第29章「邪心戦争」
BA.「魔獣の王(10)」
main character:ヤン=ファン=ライデン
location:ファブール

 

「―――なんだいあれはッ!?」

 驚愕の声を上げつつ、天を振り仰いだのはホーリンだった。
 彼女は空に浮かぶ―――魔獣の王の巨体を包み込むほどの眩い光線を放った赤い機体を見上げる。
 ホーリン達は知る由も無いが、それはバロン上空に現れたモノと同じ “飛空艇” ―――

 赤い飛空艇は魔獣の王に一撃を見舞った後、空中に静止したまま次々に何かを降下させていく。

 それは人だった。
 皆、同じような服装―――制服を着た者たちは、それぞれ魔獣の王の威圧に身を竦ませていたモンクや魔物達の居る戦場へ降り立つと、魔物へ向かって攻撃を開始する。
 それをキッカケに、戦闘を一時中断していた魔物達との戦闘が再開された。

「・・・援軍、なのか・・・?」

 モンク僧に協力する制服の集団―――SeeD達を見て、ヤンは呟いた。
 飛空艇の光撃に巻き込まれかけた彼だが、寸前でアスラの転移魔法で救出されていた。

 そのアスラは飛空艇を見上げたまま―――やがて呟く。

「―――あれは “ラグナロク” !」
「知っているのかアスラ殿!?」

 

閑話休題。

「む、なんか出番取られた気がする」
「何言ってるんだサンダーボルト!?」

 トロイアにて、白竜とガチで殴り合っているダンカンの脇。
その他の魔物を撃退しながら無駄に第六感働かせた傭兵がいたり。

 

「・・・ええ、かつての魔大戦の時に見た憶えがあります。幻獣や “ウェポン” と同等以上の戦闘力を持った、戦闘型魔導船・・・!」
「じゃあ、さっきの一撃は・・・」
「 “波動砲” ・・・人が人外の強力存在を滅ぼす為に生み出した、竜王のブレスを模した兵器・・・」
「竜王・・・バハムートかッ!」

 その威力を仮初めとはいえ体験したヤンは戦慄する。
 クラスチェンジした状態で、同じくクラスチェンジしたローザの補助を受け、それでも辛うじて生き延びられた程の威力だ。
 あれと同等だというのなら、幻獣憑依したヤンであっても直撃すればどうなっていたか―――

「アスラ殿、感謝する」
「いえ。上手く行って僥倖でした」

 突如飛来したラグナロクが放った “波動砲” がヤンごとベヒーモスを包み込もうとした瞬間、アスラは退避を叫びつつも、残る二つの顔で転移魔法を発動させた。
 しかし、緊急時であった為不完全な発動となってしまった―――それでもアスラの能力ならば、成功率は9割を超えていただろう。しかし逆に言えば1割弱の確率で、ヤンはまた次元の狭間に落ちていたかも知れない。

「しっかしすごい威力さね。あんなでっかい魔物を・・・」

 呟き、ホーリンが見上げる先、ベヒーモスが四肢を縮めた状態でうずくまっていた。そのまま先程から動く気配を見せない。
 流石にバハムートと同等の威力が直撃すれば、かの魔獣でもただでは済まないということだろう。

「・・・というかホーリン、なんでお前がここにいる!?」

 今になってじろりとヤンが睨むが、妻は包丁を手にしたまま腰に手を当ててふんぞり返る。

「なんだいその言い草は!? あたしがここにいちゃいけないのかい!?」
「開き直るな! ここが危険だということくらい解るだろう!」
「武器は持ってきたから大丈夫さね」

 ほれ、と包丁を見せるのを、ヤンは素早く払い落とす。
 「なにすんだい!」と文句言う彼女を、ヤンはじっと睨み返す―――と、流石にバツが悪そうにホーリンは顔を背けた。

「・・・エアリィを追ってきたんだよ。あの娘が、人の言うことを聞かずに飛び出すから・・・」
「それでお前まで飛び出してどうする!?」
「エアリィを放っておけというのかい!」
「放っておけ!」

 即答。
 いつの間にか目が覚めたらしいエアリィが「ひっどーい!」と抗議の声を上げるがヤンは無視する。

「エアリィならいざとなれば飛んで逃げることも出来る―――だがお前はそんな包丁一本あってもどうにもならんだろうが!」
「・・・っ」

 咄嗟に言い返そうとして、しかしホーリンはヤンに地面へ叩き落とされた包丁を見下ろす。
 言われるまでもなく、全盛期ならばともかく、専業主婦の彼女が包丁を振り回したところで、さばけるのは食材だけだ。

 それにホーリンは自覚もしていた。
 エアリィを連れ戻そうと城を飛び出したのではない―――

「・・・まったく、お前ならそれくらいのことは解ってると思っていたんだがな」

 苛立たしげに言う夫の言葉に、ホーリンは突然睨み返した。
 その迫力に、ヤンは思わず気圧されるように後退―――するのに合わせ、ホーリンも前に出る。

「ああそうさ、そんなことは解っていたさ!」
「解っていたなら―――」
「エアリィを追いかけてきたなんて単なる言い訳だよ! 本当は―――」

 そこで彼女は一瞬だけ逡巡し、それから一呼吸あけてから意を決したように叫ぶ。

「本当は、アンタの事が心配だったからじゃないか!」
「なっ・・・!?」

 思っても見なかった言葉にヤンは狼狽する。
 その反応に、ますます目を吊り上げてホーリンは怒鳴る。

「なんだいその反応! 妻が夫の事を心配しちゃいけないのかい!?」
「い、いやしかし・・・お、お前が私の事を心配してたなんて今までに一度も・・・」
「いっつも心配してたよ! 修行の為にホブス山に山籠もりするときも、暴れる魔物を退治に行った時も、この前だって―――アンタが地底で死んだって聞いて、あたしは・・・」

 目の端に涙を溜めるホーリンに、ヤンはたじたじとなって救いを求めるようにアスラへと目を向ける―――が、彼女は三面の内、慈愛の表情をヤンへ向け、三対の手を合掌したあと告げる。

「・・・奥さんが秘めた想いを吐露している時に、他の女性に目を向けるのは感心しませんね」
「アンタ! そうなのかい!?」

(この外道ーーーーー!)

 涙混じりに睨付けてくるホーリンに、心の中で罵倒する。

 ―――ヤン、ここはもう正直に言っちゃいなよ!

 心の中でエアリィが囁く。

 ―――ラブリーキュートなエアリィちゃんの方が大好きだから、もうお前なんか要らないよって。

(言えるかッ!)

 ―――なんでー? さっき “愛してる” っていってくれたじゃん。あれって、私を正妻にしてくれるってことでしょー?

「違う! 私はホーリンもエアリィも同じくらいに愛しているのだ!」

 感情が昂ぶったせいか、思わず口に出た。
 それを聞いて、ホーリンの目がすっと細められる。

 ―――・・・うわ、サイテー。ヤンの二股男ー。

 心の中でもエアリィに言われ、ヤンは今すぐ頭を抱えてそこらを転げ回りたい衝動に駆られた。

「はい、とりあえずそこまでにしてください」

 パンパンと、アスラが手を叩く。
 煽ったのはアンタだろう! と言いたげにヤンが睨むが、アスラは気にした風もなく魔獣の王を振り返る。

「ふざけるのはそこらへんで―――まだ、終わっていませんから」
「なに・・・?」

 その言葉の意味を察し、ヤンもベヒーモスへと目を向ける。
 魔獣の王はうずくまったまま先程から微動だにしない。が―――

「・・・あの飛空艇のことを “ラグナロク” と言いましたが、私の記憶にあるモノと若干形状が違います。おそらくはどこからか掘り起こされたものを現代の技術で改修したか、それとも単にレプリカであるのか、ともあれ・・・」
「本来のものではない、ということか・・・!」

 それは “波動砲” の威力についても同じなのだろう。

 ヤンは傷ついた身体で身構える。
 魔獣の一撃を受けたダメージは深刻だった。
 幻獣憑依のお陰で、アスラの言うように “ふざけている” 余裕はあったが、もしもエアリィの憑依が解ければどうなるかは解らない。最悪、そのまま死んでしまう可能性だってある。

 だが、それでもヤンは戦いの意志をもって身構える。

(死ぬことなど怖くはない・・・何も出来ぬ事に比べればッ)

 胸中で呟くと同時、魔獣の王が咆哮を上げながら起きあがる――― 

 


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