えられないくらいバラバラにした。

あの奇妙な液体は等しく空気に帰した、にもかかわらず、液体は再結合し始めている。

そう、自分の周りに、小さな水滴が浮かんでいるのだ。

雨の光景を静止させれば、こう言うふうになるのだろうか。

冷治は構え直す。

警戒心を、先程の数倍以上に高めた、体が、無意識に。

「何度でも再生するのなら、何度でも分解するところだが・・・。」

冷治のこの能力の発動には、しかし代償がある。

身体に疲労を与え、時には苦痛を与え、

とにかく何度も何度も撃ち続けられる便利な力ではないのだ。

それに対し、この水の再生力の限界は不明だ。

いや、再生ではなく復元か、バラバラにされた原子を吸い集めている、と言う事は、その中核があるはず。

「黎治め・・・、俺が何も知らないと思うな・・・!」

冷治はチッと舌打ちし、体中の全神経を空間に張り巡らせる。

物使いが使役する化け物の類なら、中核となる物質があるはず、それを砕けば終わりだ。

が。

「いやいや、いい所に気がついたのは良いがね、冷治?、
残念ながら、それは君の想像している様な代物ではないのだよ。」

突如、上から声が聞こえた。

冷治はハッと上を見上げる、天井はいつの間にか大きな空洞を開け、

その上の果てに、鉄格子があり、その上に、憎むべき敵の姿が有った。

「黎治ッ!」

冷治は真っ先に怒りの声を上げる。

それを見て、黎治はふぅ、と溜息をついた。

「冷治、私に罵声を浴びせるのは結構だが、まず自分の状況を把握しておけ。」

そう言われて、冷治がハッとなった時にはもう、遅かった。

大量の水滴が冷治の体を中心に再結合する。

その中にある冷治は無論、息が出来ない。

(くそ、なんなんだこれは!?)
(それはこちらの台詞だ)

苦しさで身悶える冷治の脳裏に飛来する、黒き声。

(貴様か・・・、今頃・・・!)
(全く、迷惑だな、こんな下衆な瘴気を浴びせられては、折角の至福タイムが台無しだ、畜生)
(寝ていた貴様がッ!)
(眠りは俺にとって最高の至福なのでな)

黒き声は、冗談を言うような口調で返答をする。

それは、この絶体絶命の状況にあって、酷く不釣合いだ。

(此れは何なんだ!?)

冷治の怒りも篭った声に、黒き声は暫く間を置いてから答える。

(腕を見てみろ、腕)
(腕・・・?)

冷治は自分の腕を見て、ハッとなった。

自分の腕が、僅かに融解しているのだ。

(・・・!?)
(只の融解ではないな、魂すら溶かす外道の秘儀だ、
そして此れに吸われた人間は、恐らくお前が初めてではない)

お前が、という辺り、この黒は余裕なのだろうが、冷治に余裕など、それ以前の問題だ。

(なるほど、奴は俺の魂を溶かして自分のものにするつもりか。
今まで散々ダークサイドとか言われている連中の魂を溶かしたが非効率的だから、
圧倒的に黒く昇華された俺の魂を生贄に選んだと、全く、傲慢が過ぎるな、雑魚が。)
(・・・・・・?、待て、それは・・・)

冷治は言いかけて、嘔吐する。

いや、あまり物を食ってないから吐き出すものもごく少量だが、この液体は体中を蹂躙する。

酷く気分が悪い、いや、そう言う次元では無い。

(俺の魂を溶かしたくば、10兆人くらいの魂を溶かした水を霊媒にしても以下略、無駄だ、
とにかく強くなければな、俺以上に)

そんな時に、呑気な考察をしていられるあれを酷く憎む。

(くそぅ・・・)

冷治は上を見上げる。

黎治の姿は霞んで見にくいが、愉悦に浸った顔をしているのは確かだろう。

酷く、憎たらしかった。

(お前が助かる方法は一つしかない、この場で俺に代わる事。
まぁ俺はどうでもいいがな、知ってのとおり、俺は本来お前の中に棲んでいた者じゃあない、
そして俺はこの程度の溶解液ならば容易く脱出できるし、まぁお前が死ぬだけだな、要は)
(・・・・・・くっ)

その、笑いも交えて話すその黒も、酷く憎い。

五感からか感じられるもの全てが、憎かった。

(時間が無いんじゃないのか?、これ以上溶解が進むと、死にこそしないが、皮膚が剥がれて筋肉が丸出しになる。
俺は、この世界の社会構造が自分とは異なるものを受け入れられる―――、 つまり化け物が生きていけるような殊勝なものには見えなかったがな。
あと一つ、俺に代わった時点で全ての細胞は自動的に「負の」活性化をする。
まぁそんな気にするもんでも無い、「負」ではあるが、お前にとっては都合の良い事だらけだ。
元の生活に戻ると言う事も念頭に置くと、もうあんまり時間が無いぞ。
15秒以内に決めろ。
今のところデメリットらしいデメリットは無いが・・・?、まぁ、人格交替の苦痛を味わってもらうくらいか)

15秒、なんて短さだ。

冷治はもう一度自分の腕を見やる。

肌色の腕は、しかしぼやけていた。

後少しで、この皮膚は水中を漂う藻のようにバラバラになって消えるだろう。

(10秒)

冷治は、あの時の光景を思い浮かべていた。

決して長くは無かったが、それでも幸せでいられた時を。

(5秒)

(月江・・・)

愛しい者の名を、頭の中で一度呟く。

そして思い立つ。

答えなど、道など、最初から一つなのだ、と。

(3)

自分のような者は、朽ちて消えるのが一番。

(2)

最も、よい事なのだと。

(1)

―――つくづく、阿保だな。

冷治の中に棲まう黒が、最後の時間を告げる前に、異変は起こった。

自分を覆っていた呪われた水、数多の人間の血なり肉なり臓物を吸い上げてきた忌々しい液体が、弾けた。

その様は、先程空中に水滴となって浮かんでいた水が再結合した光景の、巻き戻しだ。

「がはっ、はっ、はぁ・・・」

その際、冷治は飲み込んだ液体も全て吐き出す。

だがそれでも冷治は見やる、自分を覆っていた怪異を一瞬にして弾き飛ばした存在を。

(あの阿保が、来たな・・・)

予想してろよ、と冷治は心の中にいる者に心の中でツッコむが、気分は全く嬉しくない。

「むかつく手触りだったぜ、怨念がどろどろしてやがる、
貴様の作り上げた化けモンに干渉したらこうだ、
畜生、精神汚染は並みの病院じゃあ治らねぇんだぞ」

気がつけば、壁の一箇所に大きな穴が開き、そこには一人の男が立っていた。

右手には刀、左手にはバンテージ。

その瞳には、冷治が良く知る冗談を見境無く飛ばす軽い男の印象など微塵も無い。

純粋に、脅威、そして、怪異。

「時空間を調整して無理矢理吐き出させたか、おのれ!」
「てめぇこそ無理矢理混ぜ込んだんだろうがッ!、
俺が「時」の力を使う事がどういう事か、じっくりたっぷり教育してやろうか・・・?」

その男、静谷諦は、天井でわなく黎治に、目一杯の憎悪の言葉を浴びせた。

たとえ非血縁でも、自らの弟を殺そうとした事、そして何人もの命を、容易く生贄に捧げられる事・・・。

どれ一つでも、彼を完全に怒らせるには十分過ぎる因子だ。

「降りて来い!、貴様には命の大切さと頭の悪い悪者の末路って奴を、その魂にナノ刻みで叩き込んでやる!」

激昂、昂ぶる獣の咆哮すら敵わない怒号に、部屋が小刻みに揺れる。

石造りの壁は、ぐらり、と、崩れかけた・・・、ような気さえした。

しかし黎治は怯える事無く、眼科で吼える諦を見やり、一笑した。

「そうか、そうか・・・、しかしこうなっては致し方無いな、まぁ良い、
力の供給源はあと一つ抑えてある。
私は私が「絶対」になれば、それでよいのだから。」

嘲笑うように、黎治は言った。

「不完全な人間の認知できるものは、全て等しく不完全だ!、
人の昇れる領域に、完全と絶対など有りはしない!」

諦は咆哮しつつ、跳躍した。

黎治は咄嗟に手から赤々と燃える炎を生み出す。

「燃え尽きろ。」
「死にさらせぇっ!!!」

激突、炎上、四散。

「ちぃ・・・。」

諦は舌打ちする。

その巨大なエネルギーの激突で、下と上を繋ぐ穴は崩壊する。

壁を構成しているのは、お約束と言うか脆い石だ、ヒビが入ればそこから崩壊は伝達し、

黎治の立つ床と、冷治が見上げる天井も崩壊を始める。

「残念だったな、貴様の弟とやらは生き埋めだ。」

バラバラと崩れ落ちる床を、しかしひらりと軽い身のこなしで飛び上がり、難なく落下を回避する黎治。

しかし冷治は、天上の崩壊による圧倒的暴力から逃れられる事は出来ない。

いや、逃げ道もある、諦が侵入に作った穴に逃げ込めば良いが、しかし、とても間に合いそうは無い。

「阿保が・・・、見殺しなんだな。」

冷治は至極不満そうな顔をしていたが、しかし怒りは見せない。

自らの死を受け入れようと言うのか、それはそんな顔だった。

「冷治ッ!」

崩壊の圧倒的暴力を受けて尚生きていられる自分は良い、しかし冷治は、死ぬ他無いだろう。

が。

「!?」

突如、冷治の身の回りを巨大な水泡が包んだ。

それはさっきあった溶解液ではなく、純粋に水だ。

また、流れがある、自分の周りを大きく渦が巻いている。

冷治は一度に大量の水を飲み込んで酷く息苦しいが、水中で水を吐き出す事は出来ない。

まぁしかし、短時間ならば死なないのだから、いや、冷治はきっかり気を失った。

こんなに急に大量の水を飲み込んだのだから当然である。

ガラガラと盛大な音をたてながら大量の岩が雪崩落ちてくるが、
しかし大きな岩も、小さな岩も、全て等しく水泡を流れる渦に飲まれ、落下の軌道を変えさせられる。

詰まる所、冷治には被害が無くなっていた、と言う事だ。

いや、あるにはあるか、気を失っている。

窒息の可能性すらある、危険な状態だ。

ただ、それは関係ないのか。

冷治の耳にはもう、盛大な岩雪崩の音など、微塵にも入っていなかった。
















「ん・・・。」

ゆっくりと、目をあける。

次に上体を起こす。

あれからどれ位が経った、とか、今自分はどうしているんだ、とか、そんな疑問よりまず前に、呟く言葉があった。

「ここは天国か・・・?、それとも地獄か・・・?」

呆けた顔で、呟く。

あの時自分はどう足掻いたって死んでいるとしか思えないのだが、急に水を飲み込んだから窒息した可能性が高い。

それで無くともあの岩雪崩に押し潰されて死んでいたような気がする・・・。

いやどうだったか?、あれはなんだったんだ?

様々な思索が脳裏を過ぎっては、答えを見つけられず消滅する。

ただ、ここは天国と言うよりは地獄と呼べそうな雰囲気の場所、でもなかった。

いっかにも安物の宿だ。

羽毛が幾らかはね出た布団、使い続けられて取れない汚れだらけになった壁紙、

寂れた雰囲気がこれでもかというほど感じられる扉と各種古めかしいアンティーク。

窓も同じ。

しかも日が差している。

地獄なら、曇ってたり夜だったり赤い月が出ていたりとにかくそれらしい演出がほしいのだが。

まるっきり青空だった、澄み渡った、蒼い空。

けれども冷えた冬の空。

「・・・・・・助かったのか?」

冷治は呟いて、いくらか情報を整理しようとして、

自分の太ももに乗っかっている感触に気がついた。

触覚がはっきりと覚醒したらしい。

次に、聴覚が戻ったらしい、すやすやと穏やかな寝息の声が聞こえてきた。

次に、味覚、は判別不能として、嗅覚が戻る。

この埃っぽい部屋には明らかにそぐわない、若い女の香りが漂う。

そして最後の視覚が完全に覚醒する。

冷治の目には、はっきりと蒼い髪の少女の姿が映った。

「月江。」

呆けた顔のままで、その名を呼ぶ。

愛しい者の名を。

少女はまだ寝ていたので、眠りを妨げるのは気が引いたからそれ以上声はかけなかったが、

目の前の光景が信じられなくて、良い意味でも悪い意味でも、冷治は今を疑う。

「・・・・・・。」

黙ったまま、冷治は少女の顔を見る。

酷く疲れたようだった、寝息は静かなものだったが、

眠りが深くてうなされている感がしなくも無い。

「よぅ、起きたか大莫迦野郎。」
「死ななかったんだな糞野郎。」

と、突然耳に入ってきた不快な音に、冷治は冷めた言葉を返す。

ついで、部屋に入ってきた男に向かって目で言った。

出て行け、と。

まぁおと子は、つまり諦は、その以心伝心とでも言うか冷治の言わんとする事が分かったらしいが、しかし肩を竦めて言った。

「出て行くには出て行くさ、邪魔すると悪いし。
まぁけどこれだけは最初に言おう、月ちゃんはお前を守ったんだ。」
「・・・・・・・。」

諦の淡々とした言葉に対して、冷治は黙ったままだ、反論を考えているのか、話をしたくないだけか、或いはそれ以外か。

しかし気にせず、諦は続ける。

言いたい事だけ言うと消える気らしい。

「力の使いすぎで倒れかけてな、それでもめげずにお前を看病していたんだぜ?」

冷治はまだ、何も言わない。

しかし顔は、俯けた。

責任を感じているのだろう。

「そう落ち込むな、男が女を守れないでどうする、とか、俺は言わん。
互いに互いを守るのが丁度良いのさ、どっちかが一方的に守っているのははっきり言ってお勧めしない。」

別に諦に女性の経験は無い筈なのだが、冷治の知る限り。

だが納得できるようなもの、でもなかった。

責任感の強さゆえに、何でも背負い込もうとする性故に、冷治は自分を許せないでいた。

「俺は死ぬなと言った、てめぇの命、少なくともてめぇだけのものじゃねぇのは分かっただろうが、阿保が。」

そう言って、諦は古ぼけた扉の古ぼけたドアノブに手をかけた。

「二人で話しな、なんだっていいさ、今はそれで十分な筈だ。」
「お前はどうするつもりだ?」

冷治は一度、言葉を返した。

「・・・黎治の野郎、姿をくらました。
愚かな正義
ジャスティス、及び政府なんかで結構有力だったそうだがな。
力の供給源を一つ抑えていると言った、俺は今からそれを調べに行く。」

それは旧き血、遥か太古にこの地に住まいて戦いを続けてきた静谷の一族ゆえの特権。

膨大な古書や資料を持つ彼の手に掛かれば、黎治の目指す場所が何か、絶対は無くともおおよその検討はつくのだ。

筈だ、多分。

「じゃ、仲良くやれよ。」

最後は余計だ、と言いたかったが、それより目の前の現実の方が辛かった。

冷治は硬直する。

まず始めに、なんと言って良いのか、いやそもそもどう声をかけるべきか、それ以前に頭の中にどういう思索を浮かべるべきかが分からない。

そんなもんで、中途半端に手を差し伸べかけたまま硬直してしまっている。

・・・端から見れば、ラブコメと言えんでも無い。

まぁ、そんで以てお約束。

声をかける前に、具体的な行動に出る前に、月江は目を覚ましてしまった。

「「あ・・・。」」

二人の声がハモる。

ますますラブがコメである。

顔も赤いし。

「・・・とりあえず、だな。」
「う、うん・・・。」

冷治は頭を掻き毟りながら、冷静に、平静に答えようとする。

「俺・・・、体洗って無くて・・・。」

あの時形成された水疱が彼女のものなのだろう、それはさておき。

洗ったと言えんでも無い、二度ほど。

しかしどちらも死にかけた経験あり。

それにやっぱりだが、冷治は今、無性に頭が痒かった。

因みに。

「・・・元気そうだね。」

冷ややかなツッコミ。

雰囲気ぶち壊しである。

まぁけれど、彼女の奥にある感情に変化が無いのは確かだが。

しかしまぁ、冷治も冷治でうぶすぎて。

「あ、あのな、元気って言うか、死にかけたって言うか、
て言うか風呂何処だ!?、無いなんて事は無いよな!」
「無いよ。」

こんな格安宿に、そんなものを求める方がどうかしている。

冷治君、顔の紅潮が一層ヒートアップしました。

ヒートアップゲージ150%くらい。

まぁとにかく、大体の雰囲気は掴んだらしく、月江は一度大きく溜息を吐いてから。

「私は気にしてないよ・・・、気にするんだったら、絶対にこんな所には来ない。」

生易しい仲でありたくない、というのが彼女の考えであった。

故に、無力は拒絶された。

離されたくないから、手を、振りほどかれたくないから、それが彼女の望み。

「俺は・・・。」

冷治は言いかけるが、月江は一切口を挟む事を許さない。

此処に来て、彼女が今まで溜めていたものが一気に噴き出した。

「私は一人になりたくないから此処に居るの!、
貴方が勝手な自己犠牲で私に凄い迷惑かけたの!、分かってるの!?」

ズバズバと言い切る月江を見て、冷治はしばし呆然とした。

月江自身ですら始めて知る、自分の激しい部分が露になったからだ。

「私は・・・、冷君に見捨てられたくなかった。」
「見捨ててなんか居ないッ!」
「じゃあ一緒にいさせて、お願いだから、一緒に居たい。」
「う・・・。」

それは、冷治の許すところではなかった。

一人で抱え込もうとするその度合いを知らない少年は、自分の中の愛情の、慈悲と峻厳、対立する二つに葛藤する。

つまり、彼女に甘える事を選ぶか、彼女を切り離して一人になるかを選ぶか。

勿論だが、そんな事でさえ冷治に与えられた選択肢などありはしない。

「むしろ、一緒にいる、決めた、もう絶対に離れないから。」
「そんなの・・・!」
「因みに諦さんは期待できないわね、一人でどっか行っちゃってるんでしょ?、
貴方が変えるにしてもまた立ち向かうにしても、私一人街に取り残す気、
帰り方、知らないんだけど。」

月江の言い分ははっきり言って嘘だし、第一一人でも帰れる方法は幾らでもある。

反論は如何様にでもできる、例えば。

「警察に聞いてくれ。」
「いや。」

だが月江はそれでも、何が何でも一緒にいようとした。

さもなければこの危なっかしい少年は、またすぐにでも死を選びそうな気がしたから。

「あのね、冷君・・・。」

言って、月江は、冷治の手を握り締めた。

その様に、静まりかけた冷治の顔は再び紅潮する。

「貴方に選択肢なんて無いの、どう足掻いたって、私は貴方の側にいる。」
「・・・あのな、危険すぎるんだぞ!?、分かってるのか!?、
また前みたいになりたくないから俺は・・・!」
「じゃあ、貴方と離れると私に危険が及ばないと、言い切れるの?」

冷治は言葉が詰まった。

そんなの、保証できやしないのだ。

既に彼女が、人質として有効であると言う価値を、冷治自身が実証した時点で。

「私を守って、私も貴方を守るわ。」
「月江・・・。」

そして冷治はふと思い起こす。

そう言えば、彼女に面と向かってその名を呼ぶのは、随分と久しぶりのような気がしたからだ。

「はぁ・・・。」

一度、大きく溜息をつく。

もう、諦めたらしい。

「分かった、側に居てくれ・・・、但し、代わりに。」
「何?。」

言われて、月江はどきりとした。

何となく次の台詞に期待しているようなしないような、複雑な心境になる。

「・・・俺は離さないぞ。」
「う、うん・・・。」

期待していたものではなかったが、彼女の顔を赤くさせるのには十分な言葉だった。

言ってる冷治も顔赤いし。














「何はともあれ、一旦ハッピーエンドじゃねぇのか?」
「何も終わってないわよ、私達の場合。」

二人の話を聞いて安心した諦は気軽に言うのに対し、日香は呆れたように、しかしいまだ暗い面持ちで言う。

「親父の敵討ち、か・・・、翔飛はまだ、あんな調子か?」
「・・・・・・。」

日香は顔を逸らす。

自分の父が死んだ事、折角の再会が、全て無碍となったこと。

それは、少年の虚栄の強さしかない心を砕くには十分な、槌。

「・・・勿体無いな、特にあの刀が。」
「此処まで来て、刀の心配!?」
「おうよ、刀は、武器の中では使う者の意志を反映させる力が最も高い。
だから、今のあいつじゃ、あの滅茶苦茶良い名刀が、ただの石包丁と化しているんだよ。」

諦の言い分は至って滅茶苦茶だが、しかし納得できない訳でもなかった。

あの、死んだような顔を見せる翔飛を見て、日香は自分の無力感に苛まれていた。

「俺からできるアドバイスは、あいつを慰めてやれ、くらいだ。
じゃあな。」

そう言って、諦は手を振り、ぼろい廊下を歩きながら暗い闇に消えていった。

「・・・・・・つくづく、得体が知れないのよね。」

知る事も出来ないような、存在そのものが人の認知できる場所を超えてしまっているような、

諦から感じられる気と言うのは、そんなものだ。

日香の不信感はぬぐえなかったが、とりあえず扉を僅かに開けて。

「やれやれ・・・。」

男女の交わり、とまでは行かなくとも、唇を重ねている二人を見て、はぁ、と大きく溜息をつく。

「そうそう簡単に慰められたら苦労しないわよ・・・。」

言って、不服そうに、日香も歩き出した。

光明は、まだ見えない。
























あとがき

F「次回予告は例によって無しでふ」

諦「手抜きだな、つーか何も考えてねぇな!?」

F「ご安心を、多分ラブコメの予定、それも赤裸々で、赤は血の赤。」

諦「どんなラブコメやねん!?」

F「それはさておき、月江という名前について。」

月「何?」

F「てか自分で言うのもなんだけど変わったなぁ・・・、某FF8の嵐君はむしろ相手だけど。」

月「さっさと言いたい事だけ言えば?」

F「名前、旧いよね、特に「江」が」

月「「ゑ」じゃ無いだけマシよ、多分」

諦「次回はラブコメで、展開はないんですか?」

F「うーむ、戦闘入れるかもね」

諦「頼むから夏が来るまでに終わらせてくれ、一ヶ月に一度すら守れてないぞ貴様。
あと向こうのファンタジー小説何処行った?」

F「ネタ切れ・・・、引っ張る為のネタが無いんだよね、はっきし言って。」

諦「とっととクライマックスまで行けよ、クロノ・トリガーでいきなりラヴォスに挑むが如く。」

F「多分、善処する。」

諦「半端者め!、アルテリオンから降りろ!」

F「つーかなんだよガンダムハイペリオンって!?、
舐めんなよ!、たかだか核だかバッテリーだかが!、
こちとらテスラ・ドライブにアイビスの超☆操縦技術加えてんだよ!、
コーディネーターがナンボのもの!」

諦「激しく同意だ」

月「・・・莫迦ばっか」

冷「あの、頼むから別の宇宙に行くのは止めてくれ、な?」

月「わかったわ」


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