第29章「邪心戦争」
BK.「エブラーナの戦い」
main character:ジュエル=ジェラルダイン
location:バロン上空

 

 ―――フォールス各地での戦線は落ち着きを見せていた。

 まだ戦いは続いている。
 しかし、一時は大量の魔物の数や、ベヒーモスを初めとする強力個体の前に押され、場所によっては壊滅寸前でもあった各国だったが、SeeDなどの “援軍” もあって、膠着状態、もしくはそれ以上にまで押し返している。

「・・・なんとか一段落か」

 飛空艇エンタープライズの甲板上で、ロイドは一息ついた。
 今し方、デビルロードで集められた各国の情報を通信機で受け取った所だ。

 それによれば―――

 ファブールはヤンとアスラが戦闘不能となったものの、強力な魔獣・ベヒーモスを打破し、その勢いやSeeD達の助力もあってか魔物の群れに対して優勢に戦っている。

 ダムシアンでもバッツの知り合いだとかいう冒険者が二匹の竜相手に奮闘し、そのお陰でデビルロードで先行したカーライルや、後から飛空艇で向かった竜騎士団が間に合った。
 今はダムシアンで生き残っていた傭兵達やSeeD達も加わり、ファブール以上に優位に立っているという。

 元から魔物の勢いが無かったトロイアでは “白竜” の存在に冷や汗をかいたものの、マッシュの師匠・ダンカンが居合わせ、竜相手に一人で互角に戦っているという。その戦いの余波で、あちこち建物が破壊されているらしいが、人的被害は殆ど無い。他の魔物はマッシュとサラマンダーが率いる、バロンで雇われた傭兵達が引き続き抑え込んでいる。

 ミシディアではダムシアンと同じように二匹の龍が出現し、一時は魔道士達も危機に陥ったものの、シュルヴィッツ海賊団の有する海竜シルドラと、試練の山からの援軍を受けた暗黒騎士の活躍によって互角に戦えている。もうすぐ “SeeD” 達も援軍として到着するはずだ。

 そしてバロンでは、未だに城のすぐ傍で一進一退の攻防が繰り広げられている。
 ガストラ最強の将軍、レオ=クリストフが強力な “顔” を一人で抑え込んでくれているお陰で、リックモッド達はその他の魔物の群れに集中することが出来ている。
 だが、それまでの消耗が激しすぎた。ガストラの魔導アーマーやSeeD達の増援があって、ようやく互角と言った所だ。

 だからロイドはバロン各地に配備した戦力を掻き集めている最中だった。城のすぐ傍は激戦が続いているが、各領地では魔物を撃退し終わったところも多い。襲撃が終わったとしても戦力を取られることに、領主である貴族達は良い顔をしないだろうが、そこは強引にでも奪っていくつもりだ。

(・・・これで、これ以上の敵の増援がなければこちらは乗り切れる。後は―――)

 と、ロイドは甲板上で西方の空を見つめる。
 彼方の空の下には、もう一つの軍事国家エブラーナがあるはずだ。

 通信も上手く届かず、デビルロードも無いせいで、今、エブラーナがどんな状況になっているか解らない。
 ただ、転送元である “バブイルの塔” がある場所だ。その分、魔物の数が多いという事は単純に想像出来る。

 エブラーナはバロンと長い間対立してきた。
 セシルが半ば強引に同盟を結ぼうとしていたが、それもまだ正式には締結されていない。

 正直なところ、ロイドもエブラーナに対しては余り良い感情を持っていない。生まれた時からエブラーナは滅ぼすか滅ぼされるかの “敵” であると教えられて育ってきた。それはロイドだけではなく、全てのバロン国民が同様だろう。 “打倒エブラーナ” を胸に誓って騎士や兵士となった者も少なくないはずだ。

 しかし、だからといってエブラーナが滅んでも良いかと言われれば、それは。

(・・・・・・まあ、あっちにゃシドの親方達も居るしな―――ルゲイエの馬鹿ジジイはどうなってもいいけど)

 心の中でそう言い訳しておいて、ロイドは西の空を眺めて呟く。

「できれば、あんたらと笑って手を結べる日を願ってる―――だから、頼むぜ」

 エブラーナが滅べば、そのことすら我が王は “後悔” として背負うだろうしな―――とも胸中で付け足して。

 

 

******

 

 

 胸の辺りまで “穴” にはまった巨人に、忍者達が殺到する。
 と、それらに向い、鋼鉄の巨人は “口” に当たる部分が赤く灼熱したかと思うと、次の瞬間―――

 

 火炎放射

 

 赤い炎が周囲の忍者達を燃やし尽くしていく。
 中には咄嗟に術で防御した者も居たようだが、完全には防げない。

「 “バブイルの巨人” には武装は無いって聞いてたから油断してた・・・!」

 穴にはまっている鋼鉄の巨人――― “魔人兵” を、エブラーナ城の屋根の上から見下ろすように眺め、ジュエルは苦々しく呟く。
 先王の妻である彼女は、国王代理としてエブラーナ忍者達の指揮を執っていた。

「・・・不味いわね。このままあの巨人が抑えられないとなると、一気に劣勢になる」

 城の上から戦場を見下ろしつつ爪を噛む。
  “穴” にはまっている魔人兵の周囲ではエブラーナの忍者達が、こちらの十倍以上の数はある魔物の大軍と戦っていた。

 ロイドの予想通り “バブイルの塔” があるエブラーナでは、他の地方よりも “真の月” から転移してきた魔物達の数が多い。

 地上にいる者たちは知る由もないが、ゼムスマインド達は魔物達を月から直接フォールス各地にではなく、まずはバブイルの塔へ転移させていた。
 それは “月の民の館” の次元エレベーターはバブイルの塔としか行き来できないためである。月と地上という長大な距離を結ぶエレベーターだ。 “受け手” が厳密に定められていなければ何処へ行くか解ったものではない。ちょっとした誤差で地上を外れ、宇宙の彼方へと飛んで行きかねないのだ。

 だからバブイルの巨人の時と同様、一旦はバブイルの塔へ転移し、そこから再転移する必要があった。

 だが、月でゼムスマインド達が倒されてしまった為、フォールス各地へ転移するはずだった魔物達がそのままバブイルの塔へと残ってしまい、それが次々に塔から現れるというハメになってしまったのだった。

 しかし、そこは近年までバロンと戦争を繰り広げ、国民の9割以上は戦闘能力を有した忍者であるエブラーナの民だ。
 ただの魔物相手ならば、どれだけ数が多かろうとも遅れを取ることはない。
 むしろ、統率の取れていない雑魚相手ならばバロン兵を相手にするよりも楽なくらいだった。

 ただ、こちらの攻撃が通じない圧倒的な力を持つ相手―――例えば、一度はエブラーナを壊滅寸前にまで追い込んだ “炎のルビカンテ” とか―――が相手となると話は違ってくる。

 他の国同様、エブラーナにも強力な個体が出現していた。
 現われたのは “バブイルの巨人” を模した鋼鉄の巨人だ。 “バブイルの巨人” に比べれば半分程度のサイズだが、それでも十分な質量を持っている。普通に歩くだけで人間を蹴散らし、その身で倒れ込んだりしようものならば、100人単位を容易く圧死させることができるだろう。

 だが、ジュエルは “バブイルの巨人” 相手にバロンがどう戦ったかを聞いて知っていた。

 ロイドの取った戦法を真似て、 “忍法” で魔人兵の足下を泥沼へと変えてその中へと “落とした” 。忍法で変じた泥沼は、普通の人間ならば十人くらい沈んでもお釣りが来るほどの深さはあるが、流石に巨人を沈められるほど深くはない―――が、この地の地下は、かつてルビカンテに襲撃されていた時にジュエル達が逃れていた空洞が存在する。泥沼に沈んだ鋼鉄の巨人は、そのまま空洞の天井を破り、自らの重さで大きな穴へとはまってしまったと言うわけだ。

 あとは忍術や忍法を駆使して、土や石を積み上げて埋めてしまえばそれで終わり―――あの “バブイルの巨人” ほどの大きさならともかく、その半分程度の大きさならそれで十分埋められるはずだった。

 しかし、まさか魔人兵が炎を吐くとは想定外だった。

 バブイルの巨人にそういった武装はなかったと聞いていたから、まるで考えていなかった。
 何度か忍者達は穴にはまった巨人に接近を試みるが、その度に火炎放射で追い散らされている。
 このまま魔人兵が抑えられなければ一方的に蹂躙されてしまう。今、忍者達は大量の魔物の群れに対し、連携を持って対抗しているが、巨人によって少しでも連携が途絶えさせられてしまえば、雪崩のような魔物の大軍にあっさりと呑み込まれかねない。

(・・・最悪、また城を放棄して逃げるしかないかしらね・・・?)

 策が崩壊しても、ジュエルは冷静だった。
  “万全の策” など無いことを彼女は知っている。どんな完璧な状況でも、思わぬキッカケから破綻することはいくらでもあり得るのだ。

(このまま粘っても無駄死にが増えるだけ・・・ここはまた各地に散って―――)

 そう判断を下そうとした時。
 いきなり “ドォンッ!” と砲撃音がいくつも鳴り響き、無数の砲弾が穴から出ようとしていた魔人兵を打ちのめした―――

 


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