第29章「邪心戦争」
AN.「ミシディアの戦い」
main character:テラ
location:ミシディア
テラは魔道士達と共に、ミシディアの村の西側に布陣していた。
地図で言えば “竜” の首の辺りだ。左手には大海が広がり、右手には魔導船が沈んでいた“竜の口” が見える。月には海が無い為か、水棲の魔物は居ない。だから海へ警戒する必要はなく、両側を海に挟まれて狭まっている為、守りやすい場所だ。テラ達の数十メートル前方に、ウィーダス=アドーム率いる暗黒騎士団が布陣している。
団員数は百名足らずであり、数で言えば魔物達は当然として、ミシディアの魔道士よりも少ない―――にも関わらず、数で圧倒的に勝る魔物相手に、一歩も退かずに逆に押し返してさえ居る。魔物の群れはバブイルの塔から転移し、村を襲って、暗黒騎士に撃退された後、夜明けとともに西の方へと退避した。
やがて、夜が明けてしばらくして、魔物達は新しく転移してきた二匹の竜―――金竜、銀竜と共に西から進軍してきた。
それを暗黒騎士が前線で食い止め、後方からテラ率いるミシディアの魔道士達が援護する―――そう言う形を取り、暫くは上手く行っていたのだが―――「金竜、銀竜、暗黒騎士の頭上を越えてきます!」
魔道士の一人が叫ぶ―――が、いちいち言われるまでもなく、見れば二匹の竜が迫ってくるのは解っていた。
空を舞う、金と銀の蛇竜は最初、暗黒騎士団に攻撃を加えていたが、暗黒騎士が中々手強いと見るや、後方の魔道士へと標的を変更した。
実戦経験の無い魔道士達では接近されたらどうしようもない。だから暗黒騎士団は全力で防いでいたのだが、空に居る相手を封鎖するのには限界がある。二匹の竜は暗黒騎士団のダークフォースをくぐり抜け、魔道士達へ肉迫しようとしていた。
「攻撃魔法を放て! 近づかせれば終わりだぞ!」
テラが声を張り上げ、自身も魔法の詠唱を開始する。
程なくして、完成した攻撃魔法が次々に飛ぶ―――が、焦りの為かその大半は失敗で、迫る竜には届かず、それどころか暴発して味方を巻き込むものまで居た。ミシディアの魔道士達は優秀な魔道の使い手ではあるが、反面、実戦経験は無いに等しい。
先程までは危険のない後方支援だった為、さほど慌てる必要も無かったが、敵がすぐ前に迫ってきている状況で、同じように落ち着いて魔法を使えるほど状況慣れしていない。仕方のないことだと思いつつも、テラも自分が唱えていた魔法を竜へ向かって放つ。
この中では最も戦闘経験があるのがテラだ。その魔法は完全な効果を発揮し、二体の竜を雷撃で撃つ―――が、そんなテラの魔法を含めた魔道士達の集中砲火に、しかし竜達は一瞬怯んだだけで、構わずにこちらへ向かってくる。
稲妻
金竜が魔道士達へ向けて凄まじい雷撃を放つ。
それが直撃した数人の魔道士は一瞬で消し炭となり、周囲に居た者も落雷の衝撃に薙ぎ倒されていく。「も、もうダメだああああああっ!」
テラの傍にいた魔道士―――「竜が暗黒騎士団の頭上を越えてきます!」と叫んだ魔道士だ―――が、悲鳴をあげ、村の方へと逃げようとする。
恐慌が伝播するのはほぼ一瞬だった。
魔道士達はあっさりと戦意喪失し、悲鳴をあげて村の方へと逃げ込もうとする。「いかん! 逃げるな! 戦わねば―――」
戦わねば、一方的に殺されるだけ―――そう、テラが叫ぶよりも早く。
竜巻
銀竜の放った竜巻が、村へ逃げ込もうとしていた魔道士達を巻き込み、天へと吹き上げる。
「―――『レビテト』!」
せめて落下の衝撃を防ごうと、テラは口早に魔法を詠唱し、浮遊魔法を竜巻に巻き込まれた魔道士達へとかける。
しかしひ弱な魔道士達では、竜巻に巻き込まれた時点で致命傷だろう。今、テラが助けようとした者たちも、何人が生き残ったのか―――何人死んだのか―――テラは想像するのも止めた。「テ、テラ様! どうすれば・・・」
「くっ・・・」逃げなかった―――それとも逃げそびれたのか―――魔道士が、すがるような目でテラに問いかけてくる。
まだ年若い魔道士だ。まだ未成熟なその表情は怯えに染まり、すでに闘う意志は完全に挫けている。(せめてあの子らがここにいれば・・・)
テラは双子の魔道士のことを思わずには居られなかった。
試練の山を戦い抜き、バロンの城で仲間を助ける為に自らを犠牲にすることを躊躇わなかった、幼き双子の魔道士。パロムとポロムがここに居たならば、竜相手でも決して挫けなかっただろう。
そう考えて―――すぐにその想像を打ち消した。(情けない! 大人が幼き子らに頼ろうとするなどと!)
「・・・・・・一つだけ、手がないこともない」
「それはっ!?」僅かに希望を取り戻し、若い魔道士が聞き返す。
「説明している時間はない! お主は戦える者を集め、少しでも良いから時間を稼げっ!」
「は、はいいぃっ!」テラに命じられ、魔道士は転びそうな勢いで駆けだしていく。
それを見送ることもせず、テラは天空に舞い、稲妻と竜巻を周囲に撒き散らしている二匹の竜を睨み付けた。
(封印魔法 “メテオ” ・・・今一度使えるか―――否、命に変えても使わねばならん!)
心の中で強く意志を固め―――僅かに苦笑する。
「・・・すまんな、アンナ。結局私は命を失う運命らしい・・・」
呟き、テラは精神を集中させ、詠唱を開始した―――
******
「・・・テラ」
ミシディアの村の広場。
長老は村のすぐ外に見える二匹の竜を見つめていた。そんな彼の周囲には、不安や怯えに表情を曇らせた子供や、女性達が身を寄せ合うようにして集まっている。
「長老様、僕たち死んじゃうの・・・?」
「やだあ、怖いよう・・・助けてよう・・・」
「ひっく、ひっく・・・うわあああああああああああああん・・・・・・っ」泣き叫ぶ子供達を、長老は励ますように努めて明るく声をかける。
「おお、おお、嘆くことはない。きっとミン=ウ様が守ってくださる・・・」
「長老」子供達一人一人を抱きしめる長老に、先程祈りの塔に報告しに来た白魔道士が声をかけ、周囲には聞こえないように耳打ちする。
「・・・残念ながら状況は最悪です。 “サイトロ” で確認したところ、テラ様は存命ですが魔道士部隊はほぼ崩壊。さらには暗黒騎士団と戦う魔物達の背後―――西方から、新たに魔物達が向かってきています」
「なんと・・・っ!」周囲に子供達が居るのも忘れ、長老は絶望に顔を歪めた。
そんな長老へ、白魔道士は淡々と告げる。「長老、もしもの時はお一人だけでも “デビルロード” でバロンへお逃げください」
「何を言っている!? ワシに他の者たちを見捨てて逃げよと申すのか!」白魔道士の提案に、長老は苛立ちをあらわにする。
そんな長老へ、白魔道士はさらに懇願するように、説得の言葉を紡ぐ。「お願いです。もうミシディアは終わりでしょう―――せめて長老だけでも」
「しかし・・・っ!」
「貴方様が生き延びることに喜ぶことはあれ、恨むような者は居りません!」その言葉に長老はハッとして周囲を見回す。
見れば、長老を取り囲む者たち―――女子供は、誰もが嘆くことを止め、じっと長老を見つめていた。
その眼差しは、白魔道士の言葉を肯定するかのように真摯に見つめている。「皆の者・・・」
「さあ、長老―――」デビルロードへと促そうとする白魔道士に、しかし長老は「いや・・・」と首を横に振る。
「皆が望もうとも、それだけは出来ぬ! ミシディアが滅びるのならば、その運命を共にするのが私の最後の役目じゃ!」
「長老・・・!」嘆きの声を白魔道士が漏らし、周囲の皆々も長老の決意にすすり泣き始める。
手近に居る子供達を抱き寄せ、ミシディアの長老は心より祈る。(ミン=ウ様。この私の命はどうなろうと構いませぬ。ですからどうか、どうかこの者達の救いの手を―――)
村の外に見える竜は、稲妻を奔らせ、竜巻を巻き起こす。
いずれは魔道士達を全滅させ、この村へと牙を剥くだろう。分かり切った未来に絶望しつつ、それでも必死に長老は祈り―――
「・・・!? 風・・・・・・?」
―――その祈りは、天へと届く・・・・・・!