第29章「邪心戦争」
BB.「魔獣の王(11)」
main character:ヤン=ファン=ライデン
location:ファブール

 

「――― “SeeD” の降下、予定数完了しました」

 ラグナロクのブリッジにオペレーターの声が響き渡る。
 バロンはおろか、科学技術の発達したセブンスやエイトスの技術と見比べてもズバ抜けた高性能を有するこの飛空艇だが、それを操縦するブリッジには四人しかいない。

 機体を操縦する操舵士が一人と、火器管制を操る砲撃手が一人。
 それからレーダー手などを兼任するオペレーターが一人に、それら三人に指示を出す艦長が一人。

 システムそのものも高性能である為、その四人だけで機体の運行が出来る。ただ飛ばすだけならば操舵士が一人居るだけで十分だ。

 ただ、この飛空艇を運用しているのはこの四人だが、ブリッジの外ではバラムガーデンで乗せたSeeD達が待機している。
 この飛空艇の主な任務は、それらSeeDの移送だ。
 そのことに、艦長はやれやれとどこか釈然としない想いを抱いていた。

(何故、 “ラグナロク” がバラムガーデンのSeeDを乗せ、こんな辺境の地にまで来なければならないのか・・・)

 その理由は聞かされていなかったが、大統領命令というならば仕方がない。

(まあいい。初めて “的” ではない相手に波動砲を使うことができたのだ)

 このラグナロクに搭載されている武装は大口径の荷電粒子砲が一門と、小口径のものが三門。それらを組み合わせ、臨界までエネルギーをチャージして同時発射するのが、通称 “波動砲” と呼ばれる砲撃だった。

 ファブールまでやってきた時、ちょうど手頃な―――SeeDでも敵わぬような相手が居たので使用してみたが、予想以上の威力だった。

(なにせ、小山ほどもある魔獣が一撃で沈んだのだからな)

 艦長席の前に在るモニターには地上の光景が映し出されていた。
 そこにはうずくまったまま動かない―――おそらくは息絶えている魔獣の姿がある。

( “オリジナル” の波動砲でもこの威力には及ぶまい・・・まさに最強の飛空艇だ―――)

「艦長? ご指示を」

 作業(と言ってもSeeD達を地面に落とすだけだが)完了したことを伝えても何も指示がないので、オペレーターが艦長に促す。
 そう言いながら向ける目はどこか冷ややかなものだった。

(・・・さっきの魔獣には誰かが張り付いていた。なのに・・・!)

 波動砲を撃つ直前、魔獣と戦っていた何者か―――おそらくはファブールのモンク僧だろう―――がとりついていたことにオペレーターは気づき、それを艦長に伝えた。
 だが艦長は「あの魔獣を倒せるなら些細な犠牲だろう」と波動砲の発射を強行した。

 警告も無しに発射したのだ。間違いなくあのモンク僧は巻き込まれ、形も残らず消滅してしまっただろう。

(この人殺し!)

 自分たちは軍人だ。必要ならば敵を―――人を殺すことも厭わないが、人を殺して喜ぶのはただの殺人鬼だ。
 犠牲者の事を悼みもせず、波動砲の威力に酔いしれて居るようにしか見えない愉悦の表情を見て、オペレーターは吐き気を覚えた。

「よし、では次の目的地へ向かう」
「・・・はい。それでは進路西、ダムシアンへ―――艦長ッ!?」

 次の目的地を指示しかけ、オペレーターは悲鳴じみた声を上げた。

「どうした?」
「魔獣が・・・生きています・・・!」

 言われ、艦長は目の前のモニターを見る。
 見れば、確かに波動砲の直撃を受けたはずの魔獣が身を起こし、こちらを見上げている。

「まさか、あの一撃を受けて無事だなんて・・・」
「ふん、畏れることはない。相手は地を這うだけの魔獣だ」

 愕然とするオペレーターに反して、艦長は特に動じることもなく告げる。

「魔法などの遠隔攻撃にだけ警戒しつつ波動砲を再チャージし、蒸発するまで何度でも―――」

 余裕はそこまでだった。
 モニターの中。地を這うしか脳の無いはずの魔獣は地面についた四肢を軽く曲げて。

「―――跳んだッ!?」

 凄まじい勢いで跳躍し、一気にラグナロクの高度まで到達すると、前二本の腕で抱え込むように飛空艇を捉える。

 

 

******

 

 

 魔獣の王は怒り狂っていた。

 突然上空に現れ、自分に激しい一撃を見舞った相手を。
 自分の手の届かぬ位置から、悠然と見下ろしている鉄の機体を。

 つい寸前まで戦っていた二匹の虫けらは愉快であった。
 ちっぽけな存在でありながら、この王たる存在に必死に足掻こうとしている。中々の “痛み” も受けたが、それを含めて楽しめる相手ではあった。

 だがアレは違う。
 空に浮かぶアレは王たる自分を “見下ろしている” 。
 それは絶対に許せる行為ではなかった。

 しかし、ベヒーモスには遥か天空まで攻撃する手段がない。
 だからこそ “溜めていた” のだ。
 あそこまで到達するための力を。跳躍する為の力を、身を縮め、内に溜め、そしてそれを一気に爆発させ跳躍した―――

 

 

******

 

 

「ぎゃあああああああああああああっ!?」

 飛空艇のブリッジに艦長達の悲鳴が響き渡る。
 計器に次々と赤いランプが転倒していき、悲鳴と同じくらいの警告音がうるさく鳴り響いていた。

 重力制御され、旋回しても内部は水平を保っているはずの飛空艇の中が激しく揺れ、軋むような嫌な音が警告音の合間に聞こえてくる。

「ばッ・・・ばかなッ! この高度まで飛び上がってくるなど・・・!」
「こ、高度が徐々に落ちていきます!」

 ラグナロクとベヒーモスはほぼ同じくらいの大きさだ。
 いかに高性能の飛空艇と言えども、自分と同じ質量を支えきれるものではない。

 そのベヒーモスはただラグナロクにしがみつくだけだ。しかし―――

「このままでは地面に到達! そうなれば・・・」

 その先をオペレーターはいうことは出来なかった。そもそも言うまでも無いことだ。
 艦長はベヒーモスの事を “地を這うだけの魔獣” と言ったが、その地面に引き摺り落とされれば、あとは為す術もなく蹂躙されるだけだ。

「そ、操舵手! 魔獣を振り落とせ!」
「無理です! これ以上落下速度を上げないようにするのが精一杯で・・・他のことに推力を使えば、一気に落ちます!」
「ほ、砲撃手! 何をしている! 波動砲を―――」
「だ、ダメです! 撃ったばかりで波動砲は使えません! それに通常の砲撃も、砲塔が魔獣と密着していてこのまま撃てば暴発するだけです!」

 悲鳴じみた指示に、悲鳴のような声が返ってきて、艦長が愕然とする。

「馬鹿な・・・こうも簡単に落ちるだと・・・?  “魔導船” ラグナロクの技術が使われたこの飛空艇ラグナロクが・・・!?」

 艦長が放心している間にも、飛空艇の高度はどんどんと下がっていく。

「ち、地上に墜ちるまで一分を切りました! も、もうダメ―――えっ?」
「今度はなんだあっ!?」

 半泣きの表情で艦長が叫ぶ。
 その声で逆に冷静になったのか、オペレーターは困惑しながらも淡々と告げる。

「地上に高エネルギー反応・・・何かがこちらに―――」

 来ます、と言おうとした瞬間、一際激しい揺れが飛空艇を揺らす―――

 

 

******

 

 

 ヤンは金色の光を身に纏い、一直線に天へ向かって上昇していた。
 その真下では、アスラが組み合わせた三対の腕を天へ掲げるようにして突き上げている。

(・・・修羅魔破拳を射出に使うなんて無茶をしますね)

 必殺技を放った状態のまま、彼女はヤンを見送りながら胸中で呟く。
 ラグナロクのオペレーターが気付いたのは、アスラの必殺技で打ち上げられたヤンの事だった。
 エアリィの風の力や、或いはアスラの転移魔法を使えばベヒーモスやラグナロクのある場所までたどり着けるが、その後で打つ手はない。魔獣の王はしっかりと飛空艇に組み付いている。生半可な攻撃では、倒すどころか引きはがすことも不可能だ。

 ヤンが思いついたのはシンプルな手段だ。
 即ち、自分とアスラの必殺技を合わせれば最強の一撃となる―――逆に、これが通用しなければもうどうしようもない。

「く・・・お―――」

 並の魔物ならば一瞬で消滅することが出来る威力だ。
 幻獣憑依し、それなりに加減されているとはいえ、耐えきれるものではない―――が。

(あと少しだけ持てばよいッ!)

 少しでも気を抜けば意識と一緒に身体がバラバラに砕けそうだった。
 彼の中のエアリィの意識は再び飛びかけているのが解る。

 砕けそうな意識と壊れそうな身体で必死に耐えながら、ヤンは天を見つめる。

 飛空艇ラグナロクに魔獣の王ベヒーモスが組み付いた、その僅かの間隙をヤンは上昇していく。
 時折、突き出た部分に激突しそうになるが、風の力で僅かに角度を変え、勢いを殺さぬようにかすめるようにしてひたすら天昇し―――

(見えたッ!)

 ―――やがて、半ば意識を失いかけた朧気なヤンの視界に、ベヒーモスの顔が目に映る。
 魔獣の王は、迫るヤンに気がついて瞳を向ける―――その時にはすでに、

(遅い―――貫くッ!」

 想いつつも覇気を込めて呟き、直後―――

 

 修羅風神脚

 

 ヤンの全身全霊の蹴りが、ベヒーモスの顎を跳ね上げた―――

 

 


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