第29章「邪心戦争」
BL.「古き盟約」
main character:ジュエル=ジェラルダイン
location:エブラーナ

 

 穴から抜け出ようとしていた魔人兵は体勢を崩し、再び胸まで穴の中へはまりこむ。
 それでも尚、這い出ようとするが、続く砲撃がそれを許さない。

 砲撃はバブイルの塔の方から行われていた。
 そちらに目を向けてみれば、そこには―――

「ドワーフの戦車団!?」

 思っても見なかった援軍にジュエルは驚くが、即座に冷静になって気を取り直す。

(どうやら地底へ続くバブイルの塔の “穴” から這い出てきたようだけど―――なんで現われたのかは今は問題じゃない。とにかく、あれが手助けしてくれるなら・・・)

 と、一定の間隔で魔人兵に砲撃しながら、魔物の群れの中を突っ切ってこちらへと向かってくる戦車団を眺めながら、ジュエルは戦術を練り直す。
 当然魔物達も、戦車に攻撃を仕掛けるが、魔人兵と同じく鋼鉄の機体を持つ戦車は生半可な攻撃では傷つく事すらない。

(まあ、頑丈だからって放っておいて良いわけじゃないけど)

 ジュエルも地底に行った時に戦車の事は見て知っている。
 頑強な装甲と高威力の砲撃。かなりの戦闘力を有しているが、弱点がないわけでもない。

 戦車の足回りは悪路に強いキャタピラだが、ひっくり返されてしまえばどうしようもない。そんな軽いものでもないが、強い腕力を持つ魔物が集まればできないこともないだろう。
 他にも砲塔が少し歪んだだけでも弾が詰まり、下手に撃てば暴発してしまう。それに弾数にも限りがあるはずだ。

(・・・とにかく、向こうの指揮官と連絡取らなきゃどうしようも無いわね)

 バブイルの塔の方から現われた戦車団は魔物の群れに取り囲まれている状態だ。
 そこに接触するのは至難の業だが、来るのを待っているわけにも行かない。先程も述べたように、ひっくり返されたり、弾が尽きればただの棺桶だ。

(折角の援軍を、放って置いて無駄にするのは愚策の極み。かといって下手に戦力を裂くわけにも行かないし・・・)

 エブラーナ忍者達の戦闘力は魔物の群れを上回っている―――が、だからといって数で勝っている敵の真っ直中に突貫させるのは無駄に戦力を消耗させるだけだ。

(こうなったらあたし一人で突破するか・・・?)

  “羽衣” を使う自分なら、そうそうやられることは無いだろうと考える。だが、その “羽衣” も完璧ではない。1対1ならばほぼ無敵だが、相手が多数ともなれば、一斉攻撃された場合に全てを防ぐことは難しい。

 どうしたものかと思索を巡らせていると、戦車の一つが魔人兵へ向けていた砲塔をこちらへ向けているのに気がつく。
 え? と疑問した瞬間、砲口が火を噴く。思わず身構えるが、それはジュエルを狙ったものではない。

 砲撃は高い城の屋根に居るジュエルの更に頭上へと向けられていて、そのまま上空を通り過ぎる―――と思われた瞬間、小さな爆発音と共に弾け傘が開いた。
 パラシュートのように空気を受けてブレーキかかった砲弾はゆっくりと城へ向けて落下していく―――

「もしかして―――アレを回収しなさい!」

 ジュエルの指示に、連絡係として傍にいた下忍が落ちてきた砲弾を回収。
 発射の衝撃によるものか、砲弾は半ば破壊されていた。どうやら空洞になっていたらしく、その中には小さな箱が入っていた。

「なにかしら・・・?」

 おそらくはドワーフ達からの贈り物だろうが、万が一爆発しないとも限らない。
 通常なら罠や爆薬専門の忍者に処理を任せるところだが、戦闘中ではそうも言ってられない。仕方なしにジュエルは箱を回収した忍者にそのまま調べさせる。

 もしかしたら危険なものかもしれない箱を、命令を受けた忍者は躊躇いなく手にとった。忍者にとって自分の命ほど軽いものはない。一番大切なのは当主の命令であり、次が国の存亡、三番目が仲間の命で自分の命はその次だ。

 だから下忍は躊躇うことなく箱を手に取り仔細に調べ始める。
 それは黒い直方体の金属の箱だった。小さなランプや小さな穴がいくつもついていて、側面にはダイヤルがついている。

 エブラーナ、というかフォールスではまず見ることはない機械だ。

「それって・・・確か “通信機” ・・・?」

 警戒しつつも危険はないと判断したのか、ジュエルが下忍の脇からそれを覗き込む。
 地底でルゲイエを捉えた時、身体検査して武装解除(刃物はなかったが、よく解らない薬品や機械は色々と持っていた)した時に似たようなモノがあったことを思い出す。

「確か、遠く離れた人間と会話する為の―――」

 と、ジュエルがルゲイエから聞き出したことを思い出しながら呟いていると、不意に “ピー、ピー、ピー” と電子音が鳴り響く。
 見ればランプが点滅し、続いていくつも開いた小さな穴―――スピーカーからややくぐもった声が聞こえてきた。

『―――どうやら間に合ったようだな』

 その声は、地底に住むドワーフ達の王。

『古の “盟約” により、我らも共に戦おう!』

 

 

******

 

 

 ―――1000年の昔。
  “魔大戦” が終結した後、月の民は“幻の月” へと昇り、長い眠りについた。

 その “幻の月” へと至る路である “バブイルの塔” は光と闇のクリスタルによって厳重に封印されることとなる。
 月の民が扱う技術は、まだ地上には過ぎたる代物であり、もしも悪意ある何者かが手に入れたならば、再び “魔大戦” が引き起こされる可能性があったからだ。

 だから地上では四つのクリスタルを四つの国が管理することとし、地底では各地に隠して封印を施した。

 そして “塔” そのものは地上ではエブラーナ、地底ではドワーフ達が護ることとなり、二度と “魔大戦” を起こさぬと、フォールス各国の王達は心を一つにし、盟約として誓い合う。

 エブラーナとドワーフ達の “盟約” もそれと同じものだった。
 もしもバブイルの塔に悪意ある何者かの魔の手が伸びたならば、共に力を合わせて立ち向かおう、と。

『―――1000年前、当時のドワーフの王と、そちらの “サムライ” の王とが交わした盟約だ』

 自分の手の中にある通信機から聞こえてくるジオットの話を聞き終え、ジュエルは小さく嘆息した。

「この前、私達が地底に行った時はそんな事言ってなかったじゃない」
『わざわざ確認する必要もないだろう』

 確かに、ドワーフにしてみれば普通に相手も覚えていると思っていたのだろう。
 そもそも、地底に行ったと言っても、のんびりと世間話ができたほどゆっくりしていられたわけでもない。

「・・・だいたいそんなの覚えているわけないでしょーが」

 1000年というのは人間にとって長すぎる時間だ。
 時代に移ろいと共に盟約は薄れ、各国間の絆は歪んでいったのだろう。
 特に同じ軍事国家であるバロンとエブラーナは、海を隔てていたこともあって徐々に仲が険悪となり、ついには戦争を何度も繰り返すこととなってしまった。

 そして200年ほど前に、 “サムライの国” であるエブラーナは、バロンによって一度滅ぼされている。
 その後、サムライに使えていた忍者達がバロンへ反旗を翻し、国を奪還。それから “忍者国家” エブラーナの歴史が始まったのだ。

 サムライに代わり、自分たちが国の主になったとはいえ、かつての主君に対する忠義は消えていなかった。そのためにエブラーナはバロンと一層激しい戦争を200年も繰り返すこととなる。
  “盟約” とやらがあったとしても、エブラーナが一度滅んだ時にキレイさっぱり消え去ってしまったに違いない。

 ただ “バブイルの塔” を護るということは、主君であった “サムライ” の王に厳命されていた為、忍者国家エブラーナは一に塔を護ること、二にバロンを滅ぼすことの二つを目的に掲げていた。

 ともあれ。

「盟約云々はともかくとして、助太刀してくれるなら有り難いわ。こちらの指示に従ってもらえる?」
『うむ。我らは戦の経験は殆ど無い。そちらの指示に従おう』

 存外あっさりと受け入れられた事にジュエルは驚きつつも、彼女は高速で戦術を練り直す。

(ドワーフの戦車団なら、しばらくはあの “魔人兵” を足止めできるはず。ならその隙に・・・)

 30秒と掛らずに頭の中で考えをまとめ上げ、彼女は傍らの下忍に向かって指示を出した。

「―――ユフィを呼んできなさい」

 

 


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