第29章「邪心戦争」
AO.「テラの選択」
main character:テラ
location:ミシディア
「 “彼方に漂いし過去の残滓―――” 」
テラは魔法の詠唱に集中していた。
唱えるのは、以前に一度だけ使った大魔法。天空の、そのまた遥か彼方から砕け散った星々の欠片を召喚し、敵に目掛けて降り注ぐ大魔法――― “メテオ” 。
しかしそれは地上では封印されている魔法だ。以前は封印を成す “石版” の一片があったからこそ、例外的に使うことができた。だが、その時もテラは全精力を振り絞り、さらには娘の助力があったお陰で、ようやく発動出来た。今回は石版の欠片も、娘の力も借りることは出来ない。
自身の魔力に加え、生命力の全てを―――まさに命がけで魔法を放つつもりだが、それでも魔法が完成する可能性は低かった。(アンナ・・・アイナ・・・私に力を・・・!)
心の中で娘と、妻の名を呼び、魔法の詠唱を続ける。
「 “―――過ぎ去りし、あまねく罪と罰の欠片達” 」
テラが命を込めて魔法を放とうとする一方で、生き残った他の魔道士達は散発的に二匹の竜へと攻撃魔法を放つ―――が、すぐに竜巻と稲妻によって沈黙してしまう。
魔道士達が力尽き、そこで金竜が一人詠唱を続けているテラに気がついた。
(気付かれたか・・・しかし!)
例えこの身が朽ちたとしても、この魔法は完成させてみせる―――と、テラは滞らせることなく詠唱を続けた。
そんな老賢者に、金竜の目がギラリと光る―――「テラ様っ!」
稲妻
雷がテラへ向けて落とされる―――寸前、一人の魔道士がテラを庇うように飛びついて、突き飛ばす。
直後、閃光が地面に落ち―――その衝撃の余波に、テラは自分を突き飛ばした魔道士もろとも吹き飛ばされた。「―――っ!」
「うああああああああっ!」吹き飛ばされ、地面へと叩き付けられる。
全身に響く、砕けそうな痛みを感じながらもテラは魔法詠唱を維持していた。しかし―――
「・・・テ・・・ラ様・・・ご無事ですか・・・・・・?」
「・・・!」自分を庇った魔道士の姿を見て、テラは息を呑む。
その魔道士は、先程の年若い魔道士だった。
彼のお陰で、テラは稲妻の直撃を避けることができた―――が、若き魔道士はそうは行かなかったらしい。雷撃により下半身が黒く焦げ、特に膝から下は完全に吹き飛んでいた。
(何故庇った!? この老いぼれ何ぞを・・・!)
「良かった・・・ご無事で・・・」
若き魔道士は、そう言い残して意識を失う。
(馬鹿なことを! 私などよりも、お前の方が未来はあるだろうに!)
弱々しく微笑む魔道士に、テラは一瞬だけ逡巡し、メテオの詠唱を諦めて、代わりに回復魔法の詠唱を開始する。
放っておけば確実に死ぬだろうが、回復魔法を使えば生き延びられるかも知れない。「『ケアルガ』!」
癒しの光が魔道士の身体を包み込む。
蘇生魔法ではないので、失った両足は戻らないが―――それでも細々としていた呼吸は、まだ弱いながらも確かなものとなり、とりあえず一命を取り留めたことをテラに感じさせた。だが。
「―――ッ」
殺気に顔を上げれば、こちらを睨む金竜の姿があった。
もう一度、稲妻を放たれればテラの魔法も無駄になるだろう。(・・・私も人のことは言えん、か)
諦めの境地でテラは苦笑する。
魔道士のことを放っておけば、もしかしたらメテオは完成したかも知れない。
けれど、すぐ傍らで死に行く若い魔道士を放っておくことは出来なかった。例えそれが、無意味な行為だとしても回復魔法を唱えずに居ることはできなかったのだ。(すまんな・・・どうやら私はここまでだ―――)
観念して瞳を閉じる。
まぶたの裏に映るのは、ミシディアの長老ともう一人―――彼の娘が愛した青年の姿だった。死を覚悟したテラへ向けて、金竜の瞳がギラリと輝き、そして。
サンダーストーム
突然、海の方から雷撃の渦が飛んで来て、金竜の身体を打ちのめした―――