第29章「邪心戦争」
BD.「魔獣の王(13)」
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character:ヤン=ファン=ライデン
location:ファブール
(―――最強の拳、か・・・)
アスラは魔獣の王相手に拳を振るいながら、かつての問いを思い返していた。
先程の必殺技で消耗したが、それでもヤンが時間を稼いでくれたお陰である程度の力は取り戻せていた。
ベヒーモスの方も、全くダメージを受けていないわけではないだろう。そのせいか、いきなり全力でアスラを叩き潰そうとはしない。相変わらず、冷静沈着な獣だとアスラは苦笑いした。最強の拳。
それはかつての師から発せられた言葉。それは何かと問われ、アスラは “全てを破壊する一撃” だと答えた。
どんな強固なモノでも、強大なモノでも打ち砕くことの出来る圧倒的な力。それを持ち合わせたモノこそが最強の拳であると。
その答えがキッカケとなり、アスラは人外の力を得て幻獣という存在へ昇華することが出来た。だが逆に言えばそれは、人間であることを止めたということでもある。
(その事に後悔はありません。ですが―――)
「ぐう・・・ッ!?」
もう、何度目になるか解らない。
ベヒーモスの振るった腕に吹き飛ばされながらも倒れずに踏みとどまる。アスラは防御に集中していた。
と言っても防戦一方というわけではない。攻撃が3に対して防御が7の割合という話だ。
魔獣の気を引き付ける程度に攻撃し、後はその反撃に対して必死に耐える。防護魔法で防御を重ね、ダメージを受ければ即座に回復魔法で身を癒やす―――だが、そんな防御重視の攻撃では、ベヒーモスを倒す事など不可能だ。
ホーリンに言った通り、アスラは時間稼ぎに専念していた。
(何をやっているのでしょうね、私は・・・)
わざわざ人間の戦いに首を突っ込んで、こうして命がけで時間稼ぎをしている。
誓約したリディアの為ならばともかく、どうしてこうも命がけで身を張っているのか。彼女がこの国に世話になったのは人間だった頃、限界においてはもう千年も昔の話だ。
すでにその縁を覚えている者は彼女以外に無く、義理も残されていないはずだ。なのに、今こうして戦っているのは―――
(この国の為・・・などではありません)
大地砕く豪腕の直撃を避け、直後に来る衝撃波と共に来る砕かれた大地の散弾を身体で受け止めて耐えながら彼女は意志を言葉へ込める。
「全ては私自身のためッ! ここで退いたならば力を得た意味が無いから―――!」
意を威として発しながら構えを取る。
それは彼女が持つ最大最強の必殺拳の構えだ。(十分に時間は稼ぎました―――後は私が決着するだけ・・・!)
組み合わせた三対の拳を魔獣の王へと突き出す。
同時、アスラは己の闘気を極限まで高めていく。それは先程よりもより強大な力だ。
膨大かつ濃密に高められた闘気は彼女の “器” に収まりきらず、外部へと漏れ出でて放出される。
それは眩いばかりの金色の輝きだった。
闘気は彼女を覆い、黄金の闘神へとその姿を彩る―――「・・・・・・・・・・・・」
彼女が闘気を高める間、魔獣の王は攻撃を仕掛けてこなかった。
まるでどのような攻撃も通じぬと言わんばかりに巨大な身を縮め、彼女の攻撃を待ち受ける姿勢を見せる。(私を舐めているのですか・・・? それとも―――)
闘気を高めている間、大きな隙ができることをアスラは理解していた。
だが、例えその隙を突かれたとしても、相打ちに持っていく覚悟もしていた―――が、自分の攻撃を待つような魔獣の様子に彼女は懸念を覚えかけて、しかしその思考を打ち消した。敵の意図がどうであれ、自分が今やることは変わらないのだと。
「・・・これが私の存在意義をも賭けた “全て” です―――」
魔獣へ向けて呟いた言葉は、偽りや誇張などは一片も混ざっていない。
彼女が最後に人間だった頃、彼女が望んだ “答え” の結果がその一撃に込められている。(これが通じなければ私の選んだ “答え” は――― “今” の私は誤りだったと言うこと・・・)
「―――受けきれるならば受けてみなさいッ!」
吼えるように叫び、そして必殺の一撃を解き放つ―――
修羅魔破拳
******
「・・・どんな敵をも打ち倒す打撃です」
最強の拳とはなんぞや―――
問われ、ヤンは即答した。
いや “答えた” というよりは “望んだ” という方が正しいかも知れない。あの魔獣の王を打ち倒せる “打撃” ―――それが今最も渇望しているモノだ。
それを聞き、目の前の男は「ふむ」と一つ首肯して、「お前もアスラと同じく、人外の―――人を凌駕する “力” を望むのか?」
「それは・・・」再度問われ、今度は即答することは出来なかった。
人を越えた力。
或いはあの魔獣の王をも凌駕する力を欲しくないと言えば嘘になる。だが―――
(それが私の目指したモノなのだろうか・・・?)
物心ついた頃から、今まで拳を、蹴りを古い続けてきた。。
天賦の才というものは無く、同世代の人間と比べてみても物覚えは悪い方だったという自覚もある。
ただその分だけ愚直に修練を重ね、気がつけばファブールのモンク僧長となっていた。だが、それでも “最強” と呼ばれる存在には至らず、届かない。
現在 “最強” と呼ばれる三人は皆、ヤンよりも歳が下だ。
同年代の頃の自分どころか、最盛期である今でさえ “最強” 達には届かない。
それは実際に “最強” である者たちと触れてみてはっきりと確信出来た。彼らよりも長い年月を修行に費やし、モンク僧長と言う高みに達したというのに、自分よりも若造の “最強” には到底敵わないと。
「・・・かつての私なら、人を――― “最強” をも凌駕する “力” を望んだでしょう」
アスラ・・・幻獣の力は確かに魅力的だ。
あの力を得られるならばと想わずにはいられない。しかし。
「しかし私は最近―――この歳になって初めて知ったのです。重要なのは “力” ではないと」
「その心は?」
「・・・ “人は死ぬと言うことを知らなければならない” 」問いに対し、ヤンは “彼” の口癖を舌に乗せる。
「どういう意味だろうか・・・?」
眉根を寄せる男に、ヤンは表情を崩して苦笑する。
「わかりません―――ただ、私に “それ” を教えてくれた男ならばそう言うでしょうな」
自分はセシル=ハーヴィではない。だからその言葉に意味を乗せることは出来ない。
だからこそ、想ったままのことを―――望んだままの事を改めて口にする。「どんな力―――鬼の如き力でも、雷霆の如き速さでも、神の如き技であっても相手に届かねば意味がありません」
そう言った後、ヤンは一呼吸置いて「だが」と逆接する。
「どんな弱き力であろうとも “届く” ならば道を切り開ける可能性があります」
一番記憶に新しいのは月だ。
バハムートとの戦いの時、一時的にとはいえヤンやクラウドは己の潜在能力を引き出す “クラスチェンジ” を行い、尋常成らざる力を得ていた。
しかしそれでも幻獣神という強大な力には “届かなかった” 。どんなに力を高めたとしても、それ以上の力には敵わない。
それは “速さ” であろうとも、 “技” であろうとも同じ事だ。だがセシルは “届かせた” 。
抗することも愚かしいほどの強大な相手に立ち向かい、仲間の力を信じて可能性を繋げ、それをバハムートへと届かせた。「セシル=ハーヴィは教えてくれました。 “強さ” とは “力” では無いのだと」
「ならばなんと心得る?」
「 “強さ” とは “力” そのものではなく、己が得たその “力” をもって可能性を切り開くこと―――故に “最強の拳” とは己が前に立ちはだかる、あらゆる “力” へと届き、そして “可能性” をこじ開ける打撃!」そのヤンの答えに対し、男は嘆息した。
彼の瞳に映るのは、失望や侮蔑といった残念な感情だ。「随分と抽象的な話であるな」
ヤンの言葉は理想、もしくは空想じみていて具体性がない―――というより否定している。
力はより大きな力に打ち砕かれ、速さはより速いものを捉えることは出来ない。技もより巧みな技量には敵わないだろう。
だというのに力でも速さでも技でもなく、それでいて力にも速さにも技にも通じる拳を望むという。まるで子供の理屈だと、呆れられるのも仕方ない話だ。
「いいえ」
しかしヤンは不敵に笑って頭を振る。
「実際に私は “それ” を知っています。だからこそ、私はそれを望むのです―――」