第29章「邪心戦争」
AP.「 “援軍” 」
main character:ファリス=シュルヴィッツ
location:ミシディア・沿岸

 

 ミシディアの沿岸に一隻の帆船が浮かんでいた。
 その船の前の海面からは、船と同じくらいの巨大な海竜が首を突き出し、大きく口を開いて岸へと向けていた。

 世界に船は数あれど、竜を従えている船は一隻しかないだろう。
 ファイブルのタイクーンを根城とする海賊団、シュルヴィッツ一家の海賊船だ。

「おいおい、妙に良いタイミングじゃあねえかよ」

 船の舳先にてこの船の主、ファリスが「ヒュウ♪」と口笛を吹く。

 ファリス達がミシディアへとやってきたのは、ロイドの指示によるものだった。
 といっても深い考えがあったわけではない。
 ファリス達海賊団―――というか、海竜シルドラが一番有効活用出来そうな国がミシディアだったというだけだ。

 ダムシアンとトロイア以外のフォールスの国々は、主要都市が沿岸部にある。
 しかし、ファブールに行くには、シルドラに牽引されたとしてもやや遠く、エブラーナはバロンからの援軍など易々と受け入れないだろう。バロンには “陸兵団” “竜騎士団” “飛空艇団” が待機している為、これ以上の戦力は必要ない。

 消去法でファリス達はミシディアへ派遣するのが一番良いと、ロイドは判断したのだ。

「良いタイミングと言えば、風もそうッスよね」

 傍にいた手下の海賊がそんなことを呟く。
 ファリスも「ああ」と頷いて背後を振り返る。
 見上げてみれば、普段は殆ど使わない帆が上がって、風を受けて少しはらんでいた。

 シルドラは泳ぐ速度は風よりも速いが、船を牽引しているとなると幾分か遅くなる。
 だがミシディアへ向かう途中、丁度上手い具合に追い風が吹いてくれた。そこで帆を上げて風を受け、シルドラの負担を減らすことで、普段よりも加速することができた。

 それがなければ、到着はもう少し遅れただろう。

「いやあ、しっかし帆を上げるのも久しぶりで、やり方忘れるところでしたぜ」

 がははは、と他の手下がそう言って笑う。
 この船はシルドラに牽引されている為、帆を上げずに、風向きに関係なく進むことが出来る。
 だから今の言葉通り、この海賊船に帆が張られたのは実に久方ぶりで、頭のファリスでさえ最後に帆を上げたのはいつだったか忘れてしまったほどだ。

「頭ぁ! 来ましたぜ!」

 と、和やかな雰囲気だったところへ、手下の一人が緊迫した声を上げる。
 見れば、シルドラのブレスを喰らったはずの金の竜が、こちら目掛けて飛んでくるところだった。

「シルドラの一撃喰らって無事なのかよ! ―――お前ら、配置に付け! この前みてェな無様を見せんじゃねーぞ!」
『アイアイサー!』

 ファリスが声を張り上げると、手下の海賊達は船の各所へと散っていく。
  “この前” というのは、バブイルの巨人の騒ぎの時だ。
 あの時、ファリス達は水を操り、水棲の魔物を召喚するカイナッツォに良いように翻弄されてしまった。もしもリディアがいなければ、津波に押し流され、ファリス達ごと海賊船は海の藻屑となっていただろう。

 正直なところ、ファリス達はこのフォールスの為に戦う義理はなかった。
 月から魔物が来ると聞いた時点で、尻尾巻いてアジトへ帰っても良かったのだが、やられっぱなしでただ逃げ帰るというのは流儀に反すると、ファリスは自らロイドへ協力を申し出た。

 ―――無論、だからといってタダ働きはせずに、それなりの見返りは要求したが。

 ともあれ、相手が竜ならば不足はない。
 近くに配置した手下の一人が迫る金竜に対しても臆さず、むしろ意気揚々と声を上げる。

「汚名挽回ッスね、頭!」
「・・・ああ、うん、多分誰か間違えると思ったよ畜生」

 正しくは汚名返上、名誉挽回。
 迫る強敵を前に、少しテンション下がったファリスは肩を落として嘆息し―――すぐに気を取り直して声を張り上げる。

「まずは “切り離す” ぞ! 準備はいいだろうな、てめえら!」
『アイサー!』

 ファリスの指示に、海賊達は声を張り上げて了解を返す。

 そして、ファリス=シュルヴィッツ海賊団、このフォールスでの最後の戦いが始まった―――

 

 

******

 

 

「一匹、向こうへ向かってくれたか・・・」

 グッドタイミングで現れたファリス達の思わぬ一撃に、金竜は怒り狂ってそちらへと飛んでいってしまった。
 だが。

「GUUUUUUUUUUUU・・・・・・」

 竜は二匹居る。
 雷を操る “金竜” と、竜巻を起こす “銀竜” 。銀の竜は金竜よりも冷静なのか、すぐに仕掛けてこようとはせずにテラをギロリとした瞳で睨み下ろしている。

(く・・・動けん・・・)

 襲いかかって来ないとは言え、少しでも動いたり魔法を詠唱したりすれば、すぐにでも飛び掛かってきそうな―――或いは竜巻を放って来そうな殺気を感じる。
 すぐに来ないのは、まるで “どうやって殺そうか” と悩んでいるかのようにテラには思えた。

(どうしようもない・・・私一人では―――)

 銀竜がテラを注視している理由は単純だった。
 周囲にはすでに、テラの他に満足に動ける者は残されていないからだ。他は皆、稲妻と竜巻によって戦闘不能となっている。中には生き残っている者もいるだろうが、どのみちこのままでは竜に蹂躙されて全滅だ。

「く・・・・・・」

 テラは銀竜とにらみ合う―――否、そうすることしかテラには他に出来ることがなかった。

「GA・・・!」

 やがて、どうするか決めたのか銀竜がにたりと笑った―――ようにテラには見えた。
 空へ浮かんでいた竜は、大きく口を開きながら、ゆっくりと降下してくる。

(・・・成程、噛み殺すことに決めたというわけか・・・)

 銀竜の思考を読み、テラは覚悟を決める。
 それは “諦め” という意味ではない。むしろその逆だった。

(ならば好都合だ! 一か八か、私の全生命力を魔力に変え、体内に直接攻撃魔法を叩き込む!)

 詠唱を許すほど相手は甘くないだろう。
 だからテラは決死の覚悟を決めた。
 詠唱無しでも、生命力を魔力に変換すればそれなりに高威力の魔法を撃てるはず。それでも竜には通用しないだろうが、大きく口を広げたその体内へ直接撃ち込めば―――

 竜にこちらの狙いを気取られぬよう、段々と近づいてくる竜の目を睨み返しながらテラは精神を集中させていく。

 やがて、竜の吐息が肌に感じられるほど近づいたその時!

 

 髑髏の剣

 

「GAAAAAAAAAAAAッ!?」
「なっ!?」

 突然、ダークフォースの一撃が飛んで来て、無防備だった竜の側頭部へと叩き込まれた。
 それ自体は致命傷ではなかったが、突然の攻撃に驚き、銀竜は再び空へと舞い上がる。

「テラ殿! 無事か!」
「ウィーダス!?」

 声の方に目を向ければ、ウィーダスが数十名―――暗黒騎士団の約半数ほどを率いて向かってくるところだった。

「馬鹿な! 魔物の群れはどうした!?」

 テラが困惑しながら声を上げる。
 ウィーダス達暗黒騎士団は、魔物の群れと戦っているはずだった。暗黒騎士の方が魔物達よりも強いとはいえ、相手の方が圧倒的に数が多い。それでもなんとか互角に戦っているところに、半数も抜け出ればあっと言う間に数に呑み込まれてしまうだろう。

 魔物達を殲滅したというわけでもない。ウィーダス達の更に後方へ目を凝らせば、残りの暗黒騎士達が魔物の群れと戦っているのが見えた。

「半分の数では・・・それも長であるお前が抜ければ、魔物たちを抑えきれぬだろうが!」
「いや・・・大丈夫だ」
「なに?」

 困惑したままのテラに対し、ウィーダスもまたどこか釈然としない様子で怪訝そうに応える。

「どういうわけか “援軍” が現れた」
「援軍だと?」
「うむ。魔物の群れの背後に、突然別の魔物の群れが出現した―――のだが、その魔物の群れは先の魔物達へ、襲いかかったのだ」

 魔物と魔物が争うことは珍しくない。魔物と言っても種が違えば敵対することもよくあることだ。
 だが、今はゼムスの思念によって統率されているためか、魔物達は一様に人間や住んでいる村や街へと襲いかかっていた。夜明け頃、他の国の報告を耳にしたが、魔物達が同士討ちをしているという話は一度も聞いていない。

「どうやら “真の月” からやってきた魔物ではないようだが・・・妙なことに、新しく現れた魔物達はアンデッドで構成されているのだ。ミシディアでは、アンデッドが良く出没するのか?」
「いや、そんなことは―――待て、アンデッドだと!?」

 テラはハッとして東の方へと顔を向けた。
 そこには彼方にそびえ立つ山の影が見えた。このミシディアで、唯一アンデッドが普通に出没している場所―――

 

 

******

 

 

 テラが見つめたその先に在る山―――試練の山。

 その山頂で、一人(あえて “一人” と表現する)の魔物が下界を眺めていた。
 それは上半身が半裸の女性、下半身が大蛇という半人半蛇の魔物―――リリスだ。

 彼女はミシディアの方をじっと見つめ、やがて「うん」と頷く。

「負けるな、頑張れ―――うん」

 魔物でありながら人間を友人に持つ彼女は、愛すべき友達の無事を願い続けていた―――

 

 


INDEX

NEXT STORY