第29章「邪心戦争」
BC.「魔獣の王(12)」
main character:ヤン=ファン=ライデン
location:ファブール

 

「ベ、ベヒーモス、機体から剥がれましたッ!」

 飛空艇ラグナロク内にて一際激しい衝撃の後、オペレーターが声を張り上げる。
 それを聞いた艦長は艦長席にみっともなくしがみついたまま操舵士へと叫んだ。

「よし、全速でこの場を離脱する!」
「艦長!? アレはどうするんですか!?」

 ヤンに蹴り上げられて飛空艇から引きはがされ、そのまま地面へ落ちていく魔獣の王をモニター内に見ながらオペレーターが疑問を叫ぶ。
 生身の人間が放ったとは思えない凄まじい蹴りだったが、それであの魔獣が倒せたとは思えない。

「我々が受けた任務はあくまでも “SeeDの輸送” だ! あんな魔獣と戦闘する為に来たのではない!」
「さっきはいきなり砲撃を仕掛けておいて―――」
「うるさい! 操舵士、何をしている! さっさと発進させろっ!」
「は―――ハイッ!」

 艦長の指示に従い、操舵士が飛空艇を発進させる。
 命令に従ったと言うよりは、操舵士自身も魔獣の恐怖に駆られてのことだった。

 それでも一応は次の目的地であるダムシアンへと舳先を向け、ラグナロクは魔獣の恐怖から逃げるようにその場を飛び去った―――

 

 

******

 

 

 西へと向けて飛び去っていく飛空艇に気付く余裕もなく、ヤンは魔獣の王と共に地面へ向かって落ちていた。

(落ちる―――)

 援軍として現れた飛空艇から魔獣を蹴り剥がす為に全力を注ぎ込んだヤンの意識は今にも途切れそうだ。
 と、すでに力尽きていた身体から、さらに力が抜けていくのを感じる―――直後、ヤンの中から光が漏れ、それは小さな人型―――エアリィの姿を形作る。

「ふにゃあ・・・・・・」

 彼女は完全に気を失っているらしく、だからなのか、それともヤンの方が力を使い果たしたせいなのか、自然と “憑依” が解けてしまったようだ。
 幻獣憑依が解けたことによって、ヤンは己の肉体が崩壊しようとしているのを認識する。それはエアリィの力を得て、人間以上の力を行使し、さらにはベヒーモスの攻撃を受け、アスラの力を身に受けた代償。

(このまま終わるのか―――)

 朦朧とする視界の先には地面に向かって一足早く落ちていこうとするベヒーモスの姿が見えた。
 あの魔獣ならばともかく、今のヤンならば身体が崩壊しようとしまいと地面に墜落した時点で即死だろう。

(終わる―――)

 まともに思考も働かず、ただぼんやりとした意識が薄れていく。
 感情も消え、五感も感じることなく、痛みも苦しみも何もかもが解けていくように消え去っていき―――

(あいつなら・・・どうするのだろうか・・・?)

 全てが消え去る寸前、不意に思い浮かぶ者があった。
 或る意味、この戦争の発端となった男。
 祖国に反旗を翻し、親友を敵に回し、恋人を失いかけて、自身も何度も死にそうになりながらも幾多の困難を仲間達と乗り越えてきた青年。

(セシル=ハーヴィ・・・)

 あの男ならばこの状況でどうするのだろうと何気なく思い浮かべ。

「・・・・・・」

 力無く “苦笑” を浮かべ、彼の意識は完全に消え去った―――

 

 

******

 

 

 そこは光に満ちた世界だった。

「む・・・」

 光を全身に浴びて、ヤンは己を自覚する。
 だがその光は白く明るい割りには不思議と眩しさを感じない。

「クリスタルルームか・・・?」

 ヤンの知る場所で、もっともに似ていると思われる場所が口をついて出た。
 だが、そこはヤンの知る場所ではない。部屋ですらなかった。

 ただ白い。
 白く、白く、白く、白く、白いだけの場所だ。
 周囲を見回しても白以外の何もなく、見上げても見下ろしてもそこは白だけだ。

 立ち上がってみれば足下にはちゃんと足場を感じられた。
 ただ、白い光を全周囲から感じている為か影すらなく、ちゃんとした地面であるかは断言出来ない。

 真っ白いだけの空間。

 平衡感覚どころか精神がおかしくなりそうな場所だが、不思議とヤンは平然としていた。
 むしろ奇妙な親しみ、懐かしさのようなものすら覚える。

「・・・ここは天国か?」
「 “天国” が “神の居る場所” というのならばそうだろうな」

 ヤンの呟きに応えるように、別の声が響き渡る。
 威厳在る口調と声音だったが、同時に自然と心が温かくなるような優しさも感じられた。

 誰だ、とヤンが問う前に、いつの間にかその声の主は目の前に存在していた。

「貴方は・・・・・・」

 それはヤンが知っている―――とても良く知っている存在だった。

 

 

******

 

 

「「「オン!」」」

 アスラの三面の顔が同時に声を放ち、三重の唱和と共にヤンの身体に癒しの光が満ちる。
 力を使い果たしたどころか、アスラの力を身に受けるなどして人間として限界以上の力を行使していたヤンの肉体崩壊が止まる。

「・・・間一髪でしたね」

 ふう・・・っ、とアスラは安堵の息を吐く。

 ベヒーモスを蹴り上げたあと、エアリィと分離しながら落ちてくるヤンを転移魔法で引き寄せて、回復魔法で崩壊寸前の身体を癒やした。
 一歩遅れていればアスラの力でも蘇生出来なかったかもしれない。

「ウチの人は・・・?」

 気絶したままのエアリィを胸元に抱いたホーリンが不安そうに尋ねてくる。
 そんな彼女に、アスラは優しく微笑みをかけた。

「安心してください。一命は取り留めました」

 彼女の一言に、ホーリンは気が抜けたのかその場に膝を突く。
 そんな彼女を微笑ましく見つめ、その一方で懸念も感じていた。

(・・・身体は癒やした・・・けれど、彼の魂魄が感じられない・・・?)

 あらゆる生物は、肉体に魂が宿ることによって生命となる。
 本来、 “魂” というのは肉体に守られている為、肉体よりも先に魂が朽ちるということは無い。
 だが仮に、身体は無事であっても魂がなければ、肉体は自我を失い、ただの肉の人形となってしまう。

 だが、ヤンの身体からはその魂が感じられなかった。

(魂が砕けたわけじゃない。確かにこの肉体と “繋がっている” ―――けれど、身体の中には無い・・・)

 まるで魂だけを何処かへと召喚されたような感じだとアスラは考えて、やがて「まさか」と一つの考えに辿り着く。

「あの方が―――?」
「どうかしたのかい?」

 アスラの呟きを聞き咎めてホーリンが問いかけてくる。

「・・・いえ。それよりも、この人を連れて城へ戻ってください」

 アスラは抱いていたヤンの身体を地面へ寝かせる。
 自分の夫と、アスラを交互に見やり、ホーリンはさらに疑問を投げかけた。

「アンタはどうするんだい?」
「決まってるでしょう―――」

 彼女は不敵に笑う。
 周囲では、魔物達にモンク僧とSeeDが立ち向かっている。見たところ、そちらの方はどうにかなりそうだ。
 だから後の問題は―――

「GOAAAAGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!」

 戦場全てを戦慄させるような凄まじい咆哮が響き渡った。
 それとともに、上空から落下して倒れていたベヒーモスが跳ねるように起きあがる。

 起きあがっただけで響いてくる地面の揺れを感じながら、アスラは魔獣の王を睨付けた。

「私が時間を稼ぎます」

 

 

******

 

 

「・・・・・・誰だ?」

 見覚えのない男にヤンは誰何の声をかける。

 その男は年齢や背格好はヤンとほぼ同じで、上半身むき出しとなった肉体は、一見すると痩せぎすのようにも見えるが、よくよく見れば無駄に筋肉を付けないように鍛え抜かれた身体だということが解る。

 早い話、モンク僧のようだったが、ヤンにはまるで見覚えがなかった。

(・・・なのに何故だ? 私はこの方を知っている・・・?)

 初対面のはずだ。
 この前のように記憶喪失になっているとしたら解らないが、少なくともヤンの記憶には無い。
 ただ、初対面でありながらも敬意を払わずにはいられない。

 月にいたバハムートのように圧倒的な威圧感があるわけではない。
 むしろその逆で、この奇妙な白い空間と同じような親しみや懐かしさを感じていた。

(というより、この場所で感じる懐旧はこの方から感じているものか・・・)

 この場を支配しているのが目の前の存在だとヤンは直感する。

「私が誰であるか・・・応える必要はない―――意味もない」

 ヤンの問いに、男は答えた。
 先と変わらずに威厳に満ちた声だ。それでありながら、こちらを威圧するような迫力があるわけではない。
 ただ妙に感情が薄く感じられた―――いや。

(淡白、と言うよりはまるで達観したような・・・全てを悟りきったような静かな感情を感じる・・・)

「私は死んでしまったのでしょうか?」
「否である。トモエがお前を救い上げた。今のところは生きている」
「・・・トモエ?」
「今はアスラと名乗っている」
「ああ・・・!」

 そう言えば記憶喪失になっていた時、地底で誰かが彼女のことをそう呼んでいた憶えがあるとヤンは思い出す。

「だがこのままではお前達は死ぬだろう」
「・・・あの魔獣によって、ですか」
「私はそれをさせぬために、こうしてお前と対話している」
「!」

 相変わらず目の前の男が誰なのか、ヤンには解らない。
 ただ己の根源的に無条件で信頼出来る存在だと確信していた。

 だから期待を込めて問いかける。

「あの魔獣を倒す手段があるのですか!?」
「私が伝えに来たのは手段ではない。方法でもない」

 そう言って、彼は軽く握った拳をヤンへ向かって突き出す。

「―――拳だ」
「拳・・・?」

 おうむ返しに呟くヤンに、彼の者は軽く頷いて更に声を放つ。

「・・・汝に問う。 “最強の拳” とはなんぞや―――?」

 

 


INDEX

NEXT STORY