第29章「邪心戦争」
BF.「魔獣の王(15)」
main character:アスラ
location:ファブール

 

 ―――土を焼いたような焦げたような乾いた空気の臭いにアスラは我に返った。

(夢・・・? いえ、白昼夢・・・?)

 どうやら立ったまま、ほんの一瞬だけ気を失っていたらしい。

 気がつけばそこは戦場。
 気を失う前と変わりない、ファブールの地だった。
 周囲には魔物達とモンク僧、それから援軍として現れたSeeD達が入り乱れ戦っている。

 そして目の前には―――

(―――私は・・・)

 アスラは目の前にそびえ立つそれを、特に驚きもせずに見上げていた。
 一瞬でも気を失ってしまうほどに、比喩抜きで全ての力を出し尽くした必殺の一撃は上方―――そびえ立つほどの魔獣の身体へ向けて放ったにも拘わらず、地面を大人が立った状態ですっぽりと収まるほど深く抉り、抉られたその表面は高エネルギーによって焦げていた。彼女を覚醒させた臭いはそれだろう。

 それほどの高威力の一撃だ。
 単純に威力だけならば、ラグナロクが放った ”波動砲” よりも上かも知れない。

 だが。

「・・・私は、間違っていたのでしょうか・・・?」

 誰に言うとも無しに彼女は呟いた。
 その三対の双眸は、目の前にそびえ立つ小山ほどの魔獣―――ベヒーモスを凝視したまま瞬きもしない。

 アスラの全てを賭けて放った一撃も、ベヒーモスを倒すには至らなかった。
 それでもノーダメージというわけではないだろう。
 山を吹き飛ばす威力の一撃を受け、地面と同じように魔獣の全身から焼け焦げたような黒煙が立ち上っている。

 魔獣はアスラの必殺技に耐えようとするかのように全身を縮めた状態で、やがてゆっくりと身を起こしていく。
 ラグナロクの “波動砲” の時に比べて回復が早いのは、完全な不意打ちであったかそうでないかの差だろう。今回の方が高威力だったとしても、魔獣は最初から耐えようと身構えていた。

 相打ちだったら倒せたかも知れない―――けれど、魔獣の王は「弱者の一撃など受けきってみせる」とでも言いたげにアスラの攻撃を待ち受け、そして耐えきった。

(どんな強大な力も、それよりも更に強大な力があれば敵わない・・・)

 アスラの膝が折れた。

(私では、勝てない・・・)

 ここに至って初めてその事実を敗北と共に受け入れた。

 ズシン、ズシン、と歩を進めるたびに地面を揺らしながらベヒーモスが近づいてくる。
 この魔獣はその気になれば、この巨体でありながらも足音を立てずに進むことも可能なはずだった。それができなければ、戦闘時に駆けるだけで地面が砕け、そのまま陥没していってしまうだろう。

 今、それをしないのは敗者に対し、勝者の威風を知らしめる為だ。

(私は・・・消滅するのでしょうか・・・?)

 幻獣に “死” という概念は無い。
 深く傷つくなどして力を失った幻獣は、その身を “魔石” へと変える。その魔石はしばらくすると、この星を取り巻く生命の流れ――― “ライフストリーム” によって精製され “マテリア” と呼ばれるモノへと変化する。その際に魔石の中に残っていた幻獣の意識が分化し “ガーディンアンフォース” ―――通称、G.Fと呼ばれる存在へ昇華する。

 だがそれは普通の幻獣の話だ。
 アスラのように人間から昇華した幻獣がどうなるのかは解らない。
 普通の幻獣と同じようになるのか、それとも人間と同じように星へ還るのか。

 ・・・それとも “消滅” してしまうのか。

 解らない。
 しかしアスラはすぐに考えるのを止めた。

(どうせ、もうすぐ解ることですしね・・・)

 すでに魔獣はアスラにとどめをさせる位置まで近づいている。対して、アスラにはもう動く力さえ残されていない。
 魔獣の王が腕を振り上げ、それを振り下ろせばそれで終わりだ。

(―――あなた・・・!)

 最後を悟り、アスラの脳裏に浮かぶのは幻獣達の王。
 幻獣にとっては憎むべき人間だったアスラを、しかし受け入れてくれた彼女の最愛の夫だ。
 最後に一目だけでも会いたかったと思いながらアスラは目を閉じて、そして―――

 

 

******

 

 

 ―――そして、覚悟した一撃はいつまで経っても来なかった。

「・・・・・・?」

 目を開く。
 すぐ傍にまで迫っていたはずの魔獣は、いつの間にか後退して距離をとっていた。
 それも何故か警戒するようにこちらをうかがっているようにも見える。

 一体何が起きたのか―――と困惑しかけて、不意に気がついた。
 アスラのすぐ隣りに、気絶していたはずのモンク僧長が立っていることに。

「ヤン・・・!?」

 側面の口でその名を呼ぶ。
 対して彼はアスラへ向けてただ一言だけ告げた。

「後は私に任せろ」
「・・・・・・!?」

 その言葉にアスラは違和感を覚えた。
 ヤンの言葉はまるで普通だった。
 勇気を振り絞った言葉でもなく、かといって逆に自信をこめた言葉でもない。

 まるで “気負い” というものが感じられない、自然体の言葉だった。

(何かが違う―――何が、違う・・・?)

 先程までのヤンとは明らかに違うことは解る。
 だが、なにが違うのかは解らない。

(おそらくヤンは彼に会い、そして “シフトアップ” を行ったはず・・・)

 かつてのアスラも体験した事だ。だからヤンの身に起きたことをなんとなく感じ取れる。

(けれど違います。私の時とは・・・)

 アスラが “シフトアップ” した時、精神に引っ張られる形で凄まじい力を発揮出来た。
 しかし今のヤンからは何も感じられない。
 見たところエアリィの “憑依” も解いたままで、ベヒーモスと互角に渡り合ったあの力を感じない。

(それどころか、普段の彼よりも力というものを感じられない・・・?)

 そう言えば気配も薄いような気がする。
 先程、すぐ隣りに居たヤンに即座に気がつかなかったのも、気配を感じにくかったせいだろう。

 気配が薄いのは、力を感じられないのは、エアリィとの憑依ですでに力を使い果たしてしまったからだろうか?

(だとしたら・・・けれど・・・?)

「ヤン! さっさと逃げなさい! あれは貴方の敵う相手では―――!?」

 叫ぶ―――その語尾は疑問に変わる。
 すぐ目の前に立っていたはずのヤンは、いつの間にかアスラの眼前から消えていた。

「えっ・・・」

 戸惑いながらも彼女の三対の双眸は即座にヤンの姿を捉える。
 彼はアスラから十数メートル離れた先を、魔獣に向かって歩いていた。

(何時の間に・・・!? まさか彼は “シフトアップ” によって電光の如き “速さ” を手に入れたというのですか・・・!?)

 かつてアスラが望んだのは人を越えた “力” 。
 ならばヤンは “速さ” を望んだのかとアスラは推測した。

(確かに今の “速さ” なら魔獣の王を圧倒出来るかもしれない・・・どんな力も当たらなければ意味がない。けれど・・・)

 アスラの渾身の一撃すら耐えきった魔獣だ。
 幻獣憑依したヤンならともかく、今のヤンがまともなダメージを与えられるとは思えない。

 それに “クラスチェンジ” に比べて “シフトアップ” はかなり強引なパワーアップだ。
 増幅され精神を上手く制御しなければ、肉体がついていけずにそのまま “壊れて” しまう。
 果たして最後まで制御し続けて、ベヒーモスの攻撃をかわし続けられるか―――そう、アスラが不安に思ったそのときだ。

「ヤン!」

 突然、魔獣が振り回した腕がヤンへ直撃してこちらへと吹っ飛んできた―――
 

 

 


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