第29章「邪心戦争」
AZ.「SeeD参戦」
main character:ヤン=ファン=ライデン
location:ファブール

 

 

 ―――バロンの平原にて。

 リックモッド率いる陸兵団は、魔物達と一進一退の攻防を繰り広げていた。
 まだまだ魔物の数は多く、それに反してこちらは消耗しきって居る。

 だが、一番の難敵であった “顔” がレオ=クリストフによって抑えられ、レオが引き連れた二体の機動兵器――― “魔導アーマー” と、レオの弟を名乗るアストラ=クリストフの助力もあり、なんとか五分に持ち込めているという状況だ。

「ったく、数が多すぎるぜ! こんな数の魔物を見たのは生まれて初めてだ」

 混戦の中、リックモッドのすぐ傍でアストラが魔物を殴り倒す。
 リックモッドも大剣を振り回し、魔物を数体まとめて薙ぎ払いながら、ふと視線をアストラの腰に下げている四本の剣へ向ける。

「・・・その剣はつかわねえのか?」
「ちょっとな。こいつは “奥の手” なんで、そうそう使うわけには行かねーんだよ。そもそもこの混戦じゃ使いにくい」

 よく解らないが、アストラの戦闘スタイルは素手による打撃であるようだった。
 兄とは違い、魔導の力を得ているようで、時折、拳に魔法の炎や雷を宿して敵を殴り飛ばしている。
 リックモッドのようにまとめて敵を薙ぎ倒すことは出来ないが、敵味方入り乱れる戦場を素早く駆けめぐり、着実に敵を無力化していく。混戦状態では、素手の方が同士討ちの危険も少ない。

(・・・しかし、ちっと厳しいぜ)

 レオ達のお陰で一時は持ち直したものの、それまでの撤退戦での消耗は大きい。
 なおかつ、一般の兵士よりも魔物達の方が地力では上だ。数でもまだ魔物達の方が上回っているだろう。リックモッドやアストラ、それから二体の魔導アーマーが踏ん張っているが、このままではそう遠くないウチに均衡が崩れ、一気に差し込まれてしまうだろう。

(せめてレオ=クリストフが自由に動ければよ・・・!)

 リックモッドがいる場所からは、魔物が影になって見えないが、ガストラ帝国の “最強” は今も “顔” と戦っているはずだ。
 だからこそ広範囲魔法を畏れることなく戦うことが出来る―――反面、それは魔物達も同様だった。 “顔” は敵味方関係なく巻き込んでいた為、それが無くなった今、魔物達の勢いも増しているような気がする。

(くそっ、どうする―――どうしようもねえッ! このまま力尽きるまで戦うしか・・・!)

 ここで退けば、魔物達は更に勢いを増すだろう。
 そうなればバロンの街はすぐそこだ。固い城門はあるが、それを突破されてしまえば街や住人は蹂躙されてしまう。
 戦い抜くしか選択肢はない―――そう、ヤケクソに思った時だ。

「―――なんだ!?」

 アストラが何かに気がついたのか、空を見上げる。
 周囲の魔物を薙ぎ倒しつつ、リックモッドも釣られてみればそこには赤い―――

「なんだ・・・? 機械の竜・・・?」

 リックモッドの呟いたとおり、飛竜を思わせるフォルムの飛空艇は、戦場上空を大きく旋回すると―――そこから何かが振ってくる。

「人間・・・!?」
「ありゃ “SeeD” じゃねえか!」

 見たことがあるのだろう、アストラが声を上げる。
 リックモッドは目にしたことはなかったが、その名前は聞いた事がある。エイトスにある “ガーデン” に所属する、世界最高と呼ばれる傭兵集団。

 統一された黒いデザインの制服に身を包んだ “SeeD” たちは浮遊魔法で落下速度を制御しながら戦場へと舞い降りる。
 そして戦場に舞い降りたSeeDバロン兵に協力し、魔物達へと攻撃を仕掛けていく―――

 

 

******

 

 

「なんとか間に合った―――と言っても良いですかね?」

 微笑を浮かべ、謁見の間にやってきたのはエイトスへと出向していた男だった。
 それをベイガンは歓迎の声を上げる。

「ウィル殿! よくぞ戻られた! ―――それに」

 と、ウィルは一人ではなかった。
 その後ろに二人ほど客人を連れている。

「お久しぶりですな。キスティス殿」
「バロンの近衛兵長様に名前を覚えられているなんて光栄ですわ」

 そう言って、ウィルと共にエイトスへ戻ったはずのキスティスは礼を返す。
 ベイガンはそれから彼女の隣にいる、黒い服装の青年に視線を移した。こちらは見覚えのない顔だった―――ただ、サイファーが持っていたのと同じ、ガンブレードを背中に負っているのが見える。

「彼はスコール=レオンハート」

 ベイガンの視線に気付いたのか、キスティスが青年―――スコール自身の代わりに紹介する。

「まだSeeDではありませんが、決してSeeDに劣らない力を持っています。 “試験” でもないのに任務に連れてくるべきでは無かったのですが、当人たっての希望で、特別に同行を許しました」
「・・・っ!?」

 キスティスの言葉に、スコールは憮然とした様子で彼女を見て、小さく呟く。

「無理矢理連れてきたくせに・・・・・・」
「―――何か言った、スコール?」
「・・・別に」

 しかめっつらのまま、スコールは顔を背ける。
 ならなにも問題は無いわね、と言うかのように、キスティスはそれ以上スコールには構わず、ベイガンへ向かって改めて告げる。

「さて―――今回はバロン王のご依頼でしたが、王はどちらに?」
「陛下は諸悪の根源を打破する為、月へと向かわれました」
「・・・魔導船で、ですね?」

 キスティスからその名が出たことに、ベイガンは少し驚く。
 彼女がエイトスへ帰還した時、まだ魔導船はミシディアの湾の中に沈んだままだったはずだ。

 ベイガンの反応に、キスティスはくすくすと笑う。

「失礼―――実は私達が受けた任務は、バロン王のご依頼で “フォールスを守る” という事に加え、別口の依頼を請け負っているのです」
「別口・・・?」
「ええ、フォールスにある “魔導船の調査” です」

 僅かにベイガンの視線に警戒の色が混じる。
 どういう事なのだと、ウィルの方へ視線を投げれば、彼は困ったように苦笑していた。

「どういうわけかその “別口” の依頼主が、こちらの依頼料も支払ってくれるということで、多くのSeeDを雇うことが出来たんですよ―――さらに、超高速の飛空艇を三艇も用意してくれまして」
「・・・その “別口” とは?」
「さて、依頼主は明かされていませんが・・・」

 ウィルはそう言って肩を竦めて見せる。だが、どうやら彼は “別口” が何処からの依頼なのか予測はついているようだった。

「ただ、その “魔導船の調査” の依頼というのは、あくまでも我々の依頼とは “別口” ということらしいので」
「・・・つまり、私達がそれに協力する義務はないと?」
「はい。私も “無理に深く調査する必要はない” と。優先するべきはフォールスの平和だと指示を受けています」

 キスティスがフォローするように答え、ベイガンは「ふむ・・・」と黙考する。

 正直、うさんくさいことこの上ないが、キスティスも言った通り、今はフォールスを守り抜く事が第一だ。
 ウィルもそう判断したからこそ、特に異論を挟むことなく “別口” の依頼主とやらの助力を受け入れたのだろう(平時だったならば、あまりにも都合が良すぎて逆に受け入れがたい話だ)。

 依頼に関することをベイガンが(一応)納得したと見て、キスティスは話を進める。

「さて、勝手とは思いましたが一刻を争う事態と判断し、すでにSeeD達を戦場へと送り込んでいます―――これは、ウィル様にも承諾を得ています」

 キスティスが言うと、ウィルは頷いた。
 そのことにベイガンも異議はない。地底での報告を聞いて知っているベイガンは、キスティスの戦略的判断は信用出来るものだと、理解している。

「SeeDを半分に分け、二つの飛空艇へそれぞれ乗せて出撃させました。すぐ目の前の平原で戦っているバロン軍、それから南東のミシディアへの援軍。そしてもう一つの飛空艇は、北方―――ファブール、ダムシアン、トロイアヘと向かわせました」
「それでは貴女方は・・・?」

  “別口” が用意した飛空艇は三艇(というよりも “三機” と称した方が相応しい気もするが)。
 もう一つ、ウィルやキスティスを乗せてきた飛空艇はこのバロン城のすぐ傍に着陸している。

 それまで “SeeD” として応対してきた彼女は、ベイガンの問いに表情を崩し、気まずげにやや視線を反らした。

「・・・それを答える前に、教えて頂きたいことがあります」
「なんですかな?」

 しかしキスティスはすぐに問おうとはしない。
 なにやら迷い悩んでいる様子で、問おうか問うまいか逡巡している。

 今は一分一秒を争う時だ。
 何を聞きたいかは知らないが、早く言って貰いたいと促そうとした時だ。

「・・・アイツは何処にいる?」

 それまでどこかふて腐れたように黙っていた青年―――スコールと言ったか―――が、キスティスの代わりにとでも言うかのように問いかけてきた。

「アイツ、とは?」
「サイファーです。サイファー=アルマシー・・・」

 スコールの言葉を受け継ぐように、まだ気まずそうにしながらもキスティスは問いかけを口にした。

 彼女が気まずく思う理由をベイガンはなんとなく察する。
 ベイガンは嘘のつけない直情的な人間だが、朴念仁というわけではない。
 彼女がサイファーのことを心配しているのは見て取れた。

「あの子は今、何処に居ますか・・・?」

 それも。

( “SeeD” としてではなく、私的な意味で心配しているのですな)

 キスティスとサイファーの関係を、ベイガンはよく知らない。
 恋人か、或いは下の名は異なるが姉弟のようなものだったりするのだろうか。ともあれ親愛が混じった関係であることには間違いない―――おそらくは、スコールという青年も何らかの関係があるのだろう。だからここまで連れてきた。

 キスティスが気まずく思っているのは、SeeDとして―――プロの傭兵として任務を受けて来たというのに、そこに私情を挟んでいることを自覚しているからだろう。

 確かにプロとしては失格かもしれないが、しかし―――

(・・・任務に私情を挟むことはプロとして失格ですが、私情の為に動けない人間は人として失格ですな)

「彼ならエブラーナに居るはずです」

 ベイガンが答えると、キスティスは「やっぱり・・・」と呟く。
 どうやら予想はしていたらしい。彼女はエイトスへ戻る直前、セシルはカイン達をエブラーナへ派遣しようとしていた。ならばサイファーもそこへこっそりついていったのを、彼女は推測したのだろう。

「ですが今、エブラーナの状況はどうなっているかは解りません」

 説明すると、キスティスの表情が不安に暗くなっていく。
 そこで、とベイガンは笑みを浮かべないように気をつけ、真面目な顔を作って告げる。

「貴女方にはエブラーナの様子を見てきて欲しいのです」
「えっ・・・?」
「幸い、飛空艇は一つ余っているのでしょう?」

 ベイガンの言葉に、キスティスは一瞬驚きつつも、表情を明るくしたものの、すぐにかぶりをふる。

「それはありがたいですが、私情で任務に当たるわけには・・・」
「折角都合の良い提案をしてくれたんだ。有り難く乗ったらどうだ?」

 彼女の言葉を遮るように、黒い青年が口を挟む。

「スコール・・・」
「そもそも、飛空艇を一つ残したのも、そのためなんだろ」
「私は―――」

 否定する言葉を言いかけ、しかし止めて彼女は苦笑した。
 そうね、と頷いてベイガンの方へ改めて頭を下げる。

「解りました。ありがとうございます」
「礼を言われる筋合いはありませんよ。ただ私は必要な依頼をしただけです」

 ベイガンの返事に対し、キスティスは微苦笑で応えると「それでは失礼します」と言って背を向け、スコールと共に謁見の間を出て行く。
 後には、ベイガンとウィルの二人が残され―――不意にウィルが苦笑を漏らした。

「ベイガン殿も随分とお変わりになられたようで」
「・・・そうですか?」

 怪訝そうに呟きつつも、そうかもしれないとベイガンは思う。
 以前の自分なら、キスティスの気持ちに気付いたとしても、それを汲んだりはしなかったかもしれない。
 固すぎるほど真面目に対応していたに違いない。

(私が変わってしまったのだとしたら、その原因は間違いなく―――)

「特に、最後の言い分なんて陛下そっくりでしたよ」
「・・・あの方に四六時中付き合っていれば変わりもいたします」

 言いつつ、ベイガンはこの場にいない王を想い、苦笑いを浮かべた―――

 


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