第29章「邪心戦争」
AV.「魔獣の王(6)」
main character:アスラ
location:ファブール

 

 勝ち目はない。だから考える。

(殴り合いじゃ絶対に勝てませんからね・・・!)

 ベヒーモスの攻撃をかいくぐりながら、アスラは思考を奔らせる。
 山の如き巨体を持つ魔獣の王。
 これだけの質量だけでも厄介だというのに、獣特有の鋭く素早い動きも併せ持っている。
 身のこなしはほぼ互角だ―――が、何しろ体格が桁違いだ。

 ベヒーモスの基本攻撃は腕を振り回すか、振り下ろすかのどちらかだ。振り下ろし攻撃はまだ避けやすいが、問題は巨腕を薙ぎ払われた時。それはまるで巨大な柱が勢いよく転がってくるようなものだった。飛び越えるか、それとも逆方向に逃げるか―――だが、下手に跳べば隙になる。必然的に地を駆けて逃げることになるが、巨腕の攻撃範囲は数十メートルにも及ぶ。それから逃れるには、全身全霊で逃げなければ避けきれない。

(せめて動きが鈍ければ・・・っ!)

 魔獣の腕からなんとか逃れ、追加攻撃として飛んでくる、振り回された腕が生む風圧に耐えながら思わずにはいられない。

 アスラは巨大な敵を相手にしたことは何度もある。
 目の前の魔獣を遙かに超える魔物を倒したこともあった。そもそも、自分の夫であるリヴァイアサンの本性からしてこの魔獣以上だ。
 だが、そう言った巨大な魔物は基本的に動きが鈍い。じっくりと相手を観察し、弱点を見つけ、そこに全力の攻撃を叩き込めば大概は退けられる。それでも無理なら、隙を突いて口の中に飛び込み、内部から破壊してやればいい。

 だが、ベヒーモスの速度は尋常ではない。
 山のような巨体でありながら、こちらと同等の速度で迫って来る。弱点を狙う余裕など無く、逃げるのに精一杯だ。内部から攻撃するにしても、口の中へ飛び込んだ瞬間に噛み砕かれてしまうのがオチだろう。

(打撃は通用しない。魔破拳も大したダメージを与えられなかった)

 アスラが最も得意とする攻撃手段が通用しない。
 ならば自分に残された手段は何かと思い返す。

(私にあるのはモンクの技と白魔法、そして―――)

 白魔法唯一の攻撃魔法である “ホーリー” はこの地上では封印されている為、アスラには使えない。
 だからアスラは最後に残された己の “技” を選択する。
 かつて彼女が人間であった頃、まだ “アスラ” という名前ですら無かった頃の自分を思い出す。

「打撃が通用しないのなら―――」

 ブンッ・・・と、羽虫のような低い音が響き、アスラの右中の手に一本の光が出現する。
 それは次第に輪郭をハッキリさせていき、やがて唾の無い刀を形作る!

 アスラが自分の “気” を放出して作り上げた、闘気の刀だ。

( “村正” があれば良かったのですが・・・)

 かつて、サムライだった頃に使っていた妖刀の名を心中で呟く。
 物心ついた頃から共に血の雨を浴びた愛刀は、目の前にそびえる魔獣の眷属に初めて遭遇した時に折られていた。

(気で模倣した刀がどれ程通用するか解りませんが―――)

「―――斬る!」

 迫る魔獣の王に対し、アスラは “かつて” を思い返し、手にした闘気の刀の切っ先を向ける―――

 


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