第29章「邪心戦争」
AS.「魔獣の王(3)」
main character:アスラ
location:ファブール
アスラから放たれた目映い光が、魔獣の顎の下から天へと貫く。
その光はどれほどの威力を秘めたるものなのか。
耳をつんざくような轟音―――先程の、魔獣の一撃をアスラが受け止めた時に響き渡った激突音よりも、なお激しい音の打撃がヤンへと届く。「く・・・」
周囲のモンク僧や魔物達が “音” の衝撃によって、まるで息を吹きかけられた紙人形のように転倒していく中、ヤンだけはギリギリ耐える。歯を食いしばり、地面を踏む足に力を込め踏ん張りながら、ヤンは目の前で魔獣の巨体が跳ね上がり、そのまま僅かなりとも宙に舞って、ひっくり返る。
「なんと・・・っ!」
“山がひっくり返る” という比喩表現を目の当たりにして唖然とするヤン。直後、魔獣が地面に墜落し、まるで地震のように大きく地面が揺れて、目の前の光景に衝撃を受けていたヤンは堪えることが出来ずに膝を突く。
揺れはすぐに収まったが、魔獣はひっくり返ったまま動かない。
「倒したの・・・か・・・?」
すぐさま立ち上がり、ヤンは半ば夢でも見ているような、まるで現実感の無い気分で、こちらに背を向けたまま倒れた魔獣へ向いているアスラに歩み寄ろうとして―――踏みだそうとした足が留まる。
「・・・アスラ殿・・・?」
気がつく。
アスラはまだ戦闘態勢を解いてない。
天へと突き上げた拳は降ろしているが、その拳を魔獣へ向けて身構えている。(まだ、終わっていない―――!?)
ヤンが胸中で呟いたその時だ。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!」
凄まじい咆哮を上げ、魔獣の巨体が再び跳ね上がったと思うと、先程とは逆に半回転し、四つの足で地面に着地する―――直後、高速の豪腕が唸り、アスラを横薙ぎに殴り飛ばそうとする―――!
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「ぢぃっ!」
舌打ち混じりにアスラは跳んだ。
横から迫る腕に対し、上へ―――ではなく、迫る腕とは正逆方向にだ。先程まではまだ様子見だったのか、この魔獣の一撃は今までの中で一番速い。それを飛び越えようとして上に跳べば、アスラの背丈よりも高い腕を越える前に叩き落とされるだろう。だからアスラは横に跳ぶ―――だが、アスラの跳躍よりも豪腕のほうが圧倒的に速かった。
避けきれず、腕はアスラへと激突し―――(―――ここっ!)
迫る豪腕をアスラは蹴りつけ、その反動で更に跳ぶ。
先程もやった、相手の攻撃を蹴って二段ジャンプで回避する方法だ。蹴るタイミングが遅すぎればそのまま直撃を受けてしまうし、逆に速すぎれば十分な跳躍を得られずに、やはりそのまま攻撃を喰らってしまう。特に相手の攻撃速度が速ければ速いほど、難易度が跳ね上がる回避技だが、超高速で迫る豪腕に対し、アスラはまたもタイミングを違わずに、ベヒーモスの攻撃を蹴って大きく跳躍し、回避する。しかし。
「くあああああああっ!?」
跳躍しながらアスラはくぐもった悲鳴をあげた。
魔獣の一撃を蹴って回避したは良いが、あまりにも威力が強すぎた。
まるで大砲が何かで撃ち出されたような、凄まじい勢いでアスラの身体は数十メートルを大跳躍―――射出されたと言うべきか。直撃こそ避けたものの “射出” の衝撃が全身に響き、ゆえにそれを堪えながらもアスラは悲鳴を上げた。
悲鳴をあげながらも、アスラは体勢を立て直し、地面へと着地する。
二本の足と二本の腕を同時に地面について、落下の衝撃を分散させながら、ずざざざざざっ、とさらに地を滑っていく。(これは・・・困りましたね・・・っ)
なんとか着地しつつ、しかし二つの手を地面に着けたまま荒く息をつき、アスラは胸中で呟く。
消耗が激しい。
ただでさえ消耗していたところに、一か八かの必殺拳はやはりリスクが高すぎた―――が、勝負に出なければじわりじわりと追い込まれて、結局結果は変わらなかったはずだ。せめて完調だったならと思わずにはいられない。
本来の “幻獣アスラ” としての力ならば、この魔獣の王にも互角に渡り合えただろうに、と。ズン、とキングベヒーモスが目の前に跳躍してくる。
手をついたまま動かないアスラに、逆に罠かと警戒しているのか、すぐには仕掛けてこようとはせず、アスラの様子を伺っている。(獣のくせに慎重な・・・)
一分の隙も無い、とアスラは胸中で舌打ちする。
知性があるかどうかは疑わしいが、本能的にアスラは警戒するべき相手だと理解しているのだろう。だが、それでいて必要以上に警戒はしない。
アスラが動かないのは罠ではなく、消耗した力を少しでも取り戻そうと休んでいるのだと見抜くと、最初の時のように腕を振り上げる。
単純だが、まともに受けるわけにはいかない一撃だ。
アスラは回避するべく足に力を込め―――「えっ!?」
思わず、間の抜けた声を上げる。
風神脚
ヘビーモスが腕を振り上げたその時、ヤンの蹴りが魔獣の横っ面に激突した―――