第29章「邪心戦争」
BM.「塔の中で」
main character:ユフィ=キサラギ
location:バブイルの塔

 

 大地貫き地底に突き刺さるように建ち、天をも超えんとするかのようにそびえる古代の塔。
 かつては『アルテマの塔』とも呼ばれ、今は天のその先にある月と見えざる通路を結んでいる。
 最早失われてしまった古代の技術が詰め込まれたその中に、四人の人影が侵入していた。

「―――というわけでやってきましたバブイルの塔!」
「いえーい、どんどんぱふぱふー」

 腰に手を当て胸を張り、ユフィは景気よく叫ぶ。
 それを囃し立てるようにパロムが騒いだ。ちなみに鳴り物などはなく、口で騒いでいるだけだ。

 と、そんな二人に負けじとルゲイエもさらに大きく声を張り上げた。

「ひゃーっひゃっひゃ! バブイルの塔よ! ワシは帰ってきたーーーーー!」
「やかましいゾイ!」

 シドが喚くルゲイエの頭を持っていたハンマーで殴りつける。
 ごいん、と鈍い音がしてそのままばったりと狂科学者は倒れて動かなくなった。

「ちょっ、いきなりなにやってんのさ!?」

 倒れたまま動かないルゲイエを見て、ユフィが焦ったようにシドに向かって言うと、飛空艇技師はきょとんとした様子で彼女を見返した。

「なにといわれても、馬鹿の馬鹿騒ぎを殴り止めただけゾイ?」
「いや、あたしも騒いでたから弁護するわけじゃないけど、いきなり殴るってどうよ? 下手すりゃこれもう死んで」
「っだれが馬鹿じゃあああああああああああっ!」
「うっひゃあああああ、生きてたあああああああっ!?」

 がばあっ、と不意にルゲイエが起きあがるのを見て、思わずゾンビに遭遇したような調子で驚くユフィ。一方でシドは慌てることもなく呆れた様子で騒がしい二人を半目で睨む。

「お前ら、よく敵地で騒げるのう」
「いんやあ? むしろ騒いでないとビビってジョバジョバっとチビりそうなんじゃろ」

 自分の事は棚に上げて―――むしろシドの視線に気がついていないのかも知れないが―――「HAHAHAHA!」と肩を竦め笑うルゲイエにユフィは顔を真っ赤にして怒鳴る。

「ま、まだそんなにチビってない!」
「ちょっとはチビったんだ?」

 パロムの指摘にユフィは「う」と思わず股間を押さえる。それを見て少年魔道士は嬉しそうににたりと笑う。

「わーいチビったチビった〜♪」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

 はしゃいで駆け回るパロムを、顔を紅潮させたままのユフィが追いかけ回す。
 普段なら忍者の端くれであるユフィが捕らえられぬはずはない。が、頭に血が昇っているせいか、それともビビって少しだけチビっているせいなのか、意外にすばしっこいパロムをなかなか捕まえることが出来ない。

 そんな二人を眺め、シドは軽く嘆息。

「だから敵地で騒ぐなと・・・やはり子供を連れてきたのは失敗だったかのう」
「ひゃっひゃっひゃ。そう言うなゾイゾイ。子供とはいえ少なくともワシらよりかは戦力になるゾイゾイゾイ」

 ルゲイエの言うとおり、子供に見えてもパロムは大人顔負けの魔法を操り、ユフィも忍者としての修練を積んでいる。流石に一流の戦士や魔道士と比べれば色褪せてしまうが、それでも技術者であるシドやルゲイエよりははるかに強い。そしてこの二人が、現状でジュエルが割ける唯一の戦力だった。

「それはそうじゃが・・・あの二人、ここへ来た目的忘れてそうだゾイ?」
「ゾイゾイここへ来た目的というと、何故か不思議と魔物達の増援が無くなった上にドワーフ戦車団の増援が来てくれたお陰で戦局が落ち着いた隙にバブイルの塔を抑えておこうという目的じゃなゾイゾイゾイン?」
「・・・誰に説明しとるゾイ。それからその語尾やめい!」

 またもやハンマーを振りかざすが、一応学習能力はあるらしく、ルゲイエはさっさと射程外に退避する。
 いちいち追いかける気にもなれず、シドは少し疲れたように再び息を吐いた。

 ―――シド達がこの塔へとやってきたのは、さきほどの説明的なルゲイエの台詞通り、このバブイルの塔を “確保” しておくためだ。

 確かに何時の間にやら魔物達が転移してくる事は無くなった。
 だが、それが味方の―――クラウド達の活躍だと知らない地上側は、いつまた塔を介して月から魔物達がやってくるかわかったものではない。だからこそ状況が動く前にジュエルは “塔” を抑えておきたかった。

 ただ、ドワーフ戦車団が助けに来てくれたとは言え、戦況はまだ芳しくない。なにせ一晩中戦い続けているのだ。いかな常人に比べて戦闘力の高い忍者達とはいえ、疲労を感じないわけがない。
 そして理由は解らないとしても、増援が途絶えた現状では、バブイルの塔はそれほど重要ではなく、抑えておきたいのはただの “保険” に過ぎない。

 だからこそ、科学技術に明るいシドとルゲイエに、幼いとはいえいっぱしの魔道士であるパロムと、それらのお目付役兼護衛としてユフィを付けた四人で塔へと向かわせた。というかそれ以上戦力を裂くことができなかったのだ。

 とはいえ何も捨て駒のつもりで四人を送り出したわけではない。
 増援が止まった以上、塔の中に敵はさほどいないはず。外で忍者やドワーフ達が敵を引きつけていれば、それほど危険はない―――そうジュエルは踏んでいた。

「まー、これだけ騒いでも敵出てこないし、簡単に侵入もできたし、案外ラクショーなのかも」

 そう言ったのはようやくパロムを捕まえたユフィだ。少し走り回ったことで気が紛れたのか、落ち着いた様子で両手を拳にし、少年のこめかみを左右からぐりぐりと挟む。

「いでっ、いでででででっ! か、簡単にこれたのはオイラの魔法のお陰だろー!」
「それとこの “合い鍵” のお陰じゃな」

 パロムの言葉を受けて呟いたシドの手にあるのは “クリスタル” 。
 シュウから渡された、 “バブイルの巨人” のデータが記された拳大の水晶だ。

 クリスタルが揃い “起動” してしまったバブイルの塔は、全体にエネルギーが循環し、それがバリアーとなって物理的にも魔道的にも外部からの侵入を受け付けない。
 本来なら魔法で転移するなどということは不可能だ。が、シュウから渡されたこのクリスタルは “合い鍵” でもある。一時的にバリアーに穴を開け、そこからパロムの魔法で侵入することも可能になる。

「それよりもさっさと行くゾイ。早く魔物達の “転移” が止まった原因を掴まんと、いつそれが再開するかも解らん。敵がおらんならおらん内に先へ―――」
「ひゃーっはっはっは!」

 シドの言葉を遮り、唐突にルゲイエが哄笑を上げる。
 気分の悪さを感じさせるいつもの笑い声に、眉根を寄せてシドが睨むと、彼は何故かとても嬉しそうな顔をしつつ言う。

「シドちゃん、それはフラグと言うんじゃよ」
「はあ?」
「ほれきたあ!」

 ルゲイエがシドから視線をはずし、あらぬ方向を見つつ手をパンと叩く。
 釣られるようにシドもそちらの方を振り向くと同時、ガギン! という音が耳に飛び込んできた。

「うっわ、何あれ? かっこよくねえ?」

 同じようにそちらを振り向いたパロムが何故だか目を輝かせる。
 そのすぐ傍に居たユフィは対照的に顔を引きつらせて叫んだ。

「てっ、敵ぃ!? てゆーかデカッ!?」

 それは人型だった。
 ただしその身は肉ではなく金属の塊で出来ていて、ユフィが思わず叫んだように見上げるほどの巨体だ。

 頭部はあるが目や口鼻などの顔を構成するパーツはない。文字通り表情のない顔をユフィに向ける―――と、目がないはずなのに、視線が合ってしまったような錯覚にとらわれる。

「って、来るっ!?」

 目はなくとも見ることはできるのか、金属の塊を組み合わせて作られた巨大な人形のような “それ” は、まっすぐにユフィの方へとガギンガギンと足音を響かせて向かってくる。

「ありゃあミスリルゴーレムじゃなあ」
「ミ、ミスリル!?」

 迫り来る金属塊の人形をのんびりと眺めつつ、 “それ” を知っていたらしいルゲイエが名前を呟くのを聞きながら、ユフィは懐からクナイを取り出して構える。

 しかしミスリルと言えば、魔力を帯びているかなり強固な金属だ。
 反射的に構えたもののユフィが手にしたクナイは特殊なものではなく、ただの鉄製。どこぞの旅人ならばともかく、ユフィの力ではかすり傷を負わせることすら難しいだろう。

「に・・・逃げた方が良いよねえ・・・」

 武器を構えながらも弱気に呟いたその時―――

 

 神速

 

 見えざる真空の刃がユフィ達の背後から飛来し、ミスリルゴーレムをいとも容易く切り刻んだ―――

 

 

 


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