第29章「邪心戦争」
AQ.「魔獣の王」
main character:ヤン=ファン=ライデン
location:ファブール

 

 

 各国でドラゴンなどの強大な敵が出現し、それらをどうにか凌いでいる頃。
 モンク僧達の国、ファブールにも竜やバロンに出現した “顔” に勝るとも劣らない強敵が出現していた。

 それは四肢を折り曲げ、身を低く伏せた状態で、ヤンとアスラを “見下ろしている” 。

「ベヒーモス・・・!」

 目の前の魔獣を見つめ、アスラがその名を呟く。
 かつて、まだアスラが幻獣ではなく人間であり、なおかつ違う名だった頃――― “魔大戦” の最中に見た憶えがあった。

 アスラの知識の中では “最強” を冠する魔獣。
  “竜” にも匹敵する巨大な体躯を持ち、反面、獣特有の鋭く俊敏な動きを保持し、竜のように固い鱗や空を飛ぶ翼、強力なブレスを吐いたりはしないが、こと肉弾戦―――その爪や牙の一撃は、竜種族すら凌駕する。

 なおかつ個体によっては強力な魔法を操るものまであり、間違っても人間が立ち向かえるような存在ではなかった。

「・・・月で似たようなのを見かけたな」

 ヤンが油断無く身構える。
 バハムートの洞窟に居た、ゼロに懐いているとかいう巨大な魔獣のことをヤンは思い返す。
 それを見た時も思わず息を呑むほどの恐ろしさを感じたが、目の前に居る魔獣から感じられる威圧感はそれを圧倒する。月で見た魔獣と姿形は良く似ているが、体躯は倍以上―――身を伏せていても見上げるほどのその巨体である。

 なによりも、月のそれはこちらに敵意を持っていなかったが、目の前の魔物からは凄まじい殺気を感じる。
 気を緩めれば、息が止まるどころか、そのまま窒息死してしまいそうだった。

(・・・或いは、月でバハムートの “威圧” を受けていなければ耐えられなかったかもしれんが)

 流石に幻獣の神ほどのプレッシャーには若干劣る。
 何より、ベヒーモスが見つめているのはヤンではなく―――

「・・・下がっていてください。これは人間の手には余ります」

 アスラがベヒーモスから視線を外さないまま、腕を振り上げてヤンへ下がるように指示を出す。

 ヘビーモスがすぐに襲いかかってこず、警戒するように様子を伺っている相手はアスラだった。
 巨躯の魔獣にしてみれば、虫ケラみたいな大きさだというのに、本能的に “幻獣” の力を感じ取っているのか、彼女を見下ろすその瞳に油断は無い。

「く・・・っ」

 自分が眼中に無いことに些かプライドが傷つくが、それも仕方がないことだと悔しさを呑み込み、ヤンは言われたとおりに後退する。
 周囲では、配下のモンク僧達が他の魔物達と戦っている。昨晩は月明かりだけの闇夜ということもあり、夜目が利く魔物達に一方的にやられていたが、昼ならば闇のハンデはない。
 むしろ、月の魔物達は明るい昼間に慣れていないせいか、昨晩の勢いはなく、モンク僧達は互角以上に戦っていた。

 とはいえ、昨晩受けたダメージは浅くない。
 致命傷を受けた者は、手遅れで無い限り、アスラの回復魔法で癒されているが、皆が皆、完全回復しているわけではなかった。
 モンク達は歯を食いしばって耐えているが、下手に戦いが長引けば傷を負っているこちらの方が不利だ。

(・・・仕方あるまい。あの魔獣はアスラ殿に任せ、私は私の出来ることを―――)

 そう、ヤンが気を取り直し、モンク僧達の手助けに行こうとしたその瞬間。

「―――!!」

 突然、ヘビーモスが動き、その人の身体ほどもありそうな巨大な腕を、アスラへと向かって振り下ろした―――

 


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