第29章「邪心戦争」
BH.「魔獣の王(17)」
main character:ヤン=ファン=ライデン
location:ファブール

 

 激突した瞬間、ヤンは大きく吹き飛ばされた。
 先程、直撃を受けた時は吹っ飛ばされながらも “無拍子” で衝撃を逃がし、ダメージを最小限に抑えることができた。

 今回も同じように、まともに受ければ全身が粉々になりかねない衝撃を受け流す。
 だが、攻撃を仕掛けた分、完全に殺すことはできない。

 吹き飛ばされながら体勢を整え、足裏で地を滑らせながら地面に着地する。
  “無拍子” により致命的なダメージは回避したが。

「ぐ・・・うっ・・・!」

 右拳から鈍痛が昇ってきて、右腕の感覚が消える。
 力が入らない―――今の一撃で完全に砕けてしまったようだった。目を向ければ指はあらぬ方向に曲がり、腕は力無く垂れ下がっている。質量の差を考えれば、むしろ原型を留められただけマシなのかもしれないが。

(・・・もうこの腕は使えんな・・・)

 いかな “無拍子” であろうとも、感覚の途絶えた腕を動かすことは出来ない。一瞬、アスラの回復魔法を頼ろうかとも思ったが、彼女はすでに力尽きている。いや、彼女の回復魔法でも瞬時に治癒することは難しいかも知れない。

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!?」

 不意に咆哮が上がる。
 それはもちろん魔獣が上げた咆哮―――悲鳴だった。ヤンを吹き飛ばした腕をもう一方の腕で、痛みを堪えるように押さえている。

「――― “届いた” か」

 にぃ・・・と不適に笑い―――砕けた腕を無視し、ヤンは魔獣へと疾駆する!

 

 

******

 

 

 魔獣の王は戸惑っていた。
 先程まではただの矮小な存在だった人間―――それは今も変わらないように見える。
 だが、その身を容易く砕くはずの一撃を受けても倒れず、逆にこちらへ “痛み” を届かせる。

 そう、 “痛み” だ。

 どんな攻撃でさえも、魔獣の強靱な肉体にはダメージを与えることは出来ない。
 あの三面六臂の幻獣や、空を跳ぶ鋼の竜の吐いた一撃はそこそこ痛かったが、魔獣の肉を抉りって体内にまで届く事はなかった。

 しかし今の一撃は違う。

 腕を通り “打撃” がそのまま―――勢いを衰えさせず、そのまま “中” へ通って来た。
 打撃自体は幻獣の一撃に比べることも無意味なほど弱い。

 だが、その一撃は魔獣の体内へと・・・・・・ “届く” !

 ―――木の板があるとしよう。
 例えばその板を一枚割るだけの威力を持った一撃であれば、その板は割れる。だが二枚重なった板を割ることは出来ない。一枚目は割れても二枚目は割ることは出来ないだろう。

 それはもちろん、一枚目を割った時に威力が減衰してしまうからだ。
 だから二枚目を割るには、もう一撃を加えるか、それとも二枚まとめて割れるだけの威力でなければならない。

 だが、もしもそれが “威力を失わない一撃” だったなら?

 一枚目の板を割り、割った時の威力そのままに二枚目まで届けば “一枚割るだけの威力” で二枚目―――どころか、三枚四枚、何枚でも割り抜くことが出来るだろう。
 今、魔獣が受けた “打撃” はそういったものだった。

 いわば “浸透する打撃” 。

 人間の打撃では魔獣の薄皮一枚通すことは出来ないだろう。
 だがそれが、威力減衰しない一撃―――どこまでもどこまでも “届く” 一撃だったなら?
 魔獣の皮の、肉の、筋の、骨の、細胞の一片一片にまで等しく同じ衝撃が与えられたとしたら?

 たった一枚の板を割る程度の威力で、無数の、無限の板を割るように。
 どんな強靱な肉体を持つ魔獣の王にもダメージを与えられる。

 果てなき空を逝く疾風の如く。
 どこまでもどこまでも “届く” 打撃―――それこそが、ヤン=ファン=ライデンの望んだ “最強” だった。

 

 

******

 

 

(どうして、戦えるのですか・・・?)

 目の前で繰り広げられる “死闘” を眺め、アスラは心の中で呟く。
 本来ならばヤンはすでに戦闘不能の状態だ。それでも尚動けているのは、無駄な動きを極限まで省いた―――つまり、動作にロスが少なく、余分な力を必要としない “無拍子” だからこそだろう。

 だが、いくら身体は動いても、戦う意志が無ければ戦えない。

 先程までは “無拍子” で回避に専念していたヤンだが、今は反撃に転じている。
 アスラからしてみればとてもそれほどの威力があるように見えないが、ヤンの “打撃” は着実にダメージを与えていっているようだった。

 だが、ヤンが攻撃し始めたことにより、魔獣の攻撃もヤンへ届くようになっていた。
  “無拍子” は攻撃直後でも反応さえできれば即座に動ける―――だが、流石に攻撃と同時に回避することは出来ない(回避しながら攻撃―――つまり “カウンター” ならば可能)。
 故に魔獣は相打ち覚悟でヤンへ反撃を仕掛けている。そしてそのカウンターが成功するたびに、ヤンの身体は木の葉のように吹っ飛び―――しかし、倒れることなく再び魔獣へ向かっていく。

 受けた衝撃は無拍子で受け流すことが出来る―――と、言っても完全にゼロにすることはできない。
 ダメージはヤンの中へと蓄積している。それを彼自身も理解しているはずだ。

 ヤンの攻撃が通じているとはいえ、相手は圧倒的な質量を持つ魔獣の王。
 後、どれくらい打撃すれば倒れるのかわからない。いや、いくら打撃しても倒れないのではないかとすら思う。
 並の精神ならば身体が砕ける前に心が折れているだろう。

(私はどうだったのでしょうか・・・?)

 ヤンと言いセリスと言い、人間とはこれほどまでに強い生き物だったのかと、彼女はかつて人間だった自分を思い返そうとするが、思い出せない。
 ただ、彼らと出会ってから、何か喪失感のようなものを感じて居ることに気がついた。

 人を超えた力を得た代償に、人であった時の “何か” を失ってしまったような―――

「あーーーーーーーーーっ!」

 いきなりやかましい声がアスラの思考に割り込んできた。
 振り向けば、ホーリンに抱かれて気絶したままだったエアリィが目を覚まし、ヤンの戦いを何故か不満そうな様子で眺めている。

「なんかずるーーーいっ! 楽しそうな事してるーーー!」

 風の妖精は不満を表現するかのように口を尖らせて喚き立てた。
 それを聞いて、思わずアスラは問いかける。

「あの・・・どこが楽しそうなんですか? 死闘ですよ?」

 その疑問に、エアリィは「えー?」と首を傾げる。

「よくわかんないけど、ヤンは楽しそうよ?」
「・・・・・・?」

 返答の意味が理解出来ないまま、アスラはヤンを振り返る。
 改めてみるまでもなく瀕死の状態だ。何度も何度も魔獣の攻撃をその身に受け、全身は血まみれ。右腕は最初の一撃で完全に砕けてしまって、型から垂れ下がっているだけだ。
 圧倒的な “威” を放つ魔獣の王に対し、いつ死んでもおかしくはない恐怖に絶えながら必死で―――

(・・・・・・え?)

 不意に、アスラは違和感に気がついた。
 エアリィの言うようにヤンが “楽しい” と感じているように思ったわけではない。

 ただ―――

(ヤンから気迫・・・いえ “殺気” が感じられない・・・!?)

 そう言えばアスラが戦闘不能となった直後、ヤンが単身でベヒーモスへ立ち向かった時から “殺気” というものを感じなかった気がする。
 あの時は瀕死の状態だったからこそ覇気を失い、気配が薄くなって居たと感じたのだが。

(どういうことですか・・・? ヤンはあの魔獣を殺すつもりが無い・・・?)

 そんなことは有り得ない。
 あの魔獣は明確な “敵” であり、倒さなければ―――殺さなければ、こちらが全滅するだけだ。
 そんな “敵” と戦うのに殺気が無いのはおかしい。

(殺気を殺して戦っている・・・? いえ、そんなことをする意味がない・・・)

 解らない、とアスラが悩む一方で、エアリィは脳天気にヤンの戦いを観戦している。

「うわあ・・・よくよく見ればヤンってばボロボロじゃん。よくあんなんで戦ってられるよねー・・・でもなんであんなに楽しそうなんだろ?」

 「マゾかな?」とエアリィは首を傾げる。
 何度見直しても、ヤンが楽しそうには到底思えない―――しかし、風の妖精を抱きかかえているホーリンは愉快そうに笑った。

「そりゃ “楽しい” のは当たり前さね」
「どうして?」
「ずっと届かなかった相手に届いているのさ。解らなかったことが解るようになる。不可能だった事が可能になる。・・・それが楽しくなくて何が楽しいって言うんだい?」

 ホーリンの言葉にしかしエアリィは「ふうん?」とよく解っていない様子でまた小首を傾げる。

「人間ってヘンなの。できないことができないのは当たり前じゃない」
「・・・・・・!」

(そういうこと、ですか・・・)

 アスラは自分とヤンとの違いを理解する。
 幻獣は最初から己に必要な力を持っている。故に成長しない―――成長する必要はない。
 だから人を超えた強力な能力を秘めているが、自分の能力外の事は何も出来ない。

 しかし人間は違う。
 生まれた時は無力であるが故に、徐々に経験という力を得て成長していく。
 そして出来なかったことも、成長して出来るようになっていく。

(私は “人間を超えた幻獣と成る” 事を選びました。けれど貴方は・・・)

 先程はヤンのことを “人を極めた力” を望んだと思った。
 だがそれは大きな勘違いだった。

(・・・貴方は “人間のまま成長し続けていく” 事を選んだのですね・・・!)

 理解を得ながら、アスラは魔獣の王に肉迫するヤンを眩しく感じていた―――

 


INDEX

NEXT STORY