第29章「邪心戦争」
AX.「魔獣の王(8)」
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character:ヤン=ファン=ライデン
location:ファブール
風神脚
ヤンの蹴りがベヒーモスをのけぞらせる。
しかし倒すまでには居たらず、魔獣はのけぞりながら腕を振り上げて、ヤンへ向かって振り下ろした。速度の乗った豪腕は、易々と地面を割り砕く―――が、ヤンはそれを上回る速度で横に回避していた。
“腕力” ならばヤンよりもアスラの方が上だろう。
だが、 “脚力” で言うならば、アスラよりも “今の” ヤンの方が上だった。イコール、その脚力が生み出す加速力もアスラ以上―――彼女と互角だったベヒーモスをも上回るということだ。「当たらんッ!」
声と共に気を吐き、振り下ろされた腕が生む爆風をかき消す。
長く青い髪を振り乱し、敵の攻撃を凌ぎきったヤンは更に攻勢に出る。
風神脚
風の加護を受けた蹴りが、ベヒーモスの横っ面を蹴り飛ばす。
馬鹿の一つ覚えとも言われるかも知れないが、目下の所、これが最も有効な攻撃方法だ。
ただでさえ、ベヒーモスの動きを上回る速度を生む脚力に、風を纏って放つ疾風の蹴りを防ぐ術はない。来ると解っていても、防御を固めても、ヤンの蹴りは間隙をついて魔獣の王にクリーンヒットする。最初の一撃はまるで歯が立たなかった。
だというのに、今の青い髪を生やしたヤンの蹴りは、着実にベヒーモスへダメージを与えているようだった。その理由は―――
「―――幻獣の、力・・・」
モンク僧長と魔獣の王が繰り広げる死闘を、アスラは少し離れた場所で呟く。
ヤンに言われたとおり、アスラは少しだけ退いて消耗した力の回復に努めていた。己の力が通じず、ベヒーモスという人が抗いようもない存在に心砕けていたはずのヤンが復活し、のみならずベヒーモスと互角に戦えているのは、ヤンに幻獣の力が宿っているからだとアスラは感じ取っていた。
「・・・けれど “ジャンクション” ではありませんね」
かつてアスラはまだ人間だった頃、 “神” ――― “幻獣” の力を借りて、人間を凌駕する力を得た事がある。
当時の彼女は “神降ろし” と呼んでいた力。正確には精神接合――― “ジャンクション” と言うべき力は、その名の通り幻獣と精神を “接続” し、一時的に幻獣の能力をその身に宿す。それなりにリスクもあるが、精神接合する幻獣さえ居れば、簡単に人を越えた力を得ることができる。
有名なのがエイトスのSeeD達であり、彼らは幻獣の思念である “G.F” をジャンクションして、人並み外れた力を得ている。だが、アスラはヤンがパワーアップした理由が “ジャンクション” では無いことを見抜いていた。
それはジャンクションよりも、もう一歩だけ進んだ状態。
精神だけではなく、幻獣そのものとの結合―――「精霊憑依・・・! “ポゼッション” ですか・・・!」
“ジャンクション” は精神だけが幻獣と結合し、精神から肉体に干渉して身体能力を引き上げることが出来る。
だが、あくまでも幻獣の力が干渉しているのは “精神” だけであるため、強化されていても肉体は人のままだ。しかし、 “ポゼッション” は精神だけではなく、幻獣の “存在” そのものと結合してしまっている。
そのために、肉体も幻獣の影響を受け、半ば変質してしまっている。青い髪が長く伸びたことも変質の結果だ。
言わば、今のヤンは半分人間で半分幻獣―――半人半幻とも言える存在だった。そして “ポゼッション” は “ジャンクション” 以上にリスクが大きい。
ジャンクションは “精神” に関わる為、長く続けていれば精神に変調―――感情や記憶の混乱、喪失などが起こる。
ポゼッションの場合、その上で肉体にも変調が起きる。最悪、さらに “結合” が進んで “融合” してしまい、人間には戻れなくなる可能性だってある。
そうでなくとも、人間を大きく上回る幻獣の力をその身に宿すのだ。無事に憑依が解けたとしても肉体が壊れ、二度と戦えない身体になってしまうことも、可能性としては低くない。(まあ、その辺りの危険は心配なさそうですが)
ヤンに “憑依” しているのはエアリィだろう。
エアリィ―――シルフは、幻獣と言ってもそれほど強い幻獣ではない。
さらにヤンには元々風の加護があり、風属性のシルフとは相性が良く、エアリィの力を素直に受け入れているようだ。このまま一日中憑依したままだとどうなるかは解らないが、この戦いの間だけならば問題はないはずだ。そして、この戦いはそれほど長く続かないことを、アスラは―――ヤンも理解していた。
( “休んでいろ” と彼は言いました)
ヤンが魔獣の王に立ち向かう寸前、こちらに投げかけた言葉を思い返す。
あれは自分一人で決着を付ける、という意味ではない。確かにヤンは “精霊憑依” でアスラに匹敵する力を得、今もベヒーモスと互角に渡り合っている。
だがそれでも。
(それでも、あの魔獣の王には敵わないでしょう)
ヤンには解っていた。自分の力では―――例え、エアリィの力を足そうとも、目の前にそびえる魔獣を倒すことは出来ないと。
自分に出来るのは “時間稼ぎ” だけだと、ヤンは理解していた。だからこそ、アスラに “休んでいろ” と―――時間を稼ぐから、その間だけでも回復に努めて欲しいとヤンは言ったのだ。
(今のヤンと、私が力を合わせれば或いは・・・)
淡い期待を抱きながら、アスラは己の力を活性化させていく。
チャクラ
暖かな光が彼女の身体の中から吹き出て、それが彼女の全身を覆う。
消耗した力を取り戻すことに集中させながら、僅かな意識をヤンの方へと向けて、その戦いを見守っていた―――