第29章「邪心戦争」
BI.「魔獣の王(18)」
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character:ヤン=ファン=ライデン
location:ファブール
どうして、戦えるのか―――
あの時、そんな疑問を抱いたように思う。
偽物のバロン王を倒し、バロン国をゴルベーザの手から奪還した後の話だ。
城の中庭で、セシルとバッツは “決闘” した。
何故そうなったのか、ヤンは詳細を知らない。
ただ、バッツがセシルに対して強く憤った事だけは知っている。けれどそれは決して憎しみや殺意があったわけではない。
少なくとも、違いに殺し合おうと望んだわけではないだろう。しかし、バッツの初撃をセシルが見切り、受けていくことから始まった決闘は、次第に “死闘” と呼べるモノへと変じていく。
己の剣が “届かない” と知ったバッツは己を捨て、無念無想に至った。
だが己の意を捨てたバッツに対し、それを無意味なモノとして怒り拒絶を示す。
その拒絶をバッツは “嘘” と決めつけ、さらに否定する。最終的に二人は互角に斬り合い、ついには決まれば絶対必殺の斬鉄剣まで繰り出した。
今思い返しても、どちらかが―――いや、むしろ両方死んでいてもおかしくなかった死闘。
だが先に述べたように、互いに相手を殺したいと望んでいたわけではない。
確かにバッツはセシルに対して憤りはあったが、それは殺意にまで発展するものではない。それなのに、互いに死にかけるような死闘を繰り広げた。
その理由を、ヤンはずっと理解することが出来なかった―――が。
(・・・今なら、解る気がする・・・)
己を “届かせる” ことの出来る相手が居る。
己の “全力” 真っ向から受けてくれる相手が居る。
己が何処まで強いのかを “試せる” 相手が居る。それは喜びだ、とヤンは感じていた。
すでに彼にとって状況は無意味なものとなっていた。
敵も味方も、国や仲間も、己の生死すらも関係ない。ただ、自分の見いだした力を発揮出来ることがたまらなく楽しい。
(―――お前もそうなのだろうか・・・?)
殴り合っている相手を見上げる。
言葉を交したわけではない―――が、しかし拳や蹴りを通してヤンは感じ取っていた。圧倒的な力を持つ魔獣の王。だがその強さ故に、王に “届く” 存在は無かった。
故にこそ、魔獣は自分へ向かってくるアスラやヤンの存在を “愉しんで” いたのだと。それは単なる幻想、妄想と呼ばれるものだったかもしれない。
もしそうだったとしても―――
(・・・すまんな)
謝罪の言葉を声に出さずに呟きながら、ヤンは “無拍子” により魔獣の側面へと回り込む。
一瞬、魔獣はヤンを見失うが、本能的になのか即座に反応。地に着いた四肢へ力を入れ、砕かぬように地面を蹴って身体の向きを変える。小山ほどの巨体が一瞬で向きを変え、ヤンを真っ正面に見据える。だが、魔獣が向きを変える一瞬の間に、ヤンはその懐へと飛び込んでいた。
身体の前に投げ出された二本の腕の間を駆け抜け、巨体の下へ潜り込むと頭上にある下腹へ向けて―――
疾風脚
―――蹴りで “浸透する打撃” を叩き込む。
打撃は下から上へと魔獣を貫き、その身体がびくりと震える。だが魔獣はその打撃に耐え、続けて自分の身体の下に居るヤンを押しつぶそうと身を伏せた。犬が伏せるのと似たような体勢で落ちてくる巨体からヤンは間一髪で離脱する―――が、攻撃はそれだけでは終わらなかった。「ッ!」
魔獣は身体を伏せると同時に右腕を持ち上げていた。その腕を、身体の下から抜け出したばかりのヤンへ向けて振り下ろす。
容易く地面を割り砕くほどの一撃を、辛うじてヤンは “無拍子” を駆使して避ける。衝撃波と共に飛来する割られた地面の破片をも避け、或いはまだ動く左手で打ち払い凌ぐ―――直後、ヤンの視界が暗く覆われた。(! しまったッ)
自分の視界を覆ったのが魔獣の左腕だと悟った瞬間、ヤンの身体は吹き飛ばされていた。
右手で地面を叩いた反動で、ベヒーモスは身を起こしていた。そしてもう一本の腕で薙ぎ払ったのだ。飛来する破片に気を取られていたヤンは、最後の一撃を回避しきることは出来なかった。吹っ飛ばされたヤンはそのまま地面へと墜落。
ワンバウンドした後にごろごろと転倒して―――その勢いを利用して立ち上がる。「ぐ・・・あ・・・っ」
何とか起き上がりながらも、ヤンは視界が歪むのを感じて片膝をつく。
ギリギリで “無拍子” を発動し、衝撃を逃して受け身もとれたが、ノーダメージにはほど遠い。(三連・・・いや、砕いた地面の破片も加えれば四連撃か・・・!)
歪んだ視界は酷さを増していき、どちらが右か左か、上か下かも解らなくなってくる。
辛うじて、目の前に巨大な影を感じ取ることができた。(・・・バッツならば回避しきることができただろうか・・・?)
今は無意味な疑問だと理解しつつも、思わずにはいられない。
カインなら、レオなら、セフィロスなら―――
かの “最強” 達ならば、この魔獣とも互角以上に戦えたのだろうかと。「―――すまんな」
彼らならば、まともに相手をできたはずだろうにと思う。
自分ではなく “最強” と呼ばれた者たちならば、満足行く闘いができただろうにと。歪んだ視界、朦朧とした意識の中でヤンは徐々に大きくなっていく―――迫ってくる魔獣の影へ向かって呟く。
「お前にとって私では役者不足なのだろうな―――だから」
視界がほぼ魔獣の影で覆い尽くされた所で、その動きに変化が起きた。
一旦動きを止め、なにかを振り上げ―――「だからせめて私は―――」
不意に意識が冴え、歪んでいた視界がクリアーになる。
影としか映らなかった魔獣の輪郭がはっきりとして、こちらを叩き潰そうと腕を振り上げるのがはっきりと見えた。「―――お前を倒そう!」
腕が振り下ろされるのと同時、ヤンはそれに向かって跳躍した―――
******
「あんたっ!?」
振り下ろしてきた腕に向かって、ヤンは自ら跳躍する。それを見て、ホーリンは反射的に叫んでいた。
刹那、腕は勢いよく地面へ振り下ろされて割り砕き、ヤンの姿は何処にも見えない。「え・・・? ヤン、叩き潰されちゃった!?」
流石に唖然とした様子でエアリィが呟く。ホーリンに至っては顔を蒼白にしたまま言葉も出ない。
「嘘でしょう・・・?」
エアリィと同じように呆然と呟いたのはアスラだった。
但し、ホーリンとエアリィの視線が地面へ振り下ろされた魔獣の腕へ向けられているのに対し、アスラの六つの瞳は遥か上空へと向けられている。そしてその視線の先に彼は居た。
「ヤン!? なんであんなところに・・・!?」
遅れてエアリィも気付いて空を見上げる。
それはベヒーモスの背丈よりも少し高い位置。しかしどう思い返しても、魔獣の腕に叩き潰されたとしか思えない。
エアリィが首を傾げていると、アスラがぽつりと呟いた。「―――壁走り・・・」
エブラーナの忍者に伝わる技法だ。
その名の通り、垂直の壁を駆けめぐる技術で、元エブラーナのサムライだったアスラでも真似事程度は出来る。
だが、 “今の” はアスラでも不可能だと認めざるを得なかった。(振り下ろしてきた腕を “駆け登った” なんて―――)
アスラの言葉通り、ヤンは振り下ろされた一瞬でその巨腕を “駆け登り” そのままさらに跳躍した。
何度も繰り返すが魔獣の動きは決して遅くはない。
山ほどの巨体でありながら、身のこなしはヤンやアスラと同等以上だ。例えばアスラでも、自由落下してきた丸太か何かを同じように駆け上ることは出来るかもしれない。
だが、勢いよく振り下ろされて来た腕に対して同じ事をやれと言われても不可能だ。(これが “無拍子” ですか)
戦慄と共に振り下ろしてきた腕を足場にして高空へと跳躍したヤンの姿を見る。
跳躍、と言ってもほぼ真上に跳び上がっただけだ。翼を持たず、飛行能力を持たないヤンはそのまま下へ落ちるしかない。―――普通ならば。
(今のができるなら次は・・・)
アスラはヤンの次の動きを予測する。
そしてその予測通りにヤンは――― “疾走” を開始した。
******
空中を “踏み” ヤンは前へと出る。
無論、何も無い空中だ。足場はなく、走ることなど出来るはずはない。しかしヤンには風の加護があった。
それは足場を作れるほど強力ではなかったが、振り下ろしてきた腕を “駆け登る” ほどに身体の重心を操れるヤンならば―――(僅かな浮力さえあれば、それを推進力へと変えることが出来る!)
足下に生まれる小さな “風” を足場にして、ヤンは空中を疾走する。
目指すのはもちろん魔獣―――その頭。(頭部を破壊すれば、いかな魔獣であろうとも・・・!)
人間は当然として、魔物でも大概は頭を砕くか首を落とせば死ぬ。
それで平気なのは元から生命が無いアンデッドや魔法生物くらいなものだ。エアリィに憑依されていた時に眉間へ放った一撃は、魔獣へ軽い脳震盪を与えるほどの効果があった。
今のヤンはその時ほどの打撃を与えることは出来ないが、 “浸透する打撃” ならば致命的な一撃を与えられるかも知れない。
風を踏みながら、ヤンは疾走―――加速していく。
と、そのヤンへ目掛けて真下から迫るものがあった。「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!」
魔獣が咆哮と共に腕を振り上げる。
真下、完全な死角からの攻撃だ。だが。
(・・・解っている!)
見えざる攻撃を、しかしヤンは感じ取っていた。
感じ取りつつも構わずに疾走加速し続ける。やがて、魔獣の腕は正確にヤンを真下から突き上げ―――
「おお・・・っ!」
ヤンの喉の奥から絞り出すような声が漏れた。
同時、下から迫る腕を左足で “踏む” 。「・・・オオオオオッ!」
左足が砕けたのを認識する。
だがそれを代償として、下から上へと突き上げてくる力を無理矢理に進行方向へと転化した。もはや加速の必要も無い。
魔獣の腕に打ち出されたように、ヤンの身体は魔獣の頭へ向かって最大加速。
音すらも後方へ置き去りにするような速度の中、ヤンは何も言わず、何も思わずに砕けていない右脚を前へと向ける。すでに意識は殆どの残されていなかった。
ほぼ無意識の状態で、ヤンが最後に形作ったのは最も得意とした必殺の蹴り。
疾風風神脚
最後の一撃が魔獣の眉間へと激突し、そして―――